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ふたり  作者: はゆ
4/6

-δγ 彼女 福沢桃介

二〇二〇年。感染症が蔓延。

卒業式は中止、卒業旅行も入学式も無し。授業はオンラインに移行。バイト先はクラスターが発生し休業――ありとあらゆる機会が悪夢へと変わっていく。


人との接点が完全に絶たれ、人との接触を求めて始めたライブ配信が紡ぐ物語。

§ プロローグ


 二〇二〇年。福沢桃介は四月から晴れて大学生となる。福沢諭吉の娘婿と同姓同名。縁もゆかりも無いが、八月十三日生まれという共通点だけで名付けられた。


(父よ、息子に婿入後の名を付けるのはどうかと思うぞ)

 いつか問いただしてやろうと思っていたが、その機会が訪れることは無くなった。先月感染症にかかり、ぽっくり逝った。

 家庭内に濃厚接触者は居ない。家族は全員、濃厚接触どころか接触すらしていない。仕事が忙しいとか、ゴルフに行くやらで家にはほとんど居なかった。仕事関係で感染したのだと思っていた。

 ところが保健所職員によると、父は風俗店で発生したクラスターの一員だそうだ。顔を合わせれば偉そうにしていた父だが、こんな最期を迎えたのでは威厳もへったくれも無い。


 遺品整理をしていると、問いただしたくなる物が次から次へと出てくるではないか。母が見たら発狂するだろうことが容易に想像出来る。よくもまあこんなに溜め込んだものだ。


 乳――いや父の愚痴を語り始めたら止まらなくなりそうだから桃介の話に移るとしよう。


 高校の卒業式は感染症が蔓延したため中止となった。卒業旅行にも行けないまま入学式の日を迎えるのか――と落胆していたところに、入学式中止の通知。


 念願の一人暮らしを始め、楽しみにしていたキャンパスライフを満喫出来ると喜んでいた矢先――学内で新規感染者が続々と確認され、講義はオンラインに移行。好きなタイミングで受講出来るようになった点は良いが、リアルタイムでの講義は原則不可とされ、コミュニケーションを取る機会を喪失した。デメリットが遥かに大きい。


 ようやく見付けたバイト先はクラスターが発生し休業――人との接点が完全に絶たれた。ありとあらゆる機会が悪夢へと変わっていく。


 政治家が不要不急の外出を控えるよう訴えている。買い物は通販で済ませるようにした。外出する用事を無くすことは可能だが、ずっと部屋に閉じこもってると気が滅入る。

 狭い箱の中で、ただ生きてるだけ。それは人間としてどうなのか。人と接触したい――。


 友人を作る前にオンライン講義に移行してしまったため、電話を掛ける相手すら居ない。

 話し相手を求め、ライブ配信を始めてみることにした。応答は文字列だが、中身は人間。刺激が全く無いよりは良いだろう。


 問題は、見せたいものがあるわけではなく、他人より秀でる特技や魅力も無いこと。出来ることは、テーマや主張の無い独り言をひたすら垂れ流すことくらい。同じような無個性で無益な配信はごまんとある。はっきり言って見る価値は無い。


 案の定、誰も来ない――何度配信してもコメントは付かない。平時であれば文字列の反応すら得られない状況に萎え、モチベーションを保つことが出来なくなるだろう。だが今の桃介はモチベーションという贅沢なものを持ち合わせてはいない。他にすることが無く、生きる理由すら無くしてしまったのだから、惰性であろうが続けるしかない。


 *


 何回配信してもチャンネル登録者数は増えない。

 誰一人登録していないチャンネルが関心を持たれないのは当然だろう。もしも面白い配信をしているなら、また見たいと思う人が登録しているはずだ。


 高校時代の友人にサクラを頼んだ結果、チャンネル登録者数は俺を含め三人になった。少ないことに変わりないが、誰も居ないよりは断然良い。とはいえ、この二人は配信を見たくて登録しているのではない。配信にコメントは全く付かない。それでも配信を続けるしかない――詰んだという言葉に相応しい状況。


 1:友達の作り方わかる?


 初めてのコメント。

「俺がぼっちだとでも言いたいのか」


 2:ちゃう。うちがぼっちやねん

 3:友達作りたいのにあんばいよういかへん


「で、俺に相談したいと?」


 友達作りについて話す配信を終えた後、チャンネル登録者が一人増えていた。相談者が登録してくれたのだろう。また来ることがあるのか、わからないが人数が増えたことは有難い。



§ 彼女


 いつものようにゲーム画面をキャプチャし、配信スタートボタンを押す。


 1:やっと学校おわった

 チャンネル登録第一号、かつ唯一コメントしてくれる人。知っている情報は学校に行ってると自称してることだけ。どんな人か知らない。

 配信を見に来てるというよりも、世間話しに来てる感覚のように見える。配信する目的が、注目されたり有名になることではなく、人と接することだから利害は一致していると感じる。


 好かれるキャラを演じる必要がなく、素の状態で居られるから気楽だ。

「お疲れ様。友達は出来た?」


 2:そう簡単にはでけへん。話すの嫌がられる


「感染症が蔓延してるから仕方ないよ」


 3:うちは元気やのにな。今日『そんな声でよう生きてけるな』言われてん。ひどない?


「どんな声だよ。気になるから聞かせてよ」


 4:ええけど、わろたら切るで


(話せるのか!? 配信続けていて良かった)

 心の底から思った。声でやり取り出来る機会をずっと待ち望んでた。バイト先での応対以外で、最後に人と話したのは何ヶ月も前。

 話せる機会は、もう訪れないかもしれないと絶望していた。

「ID貼るね」


【ID:***】


 着信通知が表示されたから応答ボタンを押す。


『おいすぅ』

 聞こえてきたのは、アニメに出てくるキャラクターのような可愛らしい声。

「女の子だったんだ。声、めちゃ可愛い」

『……ほんまに? ほんまなら嬉しい』

「本当。ずっと聞いてたい」

『ずっとは無理や』


 5:拒否します

 6:撃沈(笑)


(何者だ、こいつらは? 文字列に構ってる暇は無い。今は<彼女>を繋ぎ止めることだけを考えよう)


「たまに聞きたい」

『なんでたまにに格下げされたん?』


 7:www

 8:どんまい


「無理と言われたから」

『学校あるし、無理に決まっとるやろ』


 9:www

 10:押せばワンチャンありそう


『あれへん! たまに言われんかったら知らんけど。もうええやろ。宿題するから切るよ』


(待ってくれ……なんとかして<彼女>を繋ぎ止めたい)

「喋らなくてもいいから切らないで。呼吸音を聞いてたい」


 11:おい……

 12:キモイ

 13:一線を越えてしまわれた

 14:オワタ

 15:はじまってもない件


『変態や! そんなん言われたことあれへん』


 15:※普通の人は言いません

 16:傷をえぐらないであげて

 17:お兄ちゃんちゅっちゅ。あいしてるおって言って


『BLのリクエストやで』


 18:Nooooo!! BLは望んでない

 19:凸者に言ってほしい

 20:萌え声の方が凸者なの?

 21:うむ


『お兄ちゃんちゅっちゅ。あいしてるお』


 22:保存しました

 23:これはワンチャン


『あれへん。リモコンになってみただけや』


 24:ラジコンです


『なんでもええわ。宿題するからmomo喋っとって』

 momoは桃介のハンドルネーム。しっくりくる名前が思い付かなかったから、とりあえず名前の一字を取って付けたのが由来。


『ピコンピコン♪ チャラララン♪』


 25:おい

 26:音……

 27:凸者がゲームし始めてる件

 28:自由過ぎるだろ

 29:宿題はどうなった


(<彼女>に関心を総取りされている。今から俺が一人で喋ったところで、コメントが付かなくなるだけだろう……話したいことは無いし、配信を終える頃合いだな)

「そろそろ落ちます。お疲れ様でした」

 配信終了ボタンを押す。


 カウントアップし続けている通話時間。

 <彼女>との通話が継続していることに気付く。

「あのさ」

『どうしたん?』

「繋がったままなんだけど」

『切ってええで』

「切らなかったらどうする?」

『繋がりっぱなしやな』

「それは大丈夫なのかな」

『知らん。ラジオとしか思てへんし。切ってええで』

「掛けた方から切るものだし」

『切らないでて言うたのジブンやろ。切りたいなら切ってええで』


 通話時間が三時間を超えた。

 そのうち切るだろうと思っていたけど、そんな素振りは無い。それどころか<彼女>はリラックスした様子で鼻歌を口ずさんでいる。桃介が聞いていることを一切気にしていない印象。


 *


 通話を始めて五日経過。<彼女>から話しかけてくることはない。唯一話しかけてくるのは配信中のみ。繋がってるから声を出せるのに、何故か文字列でしか話しかけてこない。


 1:やっと配信始まった


 <彼女>に今から配信すると伝えたことはない。それなのに配信を始めるとすぐにコメントしてくれる。

「繋ぎっぱなしなのに、いつも配信見に来てくれるよね」


 2:他におもろい配信あらへんからな


「声出していいよ」


 3:うちの配信やないし、やめとくわ。前に気分害させたやろ。せやからもう喋らへん。


(配信切ったときのことを気にしてたのか……)

「チャンネル作って配信すればいいのに。絶対人気出るよ」


 4:声、コンプレックスやから嫌


(悪口言った奴は妬んで嫌味を言ったんだろ)

「俺は好きだけどな」


 5:すぐドキドキさせてくるな

 6:気が向くことあったら挑戦してみるわ

 7:今は声聞いとりたい。おもろい話して


 自宅警備員と化した俺に、面白い出来事なんて起きない。相変わらず無理難題を要求してくる――。


 何も言わず配信を切り、通話も切った。


 通話時間127:23:37

 <彼女>と繋がってた時間。


 五日間も繋がっていたものが突然切れたのだから、<彼女>の方から〝なんで切ったん?〟と連絡がある未来を期待してた。


 桃介には悪い癖がある。苛々すると感情のコントロールが効かず、瞬間湯沸かし器のようにカッとなり攻撃的になる。

 通話が繋がっている五日の間、何度か<彼女>に当たり散らしたけど、無視されたり嗜められたことは一度も無かった。ずっと相槌する音が聞こえていた。


 だから、今回も許されると思い込んでいた。


 三十分、一時間――どれだけ待っても音沙汰は無い。『声聞いとりたい』と書いたのは嘘だったのか? すぐに後悔の念に襲われる。<彼女>は『ラジオとしか思てへんし。切ってええで』と言ってた。何度もそれ以上の存在ではないと宣告されてたのに、思い上がって自ら繋がりを絶ってしまった。


 *


 翌日夕方。下校した<彼女>が帰宅する時刻。

 連絡があったらすぐに応答できるようパソコンの前で待機し続けているが、何の通知も無い。


 配信するか悩む。<彼女>が配信を見に来るようになる前、一度もコメントが付かないことが日常だった。毎日配信するようになったのは<彼女>が来てくれるようになってから。

 今思えば、<彼女>と繋がるために配信していた――今更気付いても遅い。配信する理由を失ったことに気付かされただけ。


 配信を辞めれば、ただ呼吸しているだけの廃人。だから配信しない選択肢は無い。

(仕方ない。するか……)

 配信を始めてすぐにコメントが付く。


 1:学校終わった


 <彼女>だ――まずは謝ろう。

「昨日ごめん」

 2:何が?

「何も言わずに切ったから」

 3:あれより長いのは勘弁や。何度切ろう思うたことか

「じゃ、俺の勝ちということで」

 4:ちゃうやろ。切ってへんから、うちの勝ちや

「そう……だね」

 配信を辞めてたら取り戻すことが出来なかった日常。日常が戻って嬉しいはずなのに、涙がポロポロと溢れる。


 5:この配信終わったら、うちも配信してみることにした

「どんな配信するの?」

 6:ゲーム

「ああ。いつもしてるよね」

 7:なんで知っとるん?

「音聞こえてたから」

 8:聞こえてへんと思うとった

「使ってるマイク、音よく拾う」

 9:さよか

「やらしい声も聞こえてた」

 10:嘘言ぃなや。そんな声出してへん

「おかしいな。『行ってくる』とか聞こえてたんだけど」

 11:学校や

「声聞きたい」

 12:配信見ればええやろ。喋るか知らんけど

「喋らない配信は有りなのか」

 13:嫌なら見んかったらええだけや

 14:ほんでええと思う人だけ見ればええ

「多少は配慮しなきゃ」

 15:momoもうちに配慮せんやん

 16:見とるのに急に切るし意地悪する

「ごめん。気を付ける」

 17:媚び売らんでええ

 18:いつ来んようなるかわかへん知らん人に気ぃ遣って配信しとったらしんどくなるやろ

「そうだね」


 配信が終わったら配信すると言っていたな。

 『嫌なら見んかったらええ』と言うし、視聴者に媚び売る気も無い。そんな配信がどうなるのか見てみたい。

 配信を終了し、<彼女>のプロフィール画面を開く。まだチャンネル登録者は居ない。

 第一号の座をいただいて間もなく、予告通り配信が始まる。映し出されたのはゲーム映像。


 1:わこつ


 コメントを書いたが応答は無い。何も喋らずゲーム中の画面をひたすら見せられるだけ。面白くも何とも無い――こんな配信に誰が関心を持つのか。


 2:初見


 他の人が来た。が、応答は無い。

 視聴者は放置され、聞こえてくるのは『わぁ』、『ぎゃあ』という声だけ。


 3:何のゲーム?

 4:主はゲームに集中していてコメントを見ていないようです

 5:ふむふむ

 6:ゾンビ

 7:気付いてない

 8:あーー


 コメント数は五十を越えたが、相変わらず無応答。ゲームに没頭している<彼女>の口から溢れる可愛らしい声を逃さぬよう耳を澄ます。


『遊び過ぎてしもた。宿題せなあかんし、ぼちぼち終いにしよ』


 ゲーム画面が消え、デスクトップ画面に浮かぶ配信ウインドウが表示された。


『配信してること、すっかり忘れとった。誰も見てへんやろうし、まあええか』


 マウスカーソルが配信終了ボタンに向かう。

(ちょっと待て。気付いてくれ)


 58:良くない

 59:いい加減、コメントを読みなさい

 60:我々を放置したことを詫びたまえ


 他の視聴者も同じことを思っているようで、コメントが一斉に書き込まれる。


『うわっ。なんかおる』


 <彼女>らしい反応。

 通話時に聞いた話では、高校入学を機に上京した〝自称〟高校一年生という設定だった。

 だが、『幼女』と煽られて『大人のお姉さん』だと返していた。釣り目的でJKと自称する人は多い。年齢を重ねても可愛らしい声の声優はごまんと居る。声で年齢はわからない。

 配信者が言うことは話半分で聞くものだ。実際どうなのかはわからないし、配信者の自己申告に委ねられる。


 *


 七月二十一日。

『明日から夏休みなのに予定あれへん。どないしよ』

(<彼女>も夏休みに入るのか……)

 ずっと家に居るから休みという実感が湧かないが、桃介の大学も春学期試験期間を終え夏季休校に入るところ。


 <彼女>の主張を要約する。

 学校の友達が一人も出来なかった。でも、地元の友達に()()()だと思われたくないから、誰かとどこかへ行って遊んでる写真を撮って送りたい――端的にいえば〝リア充であると捏造したい〟という内容だ。


 平然と、とんでもないことを言い放つ。


 ネタだとしても、その設定には無理がある。

 配信初日から見ているが、友達が出来ないような欠点は見当もつかない。もしも本当に友達が居ないのなら性格が悪いのか、不細工なのか――致命的な欠陥でもない限り考えられない。


 今や<彼女>のチャンネル登録者数は万を越え、誰でも知っていると言っても過言ではない人気配信者。配信初日に話題を掻っ攫い、一躍時の人となった。

 

 顔を出したことは無いが、たった一度だけ配信初日に『おっぱいぼいんぼいんまつり』という配信で胸元を映した。色白で華奢な身体に不釣り合いな大きなおっぱいが印象的。

 <彼女>がキャプチャ画像掲載を容認したことで掲示板とSNSはお祭り騒ぎ。〝萌え声〟と称される<彼女>の声を重ね合わせたMAD動画が、ランキング上位を埋め尽くした。


 前日までは存在すらしていなかったのに、突如現れ話題を掻っ攫う異質な存在。

 芸能関係者によるステマだと主張する人、本当に<彼女>の身体なら許容するはずがないと主張する人、<彼女>の身体だと主張する検証班――様々な持論がぶつかり合う。まとめサイトでも取り上げられ、注目度は増すばかり。


 SNSでは<彼女>のチャンネル名〝ひなまつり〟と配信者名〝祭〟がトレンド入り。

 当の<彼女>は、そんな話題に一切触れることなくマイペースに配信を続ける――コメント欄に度々『おっぱい見せて』と書かれても軽くいなす。


 *


 翌日。七月二十二日。

 朝から<彼女>の配信が始まる。同級生と遊ぶ約束を取り付けることが目標という。カメラはスマホを操作する手を捉えている。スマホの画面は見えないが特別な操作をしている様子は無く、上から順に発信しているように見える。


 何人に掛けたか数えてはいないが、出なかったのを含め二十人程に掛けたところでスマホを操作する指が止まる。

『全滅や……泣きたい。配信切ってええ?』

 本当に泣き出しそうな声。もしもこれが演技なら、一流の役者だと感じるほどの表現力。


 いつもの<彼女>が普通に誘ってた。それなのに断られ続けた。応対者の声は全て別人のように聞こえた。大掛かりな仕込みなのか――。

 俺以外にも腑に落ちてない人は大勢居るようで、コメント欄は擁護と批判で大荒れ。

 ひとしきり主張が入り乱れた後、遊び相手になりたいと名乗りを上げるコメントで埋め尽くされる。チャンネル登録者数は急増。ミラー配信まで出現。


(他の誰かに取られたくない)

 発信し続ける。


 2217:出て


 ――発信音が止む。出てくれたが、誤って出てしまったような反応。配信を見ている人は〝発信者は何者だ〟と関係を詮索し始めた。


 2243:momo。配信者


 コメントからプロフィールを辿られた。

 親しく接すれば、アンチが大量に湧き炎上することは必至。そんな未来を望んではいない。


 皆が聞きたそうな質問を代弁することに徹しよう。

「友達、本当に居ないんですか?」


 コメント欄が騒めく。

『全員に断られたの見とったやろ』

「さっきので本当に全員ですか?」

『あと一人おるけど……絶対無理やで。うちが一方的に憧れてる人。話したことあれへん』


 残念なことに、憧れの人が俺ではないということだけは確定した。

(一番接点を持ちたい相手を避けることが正解なのか?)

「誘ってみましょう!」

 目で追いきれない速度でコメントが流れる。ほぼ全てが俺に対する批判。全滅した直後だ。誰もが成功するはず無いと考える。

『憧れてる人に拒絶された後、平気でおれると思う?』

 何故断られる前提なのか。

「連絡先を教えてくれてるのだから、良い返事をもらえる可能性はゼロじゃない。その可能性を捨てるんですか?」


 無言の時間が流れる――考えているだろうことを容易に想像出来る。


『接点ほんまにあれへんから、知り合いに誘われたことにしてもええ? アンケートで決めよ』

 OKが98%。全敗した過程を一部始終見ていた。口実が結果に影響すると考える人は居ないようだ。


『明日、海行こうや。知り合いに誘われてん』

(それだけか!? 他の人にはもっと話してただろ。終わった……)


 返事はまさかのOK。

『うち誰にも誘われてへん! 明日どないしよう!?』


 <彼女>が待ち合わせ場所に指定した田町駅までは一時間程。行けなくはない。

(この機を逃せば、二度と会えるチャンスは訪れないだろう。俺も勇気を出そう)

「田町駅なら行けますよ」


 誰かを連れて行く条件付きではあるが、<彼女>と会えることになった。

『一つだけ約束して。呼んだ子が嫌がることだけはせんといて。約束出来る?』

(当然だ。<彼女>にしか興味は無い)

「もちろん! 嫌がることなんてしませんよ」


『信じる。うち、撮影するもの持ってかへんから、代わりに撮ったって。配信するためにさそた思われたない』


【momoのチャンネルはこちら】

 配信画面の上部に案内文が掲示される。


 続々とチャンネル登録通知アラートが届く。登録者数は急速に増加。瞬く間に千を越えた。

 何故俺のチャンネルで配信するよう促されたのか理解した――登録者全員が監視者だ。信じる、信じないの話ではない。衆人環視の的にすることで暗黙的に安全が保証される。


(今更拒否することは出来ない。それは<彼女>も同じ。仕返ししてやろう……誰も知らなくて、誰もが気になっているものがある)


「俺に撮影任せると、顔映しますよ?」


 3343:早速の嫌がらせ

 3344:相手選び直す方が良いんじゃないか


『かめへんよ。顔知らへんと待ち合わせできへんし映すわ』

 想定していなかった反応。

(見せられないから隠してたんじゃないのか!?)

 カメラに伸びる手。画面に映し出された顔は、モデルや芸能人と言われても信じるほど整っていて可愛い。加工アプリで弄り倒した奇跡の一枚ではないことは明らか。


 3345:嘘やろ……

 3346:不細工……じゃないだと!?

 3347:謎の敗北感

 3348:何故今まで隠してたんだ

 3349:この顔と身体で萌え声とかチートだろ

 3350:神は何ブツ与えてんだよ


 ──コメント欄が荒れ狂う。

「文字列やかましい。隠してへん。見せろ言われへんから、興味無いと思うとった」


 すぐにコメント欄は桃介への妬み嫉みの嵐になった。この後、配信終了まで一言も発することは出来なかった。


『明日、よろしゅう』

 配信終了後に聞こえた<彼女>の声。したたかなのか、天然なのか掴めない。

 明日の準備をするとのことで通話が切れる。


 誘う相手は決まっている。桃介のチャンネルに登録してるリア友の二人。


 グループメッセージを送信する。

桃介:『明日〝ひなまつり〟とコラボ配信することになった』

徳蔵:『妄想乙 あり得んだろ』

 当然の反応。<彼女>は有名な配信者。信じられないのは無理もない。

林蔵:『配信見てたから知ってる。チャンネル登録者数の増加半端ないな。もう千人超えてるぞ』

 林蔵への説明が不要なだけでも助かる。夢みたいな話だから、信用させなければならない人数が増えると骨が折れる。

徳蔵:『あり得んだろ……ガチ?』

桃介:『ガチ』

林蔵:『内容はどうする? 闇を暴く系?』

桃介:『それとなく、噂の真偽を確認してみようとは思う。謎が多いしな』

徳蔵:『実はBBAとか?』

林蔵:『それは無さそう。顔出ししてた』

徳蔵:『マジか! 掲示板にアップロードされるの期待』

林蔵:『明日生で見れるだろ。配信時との表裏があるのか気になるな。配信外では性格悪いというのは定番だからな』



§ 外配信


 翌日、午前八時十分。

 待ち合わせ場所の田町駅に到着。電車を降り、改札を出たところから配信を始める。

「皆さまお待ちかね、ひなまつりとのコラボ配信! 待ち合わせ時刻は一時間後の九時。<彼女>が現れたら、配信外の様子をこっそり観察して流します。今気になるのは本当に来るのか。遅刻してくるのか。それと、配信時のキャラは作り物なのか……ネット上に流れてる噂の真偽も確認していこうと思う。知りたいことがある人はコメントよろしく! もうすぐ待ち合わせ場所に着きま……」

 <彼女>は既に居て、壁沿いに座ってる。

 咄嗟に隠れる。

「おい……待ち合わせ時刻は一時間も後だぞ。俺らコラボさせていただく側なんだけど……」

 

 立ったり座ったり、時間を確認したり、水筒の飲み物を飲んだりを繰り返す様子は、緊張してそわそわしてると一目瞭然。


 13:落ち着きなさい(笑)

 14:尊い

 15:クソビッチって書いたの撤回するわ

 16:貴様が書いたのか!


 *


 視界に入ってる人の中で、ダントツで目を惹く容姿。何度もナンパされ、その度に断っている。


 54:はよ行ったれ。可哀想やろ

 55:はよ行け

 56:行け


 待ち合わせ十分前。合流を急かすコメントが増えてきた。

 外配信は初めて。予備電池を持ってきたが、どのくらい持つのか不明。念のため温存しておきたい。

「これから合流します。<彼女>の憧れの人はまだ来ていないので、気になるとは思いますが電車移動をするので一旦配信を切ります。海に到着次第、また配信します」


 手を振りながら<彼女>に近寄る。

「今日はよろしゅう頼んます。momoさんは……」

 手を上げると、耳打ちしてくる。

「うちが配信してること黙っといてください。配信に利用するため呼んだと思われたない」

 憧れの人から、そう思われたくない気持ちは理解出来る。切実な願いだから、見返りを要求すれば呑んでくれそう。

 困らせてみようと耳打ちし返す。

「おっぱいぼいんぼいんまつりを生で見たいです」


 *


 一時間程電車に揺られ、海水浴場に到着。

「飲み物を買ってくるので、場所取りをお願いします。祭さんは持つのを手伝ってください」

 <彼女>の手を握り、連れ出す。


 飲み物を買った後、周りをキョロキョロと見回す<彼女>。

「誰もいひんとこ、あれへんなあ」

 人前で、おっぱいぼいんぼいんまつりを見せるのは恥ずかしいということで、誰も居ない場所を探してる。海水浴場で、そんな場所が簡単に見つかるはずがない。困っている表情も可愛らしい。


 <彼女>を独り占め出来ただけで満足だ。

 幸せな一時を邪魔してくるスマホのバイブ。

「さっきから鳴りっぱなしやな。何かあったんちゃう?」

 見なくても通知が大量の届いてることはわかる。邪魔だと感じる程に鳴り続いているのだから<彼女>が気にするのも当然。

(何かあったのかもしれないから見てみよう)


 <彼女>が横からスマホの画面を覗き込む。動画の被写体は<彼女>の憧れの人。

「何配信してん!? はよ戻ろ」


 *


 急いで元居た場所へ戻り、付近を探す。

 砂浜で林蔵と徳蔵が四つん這いになり<彼女>の憧れの人に踏まれてるのを見付ける。

「え……どういう状況なん!? 何があったん?」

「女王様の逆鱗に触れてしまったので、罰を受けているところです」

 踏まれながら撮影してる。おそらく配信中。

 対応を間違えれば逮捕される。十八歳以上と未満者の間には、法律の壁がある。年齢確認はしてないけど二人とも未成年、高校生だろう。

(徳蔵……何してんだよ。終わった)


「それは大変やな! ようわからんけど、連帯責任なんやな? わかった。うちも踏んだって」

 <彼女>も四つん這いになる。

(憧れてる人に踏んでくれと要求するなんて、どんな魂胆があるんだ……)


 目の保養になるから<彼女>の尻をじっと見つめる。

 視線を感じたのか振り向いてすぐ目を逸らされる。

「そないに見んとって。恥ずかしい。連帯責任やから、momoも」

 手を引っ張られ、促されるまま四つん這いになる。

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