α 万年二位 一条羽菜
一条羽菜は何事においても常に一番だった。下なんて見る価値が無いし、存在しないのと同じだと思っていた。
高校に入学し一ヶ月。「名前は一条なのに、万年二位」誰が放ったかわからない台詞が頭から離れない。まさか上に存在しているものがあるなんて、予想だにしていなかった。
失意の中迎えた夏休み。同級生からの電話をきっかけに初めて出来た友人と紡ぐ新たな日常。
§ プロローグ
聖栄女子学院中学出身、一条羽菜。
未だかつて敗北した経験は無い。一番であることが当然だから順位表を見たことは無い。下なんて見る価値が無いし、存在しないのと同じ。敗者の心情なんて知らないし関心も無い。
ある政治家が『二位じゃダメなんでしょうか』と言ったわ。
当然ダメ。一番と二番との間には覆せない違いがある。社会の中で深く刷り込まれている。
二つの物を振り分ける代表的な呼称――。
マスタとスレーブ。機器や装置、ソフトウェアやシステムで用いられる。マスタは主人、スレーブは奴隷を示す。一番以外は〝奴隷〟。
プライマリとセカンダリ。プライマリは主、セカンダリは従属や代替、補助を示す。メインとサブでも同様。一番以外は〝予備〟。
勝者と敗者。一位だけが全勝し、二位以下は全員が誰かに敗北している。
二位を三位よりは良いと主張する人はいる。でも二位以下は上にあるものの数が違うだけ。一位だけが何も無い。有と無は正反対の関係。
§ 絶望
二〇二一年五月。高校に入学し、一ヶ月が経過。
「名前は一条なのに、万年二位」
誰が放ったかわからない台詞が頭から離れない。まさか上に存在しているものがあるなんて、予想だにしていなかった。
(『万年』って、いつから二位なのよ……)
初めて順位表を見たいという欲求が湧き、張り出されている場所に急ぐ。
上にある名前は、結月陽菜。
1 結月陽菜 500点
2 一条羽菜 499点
たった一点の差と解釈する人は居るかもしれないけれど、羽菜にとっては雲泥の差。
陽菜は満点、羽菜はミスをした。
いつから一位でなかったのかを調べたところで、確定した過去を変えることは出来ない。
今までも誰かに抜かれるような点数を取った記憶は無い。それでも万年二位と言われるということは、陽菜は常に満点を取っているということ。
許せない――。
上に名前があることで、これほどまでに不快にさせられるなんて知らなかった。上に何個あるかではなく、存在すること自体が不快。
*
上にはまた結月陽菜の名前がある――存在を確認して以来、何一つとして勝てたことがない。
陽菜の外見は地味だから、運動でなら勝てると高を括ったけれど、それも敵わなかった。
陽菜さえ居なければ良いのに――願ったところで状況が好転することはない。
敗北を繰り返す度、意欲を喪失。何も手に付かなくなり、努力しても無意味と思うようになる。
*
3 一条羽菜 491点
*
7 一条羽菜 487点
*
13 一条羽菜 479点
*
順位は急降下。以降の順位は不明。順位が二桁になったのを最後に順位表を見ていない。
二位以下は全て同じだと思っていたけれど、全然違った。堕ちる度、世界の終わりのような激しい絶望感に襲われる。
自暴自棄になり、常に苛々するだけの毎日。この先ずっと無意味に時間を潰すだけの日々が続くのかしら――考えるだけで億劫になる。
刺激の無い日々が、時の流れを早く感じさせる。つい最近入学した気でいたけれど、瞬く間に三ヶ月が経過していた。
§ 夏休み
今日から夏休み。
したいことも予定も無い長期休暇は苦痛。スマホで適当な動画を見て、時間を潰すだけの時間がひたすら続く――想像するだけで億劫になる。
(刺激が欲しいわ……誰でも良いから私を連れ出してくれないかしら)
自己中心的な願望。羽菜は入学以来、同級生との接点を持っていない。全員を見下していた期間と、苛々して寄せ付けなかった期間しかない。
見てもいないのに動画を垂れ流しているスマホが突然鳴り響く。発信者表示は〝ひなまつり〟。
(この表示は何? 今は三月じゃないわよ……)
「はい」
詐欺電話かもしれないから、余計な情報を伝えないよう応答だけした。怪しいと思ったのだから出なければ良いのに、気になって出てしまった。
『明日、海行こうや。知り合いに誘われてん』
特徴的な声と関西弁……動画サイトのオススメに出てきて以来、よく聞いている声。
(同級生の<ひなさん>だわ。きっと、掛ける相手を間違えたのね……)
成り行きで連絡先を交換した気はするけれどうろ覚え。五月以降は誰とも会話していないから、入学してすぐの頃に交換したのだと思う。
でも、会話する仲では無いし、誘われるような接点も無い。
「掛ける相手、間違えてるわよ」
『間違えてへんよ。勇気出して掛けた』
同級生と一緒に出掛けることは非日常で、刺激的な出来事。断る理由は無い。
「……何時に、どこへ行けばいいかしら」
『朝九時に田町駅のコーヒーショップ前で待ち合わせ』
「じゃあ、また明日」
通話が切れる。
同級生と出掛けるのは初めて。
母親に報告し許可を得なければならない。
「明日海へ行こうと誘われました」
「誰と行くのかしら?」
「同級生の<ひなさん>です」
「<ひなさん>との仲は良好なのね」
「接点は多くないですが、電話が掛かってきました」
「これから一緒に過ごすことになるから、仲を深めておきなさい」
母親が交友関係を否定しないのは初めて。
説得する必要があると思っていたから、拍子抜けした。
*
午前八時五十分。
待ち合わせ場所に指定された田町駅付近まで、母親が車で送ってくれた。
(ここで合っているのよね……)
昨日スマホで調べた情報によると、横断歩道を渡るとすぐコーヒーショップが見えるそう。
「こっちやで」
大きく手を振る<ひなさん>。
一緒に居るのは男性――同行者の性別確認を怠ったことを悔やむ。日常生活で男性と接する機会が無いため、接し方がわからない。
今更だけれど、リスクマネジメントが必要ね。
移動は電車。自動車のように密室にはならないし、目的地は決まっている。予期せぬ場所へ連れていかれる可能性は否定して良さそう。
垢抜けていて少し年上、大学生くらいかしら。年齢差が気になる程は離れてない。むしろ年上の男性が居て安心という見方をすべきかしら。
<ひなさん>の知り合いだから、警戒する必要は無いわよね――手を振り返し、合流する。
*
電車で一時間程掛けて海水浴場に到着。
「飲み物を買ってくるので、場所取りをお願いします。<ひなさん>は持つのを手伝ってください」
男が手を引き、二人で歩いて行った。買い出しなら男同士で行けばいい。名前で呼んでいるから、親しい間柄のようね。
「あの二人はお付き合いしているのかしら?」
「無い無い。桃介が一方的に好きなだけ」
昨日の電話では『知り合いに誘われてん』と言っていた。残っている彼らは、片想いを成就させるために居るといったところかしら。
(<ひなさん>と親交を深められると思って来たのに残念……)
もう一人の男が話し掛けてくる。
「清楚系お嬢様って感じだね」
(感じ? ……お嬢様は内進組を象徴する言葉。この男は、外進組の私は偽物だとでも言いたいのかしら。私が結月陽菜に敵わないことは認めるわ。でも、偽物だなんて酷い。せっかく気分転換に来たのに、今言う必要は無いじゃない。苛々してきた。忘れたい。今は関係ない存在……だから消えて……早く消えて……)
「消えて」
無意識に口から溢れ出た。
「なんで怒ってるの? 白のワンピースがよく似合っているから褒めたつもりなんだけど」
(服しか褒めるところは無いということかしら。私をマネキンとして見ているのならば、これほど屈辱的なことはないわ)
マネキンとは、衣服を脱着し展示する目的で立たせておく人形。ルーツは幕末から明治時代にかけ、見世物興行のために作られた等身大の生き人形。
羽菜は表情を作ることを放棄し、眉を顰める。
「不快」
〝帰る〟という言葉が、喉まで出かかったけれど耐えた。
<ひなさん>の話をしていた男がビクッと反応する。眼前に立ち塞がり、四つん這いになる。
「女王様! 罰を受けさせてください。どうか、踏みつけてやってください」
(土下座……かしら。本当に踏むの? 踏まれる体勢になっていることは見ればわかる。私が知らないだけで、そういう詫び方があるのかもしれないわ……だから聞くのは野暮。何故女王様と呼ばれたのかわからないけれど、なりきれば良いのよね)
女王様になるという非日常に激しく惹かれる。ならせてくれるのなら、なってみたいと強く思う。
「サンダルは脱ぐ方が良いかしら?」
「生足で踏み踏みしてもらえる方が嬉しいです」
男の顔の前に右足を差し出す。
「脱がして」
サンダルを脱がしてもらった足を、男の背中に乗せる。
(踏み踏みって、押す感じで良いのかしら)
「ぷにぷにして超気持ちいい」
(ぷにぷに……要求はふみふみだったから違うわね)
どのように踏もうかと考えていると、男は失言男の手を引っ張り、隣に四つん這いにさせる。
「女王様、こいつも踏んでやってください」
「同じように踏めば良いのかしら?」
「はい、お願いします! 撮りたいので上向きになりますね。足をもっと見えるようにしてもらえると嬉しいです」
いつの間にかカメラを構えている。足を見せることと嬉しいが結びつかないけれど、知らない文化について考えてもわかるはずが無いから、要求に従う。
「いい感じです。目線ください」
その後も要求に応じ二人を踏んでいると、買い出しから戻った<ひなさん>が駆け寄ってくる。
「え……どういう状況なん!? 何があったん?」
(どのように説明すべきかしら……)
羽菜は人を踏んだ経験が無い。そんなことをしている光景を見たことも無い。でも、高校に入学して初めて上にも人が居て、知らないことが沢山あることを身をもって体験した。この状況を普通ではないと思うことが異常なのかもしれないと疑心暗鬼になっている最中。踏んでいる足を退けることも、答えることも出来ず固まる。
踏むことを要求してきた男が、四つん這いのまま受け答える。
「女王様の逆鱗に触れてしまったので、罰を受けているところです」
女王様と呼ばれているし言葉通りの状況ではあるけれど、羽菜が踏みたいと望んだのではない。
(誤解されないためには補足説明しなければいけないわ)
「踏みつけられたいと望んだから踏んでいるだけよ。深い意味は無いわ」
「それは大変やな! ようわからんけど、連帯責任なんやな? わかった。うちも踏んだって」
<ひなさん>も要求してきたから渋々踏んだ。
(何故みんな踏まれたがるのかしら……踏まれたがることが普通なのかしら……それなら、私ばかり踏まされるのは不公平だわ)
「何故私ばかり踏まないといけないのかしら。私も踏みなさいよ」
三人とも動かず静まり返っている――替わってもらえることを期待したけれど、見てくるだけ。
「何か言いなさいよ」
<ひなさん>の身体を足で揺さ振る。たまたま眼下に居たというだけで、名指しする意図は無い。
ころんと横に転がり、犬が服従するように仰向けになる<ひなさん>。
「うちのこと好きにしたって」
足先で脇腹あたりを軽く突く。シルクのように滑らかで柔らかな感触。くすぐったがり、くねくねする動作が可愛く見える。
突くのは楽しいけれど、はぐらかされた感じ――踏む気が無い相手に望んでも叶えてくれないから諦めよう。
「水辺に移動したいわ」
*
午後四時。楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
電車の乗り換えがあるから、待ち時間や移動時間を考慮すると、そろそろ帰り支度をしなければならない。男手があるから、後片付けと海の家で借りた物の返却はあっという間に済んだ。
由比ヶ浜駅までは徒歩十分程。隣を歩く<ひなさん>はずっと腕にしがみついている。海に着いたばかりのときは、くっつかれるような間柄ではなかった。変化があったのはそれだけではない――。
「お姉様と離れたない」
女王様ごっこの後からずっとお姉様と呼称されている。同級生に姉扱いされるのは不思議な感覚だけれど、懐いてくる様子が小動物のようで愛らしいから拒まずにいる。
ふと、桃介と呼称されている男が<ひなさん>のことを好きだと聞いたのを思い出し、接触の機会を奪い取ってしまったことに罪悪感を覚える。
(乗り換え駅までは、たった二駅。乗り換えるときに隣を譲ってあげよう。その後は長いもの)
電車を降り、ホームを移動し――。
「今日はありがと。楽しかった」
想定外の台詞を吐かれ困惑する。ここで<ひなさん>の隣を譲る予定だった。
「一緒に帰らないのかしら?」
「俺ら久里浜行に乗り換えだから」
行先は反対方向。罪悪感を消す機会を失ってしまった。
「そう……」
「送り届けようとも思ったけど、二人の邪魔しちゃ悪いからさ。気を付けて帰ってね」
「邪魔ではないわよ。でも遠回りさせるのは可哀想だから、ここでお別れね」
「あ、確認しそびれてた。今日撮った動画、顔消した方がいい?」
「何故消すのよ! 怒るわよ」
「顔を見せたくない人も居るからさ」
「消されたら不快だわ」
「かしこまり」
彼らと別れ、<ひなさん>と二人で千葉行の電車に乗る。席に座った途端、<ひなさん>は羽菜の腕にしがみついたまま眠りにつく。
品川駅までは四十五分程。電車の走行音と揺れが心地良く、眠気を誘う。つられて眠ってしまうと、乗り過ごしてしまいそうだから眠らないよう堪える。
*
午後五時三十分。品川駅に停車。
羽菜に寄り掛かり、熟睡中の<ひなさん>。起こそうと試みたけれど、時間が残されていない。抱き抱えるようにして急いで下車した。
でも、ずっと運んでいけるほどの身体能力は備わっていない。近くの椅子まで運び座らせる。
<ひなさん>をこの場で眠らせておくわけにはいかない。
(話し掛けていれば、そのうち起きてくれるわよね)
「迎えを呼ぶ? どうする?」
何度か話し掛けた後、応答した。
「お姉様といぬ!」
(『いぬ』って? 多分、居るの言い間違えね。眠いのに改めて確認するのは重箱の隅をつつくようなものだから止しておこう)
いぬは関西弁で帰るの意。方言を聞き慣れていない羽菜は誤認した。
「わかった。居るね」
「ほんま!?」
目を見開く<ひなさん>。
「乗り換えたらすぐ田町駅に着くわ。あと少し頑張って」
「その後も一緒にいぬねんなぁ?」
「そこで解散よ」
「そんな殺生な……一緒にいねる聞いて嬉しかったのに」
「いぬってどういう意味?」
「帰る」
この時期は七時過ぎまで外が明るい。
(少し帰宅時間が遅れるくらいなら問題無いわ。一人にして途中で眠られても困るし、送り届けてから帰ろう)
「仕方ないわね。家まで送り届けるわ」
「せや、うち寄ってって」
予期せぬ提案。羽菜は同級生の家に行ったことが無い。
(寄ってみたい。でも……)
「門限が……」
「お茶飲むくらい平気やろ」
門限は七時。少し滞在しても余裕はある。
「そのくらいなら大丈夫よ」
*
午後六時二十分。
電車を乗り継ぎ<ひなさん>の家に到着。
初めて入る同級生の家。緊張しながら玄関前で待機する。
「誰もおれへんから気ぃ使わんでええよ。入って」
「家主の許可を得るまで、上がることは出来ないわ」
「うち、一人暮らしやねん。入って」
「では、上がらせていただきます」
<ひなさん>の派手な外見とは結び付かない殺風景な部屋。一箇所だけに物がある。
「不思議な部屋ね。あの空間は何?」
「配信する場所」
気になる空間にある座卓の前に腰を下ろす。
(見覚えのある光景。動画の背景ね)
「うち特製のトウモロコシ茶」
<ひなさん>に出されたお茶は、ほのかに甘い香りで初めて口にした味だった。
「美味しい……」
「ぎょうさんあるから飲んだって。つまめる物作るな」
手際良く調理する音と香りに惹かれ、こじんまりとしたキッチンに向かう。
「すごい。美味しそう」
「自炊しぃひんと生きられへんから練習した。食べたい物あれば作るよ。夕飯食べてく?」
<ひなさん>が作るご飯を食べてみたい。
「食べたい……けれど、門限があるから無理かな」
「電話して聞いたらええ。もうじき暗なるし、いっぺん掛けとく方がええやろ」
スマホをカバンから取り出し、家に電話を掛ける。
静寂に包まれる部屋に響く発信音――。
~~ 電話・始 ~
「羽菜です」
『連絡が無いから心配したじゃない。今どこに居るの?』
<ひなさん>の懸念通りだった。一度も連絡していなかったことで母に心配かけていた。
「<ひなさん>の家に居ます」
『そう……それならいいわ』
「夕食を一緒にと誘っていただいたのですが……」
『良かったじゃない。ご馳走になりなさい。今日は泊まっていくの?』
「夕食のお誘いをどうしようかと悩んでいたところで、泊まることまでは考えていなかったので……」
<ひなさん>が親指と人差し指で丸を作って見せる。
「泊まって良いそうです」
『良かったわね。仲良くしなさいね。おやすみ』
~ 電話・終 ~~
「質問しても良いかしら」
「ええで」
「母の弱味を握っている?」
「なんで?」
「態度がおかしいのよ。宿泊を許可するだけでなく『良かったわね』と言われ『仲良くしなさい』とも言われたのよ」
「同級生やからちゃう? 普通やと思う」
「有り得ません。母にとって同級生は埃や塵、害虫程度の認識しかされていません。でも何か弱みを握っていると結論付ければしっくりきます」
「流石にそれは言い過ぎやで」
「母が実際に使っていた表現ですが」
「表現はええにしても、うちを何やと思っとるん?」
「怪しい関西人。そうね……急に接触してきたし、諜報員かもしれないわね」
「待ちぃな。お姉様に憧れとって、めちゃ勇気出して誘ってん。今日はほんま、おおきにな。うち友達おれへんから嬉しかったわ」
「はぐらかされている気がするのだけれど、そういうことにしておくわ。ところで先程の人たちは友人ではないのかしら?」
「微妙やな……配信サイトの視聴者やねん」
「友人とはどう違うのかしら?」
「本音を言われへん。言うたらすぐ炎上するし、晒されねんて」
「よくわからないのだけれど、物騒なのね」
「お姉様、多分、今晒されてんで」
「何故? 晒されるようなことをした覚えは無いのだけれど」
「兄さんら踏んでたやろ。ああいうの、拡散されやすいんよ」
スマホを弄る<ひなさん>。
「めちゃ伸びてるわ。見てみ」
アオリ視点の羽菜の写真。
「踏んでいた時の写真ね。よく撮れているから記念に欲しいわ」
「物好きやな。せやけど、たしかによぉ撮れとる。こっちに動画もあるわ」
~~ 動画・始 ~
『もっと踏んでください』
『お願いしますも言えないのかしら?』
『お願いします』
『遅いから、踏む気になれないわ』
『踏んでください……お願いします』
『踏みたくなるよう努力してくれないなんて悲しいわ』
『申し訳ありません。蹴ってください』
ドゴッ!
『痛いわね。何故蹴らされたのかしら』
~ 動画・終 ~~
レンズに向かって踏み付けようとしたところで映像が終わる。
「こないなことしとったん!?」
「ええ。この動画は面白くないわね。私しか映していないから、何をしているのかわからないじゃないの」
「めっちゃよぉわかるで。むしろ他のものは要らん」
「……変態の気持ちはわからないわ」
「そないにひやこい眼差しを向けんとって」
「つい、ゴミを見るような目で見てしまったわ。多少侮蔑感情を抱いたけれど、気にしなくていいわよ。思想の自由は、憲法で保障されているもの」
「さらっとえげつないこと言わんとって」
「そう見えたから、正直に言っただけなのだけれど。友人には本音を言って良いのよね。言わない方が良ければそうするわ」
<ひなさん>は、友人とそうでない人との違いとして、本音を言えることを挙げていた。だから羽菜は友人になるためには包み隠さず伝えなければいけないと考えた。
「ちゃう! 言ってほしい。さっきの弁明させて。お姉様やからドキドキする……誰でもええわけやあれへん。それだけ、誤解せんといてほしい」
(本音よね? 友人の基準を満たせたと解釈して良いの? 確認して、否定されたくはないから既成事実化してしまおう)
「そういうことにしておくわ」
「ほんまに!? お姉様、めっちゃ好き!!」
満面の笑顔で羽菜に抱きつく<ひなさん>。歓喜していることが伝わってくる。友人が嬉しそうにしているのを見たり、好きと言ってもらえるのは心地が良い。
「ええ。ありがと、私も嬉しいわ。これからよろしくね」
§ 変化
夏休み中旬。
<ひなさん>と友人になった日を境に、連日一緒に過ごすようになった。『付き合う人間は選びなさい』が口癖の母が、一切口を出してこないことが不気味だった――とはいえ初日から宿泊まで許容されていたことから、成長に応じ寛容になっていると解釈することにした。
長時間一緒に過ごしていると、相応に影響を受ける。
「脚綺麗なんやし、絶対に出した方がええよ。視線を浴びるたび美しくなる言うし」
<ひなさん>は頻繁に羽菜の身体を褒める。
勧められるまま露出が多い服を着るようになった。服を自分で選んだ経験が無い羽菜にとって、選ばれた服を着衣することは当然のこと。
購入した服は全て<ひなさん>の家に置いてあり、出掛ける際に着替えるようにしている。決してやましさがあるわけではない。けれど、服装の変化について何かを言われ、応対するのが面倒なので家には持ち帰りたくない。
とはいえ羽菜だけが特異な格好をしているわけではない。
着衣するのはショッピングモールで購入した普通に販売されている服。真夏なので、見知らぬ周囲の人たちの露出も多く、特別目立つ格好をしているということはない。ただ、露出量に比例して感じる視線が増えているのも事実。
「見られとるのわかる? 向こう見んと、うちの動作真似して」
視線には気付いていた。一人だったら視線に嫌悪感を抱くだろうけれど、<ひなさん>と一緒だからか不思議と負の感情は湧いてこない。
<ひなさん>と同じように左足を少し前に出し、足を組み交差させると、すぐに声を掛けられた。
以前とは比較にならない程、知らない人から声を掛けられるようになった。残念ながら言葉だけで退いてくれる相手ばかりではないため、暴力的な行動に出られた際には軽くいなした。
大半の人はそれで退いてくれたが、そうでない場合は過剰防衛にならない程度に抵抗する。羽菜は幼少期から合気道を嗜んでおり有段者。身を守るために会得した特技を活かす。
<ひなさん>と羽菜の決定的な違いは髪色。
「髪色を変えるにはどうすれば良いのかしら」
<ひなさん>は羽菜の正面に立ち、目をじっと見つめた後、頭を少し下げる。
「ずっと一緒におったけどうちの髪、違和感あった?」
「<ひなさん>の髪色がどうということではないの。私も変えてみたいと思ったのよ」
「違和感無いっちゅうこと?」
羽菜は日本人だからという理由で、黒髪でなければならないという偏見を持ってはいない。
「ええ。似合っているわ」
「ほな、見とって」
<ひなさん>は髪の中に手を入れ、髪の毛をごそっと外した。衝撃的な出来事を目の当たりにし、言葉を失う。
「そないに驚かんとって。ウィッグや。ほんまもんみたいやろ」
被っているネットを外した<ひなさん>の髪はミディアムロングの黒髪だった。
「私も、ウィッグ使えるかしら……」
羽菜の髪は腰まである。
「やってみよか」
手慣れた手つきでネットを被せられ、ネットの中に髪を入れられていく。
ウィッグを被せ、固定した後に整えて完了。
「こないな感じ。簡単には取れへんから、多少頭振ってもかめへん」
手渡された鏡に映っているのは羽菜自身のはずなのに、そうは見えない。
「すごい……<ひなさん>になったみたい」
「メイクすれば、もっと寄せられるで。したろか」
どのように変わるのか、興味がある。
「ええ。お願いするわ」
鏡に映る羽菜の顔が、みるみる<ひなさん>に変貌していく。
「服もコーデしてかめへん?」
「ええ。任せるわ」
<ひなさん>が着る服は、羽菜が自ら選ぶことはない物ばかり。とはいえ似合わないから選ばないだけで、<ひなさん>や雑誌に載っている人には似合っている。
<ひなさん>の家で着替えている服の露出量は今までよりも多くなってきているとはいえ、足や腹部が大きく露出している服を率先して着るのにはまだ抵抗がある。だから、意思とは無関係に着なければならない状況に至ったという大義名分を得たくて任せると言った。
鏡に映る羽菜の容姿は、まるで<ひなさん>のクローン。二人とも色白で体形はほぼ同じ。一目でわかる差異は身長くらい。羽菜が二十センチほど大きいけれど、<ひなさん>はいつも厚底靴を履いているから、外を歩く際の身長差は気になるほど無いはず。
「せっかく着替えたんやさかい、外出てみようや」
願望を見透かしているかのように、言って欲しい言葉を絶妙なタイミングで言ってくれる。
「ええ。私もウィッグ買いたい」
「それ気に入ったならあげるで」
「良いの!?」
「他にもあるから、好きなの選んで」
「<ひなさん>になれるから、これがいいわ」
現在の容姿は羽菜が望んでいる姿ではなく、母の好み。初めて自分で服を選んだのは<ひなさん>と友人になってから。変身願望はあるけれど、羽菜に無い感性のコーディネートをするハードルは高い。しかし実在する親しい人間に変身する場合、コーディネートを委ねることが可能なので感性が無くとも困ることは無い。
*
夏休み明け。
登校初日。<ひなさん>の家に寄るため、朝早く家を出る。ウィッグを被り、丈が短いスカートに履き替えた二人は一緒に登校する。
校門を通過してすぐ〝風紀委員〟と印字されている腕章を付けた人が近付いてきて怒鳴る。
「髪を黒くしなさい! スカート丈は膝下にしなさい! 直すまでここを通しません」
校則違反をしているわけではないのに指図される謂れは無い。校則には、髪色とスカート丈についての記載が存在しないことを確認済み。
勘違いは誰にでもあることだから、大声で怒鳴る行為までは受け入れられる。ただし、危害を加えてくるのならば別――無視して通り過ぎようとした際、腕を掴まれた。
相手が一方的に因縁を付けてきて、身体の自由を奪われる場面には、何度も遭遇した。
いつも通りに薙ぎ払い、警告する。
「気安く触れないでください。その行為は暴行罪にあたります」
「こんなん放っといて行こか」
<ひなさん>に腕を組まれ、校内に入る。
*
十月初旬。
あれからも何度か因縁をつけられたけれど、言葉を放つだけで危害を加えてはこなかった。相手をしてあげても時間を取られるだけで、メリットが無いから無視し続けていた。
ここ数日、風紀委員の姿を見ていない。無視しているとはいえ、毎日行く手を阻まれるのは不快だったから清々する。
安堵していた矢先、事件が起きる。
<ひなさん>が一週間出席停止になった。
処分したのは結月陽菜。
罰自体は正当な理由に基づいていたため、処分者に非があるとは思っていない。ただ、今回の処分は見せしめの側面を有する。その一点のみが気に入らない。あくまで羽菜の個人的な感情。報復したいという話ではない。
一週間も受講出来ないと勉強についていけなくなってしまう。元々、毎日学校帰りに<ひなさん>の家へ寄っていたこともあり、一緒に勉強することにした。教えるためには羽菜自身が理解している必要があるため、それまで以上に予習復習するようになった。
*
十月下旬。<ひなさん>の出席停止が明け、日常を取り戻す。
<ひなさん>を介し、夏休みが明けてから友人と呼べる同級生が増えた。類は友を呼ぶということわざ通り個性豊かな面子が集っている。
外見が派手であることと、不良であることはイコールではないけれど、テストの点数が低ければこじつけてくる人が存在することも事実。
そんな人たちから、不快な思いをさせられることが無いようにするため、不定期に集まり勉強会を行い、点数の底上げをしている。
既に不定期に勉強会をしてはいたけれど、半月前から日課となっている、二人での勉強を終了させる方が良い合理的な根拠は無い。きっかけはどうであれ、デメリットも無いから継続している。その甲斐があり<ひなさん>は順位が上がったと喜んでいる。
それまで以上に予習復習するようになった羽菜の順位も上がり、上位にあるそう。情報源は伝聞。羽菜自身は順位表を見ていないので何位なのかまでは知らない。
§ 戦争
十一月十日。
楓が一週間の出席停止となった。楓の主張によると、暴言を浴びせられ続け、耐えきれず言い返したという。
親しい人ばかりが次々と処分されているように感じ、気掛かりではあった。もしかして――そんなことがあって欲しくはないけれど――。
「相手も出席停止になったのかしら?」
「私だけ。言い返した私が悪いって……」
楓が泣きながら答える。
やっぱり――疑念が確信に変わる。
「相手が暴言を吐いたことが発端なのだから、相手も処分されていなければおかしいわ。生徒会に、暴言を吐かれたことを伝えたの?」
「うん。伝えたよ。でも、私の話は聞いてくれなくて、私が悪いって責められ続けた」
「そう……状況がわかってきたわ。楓に暴言を吐いた人の名前はわかる?」
「二年生の愛莉と花音と咲良」
「それ、うちに暴言を言うてきはった人らやわ」
胡桃が出席停止にされた原因も同じ。
「確実に仕組まれているわね……その戦争、買ってやろうじゃないの」
「私も戦う。恣意的に陥れるやり方は許せない」
蘭は楓の双子の妹。姉が陥れられたことに憤る。
「うちも。仕返ししてやらな、怒り収まらへんわ」
胡桃も陥れられ、出席停止にされた当事者。
でも、他の子はこの件の当事者ではない。戦争に関与するということは、生徒会と敵対することを意味する。勝たなければ目の敵にされる。勝てたとしても、大勢に疎まれることになるだろう――何も得られるものが無い戦争。
「ありがとう。でも、大きなリスクを伴う。自己判断で、いつでも何も言わず身を引いていいからね」
「何もせんでも理不尽に処分されるんなら、何したって結果は同じや。うちは絶対に許せへん」
茉莉も風紀委員長から、見せしめに利用されたという点では当事者。茉莉は<ひなさん>の呼称。『名前で呼んで欲しい』と言われたのを機に、呼称を変えた。
最後に、生徒会から被害を受けていない紗良が参加を決意する。
「Have the same feelings」
「終戦の目安はどうする? 私は、完膚無きまで徹底的に潰しきるつもり。禍根を残せば、必ず足元をすくいにくる。陥れてまで出席停止にしてくる集団だから、こちらが加減して対処出来るとは考えられない。だから何があろうと一切手を抜くつもりは無いし、許すつもりも無い。あくまで私個人の考え。意見があれば何でも言って」
「散々傍若無人に振る舞うてきたんやさかい、加減は不要や思う」
「出席停止なんかで許せない。消えて欲しい……むしろ消す」
「ほんまに許されへんから、徹底的に潰したい」
「Let's purify」
「死なはったらええのに」
「後味悪いから、それはあかん。落ち着こな」
「冗談やで。退学してくれはったらええなぁ」
「徹底的に潰しきるという点については全員一致ね。まずは正犯の愛莉、花音、咲良の三名に仕掛けるわよ。一斉に仕掛けるか、個別に仕掛けるかは別途検討しましょう。まずは手札として使えそうな情報の収集から始めるわよ」
*
十一月十二日。
調査開始早々、次々と明らかになる問題行動。監視されることを全く想定していないようで無防備。容易に写真と動画の証拠を得ることが出来た。
海外で犯罪に利用される匿名SNS〝テレグラン〟にて、写真に学校名を添えて投稿。茉莉がライブ配信中に届いたDMを開き「うちの高校の制服や」と言った直後、国内のSNSで瞬く間に拡散されていった。発信源は様々。
他の写真や動画に行き着けるよう、紐付け済み。コメント欄には『この内装は新宿のバーだな』『喫煙はマズイだろ』『そもそも高校生は入店禁止』『パパ活もしてるな』『他の奴のも見つけた』等が並ぶ。コメントは匿名、投稿すること自体に違法性は無い。
茉莉以外のメンバーはコメントで煽る。
茉莉は困った振りをし、視聴者に相談する。
「その子ら風紀委員やから、またうちが悪者にされそう。こないだ生徒会に逆らった言われて出席停止にされたばっかやし……どないすればええやろか」
コメント欄に、代理人の役目を担うと申し出るコメントが大量に流れる。
「生徒会に言うても揉み消されるし……学校や教育委員会に直接連絡するのがええのかな。電話番号とメールアドレス載ってた思うんやけど」
配信画面に学校のホームページを映し出し、続いて教育委員会のホームページへ遷移しメールアドレスが記載されている位置までスクロールする。
コメント欄には映像とは無関係に、彼女たちの親の勤務先が記された。そちらへも連絡がいくよう、事前に紐付けておいた情報を無事に見付けてくれた。
詮索がどんどんエスカレートしていくコメント欄。
茉莉には誰にも何も指示やお願いをすることなく、また、コメント欄を一切見ることなく、ひたすら困り続けるよう指示してある。
「DM開かんかったら良かった。どないすればええかわからのうて配信できる気分やないから切るな」
配信終了後のSNSは、風紀委員の三人の話題で持ち切り。
動画と画像が複製され、第三者のアカウントからの発信が拡散されていることを確認し〝テレグラン〟の投稿を削除する。
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十一月十三日。
通学路で張っている野次馬を複数確認。配信者らしき人に取り囲まれているのは風紀委員の三人。茉莉と、茉莉と同じ容姿をしている羽菜は彼らに視認されたけれど、接触されることなく通り過ぎることが出来た。彼らは茉莉のために動いていると思い込んでいる自称・正義の第三者。だから茉莉が困るようなことはしないだろうと高を括っていた。
学校周辺には名前とキャプチャ画像が印字された紙が貼られていた。
この紙は私たちが作ったものではないし、貼り付けてもいない。
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放課後。彼方此方から聞こえてくる三人に対する陰口。
噂がここまで広まれば、三人の様子が気になるのは羽菜たちだけではない。堂々と二年生の教室に様子を見に行く。教室内ではわざと耳に届くように悪口を叩かれていた。
校内放送で流される、三人に対し職員室へ来るよう指示する音声。
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十一月十六日。
風紀委員の三名は学校に来ていないようだけれど、出席停止処分等の掲示は無い。ほとぼりが冷めたら何食わぬ顔して登校するだろう。
自発的に休んでいるだけならダメージは無い。その判断を下したのは生徒会。次のターゲット。
茉莉が配信中に問題提起する。
「校則は、人によって適用されへんことあんの? 喫煙と飲酒は法律でも禁止されとるのに、何の処分も受けてへんのはなんでやろう。うちや同級生は声発しただけで処分受けたのに不思議や」
コメント欄は大荒れ。学校のホームページは閲覧出来なくなっている。十中八九アクセス過多が原因。
「愚痴だけでかんにんな。情緒不安定になってしもて、コメント見る余裕あらへん」
茉莉は挨拶もせず配信を強制終了する。
現状、生徒会に動きは無く、知らぬ存ぜぬを貫いている。有耶無耶にして収束させられると考えているのなら甘い。不適切な対応を繰り返している生徒会に問題があることを大勢が認識した。
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十一月二十日。
職員室の近くを通ると、常に鳴り続けている電話の音が聞こえる。生徒会の動きは未だ無し――。
「胡桃と紗良は動画撮影、茉莉は配信をして。楓と蘭はSNSで情報を拡散して関心を集めて。生徒会長を潰しに行くわよ」
生徒会長室の扉をノックし、入室する。
「あなたに謝罪および生徒会長辞任を要求します。証拠保全のため、やり取りは記録させていただきます」
右手に持っているスマホを見せる。
「調べた言葉を並べるだけでは脅しにもならないよ。こんなことをして、ただで済むとは思っていないよね?」
「風紀委員の三人が喫煙および飲酒したことについて、発覚から相当期間を経ているにも関わらず、未だ処分していない理由をお教えください」
「何を言いたいのか、よくわからないな」
スマホで動画を再生する。
『次の処分対象は一年生の一条羽菜。目障りなゴミは一式、適当に理由を付けて処分しておけ』
映像内で三人に指示している人物は生徒会長。
「一条羽菜は私の名前です。本校には同姓同名の生徒は存在しません。私は校則を何一つ違反しておりませんが、何故処分対象とされているのでしょうか。処分対象が事前に決まっていて、出席停止になるよう仕向ける。仕掛人は、何をしても無罪放免……公正性が欠如しているように」
生徒会長は羽菜の話を遮り、手から取り上げたスマホを床に叩き付ける。トドメとばかりに踏み付けると、中から基盤が飛び出す。
「壊れてしまいましたね。これで証拠は無い。ゴミの戯言なんて誰も信じない。情報なんてどうにでも捏造できるんだよ」
「生徒会長が壊したのに、酷いですね」
「虚言癖があるのかな? お前が投げつけてきて、自分で壊したんだよ。私がそう言えば、それが真実になるの」
「本日は生徒会長に不当に処分された被害者をお連れしました。一人ずつ、自身の身に起きたこと、および主張を話していただきます」
扉が開き、入室してくる数名の生徒。
泣きながら話したり、怒りを露わにしたり――表現は様々だけれど、理不尽な処分を受けたという部分は共通していた。
生徒会長は聞くのを放棄し、嘲笑う。始めから聞く耳を持っていない。
「不良品をいくら集めようが、ゴミであることに変わりない。まさかゴミにも価値があるとでも思っているのかい? 生徒会とゴミのどちらが信用に足るか、誰が見ても一目瞭然だろう」
「教育の機会を奪われたことに対する告訴状を提出済みです。信用するか否かの判断は既に第三者に委ねております故、ご心配は不要です」
「巫山戯るな。生徒会侮辱罪だ! 一週間の出席停止を言い渡す。全員だ」
「はて? どの行為が侮辱にあたるのでしょうか……茉莉、現在の視聴者数は何人?」
「三千八百人」
「では、アンケートを取ってみましょう。私が侮辱をしたか否か」
「視聴者数、間違おた。三万八千人」
「些細な違いよ。回答者が多くて何より」
投票数がみるみる増えていく。
「結果出よった。侮辱したを選んだんは1%」
「だそうよ。生徒会長と同じ感性の方が存在して良かったわね。改めて、謝罪と辞任を要求します」
生徒会長の眼前に顔を寄せ、目を見つめる。
「アンケートなんて捏造に決まっている! ゴミに関心を持つ奴が居るはずないだろう」
「テレビをつけてみなさいよ。ここでのやり取りは校内放送で流しているわ。ネットでも生配信中。信用に足るのは誰でしょうね」
「脅そうとしても騙されない」
「どう思おうと関心無いから好きにすれば良いわ。先程の『不良品』や『ゴミ』という発言は、生徒手帳十三ページに記載されている『他の児童(生徒)に傷害、心身の苦痛又は財産上の損失を与える行為』に該当します。これが何の要件か、ご存知ですか?」
生徒会長は口を噤む。
「黙っていられては、わからないのですが……教えてあげます。出席停止の要件です。生徒会長の人生なので、どのような道を選ばれても構いませんが、良きご決断を期待しております。それでは、ごきげんよう」
生徒会長室に生徒会長のみを残し退室する。
教室へ戻るまでの道中、向けられる視線は好意的とは言い難い。羽菜のせいで問題がある学校、そこの生徒にされたのだから、怒りの矛先を向けられるのは必然――覚悟していたつもりだけれど、想像していたより遥かに凄い重圧。
重圧なんか気にしている暇は無い。生徒会長に開き直られたら全て水の泡。熱を冷めさせないため、SNSに情報を流す。
早速、学校名がトレンド入り。
そして〝一条羽菜〟がトレンドに入る。配信中に自ら本名を晒したことが原因。詮索された個人情報が拡散されている。
「ほんまに良かったん?」
「ええ。恥じるようなこと、していないもの」
「I’m madly in love with you」
茨の道も、彼女たちとなら歩んでいけると確信する。
「うちも恥じへん人生歩むため、すべきことしてくる」
思い詰めるような表情に見えたことが気にはなったけれど、言葉は前向きだったから背中を押して見送る。