第二章 宿世
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
店の外に出るともう人影は殆どなかった。
歩きながら「本当に今日もご馳走になっていいんですか?」と、張麗が申し訳なさそうに言った途端、劉煌はただギロっと彼女を一睨みした。
同年代の男性に比べ極端に体つきは細く、さらに小高蓮として過ごす時は女言葉でなよっとした印象の劉煌なのに、一発睨むだけで文字通り周りを圧倒する迫力を持つ。
そしてその睨みは張麗にも一発で効いた。
普段睨みに怖気づくことのない張麗は、自分自身の反応に驚いて目を泳がせながら下を向いた。
何故なら大抵の場合、睨みのような相手を威嚇する行為は、自らの弱さを隠し、相手に自分の強さを誇張して示す手段に過ぎないことを彼女は知っていたからだった。
”それなのに、たった一睨みで黙らされてしまうとは。”
つまりそれは紛れもなく本物の強さを持つ凄みだった。
”さっき私に何者って聞いたけど、そっちこそ、いったい何者なの?睨まれただけでまるで猿轡をされ、全身を縄でぐるぐる巻きにされたみたいな感じがするなんて。”
そう思いながらも、まるで劉煌の操り人形にされたように彼について道を歩いていた張麗は、ある時点で自分に自由が戻ってきた感覚になると、彼から以前伝えられた西乃国復興プロジェクトのことがふと頭に浮かんだ。
「あの美容クリーム、内服とセットにすると相乗効果になるかもですね。」
「えっ?」
彼女の突然の発言に劉煌はついていけず、きょとんとした。
「私の差し上げた御塩、あれ、疲れも取るんですけど、美肌でも使うんです。あと、フカヒレとか鳥獣の皮や骨のエキスには肌のハリを保つ成分が含まれているし。外側からだけではなく、内側からもアプローチすれば、本当に健康で美しくなるんじゃないかと。。。」
劉煌を横から見上げて張麗がそういうと、劉煌は彼女を見下ろしながら、真剣な顔でジーっと彼女を見つめていた。続きを言ってごらんと言っているのではと解釈した彼女はこう切り出した。
「皇宮内では、健康美容産業の一つとして、外側からの美容に力を入れようとしていると聞きました。それに加えて、内から整える、そういう美肌用のお料理とかも出したら…」
彼女が全て言い終わらないうちに劉煌は張麗の方を振り向くと、彼女の両肩を両手でつかみ前後に揺らして、
「あーー、私はなんで気づかなかったんだろう!君は天才だ!」
と興奮しながら言った後、彼女の肩から手を放し、左掌に右拳をゆっくり何度もぶつけながら、頭を縦に振って、何かブツブツ言いながらしばらくその場で一人回転していた。
その後少し落ち着いたのか、静かに彼は彼女に尋ねた。
「何で私にそんな大切なことを教えるんだい?黙っていれば君はそれで金持ちになれるかもしれないのに。」
「これは国家プロジェクトですよね。」
「そうだ。」
張麗は、何度もうんうんとうなづいた後で、
「皇帝陛下のお役に立てればいいんです。」
と一言だけ静かに言った。
この回答に、皇帝その人である劉煌は思いっきり面食らってしまった。
彼の頭の中では、彼が皇帝に返り咲いてから迫ってきたグルーピー女官達と、解剖に萌える張麗が、全員で睨み合いながら、彼を追っかけまわす妄想が繰り広げられた。
そんなこととは露知らず、張麗は歩きながら話し続けた。
「私だけじゃないです。一緒に暮らしている人達も、みんな新しい皇帝陛下に感謝しています。うちの旦那さん衆も戦場から返してもらって喜んでるし、奥さん達も旦那さん達が帰ってきて喜んでる。患者さん達もそうです。
国のトップの意識って国民に伝わるんです。
前の皇帝の時は、みんな張りつめていたけど、今は本当に暮らしやすくなっていますから。」
”えっ?”
劉煌の頭の中の妄想が、怪しいものから一転、国民達が感謝でひれ伏しているものに切り替わった。
彼女がそこまで話したところで張麗の家の長屋門に着いた。
張麗は立ち止まって劉煌の方を振り向くと、「お大事に。」と言って門の中に消えていった。
劉煌は、しばらく茫然となってその場に立ちすくんでいた。
『皇帝陛下のお役に立てればいいんです。私だけじゃないです。一緒に暮らしている人達も、みんな新しい皇帝陛下に感謝しています。みんな。』
先ほどの張麗の言葉が頭をよぎった。
思いがけないところで、国民の劉煌への率直な評価を耳にしたからには、
”何が何でも国民がもっと暮らしやすい、ここにずっといたいと思う国にしなければ。”
劉煌が決意を新たにしたことは言うまでもなかった。
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劉煌は皇宮に戻った後、張麗に勧められた自分自身の養生の話は無視して、国家プロジェクトに邁進した。
あの、目の上のたん瘤こと広大な面積を誇る後宮の土地と建物と、主の居なくなった無数の女官・宮女達の再活用方法が閃いたのである。
劉煌は、翌日早速朝政で官職達にプロジェクトの内容を伝え、京安とその周辺の建築と造園の設計士達をすぐに招集した。
現在、塀の内側は1つであるが、皇宮の三分の一弱を占める後宮の建物を維持しながら、見かけ上、本宮殿側と別々に切り離すように指示したのだ。
そうなると、広大な庭園の半分は堀と塀になってしまうことから、庭園設計士達は、権威の象徴でもある皇宮内の広さが縮小されることに難色を示したが、それでも隣国の宮殿の庭より広いことを知っている劉煌は意に介さず実行するよう指示した。
劉煌は、妃の身分に満たない側室の居所であった各々の楼を中心に旧後宮を、建物はそのままで、庭園もなるべく維持したまま、美容施設と医療施設に改造しようと思いついたのである。
特に後宮の西側はトータル美容サロンスパリゾートとし、最も大きく且つ奥にある梅骨宮は、低価格帯のトータル美容サロンとし、その隣の松香宮は、スパ施設の入った美容サロン、そしてその次の建物である竹寿宮は、最高級のトータル美容サロンスパリトリート施設とすることにしたのだ。
また中央庭園の目の前にある緑龍宮は、張麗からヒントを得て、薬膳ベースのレストランにするつもりだ。
そして、中央庭園を隔てて向こう側である、後宮東側の建物群は、現在、既に美容クリーム製造工場として稼働している貴陽宮を除き、靈密院とは別組織の医療施設として再利用することにした。
トータル美容サロンスパリゾートが軌道に乗ったら、この施設での美容整形にもつながるかもしれない。さらにこれらが軌道に乗れば、残っている後宮の建物群の使い道も見えてくるだろう。
幸い隣国から美容のためにやってきた唐皇太妃と照子公主は、御典医長小高蓮が指導し、指示した通りに対応した元後宮の妃達の女官だったトータルビューティースタイリスト達2名の施術で大満足しており、その後、劉煌が直接時間を取られたのは、最後の夜の晩餐と翌朝のお見送りだけだった。
晩餐時もそつなく美容クリームの輸出についての話題を盛り込み、外貨獲得の可能性が見えてきた。
翌朝のお見送り時には、美容クリームをいっぱい土産にもたせ、「今度いらっしゃる時はさらにサプライズをご用意しますよ」と告げて機嫌よく二人を馬車に乗せた。
唐皇太妃も照子も大満足で京安を後にして、今度は出羽島まで各所を巡りながら西乃国旅行を楽しむと言っていた。劉煌は中ノ国の護衛が付いているものの、彼女らが西乃国を出国するまでは安全を確保したいと考え、禁衛軍と皇輝軍からも護衛をつけて送り出した。
少し肩の荷が下りた劉煌は、迎えた日曜日、休日返上で首相と大蔵長官も招集し、”新美容施設計画プロジェクト”の大コンペ大会を、朝政で使う大政殿で開催した。
何しろリノベーションする施設が元々後宮だったこともあって、どこの案も内装はほとんどいじるところがなく、強いて言えば新しく必要なのは個室用のパーティションや治療台くらいなものだった。それ故費用も大きくかかるのは外の塀と塀位で、ハード的にはうまくいけばひと月も経たずに開業できそうだった。
大事なソフト面も、旧後宮のわがままな側妾達を相手にしていた女官たちがおもてなしするのだから、接遇については万全である。後は資質を見て、さしあたり10人位をトータルビューティースタイリストに育て上げ、その子たちが若手を育てていけばよい。
これで、旧後宮付き女官たちの首も切らなくて済む。
翌月曜の朝、他の官職たちにプロジェクトの協力を依頼し、昼からはいつも通りインターンの研修を行った劉煌は、その日の夜、久々に幼馴染の4人衆を天乃宮に招集した。
今や立場は皇帝と彼の重鎮たちということで、それぞれの公的立場は違っても、元は毎日一緒に遊んだ小僧達である。5人だけになればため口である。大きな丸いマホガニー材でできたテーブルに料理を並べ、酒盛りをしながら国政とは全く違う話で盛り上がっていた。
「まったくさー、女って現金だよな。俺が禁衛軍のノンキャリだった頃は誰も見向きもしなかったのに、今はパトロールに出れば必ず女官や宮女からプレゼント攻めだぜ。」
梁途はそう言いながらもまんざらでもなさそうに、今貰ったばかりの総刺繍で色鮮やかな匂い袋をテーブルに置いて見せた。
そのテーブルを李亮は扇子をバサバサ仰ぎながら横目でチラッとみて
「俺にはやたら扇子を渡してくるが、俺はいらねーってつっかえすぞ。」
と言いながら、その匂い袋の紐を指でつまんで自分の顔の高さにまで持ってくると怪訝そうな顔をした。それからおもむろに頭だけ孔羽のほうを振り返り、李亮は「お前はどうだ?」と聞いた。
「お前も何も僕にはなんにもないよ。女官か宮女だったら気を利かせて饅頭一つでもくれたらいいのに。」
「なんだ。お前には追っかけてくる女は誰もいないのか?」
李亮が呆れてそう聞くと、孔羽は露骨に嫌な顔をして
「いないよ。それが何か?」
と言い返した。
しかし、その場で露骨に嫌な顔をしたのは孔羽だけでなく、五剣士隊の紅一点である白凛も思いっきり顔をしかめていたのだが、李亮はそれに全く気づいていなかった。
劉煌はというと、李亮がピックした匂い袋に反応していて、李亮がつまんでいる紐の下にぶら下がっている、近くでよく見ると無数の血の跡がついた下手糞な刺繍の匂い袋に鼻を近づけた。
彼はすぐにその中身が何かわかると、非常に険しい顔をして
「ふん。これは、媚薬だな。梁途これは誰がお前に渡した?」と憤慨した。
「び、媚薬ぅ~?!」
「び、媚薬ぅ~?!」
李亮は慌ててそれを梁途に向かってトスすると、梁途もあわわと言いながらそれを両手で何回かお手玉にしてからポンと机の上に置いた。
その場の全員がひきつってその袋を遠巻きにしていると、劉煌はそれを掴んで壺の中に顔をしかめながら入れた。
その壺の蓋を閉めながら劉煌は、
「これは大問題だ。皇宮内の風紀が乱れる。宋公公に言って皇宮内全員の持ち物検査を不意打ちでやろう。」と呟いた。
これに李亮は思いっきり安心してふーっと息を吐くと上を向いて「あー、何も受け取らなくてよかった!」と叫んだが、梁途は真っ青な顔をして「まだまだいっぱい部屋にあるんだよ。そんな恐ろしい物渡してくるなんて。」と言って、慌てふためいて部屋から飛び出していってしまった。
「だから差し入れは食べ物に限るんだよ。」
孔羽がこうつぶやくと、「食べ物に混ぜる可能性もあるぞ。」と劉煌が釘をさしたので、孔羽はこの世の終わりのような絶望的な顔をした。
”こんなものが横行しているなら近日中に禁止薬物もリストにして発布しないとな。薬の法律も書き換えないと。” 劉煌がそう思案していると、李亮が珍しくまじめな顔をして口を開いた。
「とにかくだ。今までの俺たちには全く無縁だったのに、高い役職についただけで、これだけ下心のある奴らが湧いてくるんだ。特にハニートラップには気をつけろ。北盧国の皇帝一族の首を絞めた直接の原因だからな。俺たちも脇をしめておかないと。女には要注意だ。」
するとすかさず孔羽が梁途がいないことをさして
「一番くぎをさしとかないといけない奴が今いないよ。」とつぶやいた。
「しかし、皇宮内の者がそんなに簡単に媚薬を手に入れられるとは、入手経路ははっきりさせないとな。」
靈密院にも置いていない、そんな危険な代物を女官あるいは宮女が持っていたことにショックを受けていた劉煌は、難しい顔をしてそう呟いている時に宋毅が、馬蹄糕が山盛りに盛ってある皿を持って入室してきた。
「そうだ、宋公公、つかぬ事を聞くが、皇宮内で媚薬を持っていた奴がいるらしいのだが、、、」
劉煌はすぐに宋毅に尋ねた。
すると、宋毅は困った顔をして答えた。
「陛下、たぶんそれは後宮の女官か宮女ではないでしょうか?何しろ後宮は劉操から相手にされなかったので、それを使おうとしているとの噂が海の御用邸まで来ていましたから。」
宋毅は、もうすっかり劉煌びいきになり、先帝のことを呼び捨てするようにまでなっていた。
そんな会話の途中で梁途が駆け戻ってきた。
「いやー、これだけある。」
テーブルの上にところ狭しと並べられた匂い袋を、劉煌は片っ端から開けていった。
「これと、これと、これはアウトだ。全くアウト品を入れておきながら自分の名前も書いてくるなんて。」
「何なのか知らないのか、知っているのか。他人の名前を書いているってこともあるかも。」
ここに来て初めて白凛が口を開いた。
「とにかくだ。みんな付け届けには本当に注意してくれ。足元をすくわれるからな。それは何も本人だけじゃない。家族もだ。」
劉煌が五剣士隊にそう告げると、今度は宋毅に向かって、「近日中に所持禁止薬物を公表するので、そのあと皇宮内にいる者の持ち物検査を抜き打ちでやってくれ。」と言った。そして劉煌は全員を見渡して「さ、食べよう。せっかくの御馳走がすっかりさめてしまったのではないかな?」と誘うと、全員がテーブルを後にして御馳走が並ぶ食卓に戻っていった。
会食が再開した途端「家族にも注意するようにお達しがでたのは好都合だ。」と孔羽がぽろっと言った。
「どうして?」
「これでお見合いやめさせてもらえるかも。」
その若さで首相に抜擢された孔羽は、親の期待も大きく、毎週のように縁談がどこからともなく運ばれお見合いをさせられていた。
「え、まさか、昨日これなかったのもお見合いだったのか?なんとお前が一番先に身を固めるとはな。」
一番年長で腕っぷしの強い、今では戦もないのに大将軍になった李亮が、彼をからかう。
「亮兄は暇かもしれないが、僕は仕事が大変でそんなことに構っている暇は全くないよ。昔っからそうだけど、よく太子の前でそんな話ができるな。」
と、仕事のストレスからか、また一回り横に大きくなった孔羽が、箸を休めることなく生真面目にそう答えると、誰もの目が一斉に劉煌に集まった。
「せや!太子こそどうなってるんだよ。」
「太子こそ見合いした方がいいんじゃないか。」
「世嗣の問題もあるしなぁ」
矢継ぎ早に皆が劉煌の最も触れられたくない話題をふってくるので、劉煌は無視を決め込んでそっぽを向きながら手酌で酒を煽っていた。
それなのに、すっかり出来上がった李亮が、事もあろうに、
「昔から男の甲斐性は女の数だ。一国の皇帝が妃の一人や二人娶ってなかったらまずいだろう。」
と劉煌を指しながらニヤニヤしてそういった。
そのとたん、食卓にバーンと箸を叩きつける音が響いたかと思うと
「もーいい加減にやめなさいよ!」とかん高い声が部屋中に広がり、全員が一斉にその声の主の方を振り向いた。
そこには、ムスっとした白凛が仁王立ちし、眉毛をつなげて李亮を睨みつけていた。
部屋はそれまでの桃色ムードから一気に氷の監獄と化し、誰もの酒がどんどん各々の身体から抜けていった。そしてそれと同時に、酒が抜けたためなのか、はたまた白凛からほとばしる殺気からなのか、全員の背筋にぞわっと寒気が襲った。
”ふう、われは助かった。。。李亮、ご愁傷さま。”と劉煌は心からそう思った。
白凛はこの幼馴染衆の紅一点である。
女とはいえ、こんな野郎どもの中に小さい頃からくっついて世を渡り、最終的にはあの劉操さえ一目置く、西乃国始まって以来の女兵士で、女将軍にまで上り詰めた娘である。
残念ながら劉煌の名前をまだ知らない国民がいても、女将軍白凛の名前を知らない国民はいない。
細く美しい表面からは想像がつかないほど、いつでも口より手が早く、武器をもたせなくても損じゃそこらの男ではかなわないほど強かった。
ところが、皆、李亮がその場でボコボコにされると思っていたのに、白凛のその大きな丸い右目から一粒の涙が溢れると、彼女は涙を拭おうともせず、両手の拳をかたく握って身体の横につけたまま、軍隊式に皆にくるっと背を向けると部屋から走って出て行ってしまった。
男たちが呆気に取られているなか、李亮は、一人完全に酒が抜け、血相を変えて「お凛ちゃん、ごめん。待って。」と言いながら慌てて席から飛び上がると、一目散に彼女を追いかけていった。
「・・・・・・」
「実はさー、あの二人付き合ってるんだよねー。」
媚薬の件があったためにばつが悪いのかほとんど会話に加わらず、黙々と食べていた禁衛軍統領の梁途が箸を止めることなく、肉を嚙みながらぼそっと言った。
「ええ?!」
「マジで!」
劉煌と孔羽は寝耳に水だったこともあり、二人とも驚きを隠せなかったが、そういえば、人事の際、白凛がなぜか大将軍になることを頑なに固辞したことを、二人とも同時に思い出した。
”もしかして、あれはお凛ちゃんが李亮の上の立場だとまずいからなのでは?”
”亮兄もお凛ちゃんもそんなことは気にしないが、お凛ちゃんのお父さんは絶対気にする!”
二人の頭の中は完全にシンクロしていて、そう結論づけると、同時に、
「なるほどねー。」
「なるほどなー。」
と言った。
すると、李白ペアの事情について一人ぶっちぎりで彼らより先に進んでいたはずなのに、劉煌と孔羽のあっけない納得ぶりに、肩透かしををくらった梁途が、彼らに何がなるほどなんだよーと口を尖らせながら尋ねていた時、李亮と白凛は二人っきりで話し込んでいた。
「それ、本当の話か?」李亮は驚いて白凛を見つめなおした。
「そんなことで私が亮兄ちゃんに嘘つく意味がある?」
「ないが、、、」
「とにかく、太子兄ちゃんは前からずっと好きだった相手に公衆の面前で振られたのよ。その小春って女は今は中ノ国の皇后だけど、太子兄ちゃんと一緒に育ったみたいなの。でも、とにかく悪いけどちっとも綺麗じゃないし、羽兄ちゃん体形だし、変に思い込みも激しいし、なんてったって狂暴で、まるで野人。正直、蓼食う虫も好き好きってこのことを言うのだと思ったわ。本当にいたたまれなかった。だから絶対太子兄ちゃんの前でお妃の話をするのは止めて。それから私たちのことも内緒よ。」
「なんで。」
「だって、かわいそうじゃない。私たちが一緒にいたら、絶対あの変な小春って女を思い出して悲しくなるわよ。」
「しー、お凛ちゃん。隣の国とはいえ皇后を変人扱いしたらまずいだろう。」
「だけど、、、事実だもん。」白凛は、突然人間凶器に変身し、彼女の上で暴れた獰猛な野人を思い出し、まるでおぞましい者でも見ているかのように身震いした。
「何度も聞くようだが、それ本当の話か?」
李亮のこの問に白凛はうんざりした顔で言う。
「もうこの話3巡目よ、何度言ったらわかるの。もういい。それから、女の数が男の甲斐性って思っているんだったら、私はそういう人とは付き合えない。」
「お凛ちゃん、俺がそんな男に見える?」
「自分で言ってたんじゃない。追っかけてくる女がたくさんいるって。」
「初めて会った時からずーっと一筋、脇目もふらずにいるんだぜ。」
「私がお願いした訳じゃない。」
「もー、お凛ちゃん、ごめん。許して。」
「じゃあ、男の甲斐性は女の数なの?」
「違います。絶対違います。お凛ちゃんは一人で10人分、、、」
「たった10人?」
「いえ、百人、千人、、、とにかく俺はお凛ちゃん一筋だから。お願い信じて。」
「今度そういう言動をしたら別れるから。」
「誓います!絶対いたしません。」
会話の終わった李亮と白凛は、誰にも彼らが交際している話をしていなかったのに、まさか梁途がそれに気づいていて、それを劉煌に暴露しているとは露にも思わず、意味がないのに、わざわざ時間差で部屋に戻っていった。
劉煌は、二人とも戻って全員が再集結した後、普通を装って一言声をかけようとした矢先、李亮が先に咳ばらいをしながら劉煌に向かって改まって口を開いた。
「う、うん。あー、そのー、本日我々をお呼び出になったのは、、、」
「それはー。」チラッと李亮の後ろにいる白凛を見てから、もう一度李亮を見直して、劉煌は構想中の国家プロジェクトの話を始めた。
すると李亮は、先ほどのかしこまった感じからいつもの彼に戻り、「へー、そりゃ面白そうだ。ってか、税金の取り方考える皇帝はいても、自ら稼ごうって考える皇帝ってのは、こりゃ初めて聞いたぜ。気に入った。さすが、我らの太子だ!で、俺は何をやればいい?」とすぐに劉煌に聞いてきた。
自分からそう言ってくれるこの仲間がいることが、劉煌は本当に有難かった。
皆それぞれの肩書が最大限活きるよう、李亮は、工事を行う工夫達の人選から、彼らの監督をすること、梁途は多くの一般人が皇宮内を出入りすることになることから、さらに皇宮内の警備を強化するようシフトを組みなおすことを申し出てくれた。
そして、劉煌は、孔羽に、国内の鉱山の調査を依頼した。
「鉱山?」と聞く孔羽に、劉煌は静かに答えた。
「そうだ。探しているのは岩塩の鉱山だが、金でも銀でも鉄でも鉱山ならなんでも使い道があるから、塩に限定せず調査してくれ。」
「岩塩の?そんなことしなくても西乃国は豊富に海から塩が取れるじゃないか。」
親の転勤で出羽島に住んでいたことがある梁途は、西乃国の海岸線を南下した経験があるので、至極真っ当な質問をした。
「人は塩と水と空気なくしては生きられない。海からの塩も重要だが、岩塩には地のミネラル、最も重要なことに地の気も入るんだ。人は陸で生活しているだろう?だから海からのものと陸からの塩の両方あるに越したことはないんだ。それに中ノ国は海も無く、岩塩の鉱山も見つかっていないから、大昔から塩は東之国と我が国からの輸入に頼ってきた。もっとも劉操の時代になってから、どんどん中ノ国は東之国からの輸入にシフトしていったので、今中ノ国の塩は、ほとんどが東之国産でしかも言い値だ。」
「なるほど、外貨獲得の切り札にもなるってわけか。」
現在の国の経済状況をよく把握している孔羽は、国内に無い金は国外から回してもらうのがてっとり早い景気回復手段だとよくわかっていた。それに、もしかりに塩でなかったとしても、なんらかの鉱山であれば使い道の無いものはない。
しかし、このような大きな先行投資はリスクがつきものなので、普通ならこの経済危機の状況では、尻込みするものだが、劉煌には山のような私財があるからなのか、まったく躊躇しているようには見えなかった。
でも、これをいくら劉煌が集めた人材で固めた朝廷とはいえ、官職たちがそれに納得するだろうか。
孔羽がそう考えていた時、すかさず李亮が、助け舟を出した。
「お役御免になった兵士達が全国各地に散らばっているから、監督官だけ中央から出して、実務はそいつらにさせるといい。きっと皆俺みたいに暇持て余してるかもしれんからな。」
”そうか、そういう手があったか。それなら思ったより抵抗なく話が進みそうだな。”
劉操時代に兵士に駆り出された男たちの雇用創出問題もこれで解決できるかもしれない。
「それでは、腹もいっぱいになっただろうから、早速仕事にかかってくれ。おお、もう10時じゃないか、お肌のために私は寝るから、さらばさらば。」と劉煌は、野郎どもを部屋から追い出すと、まだ部屋に残っている白凛の方に近づいていった。
「太子兄ちゃん。どうして凛には何も指示が無いのですか?」
劉煌は、両手を後ろで組みながら白凛の前に立つと、白凛の耳元に口を近づけ、
「お凛ちゃん、実は君には極秘でやって欲しいことがあるんだ。他の誰にも内緒だ。李亮にもだ。いいな。」
と小声で囁くと、白凛は驚いて劉煌の顔を見つめた。
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