第三章 模索
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
皇宮の銚期門では、今日も年老いた守衛の高明が守衛小屋の中に座っていた。
「高明さーん、高明さーん」
遠くで若い女の声がする、、、
だが、高明はもう年で耳も少し遠くなっていたので、それも気のせいだと思っていた。
ところが、その声はどんどん近づき、彼でもそれは空耳ではないことに気づくと、彼は慌てて守衛小屋から飛び出した。
見ると張麗が息せき切ってこちらをめがけて走ってくる。
”まだ明るいのに今日はどうしたのだろう?検死はなかったのだろうか?”そう思いながら、彼女に向かって声をかけた。
「いやー、張麗さん、今日は早いね。」
「高明さん、小高御典医長が倒れたの。横にしたいので、どこかベッドのあるお部屋がないかしら?」
「いやー、それは大変だね。お部屋はわからないけれど、守衛小屋には粗末だけどベッドがあるよ。」 高明は、そう言うと彼の後ろにある守衛小屋を指さした。
張麗は、「見せてくれる?」というと、高明の許可も待たずにずんずん守衛小屋に向かっていった。
守衛小屋は約8畳の部屋に寝床一式と簡易キッチンが備わっており、裏手には厠まであった。外から良く見えるのは難点だが、それ以外は病人を治療するのに持ってこいの場所だった。
”これはいい!”
「高明さん、ここ借りるわ。小高御典医長をここに運んでくるので、片づけておいてね。」
張麗は、嬉しそうにそう告げ、高明の返事も待たずにまた靈密院に向かって走り出した。
高明は呆気に取られていたが、首を横に振ると、「やれやれ」と言って守衛小屋に入っていった。
*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*GM*
張麗が、靈密院に戻ると、靈密院付医師達は皆書物と睨めっこをしており、町医者どもは、倒れている小高蓮にマント一つ掛けてやることもなく、放置状態だった。
張麗が、呆れて声をかけると、皆一斉に「責任が・・・」と言いだした。
「だって、もし何かしてそれが原因で小高御典医長が亡くなったら、皇帝のお気に入りの人物を殺した訳になるから、我々の首どころか一族皆殺しになるかもしれないぞ。」
口々にそう言い訳をし、皆尻ごみをしている。
張麗は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「それなら私が診るから大丈夫。何かあってもあなたたちのせいにはならないわ。だけど、彼を守衛小屋まで運ぶのは、手伝ってよ。」
彼女はそう宣言すると、今度は靈密院付医師達に向かって、
「タンカ位あるでしょ?持ってきて。あと山ほどの手拭いと着替え、それから勿論たらいも。」
と命ずると、小高蓮の横に駆け寄り、彼の脈を取り始めた。
「かなり乱れているだろ。悪いことは言わない、やめとけよ、張麗。凄い高熱だし、まじで助かるかわからないぞ。情けをかけたばかりに自分の命、いやそれだけじゃすまない、、、一族の命を落としかねないんだぞ。」と、あの林修が心配そうに声を掛けてきた。
しかし、張麗の意思は岩のように固かった。
「林先生、みなさん、ありがとう。大丈夫よ。私、失うものは何もないから。」と周囲に告げ、張麗はすっと立つと、小高蓮のそばを離れ、衣桁からマントを取って小高蓮にそっと掛けた。
*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*
皇帝付きの筆頭宦官は原則として皇帝に始終くっついて回る。
だから原則として宋毅は、劉煌に始終くっついて回るはずなのだ。
ところが、劉煌の場合は普通の皇帝と違って2重生活を送っているので、劉煌が小高蓮として振舞っている時は側から離れている。
劉煌は、毎日午後は天乃宮の執務室で書物など読み自己研鑽に励んでいることになっているから、宋毅も皇帝の居所:天乃宮で、そこにいない主をまるでいるかのようにふるまっている、、、もといふるまわされている。
天乃宮は平屋の建物だが、湿気を避けるためと威厳を保つために、高床式の構造になっていて、1階でも地上からの高さは通常の建物の2階から3階の高さになっていた。また、部屋の周囲は全て広い屋根付きの外回廊が張り巡らされており、どこからも眺望の良い、下々を見渡せるような造りになっている。
その日はお天気がとても良かったので、宋毅は劉煌の寝具などを日干ししようと、外回廊の欄干に布団を干させていた。午後になったので布団を中に入れさせようと別の宦官:蘇片と外回廊に出てふと下を見下ろした宋毅は、靈密院から人がタンカに乗せられて運ばれていくのを目撃してしまった。みるみるうちに真っ青になった宋毅は、よろけて欄干にぶつかり、干していた布団をバサッと落としてしまった。それを横で見ていた蘇片は、慌てて宋毅を欄干につかまらせてから布団を拾い「宋公公、どうなされました」と声を掛けた。
宋毅はいつもよりさらに高めの声で、「だ、大丈夫よ。ちょっとめまいがしただけ。布団はお願いね。」と告げると、天乃宮の外階段を転がるようにかけ降りて行った。
「まさか、、、運ばれているのは陛下?何しろずっと多忙でお疲れだし、先週のこともあるし。。。」
そう思いながら、宋毅はタンカの一団に近づくと、たらいを持って付いて行っている靈密院の医師に、声をかけた。
「あら、こんにちは。今日は何かあったの?皆さんお揃いで、訓練か何か?」
すると、その医師は急にその場で立ち止まった。そして辺りを2,3回見まわして、声が聞こえる範囲内に人がいないことを確認した後、「御典医長が倒れたのよ。」と宋毅の耳元でそっと囁いた。
”やっぱりー!!!”
嫌な予感が的中してしまった宋毅は、とっさに機転を利かせた。
「陛下にお知らせした方がいいかしら?」
「かなり危険な状態だからお知らせした方がいいかもしれないな。」
「!?!」
卒倒しそうになりながらも、さすが筆頭宦官に選ばれただけある宋毅は、そこでグッとこらえ足腰に力を入れて踏ん張った。そしてうわずった声で聞いた。
「で、では、陛下にお伝えしに行くわね。と、ところで、どこに連れて行っているの?」
「寝床のある部屋が無いので守衛小屋に連れて行っているのよ。」
その医師が平然とそう答えたのを聞いた宋毅は、今度こそ本当にめまいがしてぐらぐらしてしまった。
”こ、皇帝陛下を守衛小屋に!?”
宋毅はめまいでふらつきながらも、喉から吹きだした泡をごくりと飲み込んでおさえ、息も絶え絶えに、彼に答えた。
宋毅は、「わ、わかったわ。とにかく知らせてくる。」とだけ言って、よろよろしながら来た道を蛇行して帰っていった。
”と、とにかく、私では何も役に立たないわ。誰に相談したら。。。”と、ふらふら歩きながら思っていた宋毅は、先週のことを思い出し、気を取り直して、辺りを見まわした後、速足で旧後宮の方に向かっていった。
旧後宮では、塀の建設が急ピッチで行われていた。
今日も、西乃国の空は青く晴れ渡っている。
お塀建設の総現場監督という肩書で、パティオにどっかり座り、ただ扇子を仰ぎながら悠長に様子を見ているだけの仕事をしていた李亮の視界に、突然ここでは見ない宦官のユニフォームを着た人が入ってくると、その人物はわき目も振らずにこちらめがけて足早に近づいてきた。
李亮は左右を見渡すが他に誰も人はおらず、思わず向かってくる宦官に「俺?」と聞いているかのように、右手の親指で自らを指さした。
宦官はやはり左右を見てから、大きく頷くと共に李亮を指さしながらどんどんと近づいてくる。
その気迫に李亮は思わず席から立つと、ジッとその宦官を見た。
”えっ、あれは、、、宋公公?”
”なんで宋公公がここに?なんか太子からの言付けかな。”
”俺何もへましていないよな。なんだろう。。。”
そう思っている内に宋毅が李亮の目の前に立つと、宦官特有の挨拶をしてからおもむろに顔をあげた。
ところがなんとその目には涙が浮かんでいる。
「ど、どうしたんだ。宋公公。」
扇子をぴしゃりと畳むと、李亮は腰を屈めて宋毅の肩をよしよしという感じで優しく叩いた。
宋毅はまた周りを見渡すと、涙をポロッと流すと、
「宋某は、死にそうです。」と呟き、李亮が何で?と聞く間もなく、今彼が見てきたことを洗いざらい李亮にぶちまけた。
真っ青になり「なんだと!太子が!?」とだけ言った後、李亮は、辺りを見回し大声で「誰か、誰かある!」と叫んだ。
それに気づいた現場監督の一人が慌てて駆け寄って李亮の前に膝まづくと、李亮は「私は急用ができた。しばらく帰ってこないからしっかり工夫を監督しておけよ。」と命ずると、宋毅の首根っこを掴んで足早に旧後宮から立ち去った。
「陛下は大丈夫でしょうか?」
首根っこをつかまれて引きずられるようについて行っている宋毅が、心配そうにそう李亮に聞くと、
「大丈夫だ。あいつの悪運の強さは知っているだろう?9歳であんなことがあっても一人生き延びて、あの若さでこの国を取り返したんだ。こんなことで死ぬわけがない。死んでたまるかよ!」と答えた後、宋毅の首根っこを勢いよく放した。
宋毅がなぜ解放されたのか訳のわからない顔をしていると、「お前はあいつが天乃宮の自室にこもっているふりをしていろ。俺がいいって言うまで誰も通すな。誰もだぞ。たとえ孔羽が言ってきても通すな。」と李亮は元参謀の本領を発揮すると、いつの間に戻っていたのか目の前の天乃宮を指さした。
「わ、わかりました。」と答えた宋毅はくるっと進行方向を変えて、よろよろしながら天乃宮の階段を駆け上って行った。
それを見届けた李亮は、今度は銚期門の守衛小屋に向かって一直線に大きなストライドで走り出した。
幸運なことに李亮の顔を知っているような上層部の連中たちはもう皇宮内にはいない時間帯になっているから、走っている李亮を見ても、誰も気にも止めない。
李亮が目的地に到着した時には、守衛小屋の周辺を医師達が取り巻いていて、中の様子はうかがいしれなかった。
李亮は、息を整えてから、ゴホンと咳ばらいをすると、遠巻きにしている医者たちが何かと李亮の方に振り向いた。
「陛下からの使いだ。御典医長の様子はどうだね。」と李亮が告げると、医者の人垣がまるでモーゼの十戒のように左右にサーっと引き、守衛小屋入口までの通路ができた。
「うおっほん!」と咳ばらいをしながら、医者の人垣の中を、偉そうに広げた扇子を揺らし大股で練り歩き、そのまま守衛小屋の入口から中に入っていった李亮は、中の光景を見て不覚にも手から扇子をバサッと床に落としてしまった。
そこには、顔が赤黒く変わり果て、ぐったりして横たわっている劉煌と、彼の汗をぬぐい必死に看病している女の子がいた。
李亮は血相を変え、すぐに後ろを振り向いて怒鳴った。
「おい、医者はいないのか!早く診てやれよ!」
すると外の医者達と中の女の子が一斉に「診てます!」と叫んだ。
驚いた李亮が、劉煌を看病している女の子を見ると、女の子は李亮の方を振り向きもせず「私が診ています。あなたは誰ですか?」と言いながら劉煌の額の汗をぬぐい続けた。
李亮が適当なことを答えようと思った矢先に、部屋の片隅に居た老人が狼狽しながら、「張麗さん、この方は大将軍ですよ。」と小声で彼女に話しかけた。
”なんと、この子が、あの『切り裂き張麗女史』か!ということは、劉煌は京安で一番いい医者に診て貰っているってことだな。それは良かった!安心材料だ。”
李亮がそうホッとしている時、劉煌を診ていた張麗は逆に不安になっていた。
”大将軍ともあろう方がなぜここに?”
そう疑問に思った張麗は、劉煌から視線を外した。
「高明さん、悪いけど、たらいのお水を変えて貰っていいかしら?」
彼女はそう高明にお願いすると、手拭いをたらいの中に落としてから立ち上がった。彼女は自分の額の汗を袖でぬぐうと、李亮の方を振り返り、彼に向かって歩き出した。
彼女は李亮の前に立つと丁寧にお辞儀をした。
「大将軍、私は京安の町医者で張麗と申します。先ほどは失礼いたしました。ご無礼をお許しください。」
李亮は勝手に想像していた『切り裂き張麗女史』と異なり、本物は仕草がとても上品で、しかもかなりの美人だったこともあり、想像とかけ離れていたことに少し焦りながらも、コホンと小さく咳払いをして自らを落ち着かせてから、真面目な顔をして「彼の容態は?」と切り出した。
張麗は「失礼します。」と言ってからすぐに劉煌の元に戻り、礼儀正しく守衛の高明に礼を言ってから、劉煌の看病を続けた。彼女は時折李亮の方を向いて、淡々と病状について説明していった。が、話が進むにつれて、段々と李亮の顔色が悪くなっていった。
「張麗さんよ、頼むよ。この通りだ。どうかあいつを助けてやってくれ。」と李亮が頭を下げながら真摯に言うと、難しい顔をしたまま「私もできるだけのことをやっていますが、、、」と張麗は下を向いて答えた。
お読みいただきありがとうございました!
またのお越しを心よりお待ちしております!




