街へ行く
お日様ポカポカ。
大きな白い雲が風を受けてゆっくりと流れていく。
俺は今、荷馬車の藁の上に寝っ転がっている。
飛んでいるトンビの声を遠くに聞きながら、大きな欠伸をした。
「カイン、そろそろー」
「んー」
どこかから聞こえてきたルールルの声に生返事をして、目を瞑る。
ひたすらに心地が好い。身体から力が抜ける。
渇いた藁の中に身体が沈み込んで、藁に染み込む液体にでもなってしまいそうだ。
「カインったらー」
「んー」
「カッ! イッ! ンッ!」
「ふわっ!?」
トロトロに融けて目を瞑っていたら、耳元で大声を出された。
思わず飛び起きた俺は、藁の上で上半身を起こす。
「耳元で大きな声を出すなよルールル!」
寝ぼけまなこを擦りながら周囲を見て、荷馬車の上に立ち上がってしまった。
「街でも見えてきたのか?」
「違うわよ、そろそろ交代してって言ってるの!」
「ふぇっ?」
横を見れば、フードを目深に被ったルールルがふくれっ面で俺を眺めていた。
「私もぼんやりウトウト、藁の上に寝っ転がりたい! ほら代わって!」
「わかったよ、そんな押すなってば」
「あー気持ちいいー」
言うが早いか、ルールルは藁の上に寝っ転がった。
「俺は警戒がてら隊商主さんとでも話をしてくるよ」
「んー、いってらっしゃーい」
街に向かって街道を歩いていた俺たちは、馬車を使って旅をする隊商と遭遇した。
隊商主との交渉の結果、街までちょっとした用心棒として働く代わりに荷馬車の背に乗せて貰えることになったのだった。
ルールルはこれまで一人、周囲を警戒していたってわけ。
「でも意外。カインてば案外交渉ごとが上手いのね」
「これでも一応、教育を受けてきた身だからな。爺やが出入りの商人と交渉する場に同席させて貰ったりもしてたし」
「ちょいちょい話に出てくるわね、爺やさん。カインの教育係だったの?」
寝転がって大きく伸びをしていたルールルが、目を瞑ったまま聞いてくる。
俺は、「そうだな――」と空を見て、過去に目を向けた。
あの家で暮らしていて、唯一楽しく感じていた思い出たちが蘇る。
そんな前のことでもないのに、遠い昔のことのように思えた。
「それもあるし、……ある意味で実の親よりも親みたいな人、だったかもな」
「へー、大変だったんでしょうねぇ、爺やさん」
「どういう意味だ」
「べっつにー」
片目を開けたルールルが愉快そうに笑って俺を見ていた。
俺も肩をすくめて笑ってみせ、ルールルの憎まれ口を流す。
「あ、こら。フードは外すなって言っただろう。今や人の世でエルフは珍しい存在なんだ、おまえの耳を見られて注目されたくない」
「うるさいわねー、ちょっとくらい大丈夫よ」
「だめだダメ、どこで見られているかわからない」
「むー」
不満顔でフードを被り直したルールルを横目に、
「んじゃ行ってくる」
俺はゆっくり走る荷馬車から飛び降りた。
幾つか連なる隊商の馬車を追い越して前へと走り、先頭の馬車に追いつく。
「やあ隊商主さん」
「おう、さっきの」
俺は隊商主が自ら御者をしている御者席の横に飛び乗った。
「ええ。先ほどの飛び込み傭兵、カインです」
「どうした、暇になったかい?」
ニヤリ、と笑って初老の隊商主は俺を見る。
笑うと痩せた浅黒い肌の皺が、より深くなった。愛嬌のある笑顔だ。
「そうですね、天気もよくて。つい気が緩みます」
「わはは、そうだな。こう天気がいいと、俺も藁の上で寝っ転がっていたくなる」
「あれ? バレてますか?」
隊商主はクックと笑うと、自分の頭をトントン、指先で叩いた。
釣られて俺は自分の頭に触ってみる。そこには藁がくっついていた。
寝転がっていたときについたものだろう。
俺はバツが悪くなり、つい苦笑してしまった。
「構わんよ、有事の際にさえちゃんと働いてくれたらな」
「すみません」
「いやホントに構わない、気にしてくれるな。魔法使い殿に同道して貰えてるのは、それだけで俺たちも安心できる」
この世界、魔法使いは凄く珍しい存在ではないが、数が多いわけじゃない。
知識層でもあるから上流社会に属している者が多いので、一般社会に下りてくる魔法使いは多少レアとも言えた。
簡単に言うと、今回のように飛び入り傭兵をする魔法使いなどは普通いない。
ルールルは俺の交渉を褒めてくれていたが、実際は交渉もなにもなく、ルールルにちょっと魔法を使って貰えばすぐに随行を許されるような話だったのだ。
「いえいえ。俺たちも馬車に乗せて貰えて助かってます。ありがたいことです」
「はは。ウィンウィン、という奴か。双方が得をしている。なによりな関係だ」
馬車に乗せて貰えて、多少ながら謝礼も出てしまう。
ちょっとこっちが勝ってるくらいの関係だとも思うが、まあそれは言うまいて。
ところで俺は、さっきから少し気になっていることがある。
「どうしたね? カイン殿」
「いえ、先ほどから丘陵の線上にチラホラ、馬に乗った人間の姿が見え隠れしているような気がしましてね」
「え?」
「顔を向けずに見てください、右斜め前方のあの出っ張り付近。――見えませんか?」
「いや……私にはわからんな」
見えるか見えないか、ギリギリのラインだ。
距離もある。
俺は目がいいので気がつけたが、普通はなかなか気づけないのかもしれない。
「盗賊団の視察かもしれませんね」
「そうだな、最近この周辺は賊が出るという話も聞く」
「わかりました。それじゃあルールルを叩き起こして、魔法のデモンストレーションでもさせてきます」
「うん?」
怪訝な顔を見せた隊商主に俺は続ける。
「この隊商は小さいですからね。舐められて攻め込まれたら面倒です。魔法使いが居るアピールをして、襲うにはリスクとリターンが合わないと思わせていきましょう」
「なるほど、そうだな。任せてよいかね?」
「もちろんです。それが俺たちの仕事ですから」
俺はルールルの元に戻ると、寝こけていたルールルを文字通り叩いて起こした。
声を掛けても起きそうになかったのだから仕方ない。
ムスッとした顔のルールルに説明をし、納得させる。
ルールルは不承不承という顔のまま、荷馬車の上で魔法を唱え始めた。
「雷撃! ファイヤーボール! フリージングエフェクト!」
ドーン、ドーン! と、のどかな午後の丘陵地帯に轟音が響く。
音に驚いた馬を御者さんがどうにか抑えてくれる。
「なるべく派手な魔法をってね、カイン。派手な魔法はだいたい疲れるんだけど!」
「戦闘にでもなったらもっと疲れるぞ、我慢しろ」
「むぅ。それはそうだけど」
「こういうのは抑止できるならそれが一番いいんだ。賊だって馬鹿じゃない、こちらの意図も汲み取るはずさ、襲ってくるなら覚悟しとけよ、ってな」
それからしばらくの間、時間を置きながら俺はルールルに魔法を使わせた。
丘の上の人影は、その後一度確認した。
が、結局その一度で、人影は見なくなった。賊だとしたなら退いたのだろう。
よしよし、これが『会話』というものだ。
しっかり意志の疎通はできた。小さな隊商だけど、襲うのはリスクあるよ? と伝わったのだろうと思う。いや賊だとしたなら、なのだが。
そして馬車で一緒に旅すること二日日――。
☆☆☆
「いや助かったよカイン殿、ルールル殿。お陰で無事ラウドハリクの街門に着けた」
「結局あれから姿を見せませんでしたね、なにもなくてなによりでした」
「ルールル殿の魔法デモンストレーションのお陰だろうな、ありがとう。これは謝礼だ、少しだが色を付けさせて貰ったよ」
俺たちは幾枚かの銀貨を受け取り、懐に入れた。
「縁があったらまた会おう。キミたちの前途に祝福あらんことを」
こうして俺たちは隊商主さんと別れた。
俺たちの前には、大きな壁と門がそびえ立っている。
門と壁の周囲にはワイワイガヤガヤと、人の群れ。
街に入るためのチェック待ちの者も居れば、旅人目当ての商売をしている居つきの住民の姿もある。こういう大きな街の壁外には、流れの行商人や貧民が居ついてコロニーをつくることがままあるのだ。
「人多いっ!」
とルールルが目を丸くして驚いている。
これくらいで驚いていたら都市の中の市場でどうなることやら。
「ルールルはエルフで長命なのに、今まで一度も街に出たことがないのか?」
「まあ、色々あるのよ」
「色々って、なんだよ。あの呪われ体質か?」
「色々は色々!」
訊ねてはみたものの答えたくないようだったので、それ以上はツッコんで聞かないことにした。
「それよりも、ね、いい匂いがする」
「ああ。集まった人を目当てに簡易屋台まで出張ってきてるな、あれは鶏肉の串か?」
「スープもあるわよ。なにか食べていかない?」
ルールルの腹がクゥと鳴る。釣られて俺の腹も鳴った。
魅力的な提案に思えたが、ここで食事をしていては街の中に入れるのが遅くなる。
遅くなってしまえば、今回の目的である取引商談の時間も遅くなってしまう。
遅い時間から始める商談は良くない。
一日の仕事に疲れたあとだと、どうしても雑な対応をされがちなのだ。
なのでここは、我慢するべきだと判断する。
「まずはやることやってからだな。俺たちはこの街まで取引にきたんだから」
「なに言ってるのよカイン、食べたいときが食べどきよ? それが美味しく物を頂くコツなんだから!」
「あ、おい! こら待てって!」
ルールルは俺の制止も聞かずに屋台の方へと歩いていった。
ああもう仕方ない、ここはルールルのご機嫌を取っておくか。俺はルールルの後を追った。
「なにか食べたいものはあったか?」
「うーん」
「ルールル、おまえ別に肉が食べられないわけじゃあないんだろう?」
「嫌いなわけじゃないわ」
「それじゃあれ食べようぜ。奢ってやるよ」
焼いた鶏肉に野菜スープ、それにワインを頼む。
俺たちはそこらの草の上に座り込んで食事をした。
「え、おいしい!? なにこれ初めての味!」
「この鶏肉はなかなかスパイスが聞いてるな。野菜スープもよく煮込まれてて悪くない、なんだよ下手な舞踏パーティーで出る料理よりもだんぜん旨いじゃないか」
「よくわからないけど、カインにとっても驚きの味なの?」
「そうだな、ちょっと驚いた。まさか屋台でこんなものを食べられるなんて」
ワインだって、まだ若そうだけど美味しい。
間違いなくアタリだ。
ラウドハリクの街に来るのは初めてだが、もしかすると食にうるさい街なのかもしれない。これは中に入っても期待できそうだ、と俺は思った。
しばし歓談しながらの食事を終えると、そろそろ俺たちの入街審査の順番になっていた。
最初に並んだとき番号を書いた木の札を渡されている。
札さえ持っていれば、律儀に並び続ける必要はないという仕組みだ。
たぶんここにある『プチ市場』に金を落とさせるための仕様だろう。
時間が掛かりそうなときは、そちらの市場でどうぞご自由に、というわけだった。
だがそれとは別に、ときたま番号札を持っているわけでもないのに横をすり抜けて、先に街へと入っていく者がいる。
それを見たルールルが、不思議そうな顔で俺に聞いてきた。
「なんであの人たち、札も持たないのに先に入っていけるの?」
「貴族や豪商辺りじゃないかな。街が優遇している方々ってわけさ」
「なんかズルい」
「人は平等じゃないからな」
俺は肩をすくめてみせた。
実は俺もまだ貴族の末端だ、家を追い出されたが追放されたわけではない。
身分を明かす物も持っている。
彼らと同じようなことができなくもない立場なのだが、やらなかった。
貴族社会から抜けてきた俺がそれをやってしまうのは、さすがに見苦しいからな。
とはいえ、もっと重要な場面で立場が必要なら俺は躊躇いなく使うだろう。
そんなときに使えるカードを使わないのは傲慢がすぎる。
そうこうしていると入街チェックの番が来た。
役人に二人分の入街税を払い、俺たちはラウドハリクの街に入ったのであった。




