第三章 模索
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れるのだが、、、
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
清水県は、西乃国の最北西の地、かつて幼い白凛が趙明によって救われ彼の家族として暮らした舞阪県の一つ京安よりに立地し、京安からは途中いくつもの山越えが必要で、馬の足でも3日はかかる。
途中何度も雨に見舞われたこともあり、白凛が清水県に到着したのは、予定より2日以上遅れた土曜日の午後だった。清水県は一見したところ普通の田舎町で、木造の2階建ての建物が多かった。道幅は馬車がすれ違いできない程度の広さで、広くもなければ狭くもなかった。道にはところどころ柳の木があり、葉が茂って重くなった枝がたわわになっていて、馬に乗った状態で通るのは難しかった。
元々ここは、白凛の育ての親:趙明を裏切った胡懿の一族が治めていた土地だが、彼の謀反は失敗し、その後前の筆頭宦官だった石欣の力で彼の親戚が胡懿の後を継いでいた。しかし、石欣は、中ノ国の宰相を殺害したかどで劉煌より中ノ国に身柄を引き渡され、帰国した劉煌は石欣の汚職の証拠を集め、一族も罰した。具体的には、彼らから財産を没収し全員島流しにしたため、清水県は現在、国の直轄地となり、長は国から先日派遣されたばかりの者だった。ただ、彼の下で働く者たちは以前と変わりないので、以前の情報を知る者がいるはずだった。
馬から降りてその馬を引きながら、清水県に着いた早々、県衛に出向いた白凛は、早速近くにいた役人に3年前に火事で亡くなった張盛のことについて聞き始めた。
始めは白凛を訝しがっていた役人も、彼女がこの隣の県主であった趙明の仇を討ったあの女将軍であると知ると、すぐに協力的になった。どうも県主としての胡懿も評判が悪かったようだ。
清水県の県衛で働いている人の数は、下男を入れても30数人程度であるが、ここでは縦横の人間関係は希薄らしく、酷い人になると、トップの次点であった張盛の名前すら覚えていない役人もいた。
それでも殆どの役人・下男に聞き込んだところ、張盛には妻と年頃の娘と年若い息子がいたことがわかった。
それ以上の話の進展は期待できないことを悟ると、白凛は当時の火災の記録を探すことにした。
しかし、清水県の文書管理は杜撰で、倉庫内の文書の保管順番は決められていなかったことから、調査は自ずとおびただしい数の文書を、端から片っ端に広げて見ていくしかなく、難航した。
それでも月曜日の昼には目的のものを見つけることができた。
机でそれを筆写すると、再度間違いがないか確認して、必要性は感じないものの一応原本を元あった場所に戻し、写本は自分の懐に入れて白凛は外に出た。
何度も読み直した記録によると、張家は、県衛の役所から東に徒歩10分の場所にあったらしい。ゆっくりと清水県の景色を見ながら10分ほど東に歩いた右手の角地に、確かに黒こげの柱が大小2本ほど立っている、家1軒分の空地があった。
馬を街路の柳の木につなぎとめると、白凛は生えている草をかき分けて空地に入っていった。草の根元を見ると、ところどころ黒く炭化した木片のようなものが転がっている。もっとよく見てみようと、腰を屈めて草をむしっていたところ、隣の家の2階から女の声がした。
「そこの人、そんな所で何してんだい?宝物なんて出やしないよ。」
白凛が眩しそうに手を翳して声の方を向くと、色あせた紺色の着物の袖をたすき掛けした女が雑巾で何かを拭きながら話しかけてきた。
「あんた、張さん家の焼け跡で何してんだい?」
「実は、私は、張さんの娘の張麗さんの友達で、ここのところ彼女から連絡がないから心配でやってきました。」
「ここのところってもう3年にもなるがね。」
そう言うと彼女は家の中に入っていった。
白凛は彼女がまた顔を出してくるのではないかと隣の家の2階を見つめていたところ、何やら後ろからガサゴソ音がしてきた。何事かと思って振り返ると、あの紺色の着物の彼女が笑いながら草をかき分けてやってきているではないか。
「そんなところで探したって何も見つからないよ。ほら、せっかく綺麗な着物なのにさ、草の染みがついちゃったじゃない。そんなことしてないで、うちでお茶でも飲んだらいいよ。」
彼女はそういうと、白凛の手をひいて叢から出て、家に向かった。
言われるがままついてきた白凛が隣の家の敷居をまたぐと、奥にテーブルと椅子があり、
既にお菓子がテーブルの上に乗っていた。その奥からお盆を持って彼女が出てくると、白凛を見て、
「さ、さ、そこで突っ立ってないで、さっさとこっちに来て座りなよ。」というと、お盆をテーブルの上に置いた。
白凛が席に着くと、彼女は嬉しそうにお茶を入れ、
「張麗もね、このお茶が好きだったんだよ。あとこのお菓子もね。いつも一度に3個も食べるからぽっちゃりしていてね。」
”ぽっちゃり。。。?”
火事のことを思い出したのか、涙ぐみながら、
「あんなことになっちゃって。」
と言ってため息をついた。
「それで張麗さんは今どこに?」と白凛が尋ねると、
「爺さんが連れて行ったけど、あたしゃ、もう彼女は生きていないんじゃないかと思うんだよね。勘だけどさ。」
「爺さんって?」
「何でも隣の県の名医だったらしいよ。全くあの子が名医の孫だって笑っちゃうけどさ。」
「どうして?彼女も名医じゃありませんか?」
彼女は何を言っているの?という顔を白凛に向けて、
「自分の指を包丁でちょっと切ったくらいで「血が出たー」って卒倒するのに?」と言って大笑いした。
これには、劉煌から極秘任務が出た時、彼から「お凛ちゃんが女の子なのに将軍なんて驚かないよ、なんてたって世の中には解剖好きの女の子もいるんだから。」と聞いていた白凛は面食らった。
”太子兄ちゃんの勘は当たっているかもしれない。ここにいた張麗と京安にいる張麗は同一人物ではないかもしれない。。。だとすると目的は?。。。まさか刺客?とにかくすぐに華景の所へ行かねば。”
心でそう思いながら白凛は、
「そうでしたか。。。それでは、この人はご存知でしょうか?」
と、懐から折りたたんだ紙をだすと、丁寧に広げて彼女に差し出した。
彼女は眉間にしわを寄せて、間髪入れずにこう答えた。
「見たことないね。だってこんな美人だったら一度見たら忘れないもん。」
白凛は、無表情で「そうですか。」というと、またその紙を丁寧に折りたたんで懐にしまった。
するとお菓子をほおばりながら彼女は、「女優さんかなんか?」と聞いてきたので、白凛は左の口角だけ上げてクスっと笑うと「まあ、そんなところです。」と言い、残ったお茶を一気に飲み干した。
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