第十四話 私は間違えたのかもしれません。
ニコライ陛下の現状を聞いて驚く私に、スタン様は言いました。
「ロメーヌ姫は、本当にニコライ陛下を大切に思っていてくださっているのですね。残念ながら、ベルナール王国で伝わっている毒ではありません。こちらのボワイエ王国の大公家に伝わる毒だということです」
「ボワイエの大公家……?」
「あの女……失礼いたしました、モーヴェ嬢がだれかと浮気をしていると思い込んだ陛下が、彼女がなにかで辱めを受ける前の自害用に持ち込んでいた毒薬を奪い取ってお飲みになられたそうですよ。……彼女のお話では」
体の力が抜けて、私はその場に座り込みました。
「ロメーヌ姫!」
「おやおや、なにやってんだい」
こんなことをしている場合でないことはわかっています。
ニコライ陛下をお救いしなくてはなりません。
大公家の毒薬なら調合法も知っているので解毒剤は作れます。ですが──
「……モーヴェ様のお子様は?」
なぜか私はスタン様に、そんなことを尋ねていました。
ざらりとした違和感が体を包んでいます。
なにかがおかしい気がするのに、それがなんなのかわからないのです。ニコライ陛下のことを聞いて、頭が混乱しているからでしょうか。
「僕は存じませんね。彼女が身籠ったという話も聞いていませんし、お腹が大きくなっているのも見た覚えがありません」
「そう、ですか……」
あのときはすべてを諦めて、自分さえ身を引けば良いのだと思っていました。
だけどそれは間違っていたのかもしれません。
子どもが出来たという話だけで引き下がるのではなく、きちんとモーヴェ様とお話をするべきだったのかもしれません。
最初から子どもなんて嘘だったとしたら、私はとんだ愚か者です。
……いいえ、今考えても仕方のないことです。くだらない妄想はやめにしましょう。たとえお子が出来ていなかったとしても、ニコライ陛下がモーヴェ様を愛したことは紛れもない事実なのですから。
そんなことより今は、今するべきことは──
「スタン様、お時間を取らせて申し訳ありませんでした。私はいつでも出発できます。薬草や薬剤は詰めてありますので、荷物袋さえ持っていけば解毒剤は作れます。……聖獣様、しばらく森を離れさせていただきますね」
使うとき以外薬草と薬剤を荷物袋に詰めているのは、出しっぱなしにしていると聖獣様がじゃれて滅茶苦茶にしてしまうからです。
特に大きな爪の先で薬の瓶を転がして遊ぶのがお好きなようです。転がしている間に蓋が外れて、何度か中身をこぼされてしまいました。
お世話になっている身で文句は言えません。
「好きにおし、アタシはまた昼寝でもしてるさ。でもまあ、あの喧しい姪っ子の相手をアタシだけでするのは疲れるから、あの子らが来る前には戻っておいで。ベルナール王国は西の海に面しているんだったかね。土産は干し魚にしておくれ。……ほら、さっきのご褒美兼土産代だよ」
そう言って、聖獣様は聖珠になりかけの小さな光る球体を渡してくださいました。
「もし毒じゃなくて呪いの類いでも、それを翳せば大丈夫さ。呪いってのは魔獣を構成するのと同じ穢れた魔力で出来ているからね」
「ありがとうございます」
私はスタン様と一緒に迷いの森を出ました。
実を言うと、モーヴェ様には私の葬儀が偽装だったことは教えていません。
ニコライ陛下が伝えていらっしゃらなければ、今も彼女は私が亡くなったと思っていることでしょう。あまり顔を合わせたくはありませんけれど、隣国の王妃様には挨拶しなくてはならないのでしょうね。
スタン様は我がボワイエ王国の国王であるお兄様の許可も得ていらっしゃいましたので、私はそのまま彼の馬で隣国ベルナール王国へと急ぎました。
ベルナール王国が西の海に面しているのは事実ですが、都は内陸にあります。
ニコライ陛下を解毒して(ええ、絶対に助けて見せます)森へ戻るとき、どこかで聖獣様のお土産用の干し魚が手に入ると良いのですけれど。