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第三章 模索

9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。

しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。


彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。


果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ

 

 劉煌が目覚めたのは、それから6時間経った後のことだった。


 自分のいつものベッドの上で、横には宋毅がピッタリとつき、明らかに心配そうな顔で劉煌の顔を覗き込んでいた。


「朝政にでなければ。」と言って起きようとする劉煌に、宋毅は、「ドクターストップで3日間は絶対安静です。ベッドから出ては行けないと固く言われております。」と必死に告げると、土瓶の煎じ薬を湯飲みに注いで劉煌に渡した。


 劉煌がちょうどその薬を飲み終わったころに、心配した孔羽が劉煌を訪ねてきた。


「朝政は心配するな。梁途が影武者やってるから誰も皇帝が寝込んでいるなんて知らない。国政は俺たちに任せろ。お前はとにかく休め。この5か月近くずっと休まる日がなかったんだから、どんな人だって倒れて当然だ。」

 真顔で孔羽がそう言うと、間髪入れずに「そうそう、皆で土曜日の晩、見舞いに来るから。」と今度はニヤニヤしながら付け加えた。そして劉煌の手から薬湯の入っていた空の湯吞みを取ると、劉煌を優しく寝かしつけた。


 まだ体調が万全でない劉煌は何も抵抗することなく、素直に「うん」と言うと、また眠りについた。


 張麗の見立ての通り、劉煌は生命力が強く、若いこともあって、どんどん病状は改善し、2日も立つと、安静にしていることに飽きてしまったほど元気になった。


 そして絶対安静期間最終日の土曜日に至っては、「もう仕事に復帰する!」と言って、周囲を困らせた。周囲は困り果てて、張麗に往診の依頼をするかでもめたが、


<皇帝の居所である天乃宮の、皇帝の寝室の、皇帝のベッドに寝ている小高蓮>


 をどうやって診て貰うのかという難問を解決できる人物がおらず、結局宋毅がそのまま劉煌の御守りを引き続き行うことになってしまった。


 ふてくされた劉煌は、腕を頭の上で組むと、ジッと天井を見た。


 そして、薬が今日の分までしか無いことに気づくと、「診察を受けに行く!」と言って今度こそ周りの言うことを頑として聞かなくなった。


「確かに、もうお薬は無いんですよね。」宋毅は困ったようにそう言うと、

「そうだろう?だから来てもらうか、行くかのどちらかしか選択肢は無いんだよ。」と劉煌は嬉しそうにそう告げ、ベッドから出ていそいそと着替え始めた。

 皇帝のお召し変えは宦官の仕事であるから、宋毅は慌てて、自らどんどん着替えている劉煌から着物を奪うと、着替えの手伝いを始めた。

 着替えのため両腕を広げながら、「馬車の用意をして。」という劉煌を恨めしそうに見上げると、宋毅はいつもよりきつめに帯を巻いてやろうとしたが、ここ数日殆ど食事も取れずに寝てばかりいた劉煌は、益々やせ細っていたので、宋毅のリベンジは空振りに終わってしまった。


 「やれやれ」と思いながら着替えの終わった主の馬車の準備をし、主を馬車に乗せ、馬車の横について歩き出した宋毅に、馬車の窓から劉煌が顔を出して、「何しているんだ。」と聞いてきた。


「御供ですが。」と宋毅は何を聞いているのか?という顔をして答えた。

「御供なんかついてきたら身分がバレるだろう。ついてくるな。」

「お言葉ですが、そのお身体の状態で途中何か起きたりしたら、、、」と宋毅が言い返すと、「御者を謝墨がやってくれているんだ、大丈夫だ。」と劉煌はそう言って窓のカーテンをぴしゃりと閉めた。


 これに怒った宋毅は、「わかりました!」とだけ言うと、踵を返し、どこかへ走り去った。


 劉煌が馬車に揺られ街中にいた頃、宋毅は、大将軍府に着いていた。


 看病疲れも相まって、怒りのあまり涙ながらに状況を訴える宋毅をヨシヨシなだめながら、大きなため息をついた李亮は、子供を諭すように「わかった、わかった。お前は全く悪くない。悪いのは奴だ。」と身体を小さく屈ませて宋毅の顔を覗き込むようにそう言うと、「しょうがない。私が『切り裂き張麗女史』の所に見に行ってくるから。」と付け加えた。


 それを聞いた宋毅は余程嬉しかったのか、「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と深々と頭を下げると、そそくさと皇宮に帰っていった。


 全くとぶつぶつ言いながら張麗の家に向かった李亮は、張麗らが暮らす長屋の門の外に、中の様子を伺っている白凛が立っていることに気が付いた。


「何だ、お凛ちゃん、耳が早いな。」

 白凛が劉煌の外出情報をもう掴んでいるのかと思った李亮がそう声をかけると、白凛は驚いたように振り返った。


「何でここにいるの?」と聞く彼女に、「お凛ちゃんこそなんでここにいるんだよ。」と顎で張麗の家の方を指しながら李亮が聞くと、彼女は、「あれから私はずっと『自称張麗』を見張っているのよ。」と真剣な顔をしてそう言った。


「太子が来ただろう?」と彼がサラッと聞くと、

「いいえ。来てないわ。」と白凛はまるであなたは何を言っているの?という顔をして答えた。


「それじゃあ、あいつどこに行ったのかな?張麗とかこつけて、町に他に女でもいるのかな。」

顎に手をやりながらボソッと李亮が独り言を言った。


 李亮の独り言がよく聞こえなかった白凛は、すぐさま「何?何よぉ。」と聞いてきたので、以前一夫多妻制の話でブチギレた白凛をパッと思い出した李亮は慌てて「何でもない」と笑って誤魔化した。


「太子がここにいないんじゃ、ここにいてもしょうがないな。行先がわからないんじゃ対処しようがない。奴には謝墨もついているし、子供ではないのだから大丈夫だろう。」

 と一人で納得したように呟くと、閃いたように、李亮は、その切れ長の目をさらに流し目にして白凛を見つめながら彼女に向かって手を差し出し、

「そうだ、お凛ちゃん。ここで会ったのも何かの運命の導きだ。これからデートしよう。」と誘った。


 白凛が「ふざけないでよ!」と李亮の手をぴしゃりと払った、まさにその時、ガラガラと馬車の音が遠くから聞こえてきた。


 ハッとした二人はすぐ物陰に隠れると、馬車は張麗らが暮らす長家の門の前で止まった。


 中からは案の定、劉煌が出てきたが、その手には木製のオカモチがあった。


 どうもどこかの料理屋に寄ってきたのだろう、辺りは美味しそうな匂いが立ち込め、道行く人達も反射的に鼻をクンクンさせた。


 劉煌はそのまままっすぐ張麗の住処の前まで来ると、扉に掛けてある木でできた診察終了札を一瞥してから「ふんっ!」と言って、その札を指先で払うと、扉をノックした。


「今日の診察はもう終わってますけど、、、」と言いながら扉を開けてきた張麗に、身体をくねらせながら、「わかってるわよ。それを見計らって来たの。もうこの前の薬が無いから、また続きを診察して。」と劉煌は言って、いいと言われていないのに、ずかずかと家の中に入っていった。


 李亮と白凛が遠くから様子をうかがっていると、どうも張麗は、扉のところに立ったまま、大きなため息をついて、外を遠い目でみているようだった。

 扉のところに、茫然として外を向いてつっ立ったままでいる彼女に、中から男のだみ声で、

「早く、そんなとこに突っ立ってないで中にお入りなさいよ。あっ、私の分のお箸もある?」という声が聞こえてきた。

 その声に張麗はガクッと頭を落とすと、扉を開けっぱなしのままで渋々と中に入っていった。


 その様子をつぶさに見ていた李亮と白凛は、お互いに顔を見合わせると、二人同時に「何食べたい?」と聞いた。


 張麗の家の中では、劉煌がいそいそとオカモチから料理を一品ずつだしては、テーブルの上に所せましと皿を並べていた。


 劉煌は、

「ここの店はこうやってテイクアウトできるのよ。便利よね。さて、肝心のお味の方はどうかしら?」と呟くと、どこから探し出したのか、お箸を手に持って料理をつまみ始めた。


 張麗は目の前の光景の意味がわからず、突っ立ったまま、つっけんどんに

「何しに来たんですか?」と劉煌に聞くと、口の中いっぱいに食べ物を詰め込んでいた劉煌は、片手で口を抑え、もう一方の手で、待ってというポーズを取って、素早く食べ物を噛んで飲み込んだ。


 はああと言ってから、劉煌は彼女の顔を真直ぐ見て「受診よ。」と真顔で言ってから、また箸で料理をつまんで口に運んだ。


「料理食べているように見えるんですが。」歯ぎしりしながら張麗が低い声でそう言うと、劉煌はしれっと

「そうよ。だって冷めちゃうじゃない。だから先に食べて、それから診察を受けるの。ああ、久しぶりにまともな物食べたわ。とっても美味しい。ほら、あなたも早くお食べなさいな。」と言って、手振りで張麗に席につくよう促した。


 しばらく呆れた顔で劉煌の様子を見ていた張麗は、やっと観念したのか自分の席に座ると箸を手に持ち、料理に箸を伸ばした。


「私は病人で食べるのが仕事だから、レビューはあなたが書いてね。」とウインクしながら言う劉煌に、張麗はもはや付ける薬は無いという顔をしてみせると、青菜の炒め物を箸でつつきながら、突然「小高御典医長は、よいお友達をお持ちですね。」と言い出した。


 この質問に当惑した劉煌は、食べていたものにむせて、咳き込んでしまった。


 しばらく咳込んでから、咳の合間に途切れ途切れ「な、何よ、唐突に」という劉煌に、

「大将軍ですよ。本当にあなたのことを心配していらして。あんなに高い地位におられる方なのに、私のことも馬鹿にしないし、それどころか頭まで下げられて、、、あんな男性は初めて見ました。」と彼女はうっとりした目で答えた。


 この回答に劉煌は、一瞬で頭に来てしまった。

 第一に李亮がアホなことをぬかしていたこと。

 第二に張麗が李亮にうっとりしていること。

 第三に彼女が他の男にうっとりしていること!!!!!


 ”うん?どうして張麗が李亮にうっとりして朕が怒るのだ?”

 ”違う!うっとりしているからではなく、アホなことを抜かす李亮を褒めるから怒っているんだ!”


 劉煌の中でこんな想いが交錯し、彼は普段は否定している感情が無意識に浮き上がってきたことに、さらに腹を立て、その感情をまた無理やり無視してどこかに押し込むと、その怒りの矛先を李亮に向けた。


 ”あの野郎、てめえの身分さらしたら、私の今までの努力が水の泡じゃないっ!きっ!このままで済むと思うなよ!”


 そう思いながら、劉煌はかろうじて爆発せずに「あ、ああ。あいつね。」と顔を思いっきりしかめて嫌そうに言うだけに留めた。


 それなのにこの言葉に張麗は、すぐに箸を置き、姿勢を正すと劉煌に向かって、

「命の恩人に向かって、あいつとは何ですか。それに、いくら子供の時からのお友達だからって、相手は大将軍ですよ。」

 と、まるで母親が子供をたしなめるような口調で言った。


 張麗が言いたかったのは、おもに前者だったのに、劉煌に響いた言葉は断然後者で、


 ”どうやったら、’中ノ国’の小高蓮と’西乃国’の李亮が子供の頃からの友達になれるんだ!!!!!!!!!!あいつぅ、八つ裂きにしたる!!!!!!!!!!!!!!!”


 と怒り心頭になった。


 劉煌は食べるのをピタリと止め、両手を膝の上に乗せ、箸を握りしめて怒りをこらえていた。頭から湯気が出ないように気を配ったからか、頭に昇った血が顔に溜まり、顔が赤くなってきた。


 劉煌の箸が止まっていることに気づいた張麗が彼の顔を見ると、かなり赤い。


 ”まだ安静にしていてと行ったのに来るから、また熱がぶり返したんじゃ。”


 そう思った張麗は、とっさに熱をみようと立ち上がって劉煌のおでこに手を当てようとした瞬間、劉煌は、彼女の方を少しも見ることなく、パッと彼女の手首を掴んでそれを制止させた。


 驚いた張麗が、「体調大丈夫ですか?御熱があるのでは?」と聞くと、劉煌はその問いには答えず、彼女の手首を掴んだまま顔もあげずに、「あいつ他に何をしゃべった?」と低い声で聞いてきた。


「えっ?」と張麗が困惑していると、劉煌は張麗の手首を掴んだまま立ち上がると、鋭い目つきで彼女を睨みながら、「あいつは他に何を言ったのかと聞いているんだ!」と怒鳴った。


 この劉煌の爆発に、張麗は心の底から驚いた。

 ”こんな小高御典医長は見たことがない。凄い気迫だわ。”と思うと、ハッとして、先日の守衛小屋での大将軍と自分の会話を思い出した。


 ~3日前の守衛小屋~

「大将軍は、『こはる』という方をご存知ですか?小高御典医長はこの前も靈密院で寝ぼけてこの方の名前をおっしゃっていました。」

「小春は、、、これは俺から聞かなかったことにしてくれよ。小春は、奴の初恋の人なんだ。」

「そうなんですか!それなら、その方に来ていただくということはできないでしょうか?そうすれば、小高御典医長もきっと持ち直すと思うのです。」

「うーん、それが、そうも簡単にはいかないのさ。」


 人には誰でも触れられたくない過去があるものだという事を、痛いほどわかっている張麗は、自らを落ち着かせて彼にこう答えた。


「あなたが生死の境を彷徨っている時、彼は、あなたは何回死んでもおかしくない状況を乗り越えてきた人だから今度も大丈夫だと言ったわ。」

「他には!」

「他は、、、あっ、小さい頃から文通していたからお互いをよく知っていると。」


 ”はああ?なんだと!?”


 あまりの素っ頓狂な李亮の言い訳に呆れた劉煌は、思わず張麗を掴んでいた手を緩めてしまった。


 その隙に張麗は掴まれていた腕をひっこめると、胸の前で掴まれていた手首を自分の手で優しくさすりながら、うつむいて「先々帝の時代は、中ノ国と西乃国の子供同士に文通させる試みがあったそうですね。なかなかいい試みですよね。今はもうしていないんですかね?」と言った後に顔をゆっくりとあげた。


 彼は茫然としてそこに突っ立ったままだった。


 彼が何も答えてこないので、彼女は、「それだけです。」とだけ言うと、肩をすくめてから座って何事もなかったように料理を食べ始めた。


 しばらくそのままでいた劉煌は、我に返ると、自分の爆発に気後れして、ゴホンと咳ばらいをしてからそろそろと席に座ると、茶をすすった。そして、食べようとして箸をとり、料理に箸を伸ばした瞬間、同じ料理に手を伸ばしていた張麗の手首が視界に入った。


 彼女の手首には劉煌が掴んだ指の跡がしっかり赤く残っていた。


 ”しまった!そんなに強く掴んだつもりはなかったのだが。。。”


 劉煌は料理を取らずに箸を置き、辺りを見回して先日彼女へ渡した美容クリームの壺を探し始めた。すると、調合台の上に同じ壺があったので、咳払いをしてから、その壺を指さして彼女に「あれはこの前の美容クリームか?」と聞いた。

 彼女は口に箸を運んでいたので、ただ、うんうんと頷く返事をすると、彼は立ち上がって調合台に向かって行った。

 壺を手に取りテーブルに戻ってきた劉煌は、自分の席を素通りし、張麗の隣にやってきて跪いた。

 突然隣で跪いた彼に張麗が驚いていると、劉煌は彼女の手首を指さし、「申し訳なかった。」と言って、掌を上にして、まるで彼女にその手を自分の手にのせてくださいと言っているかのように手を差し出した。

 彼女は慌てて手をひっこめて箸を置くと、手首を隠すかのように手で押さえ、「大丈夫です。」と小声で言った。


「大丈夫じゃないよ。赤くなっている。本当に申し訳ない。ごめんなさい。」

 彼はそう言うと、壺の蓋を開けて中身をたっぷりと手に取ると、「この美容クリームは打ち身とかの赤味も早く綺麗に引かせるんだ。」と言って、再度彼女に手を差し伸べた。


 手首を隠して彼を見つめていた彼女は、しばらくそのままでいたが、彼の真摯な謝罪の意を感じたので、おずおずと彼の方に手を伸ばしてきた。


 彼の掌の上に乗った彼女の手は雪のように白く、華奢で、この手からは、大の男の死体を切っているなど、誰もとても想像できないだろうと劉煌は思った。

 そこにくっきりとついた赤い跡の所へ、彼は丁寧に且つとても優しくクリームを塗ると、自分の懐から手拭いをだして彼女の手首に巻きつけた。


 処置が済んだので張麗が礼を言おうとすると、彼はそれを手で制して、「命の恩人に失礼なことをした私に礼を言う必要はありません。こちらこそ本当に申し訳なかった。どうか許してください。」と彼女に深々と頭を下げた。


 ”この人、こんな一面もあるんだ。びっくり。”


 彼女は、どうしてよいかわからず、とりあえずテーブルに向くと、箸を持って料理をつつこうとした。ところが手首を手拭いで巻いているので、思うように箸が使えない。箸を持ち直したり悪戦苦闘していると、いつの間に席を移動させたのか、彼が、彼女の横から、「はい。」と箸で料理をつまんで、彼女の口元に運んでいるではないか!


「な、何するんですか?!」

「えっ、手首がそんなんだと食べにくいでしょう。食べさせてあげる。ほら口開けて。」

 許すとは一言も言われていないのに、普段の小高蓮の調子に戻った劉煌がそう言うと、

 張麗は慌てて自分の手で口をブロックして、「自分で何とかしますから結構です。」と言った。


 そんなことぐらいで怯む劉煌ではないので、「あら、遠慮しないで。あなただって、私が自分でできない時、薬を私の口に運んでくれたじゃない。おあいこよ。さあ、お口開けて。」と、彼女の手に箸がつきそうな勢いで料理を運んでくる。


 もう我慢ならなくなった張麗は、立ち上がって一歩下がると劉煌を下目で睨みつけて、

「おあいこじゃありません!あれは医師として患者に必要だったからやっただけで、今の私にそれは必要ありません!!そんな変なことすると許しませんよ!」と叫んだ。


 張麗は治外法権撲滅のために必要な大事なおとりであるので、許してもらえないと困る劉煌にとって、この一言はまさに鶴の一声だった。


 渋々と椅子を元の正面の位置に戻すと、劉煌は張麗に向かってまた「ごめんなさい。許して。」と言った。

 彼女は椅子に斜めに腰掛け直し、左手に箸を持つと、利き手でもないのに器用に箸を使い、あからさまに劉煌をけん制しながら料理を食べ始めた。


 劉煌は身体を左右にくねらせながらばつが悪そうに徐々に椅子に座ると、張麗を時折チラチラ見ながら料理を食べ始めた。


 しばらく無言で食べ続けていたが、何を思ったのか突然劉煌が口を開いた。

「私の状態、生死の境だったって言ったわよね。どういう治療をしたのか聞いてもいい?」


 張麗は食べるのを止めるとジーっと劉煌を見た。

 しばらくして張麗は劉煌と正面になるように姿勢を正すと、劉煌の闘病について語り始めた。


 ところが話が身体の清拭の話になると、劉煌は椅子から飛び上がって、斜めを向き両腕で

 胸を隠し、顔だけ張麗の方に向けて

「ちょっ、ちょっと!あなた、私の裸を見たの!?」と、金切り声をあげた。


「裸を見たって、大袈裟な。高熱で着物がすぐぐっしょりになるのに、着替えさせない訳にいかないでしょう?」と冷静に張麗が言う中、自分のその姿を想像した劉煌はどんどんパニックになった。


「そ、そんなの他の男にさせればよかったじゃない!!」と涙ながらに叫ぶと、彼女は半分怒りながら、「他の男たちが何もしなかったから私がしてたんです!」と叫び返した。張麗は自らの気を静めようとお茶に手を伸ばし、お茶をすすると「でも後から大将軍が手伝ってくださったんで、本当に助かりました。」と今度は本当に有難そうに嬉しそうにそう言った。


 ”李亮め!もう八つ裂きだけではすまないわよ!!”

 そう思いながら劉煌は、今度は「もう、もう、もう、お婿に行けないっ」と大きな目に涙をいっぱいためてうるうるさせながらそう叫んだ。


 話を変えようと張麗が「そうですか。小高御典医長は婿養子に入るおつもりだったのですね。」と言ってしまった為に、劉煌はここぞとばかりに「それは物のたとえよ。あなただって、嫁入り前の娘のくせに、男の裸なんかみたらお嫁にいけないわよ!」とブーメランを返した。


 それなのに「私は検死をやっているので、いつも男の裸を見ています。」と涼しい顔で張麗が答えるので、劉煌は「死んでいる男と生きている男では全然違うのよ!一緒にしないで!」とがなり立てた。


 そして、ゴホンと1回咳ばらいをすると、今度は小声で「本当に検死の話も外でしちゃだめよ。本当にお嫁に行けなくなっちゃうから。」と、劉煌は今度は手で彼女を諭すような仕草をしながらそう言った。


「大丈夫です。お嫁に行きませんから。」

「そんなこと言っちゃダメよ。」

「本当です。親も私を嫁に行かせる気、全くありませんでしたから。」

「・・・・・・」


 驚いて呆けている劉煌に張麗は「よそさまとは違うかもしれないけれど、うちの家はそうだったんです。だから女だけど、、、医者になれたんです。」というと寂しそうに微笑んだ。


 張麗は、気を取り直して、今度こそ話題を変えようと「その他にした治療ですが、、、」と話し出したが、劉煌は彼女の陰のある微笑みの方が気になってしょうがなかった。


 ”君は本当にいったい何者なんだ。。。”


「・・・・・・ということで、どうしますか?」

「はあ?」

「今日の治療ですよ。鍼を打っておきますか?」

「あ、お願いするわ。」

 

 劉煌は、サッサと着物の上部をはだけると、治療台の上にうつぶせになって横たわった。もう眠るのは飽きたと思っていたのに、鍼治療が始まると、劉煌はすぐにいびきをかいて眠りについた。


 それを見た張麗は、クスっと笑うと「本当に面白い人。」と言って、彼の腰から下に布団をそっと掛けた。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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