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第三章 模索

9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。

しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。


彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。


果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ

 李亮が夜遅く皇宮の門をくぐると、案の定劉煌お付きの筆頭宦官:宋毅が前庭の中央で一人右往左往していた。


「宋公公、どうしたのかね。」

李亮がそう彼に声をかけると、彼は少しホッとしたようだったが「陛下~」と言うと、口をつぐんでしまった。


 李亮は大きくため息をつくと、宋毅に近寄り、先ほど謝墨にされた通り彼も宋毅に顔を近づけていった。ただ李亮の先ほどのリアクションとは異なり、宋毅はすぐに自ら自身の耳を李亮に近づけていった。宋毅のわきまえた行動に、自らの未熟さを感じた李亮は、ちょっとふてくされながらも彼の耳元で「太子が見当たらないんだろう?靈密院は見たのか?」と呟いた。


 宋毅は目を大きくして李亮を見上げると、周りを見渡して誰もいないことを確認し、ヒソヒソ話し始めた。


「靈密院も見ました。真っ暗です。鍵も掛かっていますし。」

「中に入ってみたのか?」

「いえ、鍵が掛かっていますから。でも外から見ても真っ暗ですし、物音ひとつしませんから。」

「靈密院の鍵は誰が持っているのか?」

「陛、、、御典医長です。」


 ふむと言いながら顎に手を置いて考え事をしていた李亮は、何か閃いたのか、突然くるっと後ろを向くと門に向かってずんずん歩き出した。宋毅は慌てて李亮の後を追ったが、190cmある巨体の李亮の歩幅とは差がありすぎて、どんどん引き離された。


 李亮は門に着くと、そこにいた守衛に「靈密院の鍵はあるかね。」と唐突に聞いた。

 守衛は突然の話に驚いて、「なんだね、突然に。」と言うと、身構えて、槍を強く握りしめた。


 李亮がその年老いた守衛を、まあまあまあ、となだめているところに、ようやく追いついた宋毅が息せき切って、「大将軍、お待ちを!」と李亮に言ったものだから、守衛は驚いてしまって、槍をおろし、跪いて李亮に平謝りに謝った。


 李亮は守衛を立ち上がらせ「そんなことどうでもいいんで、鍵は?」と聞くと、彼はすぐに「これでございます。」と鍵を差し出した。李亮は、「いやー、助かったよ。ちょっと怪我してしまってね。靈密院だったら薬があるだろうと思って。」と言いながら、鍵を受け取り、守衛の肩をポンポンと叩いた。


 慌てて更に小さくなった守衛に李亮は優しく「ありがとう。終わったらすぐ返しに来るから。」と言うと、宋毅に顎で『行くぞ!』と合図した。


 宋毅の嫌な予感は的中し、李亮は靈密院に向かって今度は大きなストライドで走りだした。宋公公は、悲しそうに守衛に向かって微笑むと、皇宮規則を破って李亮の後を追って走り出した。


 宋毅が靈密院に到着した時には、既に鍵は開けられ李亮は中に入っていた。宋毅は、恐る恐る、「李大将軍、李大将ぐーん」と叫ぶと、遠くから「こっちだー。」という声が帰ってきた。


「李大将軍どちらの方に行かれました?北に向かうと霊安室ですよ。」と宋毅が叫ぶと、突然、離れて行っていた足音が彼の方に向きを変えた。


 提灯で通路を照らすと、李亮が血相を変えて、猛ダッシュで戻ってきている。


 ”まさか、陛下に何か。”

 宋毅はその場に立ち尽くすと、自分の顔から血の気がどんどん引いていくのがわかった。


 李亮は宋毅の所まで来ると「霊安室なんてあるのか!?早く言ってくれよ。死体はダメだー。怖いぃぃぃ。」と190cmの巨漢が泣きそうな顔で宋毅を見つめた。


 宋毅は呆れた顔をして「大将軍が死体が怖くてどうするんですか。」と冷たく言うと、「だから大将軍なのよ。」と李亮は答え、彼のあの大きな身体を小さくして、成人男性平均身長以下の小柄な宋毅を盾にした。


「確か、御典医長室はこっちの方だったなぁ。」

 宋毅は李大将軍様を完全に無視して暗い通路を進みだした。10間程進むと左手に扉があり、提灯で照らすと御典医長室と書いてあった。


 宋毅は、その扉を何度かノックしたが中から返事は無かった。


 彼は、後ろを振り返り李亮に向かって肩をすくめて見せた。


 遺体の呪縛から解けたのか突然李亮はギアチェンジし、盾にしていた宋毅を押しのけて彼の前に躍り出ると迷わず御典医長室の扉を開けた。


 中は真っ暗で、香炉を焚いていたのだろうと思える優しい残り香がわずかにあるだけだった。李亮は、部屋を精査すべく提灯で中を照らすと、床の上に劉煌がマントを掛けて横たわっている姿がすぐに目に入った。李亮は驚いて提灯を手放すと、劉煌の元に駆け寄り、床に跪いて彼を揺らしながら彼の名前を何度も叫んだ。すると劉煌は突然李亮の腕を払うような仕草をしたかと思うと、「うーん、うるさいなぁ」と言いながら、首の横を掻いた。


 宋毅が部屋のろうそくに火を灯すと、一気に部屋が明るくなり、その眩しさで劉煌は今度は顔を思いっきりしかめた。


 李亮が抱きかかえるようにして劉煌を座らせると、宋毅が水を差し出した。寝ぼけたまま二人の方を交互に見た後、劉煌は、宋毅から受け取った水を一口、口の中にふくめた。


 まだ寝ぼけているのか、二人に「どうしたの?」と半開きの目で聞く劉煌に、李亮は、「それはこっちのセリフだ!」と怒ったように答えると、何か気づいたのか劉煌は、ハッとして、「今は何時か?」と慌てた様子で彼らに尋ねた。宋毅が正直に答えると、劉煌は慌てて飛び起きた。


「しまった!張麗はどこにいる?」

「安心しろ、彼女は一人で家に帰ってきたそうだ。」

 

 李亮が親切にそう答えると、劉煌はその場にヘナヘナと座り込み、片肘を片膝に乗せ、その手で頭を抱え「私としたことが。」とため息をついた。気を取り直したのか、劉煌は宋毅に水のお代わりを要求すると、立ち上がって机に向かった。そしてふと香炉に目をやると完全に目覚めてガバッと瞬く間に香炉を掴んだ。劉煌は燃え切ったお香の残り香を嗅いで「くそ!やられた!」と叫んで地団太を踏んだ。


「どうしたんだ?何をやられたんだ?」

「一服盛られた」

「なんだと?毒か?」

「違う。心平香だ。通常なら気分が落ち着くだけだが、体力が落ちている者が嗅ぐと心地よい眠りを誘い、ぐっすり良質な眠りに導く香だ。」頭をかきながら劉煌はぼやいた。


「ほう、そんなものを誰が盛ったんだ。」

劉煌は香炉を机の上の元の位置に戻しながらぼそっと言った。

「おそらく張麗だろう。」”朕の体調を気遣ってくれていたから、、、”


 李亮はそれにどう答えていいかわからなかった。

なぜなら、劉煌の親友として『切り裂き張麗女史』のとったその行動はまさに拍手物で、よくぞ皇帝(こいつ)を休ませてくれたと思ってしまったからであった。


 劉煌は大きなため息をつきながら香炉から手を放し、改めて机の上を見ると、そこには検死報告書と紙包みがあった。紙包みの中には複数の生薬がはいっているようで、外側の紙包みに煎じて3分服するよう書いてあった。


 後ろからそれを覗いていた李亮は、まず検死報告書に気づくと、信じられないという顔をして

「まさか、ここに死体があるのか?、ま、まさか、そ、それを女の子が一人で切り刻んだのか?」

と、自ら(失礼にも)『切り裂き』というニックネームまでつけていたのにそう劉煌に聞かずにはおれなかった。そしてすぐに劉煌の方を向き今度は、お願い違うと言って!という懇願の顔で彼を見つめた。


 「その通りとその通り。」

 李亮の願いを無視して事実を端的に述べた劉煌は、死にそうに情けない顔をしている李亮を見上げ、

「張麗という町医者は実に興味深い。女で、しかもあの若さで相当の医師としての実力を持っている。それもそのはず、それはしっかり基本である解剖学を重視しているからなんだ。彼女が検死をやりたがるのは、何も死因を特定したいというだけではない。彼女自身の学びを深めること、すなわち患者のためにやっているんだよ。」と真面目に言うと、劉煌の話の途中で完全にリカバリーした李亮も真面目な顔をして、首を左右に振りながら、


「惚れたのか?」


と、劉煌に聞いてきた。


 これは劉煌にとって想定外の質問であり、且つ禁句であったため、劉煌は声を上ずらせながら反論した。


「た、ただの同じ医師としての評価よ!今そんなことしてる暇なんてないことくらい知ってるでしょ!」そして、ごほんと咳ばらいをしてから、息を整えて言った。

「朕が出会う女の子はみんなちょっと変わっているのよ。白凛に始まり、小春に続いて、張麗。」


 劉煌のまったく言い訳になっていない言い訳を聞きながら、李亮はしょうがないという顔をして、ぼそっと「三度目の正直か。」と独り言を言った。


 センシティブになっている劉煌は、「何?何か言った?」と血相を変えて李亮に迫ってきたが、彼は「いや、何も。空耳じゃない?」と誤魔化しながらも困った李亮は、机の上のもう一つの物を指さして「これは?」と話題を逸らした。


「どうも張麗が残していってくれた薬みたいね。煎じてこれを3回に分けて飲むみたい。」


 劉煌は紙包みを手に取って顔に近づけ匂いを嗅いでから、ほれという感じで李亮にも匂いを嗅いでみるように彼の鼻の近くに差し出した。


「飲むの、、、やめておけよ。」ぼそっと唐突に李亮は言った。


 これには、劉煌は別の意味で驚いた。劉煌がまだ作っていない段階で試験内容を全て当ててしまったほど勘のいい李亮が言うことを無視することはできない。


「わかった。やめておく。」


 劉煌は素直にそう言うと、机の引き出しを開けて、そこに紙包みをそっとしまった。


 *SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*SGG*


 木曜日の午後の診療は何故か子供が多い。子供の場合だと病気よりも断然怪我が多い。特に最近、京安界隈では高い所から飛び降りる遊びが流行っており、脱臼や骨折の子供が後を絶たない。


 張麗は毎週解剖をしていることから、特に脱臼・骨折などは患部周辺を掴むだけでまるで骨格が透けて見えるような感覚でわかるので、他の医者のように、何回も患部を触ることなく、一発で元に戻してしまう。


 そんなことで、この日の午後も、次から次へと子供が母親と共に張麗の診療所の前に並んでいた。


 劉煌は、法捕司卿の王政に司法解剖の結果を伝えに行った後、フラッと張麗の家にやってきたが、門の外まで続く長い行列を見て早々に諦めて馬車に戻り、一旦皇宮に戻ってからまた夕方に張麗の家の前にやってきた。


 日が傾く頃だとさすがに彼女の家の前の行列も減っていて、それでもまだ2、3組並んでいる列の最後に彼は普通に並んだ。


 すると、すかさず前の親子の母親の方が怪訝そうに劉煌を睨み腕を組みながら「ここの先生は女性専門だよ。男は帰った帰った。」と言った。

 劉煌は負けずに子供の方を指さしながら「あら、あなたの子供だって男じゃない。」と言うと、鼻を高くして母親の方を見下した。

 これに腹を立てた母親が怒って「子供は別なのさ。」というと、劉煌はすかさず両手の指を顔の横でピロピロ動かしながら「私も別なの。」と言ったので、母親は頭にきて劉煌に向かって手を振り挙げた。


 中庭で母親と劉煌が大声をあげながら鬼ごっこをしている中「次の順番の人」と言って、張麗が診察が終わった親子を外に出しながら家から出てきた。


「ぼ、僕なんだけど、お母さんが。。。」と言って男の子が泣きそうな顔をして指さしている方向を見た張麗はハッとすると、すぐに男の子の目の位置までかがんで彼に中で待つよう伝えてから彼を扉の内側にささっと入れて扉を閉めた。


 張麗は気を取り直して中庭に出向くと、劉煌のことは完全に無視し、母親の方に向かって「順番ですよ。」と告げた。しかし、劉煌の行動言動に怒り心頭の母親は、肩で荒い息をしながら劉煌を睨みつけ「こいつが、こいつが、言うことを聞きません!」と彼を指さしながら張麗に向かって叫んだ。


 張麗は「まあ、まあ」と言って母親の肩を両手でポンポンと軽く叩くと「ぼうやが待っていますから、行きましょう。」と彼女を諭して、ここまで来ても劉煌のことは完全に無視し、頭から湯気をだしている彼女を連れて診察に戻っていった。


 劉煌は、彼らが扉の中に消えたのを確認してから、中庭から移動すると扉の横に立って待った。


 15分もしないうちに親子と張麗が外に出てくると、張麗はまたもや完全に劉煌を無視して、診察終了の看板を背伸びして扉に掛け、中に戻って行った。その様子を見て、母親は思いっきり勝ち誇った顔をし、劉煌を見下してから踵をくるっと返して門の外に出ていった。


 劉煌は診察終了の看板を指で掴むとフンといいながら、扉を開けて中を覗いた。


 それを予想していたのか、中で診療の片づけをしながら「御典医長が何の御用ですか?」と張麗が顔も向けずに聞いてきた。


 それをOKと受け取った劉煌は中に入ると、扉は閉めずに「昨日は申し訳なかったね。薬をありがとう。」と言うと、患者席にどかっと座った。


 ようやく張麗は彼の方を見ると怪訝そうな顔をして聞いた。

「何してるんですか?」

「診察してもらいに来たのよ。」

「私は男は診ません。」

 劉煌は全くそれを意に介さず、

「知ってるわよ。でも昨日薬をくれたじゃない。続きをしっかり診てよ。」

 と、袖をめくっていそいそと腕を脈取り台の上に乗せ、顎で彼女を促した。


 彼女はしばらく何も言わずに立っていたが、はあと大きなため息をつくと、脈とり台の前に座り、劉煌の手首にその白魚のような指を乗せた。


 彼女の脈の取り方はとても繊細だった。目をつむり、全神経を指先の感覚に集中させている。


 しばらく脈を取った後、彼女は彼の真ん前に座り「首を触ってもいいですか?」と聞いてきた。目をキラキラさせ「勿論よ。」と声を弾ませて劉煌がそう言うと、ダメだこりゃという顔をして彼女はまず劉煌の耳の下や耳の後ろに触れた後、首の横と後ろを指で押して、最後に首と肩の境に手を滑らせると、「これに書いてください。」と紙と筆を渡してきた。


 劉煌が紙を見てみるとそれは、問診票だった。


「これ、患者に書かせているの?」と劉煌が驚いたように聞くと、

「小高御典医長は文字の読み書きができるからご自身で書けますでしょう?」と、いつの間にか席を立って棚に向かって歩いている張麗が答えた。


 劉煌が問診票を書き終わると張麗は劉煌に鍼を見せた。


「鍼はやられたことありますか?」と彼女が聞くので、そんな大昔の治療法を言ってくる彼女にちょっと不信感を抱きながら、

「今どきそんな物使わないわ。」と彼は答えた。


 それを、彼が経験したことがないと判断した彼女は、自分の腕を脈とり台に乗せると、劉煌に彼女の脈をとるよう促した。

 言われた通り劉煌が彼女の脈を取り終わると、彼女はそれを覚えておいてくださいと言ってから、診察台のろうそくに火を灯し、鍼の1本をろうそくの火にあて、彼女は自ら自分の腕に刺した。5分ほどして鍼をつけたまま彼女はまた自分の腕を脈とり台に乗せると、劉煌に脈を取らせた。

 そして最後に鍼を抜き5分ほどしてまた脈を取らせ、劉煌の目を見て「やってみますか?」と聞いた。


 劉煌に断る理由は無かった。


 こんなに早くダイナミックな変化が出る治療法を、彼は見たことが無かった。


 西乃国・中ノ国の医学のみならず世界中の医学の心得があったものの、遥か昔に、侵襲的な上にまやかしとされ、中ノ国でも西乃国でも廃れてしまった鍼だけはやったことのなかった劉煌は、その効果を目の当たりにし、何故これが中ノ国でも西乃国でもずっと軽視されてきたのか全くわからなかった。


 劉煌は先ほどまでの姿勢とは180度変わって、あのドクトル・コンスタンティヌスに学んだ時と同じような姿勢で真剣に彼女に治療を頼むと、彼女は初めてなので瞑眩が出ないように少しにしますと言って、鍼を火であぶってから彼の肩の2箇所にだけ刺した。


 鍼は刺さった瞬間は痒い感じがしたが、刺さっている所はじんわり暖かいが痛みは全く無かった。


 彼女は1冊の本を劉煌に手渡すと、席を立ち、お湯を沸かし始めた。


 彼がその本をペラペラめくると、それは鍼の本だった。興味津々で劉煌にしては珍しく初めから人体図を頭に描き自ら本の通りに自らが鍼を持ち、刺しているイメージで全て読み終わると、いつの間にか目の前にお茶がおかれ、肩の鍼も抜かれていた。


 彼女は机の上で何か書き物をしているが、診察室の空間は完全に片づけられていて、普通の居室になっていた。書き物が終わった張麗は、ふと劉煌の方を振り返ってギョッとした。


 なんと劉煌は自らに鍼を打っていたのだ!

 張麗は慌てて劉煌の所に駆け付けると、鍼のセットを彼の手からガバッと奪って彼の手の届かないところにバサっと投げた。


「おやりになったことが無いのに、なんと危険なことを!」

 そう言いながら、慌てて劉煌の手を掴み脈を取った張麗はさらにギョッとして彼の顔を見つめた。

「本当に初めて?」張麗は動揺しながら声を震わせてそう聞いた。

「勿論よ。中ノ国も西乃国もとうに廃れたもの。でもどうして廃れたのかわかったわ。これはそんじょそこらの知識や経験では使えないものだもの。わずか1毛の狂いで効果は雲泥の差になる。刺す深さまで1毛の狂いも許さないで刺せるように指導するのは容易なことではないわ。弟子も師匠を上回るような素質がないと伝授は難しい技よ。ま、もっともそんな達人にならなくてもある程度の効果は期待できるけどね。ただ下手糞がやると酷く悪化する可能性があるわね。まあ、簡単にできることじゃないわ。」

「なのに、、、あなたは本をちょっと読んだだけで、、、」”完璧にできている、、、”

 張麗は文字通り面食らっていた。

「ちょっとじゃないわよ。じっくり読んだもの。」


 確かに劉煌にしては、他の書物と並行ではなく”1冊”だけに集中し、かなり時間をかけて読んだには違いなかったが、それは千年に一人の天才の言い分であるから、相対的に他人にそれは全く通用するものではなかった。


「とにかく、はじめてのことなのに、いくら体内で気をうまく扱えても、、、」

「うん、やりすぎると逆効果だ。だから今から中庸に戻す。そう言うと、張麗が反応できない速さで、隠し持っていた鍼を左掌の労宮にスッとさした。


 ”この人、いったい何者なんだろう?みんなが苦労してもなかなか習得できないものをいとも簡単にやってのけるなんて、、、”

 ”たしかに、鍼は労してもできない人か、労せずともできる人に極端にわかれる。本当に素質による所が大きいけど、それにしても私が1回刺して、後は本を読んだだけでここまでできるなんて、普通の人じゃない。。。もしや人間ではないのかも?”


 完全に張麗に奇人扱いされているとは露知らず、劉煌は、嬉しそうに鍼はどこで注文できるかと屈託なく聞いてきた。


 彼の質問に答えず張麗はしばらく黙っていたが、思い立ったように席を立ち棚に向かった。

 彼女は引き出しから鍼セットの入った巻き布を取り出すと、それを劉煌の前にそっと置いた。劉煌は嬉しそうにそれを持ち上げ、布をくるくる回して広げ中身を確認すると「ありがとう。ちょっとこれを貸してね。鍛冶屋に作ってもらうわ。」と言ってニコっと笑った。


 そしてスッと立ち上がると「では、食事に行こう!」と言って、彼女に向かって手を差し出した。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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