第一章 現実
不思議のクニの皇子の続編連載開始です。
あらすじ
9歳で叔父の謀反により国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、22歳で悲願であった祖国を取り戻すことに成功した。
しかし、彼のもう一つの願いであった初恋の人:小春を娶ることは叶わなかった。
失意のまま祖国に戻った劉煌であったが、国の再興は困難の連続であった。
しかし、もう恋愛はしないと心に誓い、失恋の痛手を振り払うかのように、祖国を背負い脇目もふらずに国のため、民の為に邁進する劉煌の前に、皮肉にも運命の女神が現れてしまうのだった。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としておりますが、ラブコメです。
見上げれば、青い空には雲一つ無く、視界の端に入っている木々の葉は太陽の光を浴びて金色に輝いている。
肌をかすめる風は、冷たくも暑くもなく、強くも弱くもなく、心地よい。
小春はようやく平和な生活を手に入れることができた。
思えば結婚直後、新婦の替え玉であることがバレないようにと、傍から見た印象は別として小春的には針の筵で生きた心地がしないほど緊張の連続だった。さらにまったく異次元空間である皇宮の中の、数限りない規則の、これまた苦手な暗記を強いられ、心身共に気の休まることがなかった。
やっとメイン規則を覚えてなんとか日常は、皇宮内で苦労しなくなったのに、あの忌まわしくも、うざい枯れ蓮こと小高蓮が皇宮に乗り込んできてしまい、成多照挙との結婚生活はまさに波乱続きの、全く平和とは縁遠い生活になってしまった。
でも、あの枯れ蓮は西乃国に本当に落ち着いたらしく、中ノ国にはこの4か月出没していない、少なくとも小春の前には姿を表していない。
”未だにあの枯れ蓮が隣の国の皇帝とは信じられないが、まとわりついてこないことは本当にいいことだ!”
と初めはそう思っていた。
ところが、西乃国の脅威が無くなり安心したのか、はたまた新しい御典医長が藪だったからか、皇帝であった成多照宗が劉操の襲撃から1カ月後、2度目の脳卒中発作を起こして呆気なく亡くなってしまった。
幸か不幸か、あの西乃国の劉操の襲撃で、一人ちゃっかり逃げ出したことから皇帝の愛側妾:桃香の本性が全員に知れるところとなっていたので、彼女自身の激しい抵抗と彼女の実子である第二皇子:照明の懇願も空しく、彼女は殉葬(皇帝と一緒に埋葬させるために殺されること)されたから、小春を脅かす最大のヴィランはもうこの世には存在しない。
それ故、彼女の夫は、どの時代でもどこの国でもありがちな帝位争いとは全く無縁に、誰からの妨害も陰謀も受けることなくスルスルと帝位継承してしまった。
しかし、宰相であった殉死した彼女の実父:故仲邑備中の後任の新宰相は、職務にまだ不慣れな状態で、彼女の夫の成多照挙は、今まで備中が行っていた分の仕事も、彼が行わなければならなくなり、今まで以上に小春をかまってやれなくなってしまった。
普通であれば、皇后となった小春は後宮の一切を仕切らなければならず、毎日飛ぶような忙しさのはずなのだが、何しろ彼女の出生を知っている照挙の母である皇太后が、皇后に後宮の全権を委譲せず、自らが後宮の長として引き続きのさばる、、、もとい、務められることになったので、小春は本当に何もすることがなかった。
さらに、中ノ国皇宮に真の平和が訪れたことから、彼女の周囲の人達は一人また一人と彼女の前から姿を消してしまった。
暇つぶしの相手にはなるはずの柊は、祈王となった第二皇子:成多照明と共に、とうに別所に越してしまったので後宮どころか皇宮内にさえいない。
しばらくは、仲の良い義妹の照子と遊んでいたが、その後照子は母の唐太妃と共にどこかに旅行に行ってしまった。今までは、皇帝の喪中ということであれば、少なくとも2年は喪に服し、法事以外いかなる行事も2年間は禁止だったのだが、事もあろうに成多照宗の皇帝としての最後の仕事が、”誰が死んでも服喪期間は2週間”と決めたことだったことから、なんと皇帝の崩御からわずか2か月でどこかへ旅行に行ってしまった。
それ故、今の彼女の相手となりうるのは、夫である現皇帝:成多照挙を除くと、皇宮に嫁いだ当初からのお付きの木練か、会えば後宮の皇后の仕事について論ざれてしまう、好んで迄時を共に過ごしたくない照挙の母で彼女から見れば姑である皇太后のいずれかになってしまっている。
後宮の中央にあるパティオのリクライニングチェアに半分横になりながら、好物のピーナツの皮を向いては口に入れていた小春は、皇后の所へ用事で向かうところだった木練を見つけると、すかさず彼女に大きく手を振りながら声をかけた。
「ねえ、木練、もうどうにかして。時間が全然経たない。何か宮中ゴシップでも話してくれない?」
「はい、皇后殿下。陛下付きの宦官の弧吉が、&$!#%も無いのに皇太后付きの女官の夕霧といい関係になって…」
「あーー、もうその話は何度も聞いた!なんかもっと別の、目がギラギラするようなネタ話はないの?」
「皇后陛下。情報源が無くなったので、その手の話も本当に耳に入らなくなりました。」
「情報源って?」
「小高御典医長のことですよ。なんだかんだ言って、小高御典医長は、何しろ宮蓮盟が結成されたくらい幅広い年代で絶大なる人気を誇っていましたから、、、
宮中で彼の耳に入らないことは何も無かったですからねぇ…」
心なしかそういう木練の声に覇気が無い感じがした。
小春は何と答えていいやらわからず黙っていると、木練はさらに暗い声のトーンで話始めた。
「奴婢も小高御典医長がいなくなってしまって、本当に困っています。ちょっとしたことでも相談に乗ってくれていましたし…どうして陛下はご自身で連れてこられたのに、小高御典医長を退けられたのでしょう?」
~蘇賀木練の記憶の中~
お昼時の宮中内の歩道で、木練が前を歩く小高蓮を見つけた時のこと、、、
「小高御典医長、小高御典医長、大変です。」
と木練が小高蓮に向かって走りながら声をかけると、彼はそこでピタッと立ち止まり、両手を腰に当て、彼の得意な目をひっくり返し、顎を斜め右上に突き出すように上げて、声の方向に振り返った。
小高蓮はその顔で木練に、今度は何が起こったのかという顔をしてみせると、木練は肩で息をしながら、
「皇太子妃殿下がまた食べ過ぎて苦しんでいます。今晩は正装しなければならない行事があるのに、これでは服を着れないどころか、行事にも出席できません。食べ過ぎないよう何度もお止めしたのですが、全然聞き入れていただけなくて。どうしたらいいのか、、、本当に困り果てています。」
小高蓮は、またかという顔でため息をつきながら、手を縦に何度も振って
「小春の食い意地の悪さは今に始まったことじゃないのよ、安心して、あなたのせいじゃないわ。それは私の薬でなんとかなるから、大丈夫だからついていらっしゃい。」
と木蓮に告げると、皇宮医院に向かってスタスタと歩き始めた。歩いている間も小高蓮は少しも静かにしていない。美容講座に通っている後宮の女主達の女官らがしていた内輪話を「この話は知っている?」と木練に聞きながら、右手を左の口元に立ててひそひそと話し続けた。
~
「木練!木練!」
昔の記憶が蘇りぼーっとしていた木練は、自分の名前を連呼されながら肩が揺さぶられたことで、我に帰った。
「皇后陛下。」
「イヤー、木練、ビックリさせないでよ。突然ボーっとしたかと思うと涙を流して、何も応えなくなるから、本当にどうなっちゃったのかと心配したわよ。大丈夫?」
木練は泣いている自分に全く気づいていなかった。
「本当に小高御典医長にはお世話になりました。居なくなって本当に悲しいです。」
と木練が涙ながらに答えると、小春の脳裏にも、照挙のことといい、自分のことと言い、困るとなんだかんだ言って、真っ先に皇宮医院の小高蓮を訪ねていた光景が蘇ってきた。
すると、なぜだか小春の胸の辺りが急に苦しくなってきた。
”この胸の苦しみは何だろう?”
まさか、自分があの枯れ蓮が近くにいないことを寂しく思う日がくるなんて。
小春は、今更ながら自分にとって小高蓮改め、現西乃国の皇帝:劉煌がいかに大きな存在だったのか、、、認めたくはないけれど、本当に大切な存在だったのだと、離れ離れになって4か月で気づいたのだった。
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