第八話 私は最後に虚勢を張ります。
私はニコライ陛下を睨みつけました。
嫉妬に狂う自分を隠すためには虚勢を張るしかありません。
私は王女として、従妹のために怒っているのです。そう思ってほしいのです。
恋する価値もなかった婚約者としてではなく、誇り高いボワイエ王国の王女として覚えていてほしいのです。
この前のときは、子どもから父親を奪えないとわかっていながらも現実を受け入れることが出来なくて、お恥ずかしい姿を見せてしまいましたものね。
今日はそんなことにならないよう頑張ります。
陛下が驚いたような表情になられます。
そうでしょう、私はあなたを睨みつけたことなどありませんでした。
あなたの顔を見るだけで、いつだって子どものような笑顔になっていましたから。
「私の従妹を莫迦になさるのはやめてくださいませ。モーヴェ様は我がボワイエ王国の大公令嬢なのですよ? いくらあなたが隣国の国王陛下であっても、愛妾などにして良い方ではありません」
侍女として、というのが建前に過ぎないことくらい最初からわかっています。
「ああ、もちろんだ。だが、私には君が……」
「そうですね。聖獣様の住まう王国の王女との婚約を破棄して、その従妹を妻に迎えるなど許されることではありません。ですが、王女が死んでいればべつです。周囲の方々も早過ぎる出産に目を瞑ってくださることでしょう」
ニコライ陛下が私の両肩を掴みました。
「本気なのか、ロメーヌ! 本気で死んだことにして姿を消すつもりなのか? 私は……私はそんなつもりではなかったんだ。君の人生を終わらせたいわけじゃない。罪を犯したのは私とモーヴェだ。君はなにも悪くない」
「モーヴェ様のお腹の子にも罪はありませんわ」
「……」
「私は陛下の良い婚約者ではありませんでした」
俯いて、胸の中で自嘲します。
私は、一年ごとのご訪問を一ヶ月ごと十日ごとに短縮なさるほどお仕事の効率を上げられるような情熱を与えて差し上げることは出来ませんでした。
どんなに汚い手段を使ってもニコライ陛下は渡さないと思っていたくせに、大公領に戻ったモーヴェ様が婿候補の方々と親交を深めていると聞いただけで安心していた愚か者なのです。
「そんなことはない。君は……君はいつも私を……」
「最後くらい、陛下のためになることをさせてくださいませ」
私は微笑みました。
自分でも愚か者だと思います。
私はなにも悪くない? ええ、その通りですとも!
ですが恋はするものではありません。
私がどうしようもなくニコライ陛下をお慕いしているのと同じように、陛下はモーヴェ様との恋に落ちたのです。
どうしようもないではありませんか!
近衛兵に付き添われて、呆けた顔のニコライ陛下が去っていきます。
国民には死んだと嘘をつきましたが、城内の人間には私が生きていることは教えています。
聖獣様のご命令でお世話をしに行くことになっているのです。死んだことにするのは、隣国ベルナールとの関係が悪化しないようにという建前です。
ニコライ陛下にも秘密のはずだったのですけれど、最後までこの計画に反対していたお兄様が教えてしまったのでしょう。
聖獣様はご自分がお住まいの森に私が転がり込むことを受け入れてくれています。
そもそも以前から世話係にならないかという話はあったのです。
ニコライ陛下との縁談があったのでお断りしていただけです。
実は、私は猫より犬のほうが好きです。
でもだからこそ、猫好きのようにベタベタしてこないと聖獣様に気に入られているのでした。
私も犬なら滅茶苦茶ベタベタします。猫はなんだかグニャグニャしていて怖いのです。
私と結婚する前に、ニコライ陛下の愛する方が見つかって良かったのかもしれません。
陛下の後姿が廊下の向こうに消えてしばらくして、私は自分が泣いていることに気づきました。
滂沱の涙です。
……あの方に見られていなければ良いのですけれど。
だって虚勢を張った手前、なんだか恥ずかしいじゃないですか。