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第三章 模索

9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。

しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。


彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。


果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ

 清水県から隣の椰鋳県までの眺望は素晴らしい。


 見上げると空の青と針葉樹林の緑が果てしなく続き、道の横を流れる川は雄大で、流れているのか心配になるほどゆったりとした流れの水面は、まるで鏡面のごとく太陽の光を跳ね返し、キラキラと輝いているのだが、そんなことには目もくれず、白凛は馬の尻に鞭を打ち続けていた。


 椰鋳県衛には先に長官あてに劉煌からの信書が送られていたので、月曜の晩県衛に着いた白凛は、恭しく長官に出迎えられた。


 断ったものの是非一席をと言われて、宿の食堂に赴くと、軽い酒席が設けられていて、白凛は不本意ながらそこで長官と話すことになった。


「いついらっしゃるのかと首を長くして待っておりました。」と、長官が白凛の盃に酒を注ぎながら告げると、この”秘境県”の医者が、皇帝にまで一目置かれていたことが余程嬉しかったらしく、本当はただ怠慢で2年半放置していただけの華景の家を、’県が誇る名医の家を取り壊すに忍びなくそのままの状態で保存していた’ と、彼女に告げた。


 白凛は、長旅で疲れていることもあり、話をさっさと終えたい思いから、単刀直入に、明日華景の家の中を見たいと話すと、下男が華景の家までご案内する手はずになっているといい、その雰囲気を察した長官は、「それでは、拙は。」というと、残念そうにすごすごと出ていった。


 翌朝白凛が宿から出ると、既に下男は門前で待っていた。

 彼はおおよそ20歳にもなっていない少年で、ひょろひょろと背が高く、このあたりの田舎に共通する小さい頃から教育そっちのけで仕事につかされた男の子特有の雰囲気があった。


 彼はすぐに白凛に気が付くとまず丁寧にお辞儀した。


「白将軍、おはようございます。今日ご案内する馬勇と申します。先生の家までは歩いて30分位です。道は山道で岩が多いので、馬は置いておかれた方が無難です。」

そう言うと、白凛の返事も待たずに彼女の前を腰を屈めて歩き始めた。


 馬勇の言う通り、山道を30分ほど歩いた先に小屋のような建物が見えてきた。


 ここまでがかなり険しかったこともあり、袖で汗をぬぐいながら白凛が小屋を指さして、「あそこかしら?」

 と息を切りながらいうと、

「あれは物置小屋で、あの先の裏手に家があります。」

 と、汗一つかいていない馬勇が、さらに腰を曲げてこれまた息一つきらさず微笑んで答えた。


 それから10分程歩いてようやく家に着いた時には、白凛はすっかり伸びきっていた。


 家の前の岩に「フー」と言って腰掛けた白凛に、馬勇が笑顔で竹筒を渡してきた。


 受け取るや否やゴクゴクと喉を鳴らしながら浴びるように水を飲む白凛に、馬勇は、


「慣れない道だとお疲れになりますよね。」


 そう言いながら懐から紙袋に入った饅頭を取り出し彼女に差し出した。


 白凛は何も言わず微笑んでそれを受けとり紙袋から饅頭を少し出すと、それに勢いよくガブリと噛みついた。


「?この饅頭、中身は何なのかしら?こんな味の物は食べたことないわ。」

「これは筍とキノコを醤で味付けしたものですね。」

「饅頭には肉が入るものとばかり思っていたわ。」


 白凛がそう言うと、馬勇は笑って、


「椰鋳県は京安とは違って貧しいんですよ。私ももう何年羊のシチュー食べてないですかね。」というと、自分の饅頭を頬張った。


 そんな彼を、食べるのを止めてジーっと白凛が見ていると「白将軍のせいではないですよ。」と前置きしたうえで、「この村の男たちも先帝の命で殆ど戦場に行って、半分以上は帰って来なかった。帰ってきた男たちもまだ皆放心状態で何もできないんですよ。だから山に行ってすぐ自然に取れるものしか今は手に入らない。」と言ってから、またもう一口饅頭を食べた。


 その後しばらく黙々と饅頭を食べていた二人だったが、白凛が何を思ったのか、突然、

「馬勇、椰鋳県は山が多いわよね?」と切り出した。

「他の県は知りませんが、ここいらへんは山ばっかりですよ。」

「お年寄りの人達で誰かここの山で、銅が取れるとか、塩が取れるとか、、、知っている人はいないかしら?」

「さあ、私は聞いたことありませんが。」

「もうすぐ皇帝の命で山の調査の人を募ると思うの。そうしたらあなたもそれに加わるといいわ。」

「いい金になりますかね。」

「うん。それにこのお饅頭はとっても美味しいから、その人たちが買うんじゃないかしら?」

「そうですかね。」

「うん、きっとそうなると思うわ。」


 そう告げると白凛はおもむろに立ち上がり、家の玄関に向かって歩き出した。そして歪んだ玄関の扉をバンと叩いて外した。


 ところが、扉を外した途端、家の中は想像以上に蜘蛛の巣と埃だらけだったため、外に飛び出してきた埃を吸い込んでしまった白凛は、ゴホゴホと咳き込み、慌てて手拭いで口元を覆った。


 蜘蛛の巣を手で払いながら家の中を進んでいると、彼女の脳裏に昨晩の長官の顔が浮かんできた。

 ”もう、何が()()()()()()()()()()よ!” 

 そう思いながら彼女が奥に進んでいくと正面に診察室、右側に寝室が2つあった。


「馬勇、大丈夫?」と彼女が彼に声をかけると、

「大丈夫ですよ、白将軍。左手には土間があります。土間の裏口から井戸に行けるようになっています。」と思いがけない答えが彼から戻ってきた。


「あなたはこの家のこと知っているの?」と驚いたように白凛が彼の方を振り向いて言うと、

「私は下男ですから。」と馬勇はポカンとしながら言った。


 ”!!!!!!!そうか、下男とは県衛の下男ということではなくて、華景の下男だったのか!それなら話は早い。”


 白凛は、馬勇の方に振り返ると「馬勇、外に出ましょう!」と言って、呆気に取られている彼の背中を押して外に連れ出した。


 外に出ると白凛は懐から畳んだ紙を出し、広げて馬勇に見せた。


 すると彼は、彼女が話す前に「あ、この人は先生が亡くなる直前にやってきた人だ。」と叫んだ。


 ”!?”

 ”亡くなる直前って、まさか、彼女が華景を殺したのか?”

 ”もしそうなら太子兄ちゃんが危ない!”


 馬勇のこの発言に仰天した白凛は、すぐに彼の両肩に手を置き、彼を近くの岩の上に座らせると、白い顔を更に青白くさせて真剣な目で彼の目を見すえた。


「今から聞くことに本当のことを答えて。大事な人の命がかかっているから!」

 その迫力に圧倒された馬勇は、頷くのが精いっぱいだった。


「この人は何で来たの?」

「知らないし覚えていないよ。」泣きそうになりながら彼は答えた。


 馬勇は完全にパニックになっているが、白凛は容赦せずに続ける。


「名前は?」

「知らないよ。本当だよ、、、あっそうだ。確か、、、チョウの使いで来たって言ってたと思う。」段々と馬勇の頭の中で、あの頃の記憶がよみがえってきた。


「そうだった。そうだった。そう言ったら先生がわかるからって言われたって!」

それでも馬勇のパニック状態は少しも緩まない。


 ”チョウ。。。張盛もチョウだけど。。。自分の父だったらそうは言わないだろうし。”


「それで、どうなったの?」

 白凛は逸る心を抑えながら、今度は優しく馬勇に語りかけた。


 そうすると、馬勇は、「それでね、、、」と静かに語り始めた。



 ~椰鋳県の山の中腹にある華景の家:2年半前~


「先生、女の子が先生を訪ねてきてますが。チョウさんの使いで。そう先生に言ったらわかるって言われたって。」


 馬勇は玄関の戸を閉めてから、奥の寝室の前で華景にそう告げると、華景は寝巻に上着を羽織ってゆらゆらしながら寝室から出てきた。


「チョウの使いって言ったんだな。」と彼に念を押すと、「診察室に通してくれ。そして診察室に使いを入れたら、お前は今日はもういいから帰りなさい。」と言った。


 馬勇は言われた通り、彼女を診察室に通すと華景の家を出て、家路に着いた。


 しかし途中で忘れ物に気づいた馬勇は、華景の家に引き返すと、そっと玄関の扉を開けた。


「命が狙われているんだったらここも危ない。ゴホゴホ」

「華景先生大丈夫ですか。痛みますか。薬を煎じましょうか。」

「奴の一番弟子だったら一目で私の死期位わかるだろう。」

「でも。。。」

「私は長く生き過ぎた。見てごらん。娘にも先立たれ、可愛い孫達にさえ先に逝かれてしまった。ヤツが私に言ってくるぐらいだから、よっぽどのことだろう。あんたを助けてあげたいが、ごめんな。とにかく私に構わず早く逃げなさい。ゴホゴホゴホゴホ」

「先生、せめて痛みを取るお手伝いくらいさせてください。」


 診察室から漏れ聞こえたその会話に、馬勇は怖くなって家から飛び出したが、何を思ったのか家の裏手に周り、診察室の様子をうかがった。診察室ではろうそくをつけているらしく、障子に二人の影が映っていた。


 障子の影をそのままボーっと見ていると、


 座っているのがきつくなったのか、診察台に横たわった華景に、女の子が徐々に近づいていくと、女の子は手を振りかざして華景の背中を刺した。


 予想外の出来事に馬勇はたまげてしまい、両手で口を塞ぎながら、転げるように山を下りて行った。


 翌朝、馬勇がいつものように華景の家に来ると、華景もその女の子もどちらも居なかった。いつも通り華景の家の用事を済ますと、下山し、またその次の日の朝も華景の家にやってきた。


 2日連続で全く人の気配がないことに不安になった馬勇は、すぐに下山すると県衛に届け出た。


 県の役人たちと捜索したところ、夕方になって小屋で事切れている華景を発見した。馬勇はすぐに華景の背中を見たが、刺された後は無かった。~


 白凛は馬勇の話をずっと腕を胸の前で組んで聞いていたが、彼の話が終わると、後ろを振り向いて、「華景が亡くなっていた小屋とはあれのこと?」と小屋を指さした。


「そうです。あの小屋の中で倒れていました。」


 彼の言葉が終わらないうちに彼女は小屋の方に向かって歩き出した。慌てて馬勇が後を追い、二人は小屋の扉を開けると中に入っていった。


 小屋の中は想像とは異なり、8畳ほどの広さの一部屋の中央に机と椅子が一脚ずつあり、左右の壁には床から天井までぎっしり書物で埋め尽くされた本棚があった。


「先生はここに、こんな風に倒れてました。」と言って馬勇が実演して見せた感じでは、どうやら小屋から出ようとしたが、扉に届かず事切れたようだった。


 白凛は頷きながら「ふむふむ」と言うと、蜘蛛の巣と埃をかきわけ、本棚をあさり始めた。しばらくすると、もじもじしながら「白将軍、私は何をしたらよいですか?」と馬勇が聞いてくるので、白凛は苦笑しながら、答えた。


「私も何をしているのかよくわからないの。ただ、何か手がかりがあるんじゃないかと。華景は死期が迫っていたのでしょう?」

「はい。私には癌だと言っていました。亡くなる2月前から食べてもどんどん痩せるようになって、あの女の子が来た時にはもう食べることもできなくなってました。」

「そんな人がなんでわざわざこの小屋に来たのかしら。」


 白凛のこの問いに、馬勇も頷きながら、「なんででしょうかね。」と言いながら、白凛とは反対の棚をあさり始めた。


 二人で棚を無言であさること3時間、太陽が小屋の真上に来た時に、白凛が手に取った本からスーッと封筒が一つこぼれ落ちた。白凛は慌ててそれを床から拾うと、封筒を透かしてみてから、中身を出した。


 その様子を見た馬勇が白凛に近づき「白将軍、それは何ですか?」と聞いた。白凛は、それには答えず、中身であった紙を広げると、それは達筆な字で書かれた”師兄”宛の手紙だった。


 それは、師兄宛のSOSで、差出人の1番弟子に手を貸してほしいという内容だった。


 なんでも、この一番弟子である彼女は人柄もよく優秀な医師であるのに、理不尽なことに巻き込まれて命が狙われているから、どうか彼女を助けてやってほしいという切実な思いの詰まった手紙だった。


 手紙には一切名前が書かれておらず、誰が誰宛に出したのかも定かではないものの、馬勇の話と手紙の状態から、この手紙は華景の死の直前に訪ねてきた女の子が、華景に渡したものではないかと推察された。


 ”そうだとすると、、、その訪ねてきた女の子は医者だから、やはり京安の自称張麗が、華景を訪ねてきた女の子の可能性が高いかも。。。でも、命が狙われているような女の子が、人の多い都に逃げるのもおかしいわ。しかも開業するなんて、もし本当に命が狙われているなら自殺行為よ。謎だらけだわ。。。でも、華景の死に関与しているかもしれないから早く帰って太子兄ちゃんに知らせないと。”


 白凛は、手紙を封筒に戻しそれを懐に入れると、馬勇を促してすぐ下山した。下山途中馬勇が、悪路につき何度も「気を付けて。」と言葉を掛けてきたが、白凛は上の空だった。


 白凛はここ何年も外旋していたので、京安の話は詳しくない、が、それでも、女医が京安に開業したという話は戦地でももっぱらの噂で、張麗の名前を知らない者はいなかった。ただ、名前は聞いていても、実際に彼女の顔を見た者はいなかったし、白凛自身も京安に戻って数か月になるが、似顔絵は劉煌から渡されたもので、白凛自身が、”自称張麗”に会ったことはなかった。


 ”自称張麗は、いったい何者なのだろうか。

 命が狙われているのか、命を狙っているのか。。。

 天使なのか、悪魔なのか。。。”


 思いをはせながら、県衛につくと、白凛はすぐに長官に会い、華景の死亡について公的な記録があるかどうかを尋ねた。


 挨拶もせずいきなり本題を切り出した白凛に面食らいながらも、長官は当時の担当役人をすぐに呼び出してきた。


「先生は長患いだったし、外傷が無かったから特に記録は無いですね。」と県の役人がそう答えると、もう一人の役人が、

「私も現場に行った一人ですが、物盗の様子も無かったし、こいつの話も聞いて先生の背中だけでなく身体中確認したけど、倒れたとき打ったところが青丹になっている以外、外傷も無かったですしね。」と馬勇を指さしながら話してきた。


 役人に礼を言うと、白凛は後ろを振り返って「都に戻って報告します。ご協力いただきありがとうございました。」と長官に告げ、そのままスタスタと出口から出ていった。


 先を急ぐ白凛が宿に戻り馬を馬舎から出したところで、馬勇が手を振ってやってきた。


 彼は「白将軍、お気をつけて。」と言って饅頭の入った紙袋と水の入った竹筒を白凛に差し出した。白凛は何がなんだかわからず驚いていると、彼は「道中長いでしょうから。」と言って、器用にそれらを布に包むと馬の首に巻きつけた。


 自称張麗のことで頭がいっぱいだった白凛は、馬に飛び乗ろうとしていたのを止めて、馬勇の両手を取ると、彼の目をしっかり見て、


「今朝私が言ったことを覚えている、お山のことよ。」というと、

 馬勇は頷きながら「覚えているよ。」と言った。

 白凛はニッコリ笑うと、

「当てなさい!」

 と一言叫びながら、馬にヒョイと飛び乗った。そして甲高い声で「チャー」と叫ぶと同時に馬に鞭打った。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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