第三章 模索
張麗に対して、劉煌はここのところずっと真剣に愛の告白方法を考えていた。
しかし、まさか彼自身もこんなところで、口が勝手に動いてしまうとは、、、しかもまったく抒情のかけらもないプロポーズをしてしまうとは、、、思ってもいなかった。
しかし、突然のことに動揺しているのは劉煌だけではなかった。
いやむしろ、張麗の方が激しく動揺していた。
あまりに突拍子もないことで張麗は彼のプロポーズを聞くなり驚いて顔をあげると、そこには真っ赤ながらも本当に真剣な顔をしている小高蓮が肩で息をしながらかしこまって座っていた。
どちらの心臓もドキドキ大きな音を立てていたので、お互いどっちの心臓の音なのかわからない状態で、二人はしばらくお互いに見つめ合っていたが、今度も張麗が彼の視線に耐えきれず、先に目を逸らしてうつむいた。
彼女が何も答えないので、劉煌は傷つきながらも「今すぐ返事を貰えるとは思っていない。だけど、私は君が、」と彼の思いの丈を言葉に乗せて言っている最中に、いきなり張麗は顔をあげると「私は結婚できないんです!」と言って、彼の言葉を遮った。彼が言葉を失っていると、彼女はまるで自分に言い聞かせるように「私は結婚できないんです。誰とも結婚できないんです。」と首を横に振りながら呟いた。その彼女の苦悩に満ちた表情を見たとき、劉煌の脳裏には、”理不尽なことに巻き込まれて、命を狙われている”という手紙の一文がバーンと蘇ってきた。
劉煌は眉間に皺を寄せながら自分の膝の上で拳を握りしめると、「私では君の力になれないのだろうか?」と感情を押さえながらそう言った。
そして、彼は今度はもっと優しい声で「みなしごだった私が、今こうして生きているのは、私を助けてくれた人がいたからだ。当初、私はその人に迷惑がかかるだろうと思ってその助けを断ろうとした。でもあの時、断っていたら、今の自分はない。どこかで野垂れ死んだか、、、」そこまで言ったところで劉煌は目を閉じた。”捕まって殺されたか” そう思った後また目を開けた彼は、「、、、生きていたとしても、ここの典医になんか、とてもじゃないけどなれなかっただろう。」そう言うと、徐に立ち上がって、張麗の側により彼女の横で跪き、彼女の手をそっと取った。
「君の力にならせてくれないか?」
彼がそう言った瞬間に、張麗の中で何かが崩れ落ち、そしてそれに同調するかのように、彼女自身も泣き崩れた。劉煌は、彼女の横に自分の椅子を持ってくると、それに座り彼女の肩をそっと抱いた。彼女はそれに抵抗することなく、逆に彼にしがみついて泣いた。
彼女が泣いている間、劉煌は何も言わず、ただ彼女の横に座り、彼女に自分の肩を貸していた。
ひとしきり泣いた後、張麗はばつが悪そうな顔をして、「ごめんなさい。」と謝った。彼はそれに対してただ首を横にふり、「後片付けは私がやっておくから。」と言ったが、彼女はそれを手で制して、静かにでも強い意思をこめて「大丈夫です。」と言った。
”君は、朕では君の力になれないと言うのか!”
絶望が劉煌の心を襲った。
「そうか。」と寂しげに答えると、劉煌は躊躇しながらも食器を掴んで流しに持って行ったが、彼女は何も言わなかったので、そのまま洗った。そして最後に皿を拭こうと思い布巾を探すと、劉煌の目に見慣れた手拭いが映った。
”あの手拭いか。” 彼女の手首を思いがけず強く掴んでしまった時のことが思い出された。
”元々朕のものだから、くすん。” 劉煌はそれを鷲掴みにするとサッと懐にしまった。
そして改めて布巾を探すと、張麗が布巾を持ってやってきて、彼に渡すのでもなく、話しかけるのでもなく、無表情でボーっとしながら彼が洗った皿を黙々と拭き始めた。
しばらく皿を拭いている張麗を無言で見ていた劉煌は、「じゃあ。」と彼女に声をかけると、彼女は彼を見上げた。彼女の瞼は大泣きした後で、赤く腫れ、目は真っ赤に充血していた。
そんな彼女を一目見るなり、劉煌は、皿洗いで濡れた手を拭きもせず張麗の家から飛び出した。
赤く腫れた瞼を見て、思わずそれでもかわいいと思ってしまう自分が苦しかったからである。
彼はいつものように馬車を待たせている所まで走って来ると、何も言わずに馬車に飛び乗った。
”もう誰も好きにならないって誓っていたのに、また好きになってしまってこのざまだ!”
皇宮に帰るいつもの道は、涙でかすみ、いつもより何倍も時間がかかるように思えた。
ようやく馬車が天乃宮の前に着くと、劉煌は馬車から降りたが、謝墨がいつものように跪いておらず立ったままなので、「どうした?」と聞くと、「変わったんだよ。」と何故か梁途の声が返ってきた。
「なんで?」と驚く劉煌に、「嫌がる仕事ばかりさせるのもいかがかと思ってさ、上司としては。」と梁途は言いながら劉煌の肩に腕を回してきた。劉煌は張麗に振られたこともあり、梁途の肩に腕を回すと、「飲まない?」と梁途を誘った。
天乃宮に若い男が二人、肩を組んで入っていくと、宋毅が二人を出迎えまず劉煌に向かって恭しくお辞儀をした。おかえりなさいの挨拶もそこそこに宋毅が慌てて跪き劉煌の足元を払いながら言う。
「陛下、御召し物が汚れていますので、御着替えを。」
ふてている劉煌がうつろな目で下を向くと、足元に玉砕した愛の告白の残骸である大根の葉が付いていた。
”くそー”
「うん。着替える。だけど、一人で着替える。宋公公は梁途を応接間に通して酒だしてやって。」とちょっと涙声で言うと、一人でさっさと自分の寝室に向かって歩いて行った。
部屋に戻った劉煌は、まるで想いを断ち切るかのように、荒々しく炊事で汚れた服を剝ぎ取るように脱ぎはじめた。するとその拍子に、先ほど懐に入れた手拭いがひらひらと床に落ちた。
彼はそれを無視しようかとも思ったが、気を変えて、ふんとため息をつきながら手拭いを拾おうと屈んだ時、その手拭いの畳んでいた状態では見えなかった内側に見事な蓮の花の刺繍が2つ刺してあるのが見えた。
“これは…”
その瞬間、劉煌の内側で、ほとんど消えかかっていた炎が復活した。
”朕だって、ずーっと他人に言えなかったじゃないか。彼女が自ら朕に話してくれる日まで待とう。そして、何があってもずーっと朕だけは彼女の側にいて、彼女の味方でいよう。”
張麗のことで、劉煌が腹をくくった瞬間であった。
劉煌は服を着替えると、気を取り直して応接間に急ぎ足で向かっていった。
~
翌日の朝、いつも通り身支度をして冕冠をつけた劉煌の元に、これまたいつも通り、梁途が迎えに来たのだが、いつもと違うことには、彼は劉煌に、今日の昼、みんながここで昼食を取りたいと言っていると伝えたことだった。
最近、ますます忙しい日々を過ごしている劉煌を捕まえられるのは、確かに昼の時間が確実なのだが、小高蓮に変身しなければならないために、政府高官たちとの会食はしなくなり、最近の昼食はさらに質素になり肉野菜饅頭2個に変わっている劉煌は、慌てて横に控えている宋毅に今日はまともな昼食を5人前出すようにと伝えた。
「まったく陛下はご自身が召し上がる昼食がまともでないことに気づいておられたのに、どうしてお一人ではまともな物を召し上がろうとなさらないのでしょう?」
劉煌の体調が心配でならない宋毅が苦言を呈したものの、劉煌はひょうひょうとして
「一人での食事だからだよ。孔羽と違って、朕の場合、食事を一緒に分かち合う人がいないとどんな御馳走も餌になってしまうのだ。」と答えると、横から梁途が
「その分かち合う人問題が本日のランチミーティングの議題だ。」とぼそっと口走った。
この梁途の発言で、大政殿に入ってからも本日のランチミーティングの議題が気になって気になってしょうがなかった劉煌は、いつもならお構いなしに長々と朝政で議論を続けるのに、今日の朝政は気もそぞろで1時間も早く終了させてしまった。
いそいそと天乃宮に戻った劉煌は、着替えて応接間に入ると野郎3人が渋い顔をして待っていた。
李亮は劉煌についてやってきた宦官の宋毅に向かって、ばつが悪そうに微笑むと
「宋公公、悪いが外してもらってもいいか?」と聞いてきた。
宋毅は、上目づかいに劉煌の方を見上げたが、劉煌からは期待した回答は戻ってこなかった。
「ごめん。宋公公。幼馴染の集まりなんだ、許して。」
皇帝にそう言われてしまっては、その場に禁衛軍の統領もいるので護衛しますとも言えず、あとの兵省大将軍、首相も国の重鎮中の重鎮であることから、宋毅は、本当にしぶしぶその場から退いた。
「さあ、今日は何の議題♡あれ?お凛ちゃんはまだ?」
劉煌は久しぶりの五剣士隊の集まりに有頂天になっていて、まさかこれから自分の身が針の筵に置かれるとは思ってもいなかった。
「お凛ちゃんに聞かせられる話じゃないからな。」
李亮は腕を組みながら劉煌を情けない顔で見下ろした。
「なに?それどういうこと?」
その李亮の怪しい雰囲気に気づかず無邪気に劉煌は、何の話だろうとワクワクしながら聞いた。
すると珍しく孔羽が爆発した。
「どういうことだと聞きたいのはこっちだ!」
劉煌が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると、李亮が孔羽を手で制して劉煌に向かって言った。
「孔羽は腹が減ってイライラしてるんだ。悪気があるわけじゃないんだ。ただ太子のことが心配なんだよ。その、、、切り裂き張麗さんにプロポーズしたって本当か?」
李亮は、孔羽の爆発から当初外堀からゆっくり埋めていく作戦を取るつもりだったのが、単刀直入に聞くしかなくなった。
劉煌はなんでそのことを李亮が知っているのかと思い、ハッとして梁途を見た。梁途はすぐに目をそらすとテーブルのスープを注ぎ始めた。
「梁途!」
劉煌が彼の名前を叫ぶと、孔羽は梁途が注いだスープを横取りしながら言う。
「梁途は悪くない。悪いどころか適格な判断だったよ、亮兄と僕だけにその話をしたんだからな。太子、僕を全く畑違いの首相という職務に置く時に言った言葉を覚えている?僕らは表向きは上下関係になるけれど、それは表向きだけで本当は対等だって。僕らは何か太子が誤った判断をした時、はっきりNoと言って絶対うやむやにせず、諫められる関係性が出来上がっているからって。他の誰も遠慮して太子に言えないことでも僕らなら言えるからって。」
「うん。その通りだ。」
「今がその時なんだ。」
「・・・・・・」
「太子は小高蓮じゃないんだよ。太子は劉煌で西乃国の皇帝なんだ。天子なんだ。この国を統治する者なんだ。小高蓮のように気安く結婚はできないんだ。小高蓮として結婚するなんて無理だよ。体は一つしかないんだから。まったく張麗さんが常識のある人で良かったよ。NOと言ってくれて。もし彼女がそこでYESって言っていたらどうするつもりだったの?」
ここまで一気に言うと、孔羽は自らを落ち着かせるためにスープを蓮華も使わずに一気にガーっと飲み干した。
昨晩、劉煌は酒の入った勢いで梁途に思わず張麗にプロポーズしてしまった件はポロッと言ってしまったが、返事がNOだったことは告げていなかった。
「どうしてNOって知ってるんだ!」劉煌は、孔羽の質問には答えず梁途に絡んだ。
「やっぱり、NOだったんだ。しょげてたからそうかと。。。不幸中の幸いだったな。」
梁途が嬉しそうにそういいながら大根の酢漬けを頬張ると、劉煌は梁途にとびかかろうとした。それを李亮が素早くブロックしながら言った。
「そこが問題なんじゃないだろう?争点がずれている。問題は太子が簡単に誰にでもプロポーズする癖があり、それを変える必要があるってことだ。」
「失礼ね!簡単に誰にでもプロポーズする癖なんかないわよ!」
「じゃあ、プロポーズしたことがある相手は切り裂き張麗さんだけか?」
「あ、う、そ、それは、、、」
「ほら、簡単に誰にでもプロポーズしているじゃないか。」
「う、朕の中では本気で簡単に誰でもじゃないの!それに本当は結婚前提で付き合ってって、、、」
「結婚をちらつかせているんだから同じだ。」
「だって、真剣なんだ!わからないか?真剣に想っていたら、ずっと一緒にいたいって、結婚したいって思うだろう?」
この劉煌の叫びは、李亮も自分自身で痛いほどわかっていた。
大将軍になり、家柄はないけれども、名実ともに武官のトップとなり意気揚々と仲人を立て小白府に挨拶に行ったものの、家柄を理由にけんもほろろに断られてしまった李亮は、劉煌の気持ちがわかりすぎてそれ以上は何も言えなくなってしまった。
頼みの綱だった李亮が黙ってしまったことから、花より絶対団子の孔羽は、勿論彼らと同じ気持ちになった経験が全くないため、容赦なく攻撃し始めた。
「とにかく、今後一切自分勝手にプロポーズしないでよ、皇帝なんだから。それから、もし張麗さんが話を蒸し返して来たら、絶対結婚とか、一緒になりたいとか、一緒に暮らしたいとか、相手が結婚と誤解するような言葉は言わないでよ。相手がどこの馬の骨かもわからないんだから。」
「彼女のこと、そんな風に言わないで。本当に素晴らしい人なんだ。朕の命の恩人だし。それに彼女から蒸し返すことなんか絶対ないから大丈夫。」
「そんなにこてんぱんにやられたのか。」梁途が嬉しそうに茶々を入れた。
「違う。彼女が誰とも結婚できないんですと言ったんだ!」
そう劉煌が叫んだ途端、李亮も孔羽も梁途も皆一様に愕然として口をつぐんでしまった。
しばらくの沈黙ののち難しそうな顔をして李亮が口を開いた。
「誰とも結婚できない...って言ったのか?」
「うん、泣きながらそう叫んでいた。」
劉煌はうつむいてそう答えると、続けて「以前冗談でお嫁に行けなくなるわよと言った時も、親が嫁に行くのを禁じている口ぶりだった。あの時は結婚そのものが禁じられているとは思いもしなかった。」と寂しそうに言った。
「娘に結婚を禁じるなんて聞いたことない。どういうことだ?」
今までの攻める口調からうって変わって孔羽が、たいそう不憫そうにそう聞くと、劉煌は彼女の取り乱しぶりを思い出し呟いた。
「さあ、とにかくあの張麗が取り乱して泣いてしまうくらいだから、きっとよっぽどの事情なのだと思う。」
劉煌は彼らに顔を向けたが、まるで自分自身に言い聞かせるように静かに語り始めた。
「だから、みんなが心配するようなことにはならないよ。それに今はそれどころじゃないのは自分でもよく知っているんだ。だからもう誰も好きにならないって心に誓ってたんだ。それなのに皮肉なものだ。そういう時に限って、狂おしいくらいに惹かれる人が目の前に現れてしまったんだ。自分でも今はそんな時じゃない、とにかくまず国を立て直さなきゃって、、、頭ではわかっているんだ。だけど、心は頭の言うことを聞いてくれない。。。彼女を、、、愛しているんだ。」
劉煌は、頭を抱え、まるで見えない何かに打ちのめされているかのように激白した。
劉煌の気持ちが痛いほどわかってしまった李亮は、劉煌の側にくると頭を抱えている劉煌の肩をそっと抱いて呟いた。
「お前が愛を探しに行った訳じゃない。愛の方がお前を見つけたんだ。それは人智ではどうにもならねえ。」
そして孔羽に向かって彼自身を慰めるように言った。
「お前、張麗さんと面識ないだろう?俺は彼女と一晩太子の面倒を見たから彼女の人柄は知っている。たしかに背景や家柄はわからないが、俺は陛下の皇后にふさわしい人だと思ってるよ。」
「そんな、とにかく彼女の家は彼女の結婚を禁じているんだろう?この話はこれでおしまいでいいじゃないか。」
梁途はそう言うと、食卓の方を振り返り「もう、せっかくの御馳走が冷めちゃったんじゃないか?さ、食べようよ!」と彼らを促した。
「珍しいな。孔羽のお株を取っちゃまずいだろう?」
すぐに李亮が梁途をからかうと、全員はさすがに幼馴染なだけあってすぐにいつもの調子に戻り、あーでもないこーでもないと他愛のない話をしながら楽しそうに食卓に向かった。
その間李亮は、ずっと劉煌の肩をがっしりと抱きしめていた。
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