初ダンジョン!
泉のほとり。
ルールルの住処は、一人で暮らすには少し大きい家だった。
手作りなのであろう、造りは良くない。屋根もガタガタで雨漏りがしそうに見える。
それでもワンポイント、入口の前に置かれた猫の木彫りが可愛い。
中は部屋が一つに台所。
離れには魔女の住処らしく触媒の調合室がある。
それがルールルの家なのであった。
「暗くなってきたな。そろそろ寝るとするか」
ルールルの部屋でしばらく話していた俺は立ち上がり、家を出ようとした。
「どこ行くのよ?」
「ん? ああ、離れで寝かせて貰おうと思って」
「別にこっちで寝ればいいじゃない。構わないわよ」
「え、いやだが……。俺たちは別に、一緒のベッドで寝るような仲じゃないよな?」
「あ、当たり前でしょう!?」
部屋の中に一つだけあったベッドを見て俺が考えこむと、ルールルが顔を真っ赤にして声を上げた。
「カインはそこ! 台所! ちょっと待ってて、いまカーテンを引くから!」
「頼む。俺は荷物を整理してるから」
しばし無言でお互いの作業を続ける俺たち、台所と部屋の間にカーテンを引き終わったルールルが、なにかを差し出してきた。
「これは?」
「毛布。夜はあった方がいいでしょ」
手にしてみると、それは大きな茶色の毛布だった。
「おお、フカフカだ。これは幸せな気分になれる」
「羊毛を使ったとっておきの毛布よ。せめてね、それくらいは」
「助かる。ゴワゴワの毛布しかなかったんだ」
感謝の意を伝えてルールルの方を見ると、ルールルが右手を差し出してきた。
「改めていらっしゃいカイン、これからよろしくね」
「ああ。こちらもよろしく頼む、ルールル」
俺は台所の床に、ルールルは部屋のベッドの上に。
それぞれ寝転んで休む用意をした。
話し掛けたのはどちらが最初だったか、気がつけば俺たちは今後のことを話していた。
「明日から、さっそくダンジョンに潜ってみたいな」
「……大丈夫なの? 魔法生物の巣窟みたいなダンジョンだけど」
「俺が魔法に強いのは知ってるだろ? 問題ないよ」
「でもカイン、貴方の水って一日に出せる量が少ないんでしょう?」
俺が気楽なことを言うと、ルールルが不安げな声で応じた。
それはそう。
だからまずは、様子見程度だ。だってようやくここまで来たんだ、試しに入ってみたくなるのも仕方ないだろう。
「様子見、ね。わかったわ、それで満足したらちゃんと計画立てて攻略していかないといけないわね」
「だなぁ。装備も必要になるか」
「森の中、二人で生活していく基盤を整える算段も必要になってくるわ」
「確かに。これまでルールルは一人でどう暮らしてきたんだ?」
穢れの森の中にある、数少ない食べられる種の木ノ実やキノコを採り、家の前にある泉で魚を釣って食を繋いできたと、ルールルは言う。
少し寂しい食生活だ。肉や野菜も食べたい俺としては、改革の余地を感じる。
なるべく快適に、できる範囲には豪勢で行きたい俺なのだ。
「装備を買うために必要なお金も得なきゃな。そこは街で商売だ」
「商売……、街かぁ……」
「ルールルはほとんど街に出たことがないんだったか?」
「そうね。私はあんな体質だから、気を抜くと人を殺しちゃうかもしれなかったし」
自嘲気味の声でルールルが笑った。
大きな力に呪われて暴走してしまう体質のことを言っているのだろう。
俺はルールルを元気づけるため、あえてそこに触れず愉快そうな声で語り掛ける。
「街は面白いぞー、人が多くて色々な物があって。朝市って知ってるか? 大きな通り道に小さな店がたくさん立ってな、肉や野菜、果物に始まって生活雑貨や工芸品まで売られたりするんだぜ?」
「へえー」
「お昼になったら鳥の焼き串を食べて、エールも飲んで、ほろ酔いのまま風に任せて市場を散策するんだ」
「楽しそうじゃない」
「楽しいぞ」
ランプの火も消して、真っ暗闇。
月明かりが、ほんのりと窓から入ってきているだけだ。
そんな闇の中で、俺たちの目はこれからの未来に向けて見開かれていた。
俺はワクワクしていた。
たぶんルールルもだ、声でわかる。
そこからも俺たちは語り合った。
ダンジョンを攻略しつつ金を得て、森の居住区を快適にしていく未来図。
誰にも邪魔されず、好きに暮らせる俺たちだけの穢れた森。
穢れた土地とは、この世界に点在している魔の瘴気が溢れる場所のことだ。
作物がほとんど育たず、瘴気から魔物が生まれる危険な区域。
大昔にあった魔法戦争の傷跡と言われている。
大地を汚し、いにしえの知識がほとんど全て消失したと言われている大戦争。
昔はもっと文明が栄えていたらしいのだが、それを口伝しているのは今は絶滅の危機に瀕している長命種、エルフたちくらいなのだった。
「ははは、キリがないな。そろそろちゃんと寝よう、ルールル。俺たちの明日のために」
「そうね。明日からよろしくね、相棒さん」
こうして、穢れた森で過ごす俺の最初の晩は更けていったのであった。
☆☆☆
あっという間に朝になった。
俺は目覚めると、住処の周囲を見て歩いた。昨日は疲れていて把握することができなかったからだ。
泉は透明、水を啜ってみると美味しかった。なるほど飲み水はこれで良いらしい。
水を飲んでいると泉の遠くで魚が跳ねた。
どうやら釣りをすることもできそうだ。
そういえば家の外に、干し魚が吊るされていたな。
昨晩聞いていたっけ、魚と木ノ実がルールルの主食だと。
動物は獲ってなかったらしい。
だが森の中には動物もいるだろう。罠を仕掛けるなりすれば肉を食べることもできるはずだった。
さて、今日はダンジョンに潜る。
そのための準備をすることにした。
バケツに「解呪の水」を汲み、それを丁寧に小さな革袋に詰めていく。
使うときは革袋の口を開け、魔物に投げつけるというものだ。
魔法型の生物になら、それでだいぶ効く。
俺が一日に生み出せる水は約1000ml。それを四つに分けた水入り革袋ができた。
俺はこれをルールルの後方から投げつけ、戦いを支援するつもりだった。
「おはよー。って、カイン、なにをしてるの?」
起き出してきたルールルが、並べてある革袋を見て訊ねてきた。
「なに、俺の武器の準備をね。俺の解呪の水の効果は知ってるだろう? 魔法生物にならこれで多少は戦える」
「カインの解呪の水は確かに強力なんだけど、一日に使える数がねぇ。持てる数にも限界がありそうだし」
「そういうな。まずは試しだって昨日も話したろ、食事を摂ったらダンジョンに潜ってみようぜ」
「はいはい」
そう言ってルールルは、干した魚を手に取って家の中に戻っていった。
今日の朝食は、クルミを吸ったペーストに木苺のジャムを垂らしたものと干し魚。
塩気と甘みがあるのは悪くない。
だけどやはり、肉や野菜が欲しいな、と俺は思った。
この辺もなんとかしていかなければなるまいて。
☆☆☆
ダンジョンの入口は、なにを祀っているいるかわからない祠になっていた。
俺の浄化の雨で穢れを祓う前は、入口の魔力濃度とやらが全く安定しておらず、不可視化された状態が続いていたそうだ。
その頃は一ヶ月に一度、入口が姿を見せる程度。
稀にダンジョンの浅い階層を回れるくらいだったとか。
そう語るルールルも、自身の呪われ体質だけでなく半分はこのダンジョンが目的で穢れの森に住みついたのだという。
ダンジョンには多大な財宝と、古代の魔法工芸品が眠っている。
俺たちは、共にそれを得る。
「ついに俺も、ダンジョンに潜れる」
「そうね。カインのお陰で、やっとダンジョンの位相を安定させることができたわ」
「そうだな、やっとだ」
俺もしみじみとした気分で頷いた。
この森に俺が初めて来たのは三年くらい前であったか。
母さんの言う古代ダンジョンを確認しにきた俺は、森の中で死に掛けた。
暴走状態だったルールルにやられたのだ。
だが、たまたま解呪の水を飲んで正気に戻ったルールルに、俺は助けられた。
それ以来、俺は幾度かこっそりと森に足を運んでいた。
ルールルに解呪の水を始めとした生活物資を送りつつ情報を得ていたのである。
「書類上の問題も全部整えたよ。これでこのダンジョンの権利は俺にある」
「面倒くさいわね、人間の社会って。ダンジョンは、ただここにあるものなのに」
「そうさ面倒くさいんだ。だからこそ、しっかり整えていく必要がある」
父や弟にダンジョンの存在がバレたとして、四の五の言われたくない。
その為に追い出されてきた。ここはもう、俺の領地だ。
「それじゃ行きましょう」
先住者でありダンジョンの先輩であるルールルを先頭にして、俺たちは地下へと潜っていった。
暗いかと思ってみれば、ダンジョンの岩壁はボンヤリ光っていた。
魔力の残滓がそうさせているのよ、とルールルが説明してくれる。
空気が淀んでいないのは、どこかいくつか、入口以外にも風を通す場所があるからなのだろう。
「雷撃!」
ルールルが何回目かの魔法で、敵を屠った。
魔物が発生する『触媒』となっていた動物の骨だけがその場に残り、苔むした床に転がる。
ここのダンジョンに生息している奴らは、大きく分けて二つの種類に別れていた。
一つ目は魔法生物、これはこの地に穢れとして溢れている魔力を糧として生きている種。生態系を作ってダンジョンの中に生息している。
もう一つは穢れた魔力が何かを触媒として生まれ漂う『魔物』だ。
後者が、穢れた森では数が多い。
土地が穢れている限り際限なく生じてくるのだった。
「俺の活躍の機会、ないね」
「ここらへんは私も攻略済みの浅瀬だから。奥にいくともっと強い魔が湧いて出るわ」
「なるほどね。じゃあもっと奥へいこう」
「ダメ、今日は浅瀬でチャプチャプするの」
「なんで!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
俺の声だけがダンジョンの中に木霊する。
「次から敵が出たらカインが対処してみなさいよ、懸念していることがあるのよね」
「懸念?」
「ま、いいから。好きにやってみなさい?」
敵が湧いてきた。
空中を浮遊する魔物で、半透明な『首無し人の上半身』といった見た目をしている。
「よし俺に任せてもらうぜっ!」
俺は意気揚々と、革袋の口を開けて魔物に投げつけた。
革袋が魔物に当たり、水が弾ける。
「これでよし――、って、あれ!?」
「やっぱりね」
皮袋から零れた水が、うまく魔物に掛からなかったのだ。つまり、ノーダメージ。
「あ」と俺は気がついた、魔物の大きさが、あまり大きくない。
「人間くらいの大きさがあれば革袋でも水が掛かると思うんだけど、小さい敵にはどうかなって思ったの。さらに言うなら」
「あ、外れた!」
「小さいと、革袋を当てること自体難しくなる」
この日、ダンジョン初挑戦。
さっそく俺の戦い方の欠点が露呈した。これはまずい、なにか考えねばなるまい。
このままでは父を見返すなど夢また夢だ。
この日、俺には当面の目標ができたのであった。
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