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第一章 現実

9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。

しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。


彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々邁進していたが、そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそんな時に限って運命の女性が現れる。


果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。



 一方、西乃国では、中ノ国の元御典医長小高蓮こと、元西乃国皇太子劉煌が、国主である皇帝となって、叔父であった劉操が政治的にも行政的にも経済的にも軍事的にも、全て滅茶苦茶にした西乃国の建て直しに躍起になっていた。


 勿論国のためではあるが、邪な感情も入っていないこともない。


 劉煌は、12年半も想い続けた女性、小春を手放してきたのである。


 小春は、結局彼より成多照挙を選んだのである。


 劉煌にとって、この失恋ほど悲しく、苦しく、辛いものはなかった。

 どれほど辛いかというと、、、


叔父に命を狙われ、国を追われ、帰る家を無くした時の方がまだましだった


 と思ったほどだったのである。


 ”もう(ひと)を好きになったりなんてしない!”


 この忙しさは、想いを断ち切るためにも劉煌にとっては都合がよかったのである。


 劉煌が初めて皇帝として朝廷の官職を招集し朝政を開いたのは、今から4か月前、12年半ぶりに五剣士隊全員が一堂に会した翌朝だった。


 まだ彼の美的基準から、照挙から受けた鉄拳による顔の腫れが引いていないため素顔は出せないと判断した彼は、朝政の開催される西乃国皇宮内の大政殿に、前後に24本のすだれがついている冕冠の下に昨日の民衆向け所信表明演説の時と同じ口元だけ露出している仮面を被って入殿することにした。


 いざ、大政殿の隣の控えの間から大政殿朝廷の間へと、皇帝が初お出ましする鬨の鐘の音が鳴った時、不測の事態に備えてその場で待つことになっている李亮、孔羽と梁途は、劉煌よりも緊張の面持ちで彼を見送った。


 皇帝の座る玉座は、朝政に出席する文官、武官たち、すなわち国の官職たちのいる場所よりはるかに高く奥まった壇上にあり、劉煌は筆頭宦官の宋毅と元黒雲軍将軍の白凛のエスコートでその席に裾を後にバッと勢いよく払って座った。


 その瞬間、官職たちは一斉にひれ伏し「皇帝陛下万歳。陛下の御代よ永久に。」と3回唱えた。


 劉煌が低い感情のこもらない声で「皆の者。楽に。」と手短に言うと、文官たちはさらに額を床にこすりつけんばかりに低い姿勢になり「ありがとうございます。陛下。」と唱えてから次々に立ち上がった。


 前政権の武官達は劉煌から全員謹慎を命じられていたため欠席だったが、文官達は、劉操の”中ノ国訪問”時は中央省司に待機だったので、劉煌初の朝政に全員出席していた。


 現状を把握するため彼らに質問していった劉煌だったが、まず口火を切った首相の話で、


”コイツ、本当に首相か?偉そうに喋ってるけど、京安(西乃国の首都で西乃国皇宮のお膝元)ですらコイツの話と現実が一致せんぞ。”


と思った。


 次に副首相が話し始めたが、前の首相と同様偉そうにしているが、話していることは首相と全く同じで、劉煌の率直な感想は、


”そんなんだったら別に副首相なんていらんとちゃう?”


だった。


 そして、3人目の年老いた大蔵長官に至っては、話が支離滅裂で、今日のところは現状把握にとどめ、口は出さないでおこうと思っていた劉煌なのに、あまりの酷さに我慢できずとうとう劉煌は彼の話に口を挟んでしまった。


「ということは、この国は財政危機なんだな。」

「御意。」

「なるほど。それでここの者達の手当ては今年一律1万両増額になったんだな。」

「御意。」

「それで来年度の予算で、また一律1万両増やすことにしているという解釈で間違っていないかな?」

「御意。」

「もう一度聞く、国は財政危機なんだよな?」

「御意。しかも壊滅的です。」

「じゃあ、どうやって手当の増額分を捻出するつもりなのだ?」

「ですから、西乃国復興税という名目で新たな税を徴収し、それを財源にして、、、」

「あああ、ちょっと待った!それは西乃国の復興のための税なんだよな?」

「ですから、我々がまず復興せねば話が進みません。」

「じゃあ、聞くけど、あなたは被災者?」

「御意。」

「御意じゃなくって、あなたは被災者なのかって聞いているのだ。」

「西乃国が災難にあったわけですから、西乃国の一員として、広義の意味では、被災者に入ります。」

「じゃあ、あなたの定義で狭義の被災者ってのは?」

「実際に災難にあった者です。」

「その実際に災難にあったのは具体的に誰?」

「平民です。」

「うん。平民ね。じゃあ彼らにも手当を出すってことでいいのかな?」

「ですから、陛下。彼らから徴収するものを彼らに渡してどうするのです。」

「どうするも、こうするも、狭義の被災者こそ助けるってのが私たちの役割でしょうが。」

「それでは国が破綻してしまいます。」

「だから破綻しないように考えるのがあなたの仕事でしょ。」

「ですから新たな財源として復興税を平民に課すのです。」

「単純にここにいる人たちの手当を増額しないってのではどうしてダメなのか?言っとくけど13年前の大蔵長官の手当てと現在を比較すると倍になっているぞ。」

「お言葉ですが、それは物価が10倍になっているのですから、仕方ありません。2倍でも足りないのは少しでも計算ができればわかること。」


 大蔵長官の発言の途中で物価が10倍になっていると言った時に、周囲は「物価が10倍になっているだと?知らなかった。それは大変だ。手当をもっとあげてもらわねば。」と騒然となり、大蔵長官は俄然強気になって最後に皇帝を馬鹿にするような発言までしてしまった。


 そのため劉煌の横にいた筆頭宦官の宋毅の方がカチンと来て、1歩前に踏み出したところで劉煌がスッと腕を伸ばして彼を押さえた。


「うん、じゃあ聞くが、平民の給料は10倍になっていると思うのか?」

「10倍にはなっていませんが、、、」

「いいか。彼らの給料は2倍にもなっていないどころか、減っているのだぞ!13年前より物価が10倍上がっているのに給料が減っているのだ!それなのに、所得税の税率は上げ、その他に色々な名目で次々税を増設して徴収しているために、手取りに至っては13年前の半分以下だ。」


 皇帝のこの発言に、大蔵長官の周囲は今迄の大蔵長官イケイケモードから一転し、目を泳がせ小さくなっていった。


 大蔵長官は痛いところを突かれたと思いながらも、訴えた。

「しかし、国が破綻してしまっては元も子もありません。ここは痛み分け、、、」

「どこが分けているのだ。平民にだけ押し付けて、ここの者たちには全然分けていないではないか。」


 千年に一人の天才であり、且つ自らの目でここ数年、毎月西乃国の民衆の生の姿を見続けてきた新皇帝に、机上だけで自宅と皇宮の大政殿との往復しかしていない、実は大蔵省に顔すら出していなかった大蔵長官は、完全にタジタジになりながらも、やめておけばいいのに科挙トップ合格の誇りで詭弁を使った。

「ですから我々は、手当てに分けて、、、」


 すぐに劉煌は仮面の内側で目玉を上にひっくり返し


”この劉煌に、マジでそんな詭弁が通じると思っているのか?ダメだこりゃ。要職総とっかえしかないな。”


と思いながらあきれ果てて呟いた。

「つまり、足りないから徴収すると。」


 浅はかにも大蔵長官は、新皇帝から完全にアウトを喰らっているとも知らずに、ここで自分が勝った!と思い、偉そうに答えた。

「ようやくお判りいただけましたか。」


 またもや劉煌の横にいた筆頭宦官の宋毅の方が、完全に頭にきて1歩前に踏み出そうと右足をあげた瞬間、劉煌は大きな声で呟いた。


「うん。科挙という試験の合格者がいかにボンクラかってのがよくわかった。」


 これには、劉煌の隣にいた宋毅と白凛だけでなく、控えの間で待機していた李亮と梁途も、思わずブッと噴き出してしまった。


「なに、それ。僕がボンクラって言いたいの?」

科挙合格者の孔羽はムッとして小声だが語気を強めて言った。

「馬鹿だな。今のやり取り聞いてただろ?太子に詭弁なんて千年早いんだよ。」

李亮が笑いながらそう言うと、梁途も、片手で腹を、もう一方の手で口を押さえ必死に笑い声が漏れるのをこらえていた。


 大蔵長官は常日頃自らの優秀さを称えられることはあっても、生れてこの方一度もボンクラなどと言われたことがなかったので、自らが皇帝に失礼の限りを尽くしたことは棚に上げてムキになって反論した。


「は?皇帝陛下とはいえ、そのお言葉、あんまりでございます!」


「あ?聞こえてしまったか?つい正直な感想が口からポンと出ただけなので気にしないように。じゃあ、聞く。いつも2合炊くのに、今晩のごはんに炊くお米が1合しかない。もう米屋は閉まっている。隣もお米を切らしている。さて、どうする?」

 大蔵長官は不貞腐れながらぼやいた。「1合で我慢します。」

「そうだよね。米屋を叩き起こして1合売れとは言わないよね。あるぶんで何とかする。それがどうして国の財政ではそういう発想にならない?」

「ですから、それとこれとは比較になりません。陛下は国の財政問題についてよくお判りでないのです。」


「朕が申しておるのは、足りなければ取ればいいという発想は、何も科挙合格者じゃなくても誰にでもできるってこと也。そんなんでいいなら、大蔵長官を全国民から抽選で決めても務まるということに他ならないではないか。皆に告ぐ、国の財政危機を乗り越えるための具体案を各自検討し、明日のこの場で発表せよ。」


 この劉煌からしたら当然の話でも、長年うまい汁を吸うだけで何もしてこなかった朝政の官職たちにとっては青天の霹靂であり、劉煌のお言葉を聞きながら騒然となった。


 そのため、劉煌が皇帝となった朝政は初日から大混乱に陥ってしまった。


 これに慌てた首相は取り乱して劉煌に懇願した。

「私は首相で大蔵長官ではありません。財政のことなどわかりません。専門家でもないのにそんなことなど到底考えられません。」


 確かにこの首相は家柄と石欣への袖の下でこの地位を得た人物だった、、、が、曲がりなりにも一国の首相が国の財政もわかっていなかったとは、、、。


 劉煌はこの首相の発言を聞いた瞬間、今朝仮面を被ることに決めて本当に良かったとしみじみ思った。


 劉煌は未だかつてしたことのないほど、仮面の下で怒り狂った顔をしながら


 ”首相が国の財政問題がわからないって、何?しかも、それを私、、、じゃなかった朕の前で平気で言えるってどういうこと?頭悪すぎっていうか、給料泥棒そのものじゃない!それで手当をまた増やせだとお?!おととい来やがれって感じ。”


 と思った瞬間、恐るべきことに、朝廷の間全体が、ダメ出しならぬ無理出しを始め「陛下、どうかご再考を。」の合唱場と化してしまったのだ。


 劉煌は、新皇帝としてこれでも温和にきゃつらに再起の機会を与えたつもりだったのに、この愚か者たちは、それすらわかっていなかった。


 劉煌が、こいつらがお偉方では国がマジダメになると思ったその瞬間、劉煌を西乃国の皇宮に運んでから姿を消していた龍が突然大政殿に姿を現すと、中ノ国の皇帝楼の時のようにブンッと反転して突風を起こした。


 その風の勢いで「ご再考を!」と唱え続けてきた文官たちは皆いっぺんになぎ倒され、起きあがりたくても龍の起こす風力に耐え切れず床に転がったまま口がきけなくなってしまった。彼らは何も風力だけで腰砕けになった訳ではなく、伝説の存在だと思っていた龍の姿をその目で見てしまったことへの恐怖もあった。そのため、何人かは2月の寒さもあってその場で失禁してしまった。


 龍は、西乃国の官職たちに向かって言った。

『我こそは西乃国の守護神、金龍也。我を呼び起こせる者は西乃国の皇帝だけである。そして千年ぶりに我を呼び起こしたのは、他でもないここにおられる劉煌陛下だ。陛下の御前だ。控えよ!』

 龍は特別大きい声を出していた訳ではないが、独特の迫力と威圧感があり、そこにいた人々は完全に震えあがり、あの大蔵長官でさえ劉煌に屈服した。


 このことに朝廷の()の官職たちは狼狽し、今度は劉煌の独裁政治になるのではと懸念したが、劉煌も酷く困惑していた。


 劉煌は久しぶりに父から言われた言葉を思い出した。

 ~神龍は純粋で強大なパワーを持っており、真の皇帝としての器を持った人物だけが彼だけの神龍を正しく扱え、祖国繁栄に導くことができるが、皇帝に少しでも邪念があったり、未熟であれば彼の神龍は彼を見限り、彼が全く気づかないうちに破滅への道へと誘導してしまう、諸刃の剣のような存在と言われている。~


 その言葉の意味することを、劉煌は今日初めて理解したのだと悟った。


 ”龍をうまく扱えないと、国を破滅させることになりかねない。朕はもっともっと精進しなければ。”


 そう思い仮面の下で渋い顔をしていた劉煌に、朝政終了後宋毅と共に大政殿から出た瞬間、突然キャーッという黄色い歓声が襲い掛かった。


 なんと、皇宮中の下心のある女官、宮女達が新皇帝の姿を一目見ようと集まってきていたのだった。

「陛下!私を陛下付にしてください!」

「陛下!私を天乃宮(皇帝の寝所)の宮女にしてください!」

「陛下!陛下のためならなんでもいたします。なんなら私の操を、、、」


 劉煌はすぐに隣の宋毅に何か伝えると宋毅が女たちに語り始めた。

「陛下は今ここに集まっているあなた達を家族の元へお返しになると決められました。即刻皇宮から出てお行きなさい。」

 女たちが驚愕の眼差しで宋毅の横に立っている仮面をつけた男を見ると、彼は何度も頷いていて、それから少し遅れて冕冠のすだれが前後に揺らめいていた。

「陛下が望まれていることは平穏な暮らしです。あなたがたのようにそれを乱すものをここに置くわけにはいきません。さ、はやく出ておゆき!」

 それでも女たちは千載一隅のチャンスと思っているのか、今の劉煌の心理状態を逆なでしているとは全く気付かず、「陛下を慰めて差し上げます。」等と平気で不届きなことをまた言い始めた。


 劉煌はチラッと上空を見ると、龍が面白そうに様子を見ていた。

 ふーっと鼻から大きく息を吐いた劉煌は、仮面の下で目を閉じ、自らの脇差にスッと手をかけた。


 その瞬間、皇宮の女たちは、この目の前にいる新皇帝はあの狂気の先帝の甥で、あの誰も手を付けられなかった先帝を簡単にやっつけた人物であることを思い出した。


 女たちは今度はキャーッではなく、ギャーッと叫ぶと一目散にそれぞれの管轄部署目ざして逃げ出した。

お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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