第七話 私の結婚式は中止になりました。
我がボワイエ王国の都に神殿の鐘の音が鳴り響いています。
私は城の自室で荷造りをしていました。
あの鐘の音が聞こえなくなったら、私は生まれ育ったこの城を出て行くのです。
ほとんどの人間が大広場で行われている儀式に出席しているはずなのに、城内が騒がしくなった気がします。
もしかして聖獣様でしょうか。
我が国に住み着いている聖獣様は巨大な猫のお姿をなさっています。性格も猫に似ていて気まぐれです。ふらりと城に訪ねて来られても不思議はありません。……厨房にお肉はあったでしょうか。なかったらご機嫌を害されるかも。
聖獣様には人間の儀式など関係ありません。
お姿のまま、土地につく猫の性質を持つ聖獣様はボワイエ王国のとある森が気に入ったから住み着いていらっしゃるだけです。
聖珠も気まぐれに創って家賃代わりにくださっているだけです。そこにはなんの契約もありません。ある日突然気まぐれにいなくなられることもあるでしょう。
ちなみに聖獣様が私の誕生パーティにいらしたことは一度もありません。
あのようにたくさんの人間が集まる場所には、必ず猫好きが紛れています。
聖獣様は多くの猫と同じように、過剰にベタベタされるのがお嫌いなのです。城にはたまに予告なしに来て、人間を驚かせたりつまみ食いをしたりして楽しんでいらっしゃいます。
「……」
城内のざわめきが近づいてきます。
疑われてはいけないので、私付きのメイド達は大広場の儀式に参列しています。
留守番組の騎士や城兵達がいるのでならず者が城に踏み込むようなことはないと思うのですが……やっぱり聖獣様かもしれません。
私は先日、姪と一緒に中庭に落ちている鳥の羽を拾って作った羽玉を取り出しました。聖獣様は気に入ってくださるでしょうか。もちろん玉の形にする前に羽は綺麗に洗っています。
羽玉を手にして、私は自室の扉を開けました。
廊下に立っていたのは、困惑した表情の兵士を従えたニコライ陛下でした。兵士は城兵ではなくお兄様達に同行していた近衛兵です。
ニコライ陛下は私の顔を見て、安堵したような表情を浮かべられます。
それから、彼は形の良い眉を吊り上げました。
相変わらずお仕事が忙しいようで眉間には深い皺が刻まれています。きっと疲労から来る頭痛に苦しめられていらっしゃるのでしょう。でも大丈夫です。私が栄養剤を送ることはもうありませんが、これからはモーヴェ様の愛が陛下を癒してくださいますもの。
「悪い冗談はやめてくれ、ロメーヌ。今、この都の大広場で君の葬儀をやっているぞ」
「ええ、そうです。わざわざ隣国よりご足労いただきありがとうございます、ニコライ陛下。私、ボワイエ王国の王女ロメーヌは死にました。これまでのご厚情には感謝の言葉もございません」
「なにを言っているんだ、ロメーヌ。……モーヴェのことがあったからか?」
ニコライ陛下が私の従妹モーヴェ様との間に子をなしたと報告に来られたのは、ほんの一ヶ月ほど前のことでした。
前々から予定されていた結婚式の準備を取り止めて、たった一ヶ月で王女の葬儀を整えるのは大変なことでした。
春はもう完全に終わり、季節は夏に変わっています。私は窓から吹き込んでくる夏の花の香りを吸い込みました。
「あれは……すまなかった。いきなり彼女に言われて私も混乱していたんだ。モーヴェを君の侍女にして一緒にベルナールに来させるなんて、とんでもない考えだった」
あの日、拒む私に彼は改定案として、モーヴェ様の産んだ子どもを引き取る、あるいは彼女に養育費を払うという方法を提案なさいましたが、私はどちらも受け入れる気にはなれませんでした。
彼女の産んだ子どもを引き取れば、陛下はお情けで私に産ませる子どもよりもその子を可愛がることでしょう。
養育費を払うとなれば、ご自分が喜々として届けに行くことでしょう。
……そんなこと、耐えられるはずないではありませんか。