第三章 模索
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
劉煌は、次の朝政で、閣僚たちに国勢調査を行うよう命じた。
これは、昨日行った屋台を張麗がずっと気づかなかったという事がヒントになっていて、山の調査のために中央の人材を全国に派遣することから、ついでに、全国民の戸籍と職業等を再度洗い直ししようと考えついたのである。
これは、劉煌としては、国防という面が大きかったのだが、徴税という点でも有意義なので、官職からは思ったほど反論はなく、調査内容と調査方法の詳細を翌日までの宿題として彼らに託して、その日の会議は終了した。
また、これも張麗がらみなのだが、彼女が守衛小屋を病室にしたことから、作る予定の医療施設を抜本的に考え直す必要がでたため、ここのところ劉煌は、夜はずっと設計士の出してくる図面を見ては、ダメ出しをしていた。
医療に関しては専門家でもあるので、こだわりも大きく、時間がかかっていた。
とにかく、国民の安全のためにも、1日も早く国を軌道に乗せたい劉煌は、濃いお茶をがぶ飲みしながら、眠気を抑え、仕事に邁進していた。
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土曜日の夕方、思いがけずその日は患者が少なかった張麗は、なぜか小高蓮と出会ってからのことを思い出していた。
あれだけ
振り回されているのに、
自らの身体を大事にしないことで凄く怒っているのに、
ことごとく自分の親切を無視されているのに、
何故か嫌いになれない。
、、、嫌いになれないどころか、むしろ…
劉煌にとって女を好きになることが想定外であったように、張麗にとっても好きになってしまう男の出現は全く予期せぬ出来事だった。
遥か昔、まだ幼い少女だった頃、ある少年に淡い恋心を抱いたことはあったが、それ以降十数年、彼女の心を喜びで満たしてくれる男性に出会うことは一度もなかった。
それどころか、医療の世界にいて、欲望に駆られた男の醜い姿を見るにつけ、彼女の男嫌いは年々酷くなっていった。
彼女の家系では、息女の結婚を禁じられていたこともあり、彼女はこれは不自然なことではなく、むしろ、彼女の使命を全うするために、自然と男嫌いになっているのだとさえ思っていた。
それなのに、小高蓮は、出会ってからずっと張麗の心に絶えず揺さぶりを与え続け、そしてそれは、彼女の心の片隅にあったあの少年への思慕と同じような感覚をえぐりだしてしまった。
だから、張麗は、それは自分の問題と言うよりも、小高蓮が本当に不思議な人なのだと思っていた。
張麗は、小高蓮からいらないと言われた彼の手拭いを取り出すと、彼が彼女の手首を掴んだ時の事を思い出した。
相手を全く見ることなく、気配だけで的確に動いている相手を捉える能力は、その手の訓練を受けなければできないはずである。
それにまるであの鷹が獲物を捉えるような気迫、いつもなよっとしている彼とは全く別人だった。
”一体何者なんだろう。”
”でもどっちみち、あと少しで......”
彼女が20歳になったら、彼女はこの地を離れ、使命を遂行しなければならなかった。
そう思うとあまりに自分の運命が悲しくなり、いつの間にか握りしめていた手拭いで張麗は頬を流れる涙をぬぐっていた。
そして手拭いを広げてみて、そこにある油の染みと涙の染みを苦笑しながら指でなでた。
しばらくその手拭いをぼーっと眺めていた張麗は、何を思ったのか、今度はクスっと笑うと、その手拭いをまたギュッと握りしめて棚に向かった。
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そして、また次の水曜日がやってきた。
勿論、張麗は研修開始ぎりぎりに飛び込んで、そして小高蓮は益々顔色が悪かった。
張麗は彼を一目見るなりため息をつくと、”やはり奥の手に出るしかない”と思った。
いつものように指導が始まったが、いつもと異なることは、張麗が終了間際に手をあげたことだった。
「ほう、張麗が手こずる症例がまた出たのか。」とギャラリーが苦笑すると、小高御典医長は、ギャラリーを一にらみして、張麗に向かって聞いた。
「どんな症例かしら。」
張麗はムスっとした顔で、
「小高御典医長に是非とも指導をお願いしたいケースですが、患者が医師の指示を無視する例です。」と言った。
「それは、聞き捨てならないな。医師の指示を守ってくれないと、治るものも治らないよな。」とあちこちから声が上がり、珍しく劉煌も、ギャラリーに「その通りよ。」と賛同した。
「それなので、小高御典医長ならどうやって患者に医師の指示を無視させないで、遵守させるかを教えてほしいのです。」
張麗がそう言うと、劉煌は大真面目な顔をして「こういうケースの多くは、医師と患者の信頼関係が成り立っていないのよね。その患者とはどれくらいの付き合いになるの?」と聞いてきた。
張麗は顔色一つ変えることなく「二月になります。」と答えた。劉煌は「そう」と言うと、「その患者は何か治療以外の話とかはしてくるのかしら?」と聞いてきた。
「いろいろしてきます。患者はおしゃべりで、特に美容と食べ物の話が多いです。」
そう彼女が答えると、劉煌は深刻に考え込んで、「相手の方が話してくるのに、それは不思議ね。余程指示内容が難しかったのかしら。あなたは、具体的にどんな指示を患者に出したの?」と聞いた。
彼女は、顔色一つ変えず相変わらず劉煌の目をまっすぐ見ながら「まず食養生のために、塩を渡しましたが使いませんでした。」と言うと、劉煌は両手を胸の前で組みながらうんうんと頷いた。
彼女は続けて「次に薬を煎じて飲むよう渡しましたがそれも飲みませんでした。」と言ったものだから、劉煌だけでなく、ギャラリーもこぞって「そんな患者がいるのか。それは医師のせいではない。患者のモラルの問題だ。」と憤慨した。
「それでその後、案の定倒れたんですが、今度は絶対安静期間を無視して外出しました。」と、張麗が劉煌の目をさらに真直ぐ見てこう言った時に、劉煌は、監督指導の対象になっている症例が自分であることに気づいた。
劉煌は素直に張麗の採った戦略に脱帽していた。
それと共に、彼女が、プロの医師としていかに真剣に患者に向き合っているのかを痛感した。
それは彼女と出会った時、患者の診療録を読んで知っていたことではあったが、こうして自分自身が直接彼女の患者となり、彼女の口から自分の病状を症例として挙げられた時、その知っていたと思い込んでいたことがいかにうすっぺらいものであったのか、今本当の意味でそれを智ったのだった。
彼女が医師として真剣に劉煌の体調を案じているのかを智ったことは、嬉しい反面、恐怖でもあった。
それは、それに対して自分自身が、いかに自身にも張麗医師に対しても不誠実であったのか、思い知らされたからであった。そして、自分自身が医師として患者に向き合ってきた時、果たして彼女ほどの誠実さで患者に接してきたのかを自戒せずにはいられなかった。
はたから見ると劉煌はただ黙っているように見えただろうが、ギャラリーは皆「絶対安静期間まで無視するそんな酷い患者がいるのか。そんなの面倒見ることないよ。」と口々に珍しく、いや、この研修が始まって初めて張麗に同情しながら言い続けた。
そして、張麗は今度はギャラリーに向かって「面倒見たくなくても、押しかけて診療を迫るケースだったらどうしますか?」と聞くと、一斉に「診察拒否。」という声が教室中に響き渡った。
張麗が”小高御典医長”の方を振り向くと、彼は下を向いて黙っていた。
張麗は、ここでダメ押しをした。
「その患者さん、よくわかっているのに、まだ無理しています。無理されるのはきっと深い訳があるのだと思います。でも私、その患者さんに本当に良くなって欲しいんです。だから小高御典医長、どうかお力をお貸しください。お願いします。」と言うなり劉煌に向かって深々と頭を下げると、自分の席に戻っていった。
これには、劉煌は本当に参ってしまい、返す言葉がなく困っているうちに研修時間は終了となった。
皆が教室から出ていく中、いつものように張麗だけ残って、解剖の準備をしていた。
劉煌は壇上から降り、張麗の方に歩み寄り、彼女の目の前で止まって「ごめんなさい。」と心から謝った。彼女が何か言おうとしたのを劉煌は手で遮って、「100%君の言う通りです。それなのに見捨てないでいてくれてありがとう。今後はもう少しちゃんと休むようにするよ。本当にごめんなさい。」と言って頭をさげた。
すると張麗は微笑んでただ「また寝ててください。解剖は一人の方がはかどるんで。」とだけ言った。劉煌も彼女に向かって微笑んだ。
「ありがとう。でも今日は終わったら必ず起こして。」と彼がリクエストすると、彼女も微笑んでうんと頷いた。
検死解剖が終わり、今日は”小高蓮”をちゃんと起こすと、張麗は彼と共に靈密院を後にした。
いつも張麗が一人で返しに来る鍵を、今日は二人で返しにきたことで、守衛の高明が驚いていると、「今後はずっとこうなると思います。」と劉煌が守衛に向かって言った。
門の外に出た二人は、同時に「どこに食べに行く?」と互いに聞くと、夜の闇の中に消えていった。
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