第二章 宿世
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
中ノ国は今日も快晴だった。
皇后小春は相変わらず毎日やることがなく、暇を持て余していた。
狸親父と罵っていた実父:仲邑備中が小春をかばって殉死した月命日の今日、彼女は暇であることもあって母親である清聴に手紙を書いてみようと思った。
父親らしいことを何もしてもらわずに育った小春は、故仲邑備中が自らの命をも顧みないほど彼女を大切に思っていたことを知らなかった。彼女がそれを知った時には、もう彼は次の世界へと旅立ってしまっていたことから、尚更”まま”で同じ後悔をしたくないという思いが小春にはあった。
ところが、いざ筆を持ち、紙に向かうと何と書いてよいかわからない。困った小春は、とにかく何か思い立ったことを書いてみようと、筆に任せていたら、
メイはどうしていますか?
私はこの頃、ラム肉をただのにんにく焼きにするよりミックスハーブローストにしたものにはまっています。
など、自分で読んでも意味不明な内容に、小春は手紙を書き出しては筆を止め、「あーっダメ」と言っては紙を丸めて投げていた。
「何がダメなのかい?」
優しいトーンの声が小春を包み込んだ。
「あっ、照挙!」
小春は喜びのあまり、椅子から飛び上がり照挙の元へ駆け寄った。
「照挙、どうしてきたの?」
「私の皇后の所に私が来てはいけないのですか?」
照挙はニヒルに微笑みながら小春の頬を優しくつまんで揺らした。小春は彼に抱きつくと、甘えた声で、
「照挙、暇で死にそうなのよ。何か面白いことないかしら?」
そう言われた照挙は、驚いて彼女を見下ろした。
小春は照挙に抱きついたまま彼を見上げると、彼の眉毛は生え際まで上がった後、今度は左右がくっつく程近づいてきた。
照挙は、
「なんと皇后は暇で死にそうなのですか。それはよくない。」
と言うと、小春の手を取り、スタスタと玄関に向かって歩き始めた。
「えっ、照挙、どこに行くの?」
「皇帝楼ですよ。」
「それで?」
照挙は突然歩みを止め、振り返って小春の目を見ると、
「あなたを暇から解放してあげます。。。」
と小声で呟くと、その小さい顔をポッと赤らめた。
照挙は小春を暇から解放するとは言ったものの、それは夜だけで、結局小春の日中の暇は潰してくれなかった。
*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*DYZ*
中ノ国皇宮内で、新しい命の元が結ばれるための行為がなされていたまさにその時、西乃国皇宮内では、生まれる事ができなかった命が、母の体内に戻されようとしていた。
「摘出したのに戻すのかい?」
劉煌が優しく尋ねると、すっかり興奮から冷めて、元の落ち着き払った張麗が、
「まだお母さんのお腹にいる時ですから。」
と答えると、子宮の形を整え、丁寧に縫い始めた。
「小高御典医長、後は私がやっておきますから、どうぞお先にお帰り下さい。前の御典医長の時もそうでしたので。検死報告書は御典医長の机の上に置いておきますから。」
劉煌に顔をむけることなく、そう言いながら張麗は淡々と、でもとても綺麗に検体の縫合をし続けた。彼女ははっきりとは言わないけれど、まるで劉煌にここからすぐ居なくなって欲しいと言わんばかりの雰囲気が伝わったので、劉煌は少し傷つきながら
「ではお先に失礼するよ。」
と淡々というと、死体から取り出した赤い繊維の乗った懐紙を包んで、部屋からしぶしぶ出ていった。
解剖室は医院の1階の北の外れの離れにあり、その扉を開けると、身支度ができる準備室がある。その準備室の扉の外には長い通路があり、その先を真直ぐ進むと死体を安置する霊安室に、途中で左に曲がると医院の会議室に繋がる通路になる。
張麗は、縫合しながらも耳を澄まし、2つ目の扉が静かに閉まり、通路を歩く足音が遠のききった事を確認すると、静かに遺体を綺麗に拭きながら、遺体に向かって語り始めた。
「あなたは妊娠を知ってどんな気持ちだったの?」
「お相手の方にはこの事を話したの?」
ここで、張麗の声のトーンが変わった。
それはそれは、悲しそうな声だった。
「人生っていろいろなことがあって楽しいばかりじゃない。それどころか、辛いことの方が多いわよね。。。」
遺体を拭き終えた張麗は、自分の手を丁寧に洗い、隣の準備室に入って自分のカバンから何やら袋を取り出すと、それを携えて解剖室に戻ってきた。
まず張麗は袋から線香を取り出し、それに火をつけた。
また、同じ袋から小さな壺を取り出すと、蓋を開けて、中に指を入れ中身をすくい左掌にその中身をつけ、蓋を閉じて机の上に置いた。
右手の指に左掌に置いたものをなじませると、右手の指でそれを遺体の顔に手際よく塗っていった。
血の気の無い青白い顔の遺体の顔色がだんだんと肌色に色づいていく。
顔全体に肌色を塗った後、張麗は慣れた手つきで綺麗に遺体の眉を描いていった。つむった目元に目張りを入れ、目尻と頬に淡く朱を入れ、最後に唇に朱の口紅を塗った。
遺体に服を着せると、張麗は遺体に向かって丁寧にお辞儀をし、手を合わせてから、遺体にシーツをすっぽりとかぶせ、遺体を霊安室に運んで行った。
誰も居なくなった解剖室に、屋根裏から様子をずっとうかがっていた劉煌が音も立てずに飛び降りた。
”なんて不思議な娘なんだ。。。身元不明遺体を綺麗に縫合するだけでなく化粧までしてやるなんて。”
なぜか、劉煌の脳の奥底にしまわれていた何かが、表に出ようとしているかのような、そんな不思議な感覚につつまれながらも、劉煌は線香の煙だけが残るこの部屋に茫然と佇んだ。
それも束の間、彼は通路をこちらに近づいてくる足音に気づいた。
慌てて屋根裏に飛び戻ると、劉煌は音を立てずに屋根裏伝いに御典医長室に戻った。
すると御典医長室の机の上には2枚の紙があった。
それは張麗が書いた検死報告書だった。
”もうできているのか⁉”
慌てて中身を読むと、全く無駄一つ無い、完璧な検死報告書で、ご丁寧に死体にあった焼印の拡大図まで添えてあった。
検死報告書の御典医長の欄に印を押すと、劉煌はそれを封筒に入れてから懐に閉まった。
”でもあの娘、何か妙に引っかかる。それが何なのかわからないけど。。。何だろう。。。”
劉煌の脳の奥底がまたムズムズとうずいた。
頭を手で押さえながら劉煌が解剖室に到着した時には、もう張麗の姿は無く、後片付けも終わっていた。
日は落ち、外はすっかり暗くなっている。
”年頃の娘の夜の一人歩きは危険だから”と自分自身に言い訳をして、劉煌は靈密院の屋根の上にひょいと勢いよく飛び乗り、彼女が使うであろう城門に向かって屋根伝いに風のように走り始めた。
案の定、銚期門まで屋根伝いで来ると、ちょうど彼女が年老いた守衛に鍵を渡している所だった。
守衛は彼女から鍵を受け取ると、
「張麗さん、こんばんは。そうか、今日は水曜日か。年を取ると毎日同じことをしていると今日が何曜日だったか忘れちゃってね。」
と張麗に話しかけた。
張麗はおどけて、「そう、私は水曜日の精です。高明さん、ごきげんよう。」と言うと、踊り子のようにお辞儀をして門から出ていった。
彼女に高明と呼ばれた守衛は、右手を高くあげて振りながら、「張麗さん、気を付けて帰んなよー」と叫んだ。
その声に張麗は笑顔で振り返って、「わかってるー。ありがとー。」と言うと、やはり手を高く上げて振り返した。
”あの子が初めて笑った…”
劉煌が銚期門の天辺から、彼女の帰宅を見守っていると、彼女は女の速足で20分位歩いた先の長屋の門の中に消えていった。
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