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第三章 模索

9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。

しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。


彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。


果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ

 しばらく二人の間で沈黙が続き、張麗がたらいの水で手拭いを絞る音だけが小屋に響いていた。


 沈黙を破ったのは意外にも張麗だった。

「ただ、小高御典医長は、こうやって拝見していると、なにかとても生命力が強いお方のように感じます。普通の方ですと無理な状態でも、なんとか乗り切られる底力をお持ちのように私には思えます。」と劉煌の額の汗を拭きながら、李亮を励ますように、彼に向かって上品に微笑みながら言った。


 すると「そうなんだよ。奴は何回死んでもおかしくない状況を乗り越えてきたんだ。だから今度も大丈夫だ。」と自分に言い聞かせるように李亮は宣言した。

その李亮の力強い言葉に張麗は一瞬励まされたが、次の瞬間、どうして武官のトップが、着任してわずかの御典医長の私生活を知っているのか不思議になった。


「失礼ですが、大将軍は小高御典医長と懇意でいらっしゃるのですか?」

張麗が怪訝そうに李亮に聞いてきた。


 表向き小高蓮は、1か月前に西乃国の皇帝が中ノ国から呼び寄せた医師ということになっているので、西乃国の大将軍である李亮が彼の過去を知っているというのは、妙な話になる。


 つい切羽詰まった状況で自分を落ち着かせるために吐いた言葉だったが、自分は落ち着かせたものの相手の不信感を煽ったことにようやく気付いた李亮は、せっかく落ち着いたのも束の間、今度は小高蓮と自分の関係性をどう誤魔化すかでパニックになってしまった。


「こ、懇意って、た、ただの、、、、、、、、、文通相手だったんだ。」


 苦肉の策で口から出た出まかせに、自分でも”アホかお前”と突っ込みながら李亮が張麗の方を向くと、張麗も口をぽかんと開けて驚いている。


 彼女の顔をみてやばいバレると思った李亮は咄嗟に、以前、自分が丁稚だった刀剣屋の出羽島支店長が言っていたことを思い出した。


 ”そうだ、小さい嘘は騙しにくいが、大きい嘘ならみんな騙されるっていうからな、最高に大きくしたれ~!ええい、ままよ。”


 開き直った李亮に敵はいなかった。

 彼は彼女の前で彼が考えうる最も大きいはったりをかました。


「先々帝の時代は、国際交流のため、互いの国の子供同士に文通させる試みがあったんだよ。」

「はあ。」

「それで小さい頃から小高蓮のことはよく知っている。」”うん、そうだ。我ながらよく乗り切った。”


「はあ。それなら大将軍は小高御典医長のお友達ってことですか?」

「その通りだ。」”これで大丈夫だ!俺って凄い!”


「それなら話は早いわ。小高御典医長の着替えをお願いします。」

「・・・・・・」 ”えっ!?”


 自分のついた嘘を上塗りしていった結果、まったく思いがけない展開になり、李亮は完全に声を失っていた。そんな彼のことなど構っている余裕のない張麗は、真剣に李亮に訴えた。


「熱でかいた汗が冷めると身体を冷やしてしまうので、治りにくくなってしまうのです。さっきまで私しかいなかったので、着替えさせる時、手が足りなくて身体を少し冷やしてしまうことになってしまったけど、お友達の方が着替えさせてくだされば、その間に身体の汗を私が拭きますから、身体が冷える心配がないんです。」と頷きながら力説すると、張麗はたらいの位置を少し右横にずらした。


 この言葉に李亮は辺りを見回すと、相変わらず守衛小屋の周囲には大勢の(無能な、何もしない)医者たちが取り巻いて、中を覗き込んでいる。


 ”太子!!古今東西皇帝の数は山ほどおれど、公衆の面前で裸にされた皇帝は、きっとお前だけだー!” 


 李亮はそうでなくともわずか二十歳そこそこで、既に波乱万丈過ぎる人生を送っている劉煌に、また一つ逸話ができることに心底同情した。


「大将軍、早く!」そう張麗にせかされて、李亮はハッと我に返ると後ろを振り向き、

「お前ら手伝う気ないなら、見るんじゃねー。とっとと失せやがれ!」と叫ぶと、劉煌の側により、膝まづいて彼の着物に手をかけた。


 ”とほほ、俺が脱がしたって知ったらお前怒るだろうな。。。”

 ”でも怒っていいから治ってくれ!”


 そう思いつつ、李亮はその大きな身体で守衛小屋周囲のギャラリーの視界をさえぎりながら、劉煌の着物を脱がし始めた。少しずつ露出する肌を、すかさず張麗が速やかに、且つ少しの拭き残しもなく拭いていく。そして拭ききると同時にその場所に布団を掛けていく。全てを拭き終わったところで、新しい着物を着せるのだが、その着物を見て、また李亮は仰天した。


 ”皇帝なのに、守衛服かよっ!”

 ”ふうぅ。でもお前が悪いんだからな。身分を隠すからこんなことになるんだ!”


 張麗が汗まみれになった着物を洗っている間に、李亮はぶつぶつ呟きながら劉煌に新しい着物を着せていった。


 李亮が劉煌を着替えさせて布団を掛けてまた横にすると、着物を干し終わった張麗が戻ってきた。


「大将軍ありがとうございます。やっぱり一人でやるより二人でやる方が患者も楽なようですよ。ほら見て。だいぶ顔色が良くなってきましたよ。」

 そういうと張麗は李亮の横にチョンと座り、劉煌の脈をとり始めた。


 目をつむりながら、何度もうんうんとうなづいて脈を取っている張麗に、李亮は心配そうに「どうだ?」と声を掛けた。張麗は劉煌の手首を静かに放し、彼の腕を身体の横に優しくそっと置くと、おでこに手をあてた後、耳の下や首を触ってから、腹に手をあてて叩き、「希望が少し見えてきました。」と李亮に向かって微笑んで伝えた。


「おおそうか!良かった!」と雀躍せんばかりの李亮に、

「まだ予断は許しませんが。」と申し訳なさそうに伝えると、張麗は立ち上がってかまどに向かった。張麗は火を起こしやかんをかけると、李亮に向かって「靈密院で薬を取ってきます。すぐ戻ります。」と告げて、守衛小屋から出ていった。


 李亮はしばらく茫然としていたが、張麗の代わりに劉煌の額の汗を拭くことを思いつくと、たらいを手元に引き寄せ、たらいの水の中に浸っていた手拭いを絞った。さあ、拭いてやろうという段階で、張麗が靈密院から戻ってきた。張麗は劉煌と李亮の様子をチラッと見ると、彼らに背を向け、かまどのやかんをどけ薬を煎じ始めた。


 劉煌の汗を拭いてやることに集中していた李亮は、張麗がお茶を出してくれていることにしばらく気づかなかった。李亮は出された御湯呑みを見て、自分の喉がいかにカラカラなのかに気づき、湯飲み茶わんをむんずと掴むと勢いよく1杯飲み干した。それを見ていた張麗がまた1杯出してくれたので、それをまた一息で飲み干すと、張麗は今度はそれより一回り小さな御湯呑みで茶を出した。李亮はそれを飲もうとした時、そのお茶がとても良い香りであることに気づくと、芳香を楽しんでからお茶をすすった。


 ”ほう、『切り裂き張麗女史』は、かなりのお茶入れ名人だ。これは興味深い。太子が気になるのも仕方ないな。”


 張麗の背中を見ながら、李亮が一休みしていると、小さな「うーん。」といううめき声が下の方から聞こえてきた。


 李亮と張麗はその声に気づくと、同時に劉煌の方向に振り向いた。


「こはる…」


 李亮と張麗はお互いに顔を見合わせると、張麗はどういうこと?という顔、それに対して李亮はやれ困ったという顔をしていた。


”あの時も寝言で”こはる”って言ってらした。”

張麗は、先日の御典医長室での彼の寝言を思い出し、李亮なら何かわかるかもしれないと思い切ってその話を切り出した。


「大将軍は、『こはる』という方をご存知ですか?小高御典医長はこの前も靈密院で寝ぼけてこの方のお名前をおっしゃっていました。」


 ”そうか、奴、まだ小春を振り切れてないんだな。哀れな奴め。。。”


「小春は、、、」と言い始めた李亮は何か思い出したように、

「これは俺から聞かなかったことにしてくれよ」と前置きした上で、ばつが悪そうに、

「小春は、奴の初恋の人なんだ。」と白状した。


「そうなんですか!」と張麗は少し戸惑ったような顔で答えると、しばらく考えこんでから、

「それなら、その方に来ていただくということはできないでしょうか?そうすれば、小高御典医長もきっと持ち直すと思うのです。」と言いだした。

「うーん、それが、そうも簡単にはいかないのさ。」

 李亮は、白凛から聞いた小高蓮と小春の複雑な関係を思い出し、はあと大きなため息をついた。

「そうですか。。。」残念そうにしながらも張麗はそれ以上は何も聞かず、たらいの手ぬぐいを絞ると李亮にそれを渡し「お願いします。」と言って、またかまどに向かった。


 やがて辺りに煎じ薬の何とも異様な匂いが充満し始めると、李亮は思わず顔をしかめて呟いた。

「その薬、まずそうな匂いだな。」

 看病疲れもあって、思わず本音を言ってしまった李亮は、”しまった!”と思ったものの、張麗は全く気にしていなさそうどうころか、むしろ嬉しそうにしていた。


「まずそうな匂いに感じるなら、健康な証拠です!」

 張麗は李亮に向かってコロコロと笑いながらそう答えると、またかまどに向かって薬を火からおろした。


 彼女は薬をそのままにして李亮の傍まで来ると「もうそろそろまた鍼を打とうと思います。」と言って、カバンから針刺しを取り出し、劉煌の枕もとの上にあるろうそくに火をつけた。


「はり?」

「はい。お聞きになられたことの無い治療法かもしれませんが、よく効くんです。小高御典医長もご興味を持たれたようで、鍼一式を注文されていました。お手元にあったら御自身で刺すこともできたので、ここまで酷くなることも無かったと思うのですが。」

「なんでもいい。こいつが治るなら、なんでも。」


 李亮の切羽詰まった言いように張麗は微笑みながら続けた。


「さっきは一人きりだったから、頭しか刺せなかったんですが、今度は背部にも刺せるので、もっと良くなると思いますよ。」と張麗は李亮が安心するようにそう告げると、李亮に劉煌の上半身を抱きかかえさせ、劉煌の襟元を広げ首から肩に掛けて、何本かろうそくの火であぶった鍼を打った。

 次に背中が冷えないようにと脇の下で身体に布団を巻きつけ、前で李亮に布団の先も持たせると、今度は頭に何本か鍼を打った。

 そのままの状態にして張麗だけ枕もとから離れると、彼女はしばらくして煎じ薬と白湯を持って戻ってきた。

 煎じ薬と白湯をテーブルの上に置くと、彼女は劉煌に刺した鍼を全部抜き、李亮を劉煌の後ろに座らせ、李亮の身体を劉煌の座椅子にした。そして、煎じ薬を飲ませようと劉煌の口元に蓮華ですくったそれを近づけた。

 すると意識の無い劉煌の鼻が突然ピクピクと動いた。

 張麗は、彼女の正面に茫然として座っている李亮に微笑むと、

「これなら自分で飲むかもしれませんね。飲んでくれたらまた一歩前進です。」

 と嬉しそうに言った。

 そして、煎じ薬を更に口元に近づけ、少し開いた口に蓮華で極少量入れると、劉煌は力強くごくりとそれを飲んだ。

 それを三口ほど繰り返した後、張麗は口に含ませるものを薬湯から白湯に変えると、劉煌は喉を鳴らしてそれを飲み干した。


 その様子を見ていた李亮は、やったー!という感じに喜んだが、すぐに張麗からまた着替えが必要と言われて、しゅんとなった。


 李亮が劉煌を着替えさせるのはこれで2回目なので要領はよくなってきたが、それでも意識の無い大の男を着替えさせるのは一苦労である。


 黙々と劉煌の身体を拭いている張麗を見て、李亮は「これで着替えは何回目か?」と聞いた。「4回目です。」手を休めることなく彼女がそう答えると、「二人でも大変なのに、あんた、よく一人で2回もやったな。」と李亮は感心して言った。


 すると、彼女は今度は李亮を見て「私の父は身体が弱くて、小さい頃からよく看病していたので慣れているんです。」と笑った。

「それで女なのに医者になったのか。」と思わず李亮が呟くと、張麗は手拭いをしぼりながら「そうなんです。」と楽しそうに答えた。


「おんなじだな。」李亮が遠くを見るような目で言った。

「はい?」張麗は怪訝そうに首を傾けた。


 李亮は、今度は張麗の目をしっかり見ると「こいつと同じだ。」と言って劉煌を指さした。

「こいつの父親も病気勝ちで、何とか治したい一心で医者になったんだよ。」


「まあ。」と驚いて口元を手で抑えた張麗は、先日の小高御典医長の町医者たちへの爆発を思い出していた。


 ”だからああ言ったのね。”

 張麗はそう思うと、ふっと微笑んだ。



お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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