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ラウドハリクの街

「すごぉぉい! 大きな建物がいっぱい!」



 ルールルが街に入ってまず声にしたのは、これだった。

 街門をくぐるとちょっとした広場があり、そこから前方に大通りが一直線に伸びているのだが、大通りに面した建物がどれも大きいのだ。三、四階はある。


 衛兵に聞くと、それらは居住用のアパルトメントで、市場はもうちょっと街の中心にあるらしい。このまま大通りを進んでいけば屋台が出てくるから、その辺で判断ができると教えてくれた。



「これがただの住居? へぇぇー」

「集合住宅というものだ。木造が少ないから、この辺の住民は悪くない生活をしてる層かもしれないな」

「ほんと、街って凄いのねぇ!」



 大通り左右のアパルトメントを見上げながら、ルールルは小走りに俺の前を進む。

 穢れの森から出てここ数日、ずっとテンションの高いルールルだ。まるで子供みたいにハシャいでいる。

 街に出てこれたことがよほど嬉しいのだろう。


 大通りを進んでいくと、道の左右に屋台がちらほら見えてきた。

 それと共に通りには人の姿も増えてくる。

 ルールルがあっけにとられたような声を上げた。



「えええええー!?」



 雑踏の中で、ルールルは立ちすくむ。



「人だらけ! え、なにここ!? 人ってこんないるのーっ!?」



 俺たちは今、市場の雑踏のど真ん中にいた。

 人の密度が高く、気をつけないとすぐに他人と身体がぶつかり合う。

 これが大都市というものだ。

 人混みに慣れていないルールルは人に当たりまくっていた。ぶつかっては謝り、謝ろうとして一歩下がってはまたぶつかり、無限のループを繰り返している。見てれない。



「おいルールル、慌てるなって」

「そ、そんなこと言われてもー!」

「こっちだこっち、俺についてこい」



 俺はルールルの手を握り、引っ張った。ルールルが困り顔でついてくる。

 俺が先導するとルールルも少し落ち着いてきたのか、はー、と大きく息を吐いた。



「ほんとビックリ。人ってこんなに居たのね」

「ほんとビックリなのは俺だって。今までどう暮らしてきたんだ、色々あるとか言ってたけどさ」

「色々は色々! ――まあね、ほら、私は幼い頃から気をつけてないと魔力で暴走しちゃうタチだったから、お父さんと一緒に小さな集落や人里離れた森を転々としていたの」



 ちょっと目を逸らしながら話しをするルールル。



「この体質がどうにかなるまで大きな街には行っちゃダメだって、お父さんがね」

「確かに大都市でおまえが暴走を始めたら大惨事になりかねないな、父君は正しい」

「ところでカイン、ダンジョンから掘り出した物はこの市場で売るの?」

「いや、これから定期的に取引することになるかもしれないからな。店を構えている相手に買って貰えたらなと思ってる」

「そうなのね。じゃあ今はそのお店に向かってるんだ」

「いや冒険者ギルド」

「冒険者ギルド?」

「そう。場所はさっき衛兵に聞いておいた」



 冒険者ギルドというのは、その名の通り「冒険者」を管理して仕切る自治団体だ。少し大きめな街にならだいたい拠点を構えており、様々な仕事を請け負ってくれる「冒険者」を斡旋してくれる。


 冒険者は雑用から護衛、魔物の討伐や口に出しては言えないような仕事まで、様々にこなしてくれる者たちの総称だ。

 ダンジョンに潜ったり、未知の土地を踏破したりといった文字通りの冒険を志す者も多く、故に「冒険者」と呼ばれている。


 彼らはその仕事柄、情報通である。

 仕事で手に入れた物を売買して生活したりもするので、特に「店」には詳しい。



「売買可能な店はたくさんあるだろうからな。どの店と取引するのがいいか、よく知っている連中に聞くのが一番だろう?」

「よく考えてるものねぇ。感心しちゃうわ」



 そうこうしているうちに、冒険者ギルドの前に着いた。

 盾の上に剣と斧が交差されたレリーフの看板。これが冒険者ギルドの目印だ。

 大きな街にあるギルドだけあって、大きな建物だった。


 扉を開けて中に入ると、大通りとはまた一味違った喧噪が耳に届く。

 冒険者ギルドは酒場と一体になっていることが多い。

 それは冒険者たちが酒や食事をしつつ情報交換をすることを好むためだった。


 俺はドリンクを一杯注文し、ルールルを店のカウンターに置く。



「これでも飲んでていてくれ」

「ちょ、ちょっと! 一人にしないでよ!」

「別に店から出るわけじゃあない、すぐ戻るよ」



 ルールルと離れて良さそうな冒険者を見繕うと、俺は酒を奢って情報を仕入れた。

 幾人かに聞いてみたところ、冒険者たちの間で評判の良い雑貨屋が一軒あるそうだ。

 その店は大店ではないが大通り沿いにあり、仕入れに意欲的。ドワーフである店主の見立ても正確で重宝しているとのことだった。



「よし、取引先のアテができた。いくぞルール……ル?」

「あ、カインー!」



 俺の方をみたルールルが、満面の笑顔で手を振ってきた。

 なにやらちょっと柄の悪そうな金髪男が隣に座っているが、誰だあれ?



「みてみて、この人、いっぱいご飯食べさせてくれる!」

「……ナンパに引っ掛かってやがる」



 そうか、ルールルはあまり社会経験がないのだった。

 金髪男の下心に気づかぬとも仕方あるまい。

 俺がルールルの元に歩いて寄ると、金髪男がジロリと俺を睨んできた。



「というわけだ、にいちゃん。ルールルちゃんは俺と楽しく談笑している最中だぜ、あっちにいってな」

「こちらも用事の最中なんだ。悪いが別の女をナンパしてくれ」

「ああん?」



 金髪男が立ち上がって、俺を見下ろしてくる。

 デカいなこいつ。俺も背が高い方なんだけど、それどころじゃない。そこそこ筋肉もあるみたいで、ちょっとした壁のようだ。噂に聞くオークなどは、こんな感じの大きさなのだろうか。



「消えろチビ」



 手で肩を押された。思わず俺はよろめく。

 俺は金髪男を睨み返すと、金髪男の身体を手で押し返した。が。

 ――金髪男はビクともしない。


 金髪男は柄悪くニヤリ笑って、今度は俺を横殴りに思いっきり叩いた。



「うわっ!」



 俺は吹き飛ばされた。酒場の床に転がる。

 情けない話だがここで力比べをしても勝ち目がない。



「カ、カイン!? ちょっと貴方、なにするの!?」

「ああん? ねーちゃんもあいつの味方か? あんなに奢ってやったってのによぉ」

「味方とか、そういう話じゃないでしょ! カイン、大丈夫!?」



 立ち上がってこちらに走り込もうとしたルールルの腕を、金髪男が掴む。



「いたっ!」

「良くねえなぁ、そういう態度なら俺は強硬手段に出ちゃうぜ?」

「ちょっと、放しなさいよ!」

「いやだね」

「放さないと痛い目見るわよ?」

「ほーお! その細腕で、俺さまにどう痛い目を見せるっていうんだルールルちゃん?」



 あ、ヤバい。

 ルールルの目が座った。細めた目から不機嫌さが漂ってくる。

 俺はルールルの蛮行を止めるために叫んだ。



「やめろルールル!」

「エネルギーボルト!」

「ぎゃわっ!」



 遅かった。ルールルの魔法が金髪男に対して発動する。

 どうやらルールルの腕を掴んだ手に、なんらかの衝撃が走ったようだ。弾けるように手を離した金髪男が、床に膝をつく。



「らー、いー、げー、きぃ……ムガガッ!?」

「だからやめろ、目立つなって!」



 金髪男に追い打ちを掛けようとしたルールルの口を塞ぎ、俺はルールルを羽交い絞めにする。そのまま酒場を後にしようと出口に向かった。が。



「むがー、もがー!」



 ルールルが暴れた為、彼女が被っていたフードが外れてしまう。

 酒場がザワついた。



「おい、あれ……あの耳」「エルフ? まさか」「いやだが、魔法も使ってたし」



 あーあ、目立ってしまった。

 今や全滅の危機に瀕していると言われているエルフは、当然人間社会において珍しい。

 ひっそりと森でやっていきたい俺たちにとって、衆目を集めることはなるべく避けたいことだったのに。


 俺はルールルを引き摺りながら酒場から出ていった。

 外に出たあとに、ルールルの頭を軽く小突く。



「あいた!」

「派手なことはしないでくれって。おまえは目立つんだから」

「むぅー」



 不服そうなルールルを連れて、俺はまた大通りの人混みを歩いていった。

 店で冒険者たちに聞いた、最近評判の良い雑貨屋とは確かこの辺にあったはずだ。



「ここかな?」



 掲げられた木の看板にナイフと宝石の絵が彫られ、「冒険者たちの宝箱アドベンチャラーズ・トレジュアボックス」と書かれている店があった。

 大通りの外れ、人がまばらになってきた場所。店も小さめだ。



「ここなの?」

「ここ、だと思う」



 思ったよりもこじんまりとした店だった。

 一瞬、大丈夫か? という気持ちが過ぎったが、冒険者たちの評判を信じて入ることにする。

 俺は扉を開けた。中に入ると、木の匂いがプンと薫る。



「……へえ」



 中は、――広い?

 いや、本当に広いわけではなかった。物の整頓の仕方が上手いのか、空間を感じられる佇まいだったのだ。

 高い天井から、木製の剣鞘や鎧のミニチュアなどが吊るされている。


 それぞれが出来のよい工芸品だった。

 そういえば店主はドワーフだという話だったか。面白い趣味だ、天井から吊るされてる工芸品が上に向かう空間の奥行きを感じさせてくれる。



「面白いわねぇ」



 ルールルも興味深げだ。



「あの鞘、力のルーンが刻まれているわよ。魔力に満ちてるわ」

「ほう? わかるかの?」



 ルールルの呟きに返事をするように、店のカウンター奥から不意の声が響いてきた。

 俺たちはカウンターに視線を向ける。が。

 ――あれ?

 カウンターに目を向けても、そこには誰の姿も見当たらない。



「魔法使いは冒険者にもちょいちょいおるが、その鞘のルーンをひと目で見抜いたのはお主が初めてじゃのう」



 声だけが聞こえてくる。

 口調こそ古めかしいが、その声は女の子のものだった。

 鈴のようにコロコロした声だ。



「わかるわよ。長年魔法を研究してきたんだもの」

「長年? まだ若そうに見えるが……ああ、お主、エルフか。フードを被っておるからすぐにはわからんかったわ、珍しい客じゃの」

「そこの壁に掛かっている剣の刀身にもルーンが彫られてるわね。貴女が彫り込んだの? 魔力が練り込まれてる良い仕事ね」

「ふむ。面白い、面白い」



 俺は眉をひそめた。

 声しか聞こえてこない相手と、よくもそんな平然とした顔で話していられるな、と。



「お、おいルールル。いったいどうなってるんだ、誰も居ないのに」

「え?」

「え?」



 俺の問いに、ルールルは不思議そうに、謎の声の主は何故か不服そうに、それぞれ疑問形の声を上げた。



「なに言ってるのカイン、そこに居るじゃない」

「なに言っておるのじゃ、ここに居るじゃろう」

「え? どこ?」



 今度は俺が疑問の声を上げる番だった。

 不思議すぎて眉をひそめたまま目を丸くしてしまう。



「あ、お主もしかして!」



 鈴のような声の主が、なにかに気がついたように叫んだ。。

 そして突然カウンターの下から伸びてきた手が、バンとカウンターの上を叩く。



「よもや、わしの背が低くて認識できなかったとか言わぬじゃろうな!?」



 憤慨した声を上げながら、ちんまい女の子がカウンターの下から上に飛び乗った。

 作業着ぽいオーバーオールのスカートを着たポニーテイルの女の子、前掛け部分の大きなポケットからはハンマーの頭が飛び出ている。


 カウンターの上に飛び乗った女の子は、両腕を組み大股立ち。俺を睨んだ。



「えっと、あの、その……!」

「控えい!」



 と声を出す。



「わしがドワーフ族にしてかの英才! ムエナ・ギグミストである!」



 なるほど。

 どうやら彼女がここの店主なのであった。

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