第十三話 私の夫になるはずだった方の今
私が怪しんでいるのを悟ったのでしょう。
青年は困ったような顔で言いました。
「僕の顔になにかついていますか、ロメーヌ姫。あなたに見つめられるのは幸甚の至りですが、うちのクソ親父じゃないかと疑われているなら嫌だなあ。……はい、これをご確認ください。ニコライ陛下に下賜された宝剣です」
青年の見せてくださった宝剣には、大きな宝石が嵌め込まれていました。
我がボワイエやベルナール王国で産出する魔結晶を加工したもので、正しい持ち主から盗まれたり奪われたりすると瑕が入ります。ニコライ陛下の紋章を内包した宝石には、瑕どころか曇りすらありません。
以前ニコライ陛下が、信頼のおけるものに与えているのだと言って見せてくださったものと同じです。
この方は従弟のスタン様で間違いありません。
「失礼いたしました。そもそも聖獣様がお招きした方のお言葉を疑うなど、ボワイエの王女として恥ずかし……っ! ち、違います。私はロメーヌ王女ではありません。た、ただの聖獣様のお世話係です。昨年お亡くなりになった王女と同じ名前なだけです」
謝罪の途中で気づいて慌てて訂正すると、スタン様が吹き出しました。
すらりとした体を曲げ、お腹を押さえて笑い続けています。
私は彼を見つめて言いました。
「あの……本当ですから」
「……ロメーヌ。そんなんで誤魔化されるわけないだろうよ。相変わらず世間知らずのお姫様だねえ」
聖獣様のお顔に苦笑が浮かんでいます。
私がこちらへ来て初めて近くの村へ買い物に行ったとき、買い物の仕方がわからなくて村の子どものヤニクに教えてもらったことを思い出していらっしゃるのでしょう。ヤニクは私を心配して、迷いの森までついて来てくれましたっけ。
……ううう。城の買い物は契約書でのやり取りだったから、金貨や銀貨は使ったことがなかったのですよう。
「し、失礼いたしました、ロメーヌ姫。ご安心ください。ニコライ陛下から事情は聞いております。ちゃんと陛下、ひいては我がベルナール王国に問題があってのことで、むしろこのような境遇にいらっしゃることへのお詫びを申し上げなくてはいけない立場だと認識しております」
「……ニコライ陛下のせいではありませんわ」
いけないのは、十年以上も婚約者だったのに陛下に恋してもらえなかった惨めな王女なのですから。
私と聖獣様の前に、スタン様が恭しく跪きました。
「このようなことを申し上げる資格などないことを承知の上でお願いいたします。我が主君、ニコライ陛下が毒を飲んで生死の境を彷徨っていらっしゃいます。ロメーヌ姫の薬を調合なさる御業、聖獣様の尊いお力をお貸しいただけないでしょうか」
「陛下がっ?」
思ってもみなかった話に、私は驚きを禁じ得ませんでした。
「……ふうん?」
聖獣様は、興奮している私を楽し気に眺めています。
人間がお芝居を見ているときの表情に似ている気がします。
犬や猫がそうであるように、聖獣様も人間を観察するのがお好きなのです。
「毒だなんて、なにがあったのです! 以前あったように重臣が金や色で寝返って陛下のお命を狙ったのですか? 主だった法衣貴族達の家に伝わる毒の解毒剤なら作れます!」
栄養剤の調合法とは違って、解毒剤の調合法については隣国ベルナールの王宮医師や薬師には明かしていません。
解毒剤の研究をしていることは陛下にも秘密にしていました。
だって陛下の重臣を疑うことになるのですもの。
それでもいつか王妃になる身としては、陛下が信じて重用している人間だからこそ疑う姿勢が必要でした。お義姉様にも言われていましたし、私自身もそう思っていました。
なによりニコライ陛下をお守りしたかったのです。
政治には様々な利権が絡むので、ベルナール王国の医師や薬師の中にも裏切り者が出るかもしれませんもの。