記念にプレゼント
ニオー立ちという言葉がある。
言葉の由来はわからないが、威風堂々として貫禄ある様子のことを表しているらしい。
ドワーフの少女、ムエナが両腕を組んでカウンターの上に立つ姿はまさにそれだった。
「わしがドワーフ族にしてかの天才! ムエナ・ギグミストである!」
「二回言った!」
「反応が薄いのが気になっての」
俺が驚いた顔をしたから満足したのか、不敵に笑ったムエナがカウンターの上に座り込んだ。
「で、なんだいお主ら。ウチに用事があるんじゃろ?」
「ああ。そうだ、買取をして貰いたいものがあってね」
俺は担いでいた背負い袋をカウンターに置いた。
この中に、先日ダンジョンで見つけたものがアレコレ入っている。
「買取? 構わんが、お主、この店の中をちゃんと見たのじゃろな?」
「どういう意味だ?」
俺は店の中を見渡した。
品揃えはまさしく雑貨屋、アクセサリを始めとした小物から武器防具まで置いてある。なんでも取り扱うという感じ。
横に立っているルールルの顔を見てみた。
ルールルも肩を竦める。
「わからぬかの、ウチで扱うモノは価値が高いものばかりじゃと言うておる。大きな背負い袋をドンとカウンターに置いて、大量にやり取りするような店ではないぞ?」
「え? だがこの店は冒険者ギルドで評判がいいんだろ?」
「良くない良くない! ふははそうか、お主も担がれた新参か!」
ムエナが鈴のような声でコロコロと笑い出した。
「あやつら、ここで扱いを断られた腹いせに取引になりもしない初心者どもを店に送り込んでくるのじゃ。まあアレよ、嫌がらせという奴よな」
「えええ? じゃあ、どんなものでも笑顔で買い取ってくれる意欲的な店というのは?」
「そんな選り好みせず商売ができるなら、とうに大店になっておるわ。店の場所だってもっと良い一等地に構えておっての」
なんてことだ。俺はギルドの連中に騙されたのか。
いや、騙されたというほどに悪意ある行為ではなかったのだろう、きっと彼らにとってはオフザケの範疇だ。
俺は苦笑した。
「やられたか」
「残念じゃったの。ここは駆け出し冒険者がくるような店ではない、もっと『まにあっく』な店じゃ。他を探すとよいな」
「仕方ない、他を当たるとするか。いくぞルールル」
カウンターに置いた袋を背負い直し、ルールルに声を掛けた。――のだが。
「ルールル?」
ルールルからの返事がない。
見るとルールルは、高い棚の上に置いてあるものをじっと見ていた。
それは毛糸で編まれた小さな人形だった。
大きさは人の頭くらいだろう、二頭身で手足も短く、なんともけったいな格好をしているように見えた。
「……かわいい」
「かわいいの、のか?」
「かわいいじゃない」
俺は女子供のセンスを持ち合わせていないので、そのカワイサとやらがよくわからなかった。だがルールルが可愛いと言って見つめてるのだ。ふむ。
――俺はルールルの顔を見た。
考えてみれば俺はルールルに出会ってから、プレゼントらしいプレゼントをしていない。
別に俺たちは互いに歓心を買いあう間柄ではないが、せっかくルールルが生まれて初めて『街』に出たのだ、なにか記念になるような物を贈ってやりたくはある。
「ムエナさん、そこの人形は幾らだい? 買いたいのだが」
「え?」
とルールルが俺の方を向く。
「べ、別に私、そんなつもりじゃ……!」
「いいんだ、気にするな」
俺はルールルの頭をポンと叩き、ムエナの方を見る。
ムエナは何故か目を細めて白々と俺の方を見ていた。
「それは金貨十枚」
「金……、え、金貨!?」
俺はムエナの言葉に仰天した。
「なんだそれ! 毛糸の人形が金貨十枚!?」
「そう。たかが毛糸人形が、金貨十枚じゃ」
「どういう値段設定なんだ!?」
俺が声を大きくしていると、ルールルが言う。
「あの人形からは魔法の力を感じるから……。それに由来しているんじゃないかしら」
「ほう。慧眼じゃの」
ムエナが感心した声を上げた。
「いかにもこの人形には『ラック』の魔法が掛かっておるよ。幸運が良縁をもたらしてくれるとの伝えがある『魔法工芸品』じゃ。こう見えて古代ダンジョンからの発掘品じゃよ」
そういうことか。
ダンジョンからの発掘品は、素人目で価値を計ることはできない。俺も貴族なので工芸品の目利きには多少の自信もあるが、そこに魔法が絡んでくると正直お手上げだ。
「たかだか人形一つに金貨十枚。思ったじゃろう、馬鹿馬鹿しいと」
「いや、別にそんなこと……」
「わかるわかる、顔でな」
ムエナは苦笑しながら肩を竦めた。
「まあそれに、その感情は普通のことじゃ。別に責めるつもりはないわい。じゃがな、ここはそういう店なのじゃ。わかったらほれ、帰った帰った」
「~~~~ッッッ!」
なんか悔しいが、返す言葉がない。
確かに俺の感性では、人形一つに金貨十枚なんで信じられないし馬鹿馬鹿しい。だが。
「これ、幾らになる?」
俺は腰バックから宝石や金銀の装飾具を取りだして、カウンターの上に置いた。
美術的価値を抜いた単純な金銀宝石の価値としても、金貨二十枚は下るまい。
「ほう、良い色の石たちじゃな。金銀の彫りも良い。結構な額になるのではないか?」
「なら」
「だが言うたであろ? ウチは『まにあっく』な店じゃ。普通のモノは客から買い取ったりせん。残念じゃったな」
「最後まで聞け。別に買い取れとは言ってない、査定しろとも言ってない」
俺はかぶりを振っていたムエナの顔を見た。
「これ全部とその人形を交換してくれないか」
「――!」
俺の申し出に答える代わりに、ムエナが俺の顔を見つめてきた。
俺とムエナの目が合った。
一瞬の無言。
俺たちは見つめ合う。
「……全部と?」
「全部とだ」
「査定も要らぬと?」
「要らない」
ムエナが目を細めた。
「目が節穴、というわけでは――ないのじゃろうな」
「さてな。どうだろう」
「お主の差しだした物、金貨二十枚は下らない価値があると思うがの」
「へえ、そんなにか」
俺も目を細める。しばし互いに無言、よく状況が飲み込めていないルールルが、微動もしない俺たちを交互に見て顔にクエスチョンを浮かべていた。
と、そのときだ。
「ようムエナ、今日も頑固にやってるかー?」
チリンチリン、とドア鈴を鳴らして入口の扉が開かれた。
新たな客が入ってきたのだ。
唐突な横からの声に、俺とムエナは同時に大きな息を吐いて、全身から力を抜く。
「うん? 先客がいたかい、すまんなムエナ」
「いや」
とムエナは入ってきた客に目を向けた。
「気にせんでよい。久々じゃなゲイルズ、いつラウドハリクに着いた?」
「さっきな。今回も良い品があったから寄らせて貰ったんだが、また後できた方がいいか」
ん? なぜか聞き覚えがある声だと思い、俺は入口の方を向いた。
そこに居たのは、
「隊商主さん?」
「おお、こりゃあ傭兵の! ええと、カイン殿とルールル殿!」
この街まで同道させて貰った隊商主さんだった。
思わぬ再会に、俺とルールルは頭を下げる。
その様子を見たムエナの顔に、驚きの色が広がった。
「なんじゃお主ら、ゲイルズと知り合いか?」
「この街まで、ちょっと馬車に乗せてもらってね」
俺がそう軽く答えると、隊商主――ゲイルズがわざとらしい大声で笑い出した。
「あははは、控えめに言うものだな。いやムエナ、この二人は凄いぞ。俺たちを狙っていた賊を、戦闘に至らせることなく追い払ったのだ!」
ゲイルズはムエナに道中の話をする。
俺が賊の監視に気づいたこと、大きな魔法をデモンストレーションに使って賊の攻め気を挫いたこと。
「カイン殿たちが居なかったら面倒なことになってたに違いないぞ!」
「ほほう……」
ゲイルズの話を聞いていたムエナが頷き、改めて俺の方をみた。
「ゲイルズがそこまで褒めるとはのぅ。ギルドで担がれた初心者だと思い、少々侮りすぎていたようだ。すまないな、カイン」
「それは別に構わないけどな。――で、ムエナ、さっきの交渉の続きをしようか」
俺は肩を竦めることでムエナに応えた。
ムエナはじっと俺を見る。
「なんで全部と言ったのじゃ? お主もそこに置いた金銀宝石の価値はある程度わかっておるはずだろうに」
「……あんたの言動で悟ったんだ。あんた、そもそも俺たちにその人形を売る気がないんだろうなってね」
俺はできる限り淡々とした口調を心がけた。
「しかし俺は、ルールルの為にどうしてもその人形を手に入れたかった。彼女はわけあってこれまで街に出ることが叶わず、今日が初めての都市体験だ。思い出になにか買ってやりたくてね。でまあ」
俺は苦笑して、肩を竦めた。
「この状況で今の俺にやれることは、あんたを金でぶん殴って本気度を見せることくらいかと思っただけだよ。下品な方法だけどな」
「下品な方法、のぅ。……そうかそのエルフの記念、それだけか」
ふう、とムエナは息を吐くと、俺を見て笑った。
「わかった、譲ろう。物々交換じゃ、そこの金品の三分の一でよい」
「助かるよ、これがほぼ全財産だった」
「は? おい? 全財産じゃと? もしわしが全部と交換と言っておったらどうしたつもりじゃ! 金は大切にせんといかんぞ!?」
他人事なのに、本人事のように心配してくれて憤るムエナに俺は好感を覚えつつ、ニヤリと笑ってみせた。
「だがあんたは三分の一でいいと言ってくれた」
「もしかして、わしがこうするであろうことが読めていたと……?」
「あんた、誇りを持って仕事をしている。好い意味でプライドが高そうだったからな、そんな奴がこの状況で一方的に得することを許容するはずがない」
ムエナは、一瞬ポカンと口を開き。
「ふはははははは!」
笑った。
「気に入ったぞカイン! よし、その鞄の中身も見せてみい! たとえ下らないものだろうがなんでも買い取ってやる!」
「無理はしなくてもいいぞ? そちらの取引は他の店でも……」
「いや、ウチでやらせてくれ。おまえが拾ってきたものは、わしが責任を持って買い取っていく。そう決めた!」
「決めた、って」
ムエナの言いように俺は苦笑せざるを得ない。
「ほれ、出せ出せ! はようせい!」
「わかったよ、わかったってば!」
俺は背負い袋を下ろすと、カウンターの上に小店を開いた。
ダンジョンでとってきた品を並べていく。期せずして、取引本番となる流れだった。
「おうおう、ムエナもこのカイン殿を気に入ったか!」
「悪くないの、ゲイルズ」
「カイン殿、ムエナはこう見えて王族にも品物の目利きを頼まれるくらいの英才だ。当然人を見る目も厳しくてな、こいつが肩入れしようなんて珍しいことだぞ」
「要らんことを言うな。ほれカイン、この人形を嬢ちゃんに渡してやれ」
俺はムエナから二頭身の毛糸人形を受け取って、改めてルールルに渡した。
「ルールル、これは俺からのプレゼントだ。初めて街に出た思い出の一つとして、部屋にでも飾ってくれると嬉しい」
「あ、ありがとカイン……! なんかテレるわね、そう改めて言われると」
顔を真っ赤にしたルールルが、人形を胸にギューっと抱いて喜んだ。
「なんだモジモジして、ルールルらしくないぞ?」
「どういう意味よカイン! 貴方いつも私をどういう目で見てるの!?」
「あはは、そういうのだ。そう喚いている方がおまえらしい!」
「もう! 知らない!」
ルールルが不貞腐れたように顔を背けるので、俺は再び笑った。
ムエナとゲイルズも笑う。
皆に笑われながら、ルールルは更に顔を赤くしたのであった。




