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第二章 宿世

9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。

しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。


彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。


果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ

 西乃国の法捕司の本部は、京安内の皇宮の西側、馬武門から大人の男の足で徒歩5分位の場所に立地していた。


 法捕司のトップである法捕司卿の王政は、劉煌が国主である皇帝と御典医長の2重生活をしている事を知っている数少ない劉煌が信頼している人物であったが、この日は劉煌が突然、初めて供も連れずにお忍びでふらりと法捕司を訪ねてきたことに驚きを隠せなかった。


 王政は、下男から御典医長の小高蓮が法捕司卿への御目通りを希望していると聞いて、大慌てで劉煌を法捕司卿室に恭しく案内すると、人払いをし、扉を固く閉めてからすぐに劉煌の前にひれ伏した。


「陛下、本日はお忍びで何事でございましょう?」


 王政の仰々しさに呆気に取られた劉煌は、


「靈密院での検死の報告書をここに持参するのは、御典医長の仕事じゃなかったのかね。」


 と聞くと、王政は、参ったというように、おでこを右手でぴしゃりと叩き、


「ああ、今日は木曜日でございました。」


 と言った。


 懐から封書を王政に渡すと、王政はすぐに検死報告書に目を通し、にやりと笑って、


「見たところ、御典医長が変わっても解剖室は張麗の一人舞台のようですな。」と頷いた。


 法捕司卿用の椅子に腰掛けながら劉煌は、「その通りだ。」と言い、机の上の裁判判決の刑罰札をいじりながら、こう続けた。


「張麗は実に興味深い医師だ。女でしかもあの若さで相当の医師としての実力を持っている。いったい何者なのか?」


「私が噂で聞いたところによると、彼女の父は清水県の役人だった張盛という者です。3年ほど前の火事で、彼女以外一家全員焼死した記録が残っています。張麗も重傷をおったそうなのですが、彼女の母方の祖父が彼女を引き取り、治療のかいあって助かったらしいです。彼女が凄腕の医師なのは血統でしょうな。何しろ彼女の外祖父はあの華佗の流れを引く医師華景だったそうですから。彼女を救ったものの、華景が力尽きるかのように半年後に亡くなり、それで身寄りもなくなった彼女は医師としての仕事の多い京安に越してきたそうです。」


「ふむ、仕事の多さで都に越してきたなら、なんで彼女は男の患者は診ないのかね?」


 不思議そうに劉煌が尋ねると、王政は、はぁ~と大きなため息をつきながら、しぶしぶと

「それについてですが、、、」と言いながら、トボトボと扉に向かい、外に向かって「誰か、誰かある!」と叫んだ。ほどなくして法捕司丞の秦卓が飛んできた。


 扉を開けずに王政は、小声で、「張麗事件の記録を持ってこい。」と言った。


 それを聞いた秦卓は扉の外で血相を変え、「あれは機密中の機密、、、お言葉ですが、、、」と言い始めたので、

「新しい御典医長がいらしているのだ。いつまでも隠せるものでもあるまい。」

 と王政がすかさず答えると、扉の外で大きなため息をしているのが部屋の奥の劉煌にまで聞こえた。その後、少し経ってから、

「御意。」という言葉と共に、来た時とは対照的に重い足音が遠ざかっていった。


 張麗は京安での開業当初は、老若男女問わずどの患者も等しく診察していた。


 しかし、京安の医師は多かれど、張麗ほどの腕を持った医師はおらず、彼女の評判は日に日にうなぎ上りになっていった。


 開業して1か月も経つと、診察開始前には彼女の家の前に長蛇の列ができるようになっていた。


 そんなある日、いつもと同じように診察していると、外で男が暴れ始めた。


 その男の名前は黄敏といい、手癖の悪い男として都では知られていた。何でも並ぶのが嫌で、金を出すから先に診察しろと言う。張麗が断ると、前に並んでいた患者たちに暴力をふるい、待っていた患者たちは恐れおののいて逃げてしまった。


 そこで張麗が黄敏の診察を始めると、白昼堂々こともあろうに彼は張麗に襲い掛かったのだ。


 実は、黄敏の目的は診察を受けることではなく、若くて美しい女を手籠めにすることだったのである。


 張麗は、大声で助けを呼びながら、とっさにそこらじゅうにあるものを彼に投げつけて応戦した。


 その中には、たまたま粉末にした唐辛子があり、それが黄敏の顔にかかると、彼はギャーっと叫び、狂ったように顔を手で覆ってぐるぐると回りだした。ちょうど彼の背中が彼女の前に現れた瞬間、彼女は彼の鳩尾を棒で叩いて彼を気絶させた。


 黄敏が何かしやしないかと心配していた周囲の者達が外から中の様子をのぞき見していたり、彼に暴力をふるわれた患者の一人が法捕司に駆け込んでいたこともあり、黄敏はその場で法捕司の役人達に連れていかれた。


 ただし、それからが問題であった。


 黄敏は、何代にも渡って劉王朝の重鎮を務めてきた名門黄家の世嗣だったのである。


 特に黄敏の父である黄盛には、劉煌の父劉献が一目置いていた。


 何故なら、黄盛は生前病気がちだった劉献に、医師だけでなく有名な祈祷師を連れてくるなど、あれやこれやと世話を焼いていたからであった。

 劉煌が想像するに、おそらく父は助かりたい一心で、誰かの口車に乗り、黄敏の父親の代から永遠に無罪放免の聖旨を出していたのだろう。


 黄家は、その聖旨を法捕司に出してきたのである。


 法捕司側はその聖旨が先帝のもので、劉操のそれではないところを利用し、黄敏を有罪にしようとしたものの、なぜか劉操から直々に無罪放免にするよう法捕司に連絡があり、黄敏はその場で野放しとなってしまった。


 公判で王政がしぶしぶ無罪を言い渡すと、黄敏は、張麗の方をふりむき、まるで腐った魚のような目つきで不敵にニヤニヤと笑った。その様子をみた法捕司の面々は皆一様に拳をにぎりしめ、口を一文字にして肩を怒らせたが、誰も何も言うことができず、ただただ黄敏を睨みつけることしかできなかった。


 しかし、張麗はまるで判決の行方を知っていたかのように、無表情で黄敏に向かって持参した袋を突き出し、こう言った。


「この袋の中には毒が入っています。少しでも触れれば、一時間以内に苦しみながら死にます。今度私の前に現れたらこの毒をあなたにかけますからそのつもりで。」


 そしてその場にいる男たちに向かって、


「どこもかしこも、男はみーんなクズっ!大っ嫌いっ!」


 と言い放って、呆気に取られている男たちにくるりと背を向けると、肩を怒らせてスタスタと法捕司から出ていった。


 当該事件公判記録を読みながら、王政の話を聞いていた劉煌は、ここで大きくため息をつくと、


「張麗の男嫌いの話から、まさか朕の父の聖旨の話がでてくるとは。。。」


 といってこめかみをさすりながら軽く舌打ちをし、


「王政、父が残した聖旨を他に持っている家がないか調べよ。」と命じた。


「以前の聖旨を無効にする聖旨を出していただけるのでしょうか?」王政の声が弾む。


「ここは法治国家だ。私は劉操とは違う。何も起こっていない状況では事は荒立てられない。まずは聖旨を持っている者の尻尾を掴まねば。正当な理由が無ければ聖旨は出せない。」


 腕を組み、そう言いながら劉煌の頭の中には、靈密院の教室で、自分をからかう男に向かって毒を取り出して見せた気の強い張麗の姿が浮かんできた。


 ”彼女ならいけるだろう。彼女には悪いが、おとりになってもらうか・・・”


 ”とにかく、西乃国の将来のためには、たとえどんな家柄・功績があろうとも、治外法権を断じて許してはならない。”


 劉煌はそう心に誓った。



 *YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*YZY*



 その翌日、金曜日の昼過ぎに、中ノ国唐皇太妃と成多照子公主親子は西乃国との国境にさしかかろうとしていた。


 この旅を祝福しているかのように、中ノ国後宮を出立して4時間強、ずっと穏やかな天気に恵まれている。それでも、普段、長距離馬車に乗りなれていない照子公主は、代り映えのしない木、また木の景色と、馬車の椅子の硬さでお尻が痛く、もううんざりしていた。


 しかし、国境を越えた所で、劉煌の命令で、西乃国の禁衛軍の中でも珍しく腕が立ちがっしりとした体形の謝墨が護衛に着くと、照子は俄然テンションが上がった。それから馬車で8時間、国賓用の宿泊施設に到着する頃になると、馬車の中で鏡を見ては、髪型と化粧、身だしなみを気にした。


「母皇太妃、私の髪型は大丈夫かしら、お化粧くずれていない?」


「大丈夫よ。ささ、早く降りてお部屋に参りましょうよ。」


 元西乃国の貴族だった唐皇太妃は、20年ぶりの故郷の地に降り立つ喜びからか長時間の座位姿勢をもろともせず、すぐに颯爽と馬車から降りたが、照子は、おぼつかない足取りで扉の外に出ると、バランスを崩して馬車付きの階段から転げ落ちそうになった。


「姫!」


 昇降をエスコートしようとしていた謝墨が慌てて彼女を抱きかかえると、そっと彼女の足を地面に戻し、腕を取りながら、


「お怪我はございませんでしたか?」


 と心配そうに尋ねた。


 照子は、恥ずかしそうに、俯きながら上目遣いに彼を見上げると、「大丈夫です。」と小声で言った。


 その時、建物から、「ようこそ西乃国へ。中ノ国唐皇太妃殿下、成多照子公主殿下。」という言葉と共に若い男性が両腕を広げて近づいてきた。

 照子は、その声の方に振り向き、信じられないような顔をして、


「小高御典医長?、え?小高御典医長は西乃国に来ていたの?」


 と言うと、走って小高蓮の方に向かっていった。


 劉煌は、以前彼女の前でみせていた通り女っぽく身体をくねらせながら、


「ご無沙汰しております、殿下。長旅の後でもいつでも見目麗しい。」


 というと、恭しくお辞儀をした。


 そして、唐皇太妃の方を振り向くと、


「唐皇太妃殿下、この度は誠にありがとうございます。しかし、毎度ながらその御美しさは、クレオパットラが生きていたらどんなにか悔しがることでしょう。」


 といつものように彼女を持ち上げ、さらに体をくねらせて深くお辞儀をした。


 小高蓮が西乃国皇帝劉煌であることを知っている唐皇太妃は、慌てて、深々とお辞儀している劉煌の腕を取ると、小声で、


「陛下、おやめください。」


 と囁き、今度は、他者に聞こえるように、


「小高御典医長、私たちは長旅で疲れています。すぐに部屋で休みたいと思っています。」


 と言って、宿の方へエスコートさせた。


 唐皇太妃は部屋につくと、すぐに照子を温泉に行かせ、劉煌と密談を始めた。


「それで、例のクリームは?」


「これです。唐皇太妃のお好みのように仕上げたけどいかがかしら?」


 唐皇太妃は、クリームを早速手に取ると、うっとりとため息をつきながら、左手の甲にクリームを刷り込むと、


「そうよ、これよ。この香りも良ければ、塗り心地も。ほら、見る見る間にお肌のきめが整っていく感じ。」


 と満足そうな笑顔を浮かべた。


「それでは、明日は一日ゆっくりされて、明後日トークショーのゲストを午前・午後の2回よろしく。それが終わったら月曜日から5日間の美容プログラムを照子殿とお楽しみくださいませ。」


 そう言うと、劉煌は茶も飲まずにさっさと出ていった。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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