第一話 私の十八歳の誕生パーティでのことです。
私はロメーヌ、大陸の北部にあるボワイエ王国の王女です。
夏の生まれで毎年夏になると、城の中庭で誕生パーティを開いてもらっていました。
……私は、あの方と会える夏が大好きでした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「三度目の溜息よ、ロメーヌ」
十八歳の誕生パーティの喧騒の中、お義姉様が苦笑を向けてきます。
私は慌てて笑顔を作りました。
今日は私の誕生パーティなのです。国内外から集まったお客様に、憂鬱そうな顔を見せるわけにはいきません。
とはいえ、そもそもパーティの主役が贈り物や飲食品を並べたテーブルから離れて庭の隅にいること自体が問題なのですが。
「まあ仕方がないわよね。……だれのためのパーティだと思っているのかしら」
お義姉様が視線を向けた先には、ひとりの少女を囲んだ集団がいます。
中央にいた少女、従妹のモーヴェがこちらの視線に気づき、微笑みを送ってきます。
なんでもないのよ、とお義姉様が笑顔を返します。私も微笑んで手を振りました。
「モーヴェ様は関係ありませんわ」
彼女は半年前、実家の大公家の屋敷が火事になって家族を失っています。
深夜の出来事だったせいで、熟睡していた住人も住み込みの家臣達も煙に巻かれて亡くなってしまったのです。
助かったのは、たまたま目を覚まして外へ出ていたモーヴェ様だけです。焼けた屋敷の片づけは終わったのですが、大公家にあった聖獣様の聖珠はまだ見つかっていません。
大公家自体が王家の傍系である上に、彼女と亡くなった三人の兄君の母親は私の父の姉君でした。
そのため、ひとりになった彼女を王家が引き取り、大公家を支える婿が見つかるまで面倒を見ることになったのです。
今モーヴェ様を取り囲んでいるのは、その婿候補達でした。
「ふふふ、ごめんなさい。そうね、あなたが拗ねているのは彼女が人気者だからではなくて、だれかさんがいらっしゃらないからよねーえ」
お義姉様の揶揄するような言葉に、つい頬を膨らませてしまいました。
いけません、十八歳にもなってこんな子どもっぽいこと。……こんなだから、ニコライ陛下は私との結婚を先延ばしになさったのでしょうか。
私は小さく首を横に振りました。落ち込んでいても仕方がありません。それに、
「一国の国王がご多忙なことは、王妃であるお義姉様が一番よくご存じでしょう?」
「ええ、もちろん。ロメーヌもちゃんとわかっていたのね」
「当たり前です。……パーティが終わったら、ニコライ陛下にお手紙を書きますわ」
今着ているドレスは、パーティ前の数日間夏の花が咲く花壇に羽織らせて香りを移していました。毎年そうしているのです。
隣国ベルナール王国の国王であるニコライ陛下はご多忙なので、幼いころからの婚約者である私のところへも年に一度しか訪れてくださいません。そう、毎年今日の日、私の誕生パーティに来てくださっていたのです。
だから陛下の覚えている私は夏の花の香りがしていることでしょう。夏の花を押し花にして手紙に入れたら、残り香で私を思い出してくださるでしょうか。
「かかしゃまぁー」
「あら。ごめんなさい、ロメーヌ。少し離れるわ。ひとりで大丈夫? だれか呼びましょうか?」
「生まれ育った城の中庭なのですから、ひとりでも大丈夫ですわ」
「ふふふ、そうね。……そんなに落ち込まないで。今日はあなたの誕生日よ、きっといいことがあるわ」
「だと良いのですが」
二歳の姪(お義姉様とお兄様の娘)に呼ばれて、お義姉様は行ってしまいました。
先日退位した両親、姪の祖父母が相手をしていたのですけれど、やっぱり母親が一番なのですね。
私はもう十八歳ですから、お母様と離れていても平気です。寂しいのは──
「……」
「え?」
いきなり目の前に黒い全身鎧の騎士が現れて、私は後退りました。
目を白黒させていると、彼は籠手に包まれた手で背後のお義姉様を示します。
腕の中の姪と一緒に、お義姉様が手を振ります。どうやら私の護衛を彼に命じたようです。……ひとりで大丈夫ですのに。
「あ、ありがとうございます」
「……」
見ない鎧です。うちの城にこんな方いらっしゃったでしょうか?
兜もかぶって完全装備なので、さっぱり顔がわかりません。
立派な鎧なので、貴族であることは間違いないようです。
「あの……夏の最中に黒い鎧は暑くありませんか? 私の誕生パーティで倒れる方が出られては悲しいです。せめて兜をお外しになって、冷たいレモン水でもお飲みになられてはいかがでしょうか」
「……ありがとう、ロメーヌ」
兜の下から聞こえてきた声に心臓が跳ね上がりました。
少々くぐもっているからといって、聞き間違えるはずがありません。
彼が兜を外すと、鎧と同じ漆黒の髪が現れました。いつもは前髪を上げているのですが、今日は汗で崩れて落ちています。理知的なお顔に野性味が漂って不思議な雰囲気です。濡れた前髪を掻き上げて、ニコライ陛下は微笑みました。
「驚いたかい、ロメーヌ」