εβ 旦那はん 縫胡桃
明治維新。口減らしのため身売りされ、舞妓ちゃんを目指す胡桃。
姐さんら綺麗なおべべ着とるさかい立派に見えても、中身足りひんし考える力あらへん。そやさかい芸だけやのうて春を売っとる――そらもう遊女やえ。いっぺん下の世話してもうたら、飼われることしかできひん。
そうならへんためには芸と教養の両方が必要やと気付き試行錯誤する。
§ プロローグ
六歳になった胡桃は口減らしのために身売りされ、置屋の養女になった。置屋とは芸妓になるため住み込みで修行する生活の場。
背負うた借金は、買取金額の十万円。
舞妓ちゃんになってもまだ修行中の身。芸妓になれるまではなんぼ働いても給料は出えへんさかい、返し終わることはあらへん。利子で借金は膨らむばっかり。そやけど衣食住、お稽古費用は全額置屋が面倒見てくれるさかい生活に困る事もあらへん。
尋常小学校へは置屋から通わしてもろうとる。義務教育やさかい行かなあかんけど、そんなんどうにでもなる。通わしてもらえたのはありがたいこと。
義務教育は修業年限の四年間だけ。十歳で卒業やさかい来年からは女紅場へ通う。女紅場とは舞や三味線やらの芸事や、お茶お花やらを習う舞妓ちゃんの養成学校。
学校で習うた句読、暗誦、習字、算術はできるようになった。そやけど、まだ読み書きと算数しかできひん。
(もっと……もっと教養を身に付けなあかん)
姐さんら綺麗なおべべ着とるさかい立派に見えるけど、中身足りひんし考える力あらへん。そやさかい芸だけやのうて春を売っとる――そらもう遊女やえ。いっぺん下の世話してもうたら、飼われることしかできひん。
そうならへんためには芸と教養、両方必要。そやけど舞妓ちゃんに学歴は要らへん。考える力あらへん方が扱いやすい。
読み書きできることと、綺麗な字を書けることは必須技能やえ。字読めな騙されてまう。読み書きできひんと手紙をやり取りすることができひん。
外に出えへんでも手紙でならやり取りできる。空き時間を全て読書にあて、足らへん知識を補うとるけど、読めへん字はまだぎょうさんある――。
仕込みはんのうちから手紙でのやり取り、文通を始めた。あほや思われるのんは当然。相手してもろえる限り場数踏ませてもらう。言葉以外の理由で、まともに意思疎通できひんお兄さんとは、疎遠になること目に見えとるさかい効率良う間引ける利がある。
§ 迷子ちゃん
〝迷子ちゃん〟。半だらになった胡桃の通称。
紙を見ながら移動する小柄な胡桃は迷子にしか見えへん。
ふくらはぎあたりまで長う垂れ下がった帯には、迷子なってもわかるよう置屋の紋が大きゅう入っとる。どこおっても勝手にお使い中や思い込んでもらえるさかい、どこへでも行ける。
見習い中の半だらやさかい、着物や化粧乱れとっても下手で可愛いらしいとしか思わへん。食いもんにしたいお兄さんには鴨葱を背負うて来るように見えてんやろうな。
隙だらけに見しとるのんはわざと。ふとした時に見せる隙で色気を感じさせる。迫りくる手ぇすっと退けて尋ねる。
「なんぼで買うて伝えるん? 大事なもんやからいろたらあかんえ」
水揚げするつもりあるんかちゅう問い。
置屋に生活や芸に関わる多額の費用を支払うて、その対価として舞妓ちゃんと男女の関係を結ぶ儀式が水揚げ。そやから水揚げするか問われたら手ぇ止めるて知っとる。あからさまに拒絶する必要はあらへん。
*
お母さんに呼ばれた。明日は見世出し。姉妹杯を交わし契りを結ぶ大切な日やさかい、その件や思た。
「旦那はんになりたいて申し出がぎょうさんあった」
困惑しとる様子。見習い中の半だらが一人でお座敷に出ることはあらへん。ましてや見世出し前日に、そないな申し出があることはありえへん。そんなんがあったら困惑するのんは当然や。
舞妓ちゃんなって数年間は年季奉公しいひんと置屋が投資した費用を回収できひん。つまり今までに掛かった費用の一切合財に、色付けて支払うちゅう申し出があったちゅうこと。話したちゅうことは面目を潰してでも利がある、ええ申し出があったちゅうこと。決断を迫られとるのやなしに受け入れたと伝えとるだけ。選択肢はあらへん。
お母さんから渡された手紙。奠都先の東京へ下るよう書かれとる。天皇と太政官が京都から東京へ移された。
「長いあいだ、お世話になりました」
私物はあらへん。お母さんにだけ挨拶して置屋を出る。
*
女中さんについて歩くこと二十日。京都から東京までの距離は約百三十里もあるて後から知った。
着いた先は小屋ちゅう表現が相応しい簡素な建物。中には誰もおらへん。
卓上の置き手紙に<旦那はん>は七日前海外へ渡ったこと、ほんで数年間帰って来いひんこと記されとる。
文通した相手の字は全部覚えとる。そやけど、この字は見たことあらへん。
(どのお兄さんやろか……出立時期が、会うつもり無かったこと示しとる。おらへんなるなら帰ってから水揚げしたらええ。どないな目的でうちを水揚げしたんやろか)
気にはなるけど、<旦那はん>が女中さんにどない伝えとるかわからへんさかい、単刀直入に尋ねるのんは得策ちゃう。
「<旦那はん>から預かっとる言付けは?」
あらへんならあらへんて答える。そやさかい〝言付けを預かっとるか〟やなしに〝預かっとる言付け〟を尋ねる方答えが正確に返ってくるからええ。
答えた<旦那はん>からの要求は三つ。
一、他のお兄さんと交友しいひんこと。
二、指定された学校に進学すること。
三、縫姓を名乗ること。
あとは自由にしてええそう。
この女中さんは優秀や。見とったらわかる。そやのに、すべきことしてへんの怪しい。わかりやすい場所に置き手紙あったのに、読もうとも渡そうともしいひんかった。
(なんや素養を試されとる感じやな。『自由』がどないな意味かわからへんさかい、慎重に行動せなあかん)
身の回りの世話は女中さんがしてくれはる。
高い金払うて、なんも求めへんなんてあり得へん。時間を存分に設けて、負担になること全部取り除いてくれてるさかい二つ目の要求、進学の難易度高いことは想像つく。
進学できる子を求めてはる。おそらく、おんなじ環境に置かれてる人間何人もおる。
(女中さんはおそらく……)
「死んで言うたら死んでくれる?」
「ご所望でしたら」
表情を一切変えんと、淡々と述べた。
失敗すれば生殺与奪権まで握られる。
その成れの果てが女中さんや。
§ 入寮
女中さん教え上手やったさかい、指定された高校に無事合格できた。置屋で、教養必要なこと身を持って体験したさかい勉強しかせん日々は全く苦にはならへんかった。むしろ勉強に集中できる環境を提供してくれたことに感謝しとった。
合格通知が届き、<旦那はん>からの三つの要求を満たさした女中さんは自由の身になった。
胡桃が世話になり始めてから五年経過した。
女中さんは自由になるまでに二十年も掛かったと泣きながら言うた。なんぼで買い取られたか知らへんけど、生殺与奪権を握られるほどの借金返済に要した期間なら妥当なとこ。
問題はこれから先のこと。
<旦那はん>からの要求や指示があらへん。おそらく自分で考えて行動しろちゅうことやろうけど、失敗できひんさかい怖さがある。
四月五日。寮生活が始まる。
置屋には、一刻でも早う入った方が姐さんになる決まりがあったさかい、朝一番で入寮する。
二人部屋やさかい、じきに同室の子来るやろう――。
*
四月八日。入寮して四日目。
待てど暮らせど誰も来いひん――。
トントントントン。扉をノックする音。
(同室の子やろか。行儀ええ子やとええな)
「Kokeshi doll!」
放たれた第一声は『こけし』。
「えげつないこと言わはるなぁ。しばくよ?」
「You spoke |Kansai dialect《関西弁》! Where are you from? My name is Sarah Cruz. I'm moving around, so I don't have a hometown!」
「うちも自己紹介せなね。京都出身の縫胡桃おす」
東京に移って数年経つ。そやけど身の回りの世話は全部女中さんがしてくれとったさかい、東京のことなんも知らへん。そやさかい、何聞かれても答えられるよう京都出身と伝えた。
「京都、ぬいぐるみ……Kokeshi doll! Absolutely!」
いけずばっかり言いよる。
「そんなにいきると、どつきますよ? クーリングオフする方が良さそうやねぇ」
「Sorry! No return!」
「ほな、どつきますね」
「It's my first time, so be kind」
「そないなカミングアウトいらへん」
どつかれたそうな顔してはるさかい、頭を軽く小突く。
「I was beaten for the first time. So I'm happy!」
(どつかれて喜ぶなんて、けったいな子やえ)
ベッドは二台あるのに、胡桃の私物置いたぁる方のベッドに腰を下ろす。
「We can sleep together!」
(ベッド一緒でだいじおへんのやろか……)
紗良はんは金髪碧眼、整うた目鼻立ちの外国人。容姿と言語だけやなしに生活しとった環境ちゃうさかい、感性や常識ちゃうのは当たり前。
舞妓ちゃんは浮世離れの典型。置屋では廊下で寝とった。それが普通や思うとったなんてことはのうて、そうせざるを得えへんさかいそうしとっただけ。東京来てからの生活も常識的なものかわからへん。
そやさかい下手なこと言えへん。
*
同日夜。
「Please tell me how to take a bath. I want to soak in the bathtub」
「日本の入浴方法は独特やさかいね。日本語通じたら説明しやすいんやけど、なんぎやえ」
「日本語、少し話すできる。胡桃、初めから日本語しか話してないから影響無い、思います」
会話成立しとったさかい気にしてへんかった。
「いけず言わんといてぇな。湯船に入る前に、かけ湯する。湯船にタオルを入れたらあかん。身体を洗うときは湯船の外。あがるときは浴室で身体をよう拭く。ちゅう感じ」
「That's too complicated to digest. 手本見せろ、お前、思います」
(姐さんやさかいええとこ見せつけたろう)
「準備するさかい待っとって」
四角い箱に付いとるボタン押すだけでお湯張れる。家事は全部女中さんに任せきりやったさかい、ここに来てから覚えた。ボタン押すだけで何でもできるさかい感動しとったのは秘密。
§ 同級生
夏休み三日目。
帰省先あらへんさかい寮で過ごしとる。<旦那はん>とのやり取りは未だ手紙のみ。いっぺんも会うたことあらへん。
紗良はんも帰省しいひんと普段通り動画見て過ごしてはる。
「祭ちゃん海行ったんやって……うわっ、かっこいい! これ見て!」
祭ちゃんは、紗良はんが推してはる配信者の名称。見せられた画面に映っとるのは、おんなじクラスにおる子。話したことあらへんけど顔は知っとる。配信しとるのんは茉莉はんやし――。
「そら、一条羽菜ちゃいます?」
「うわっ、感動? びっくり? ようわからんけど、凄いな」
「仲良うなれるとよろしおすな」
「待って。それなら祭ちゃんって、もしかして日南茉莉!? 海誘ってくれたの断らんかったら良かった」
(日本人の識別できひんのやろか)
「後悔しても後の祭りやわぁ」
「今からでも、仲良うなれるかな?」
「仲良うなるタイミングに手遅れはあらへん。夏休み開けたら、声かけるとこから始めたらよろしおす」
*
九月一日。夏休み明け初日。
紗良はんが勉強会に誘うてきた。開催地は茉莉はんの自宅。仲良うなりたがっとる羽菜はんも来る言うとるさかい、紗良はんが何しでかすんか観察しとうてついてきた。
始まったのは大阪弁講習――紗良はん常々『関西弁話せるようなりたい』言うとるさかい、要らんこと言うて空気悪うしたない。
口火を切ったのは羽菜はん。
「大阪弁講習、三十分くらいで良いかしら? その後は紗良が英語、胡桃が古典、他は私が担当して学習を進めようと考えているのだけれど」
羽菜はんの風貌、金髪になって一学期とえらい変わっとるさかい、不良になってもうた思たけど、はんなりとした所作は変わってへん。
紗良はんを気遣うて時間確保してくれとるし適切な分担や思う。『大阪弁』て言うたのが特に好印象。
「うちは賛成やえ」
紗良はんと寝食を共にしとるのに教わる機会はあらへんかったさかい有意義やった。以降、不定期に集まって勉強会するようなった。
*
十月中旬。学力テストの結果掲示された。
勉強会した甲斐あって、順位上がっとった。
女中さんが教え子合格させるのに苦労した学校だけあって、おるのんは優秀な子ばっかり。なんぼ予習復習しても順位維持するのがやっとやったさかい、点数伸ばせたことに驚いた。
嬉しうて<旦那はん>に報告の手紙出した。ほしたら仕送り金額増やしてくれはった。
(お金せびりたかったんちゃう。一緒に喜んでくれはるだけで十分やのに……)
テストに関する報告はこのいっぺんきり。以降は伝えへんかった。
報告しいひんことと、勉強しいひんことは別。元々教養必要や思うとったさかい、更に勉強に励んだ。
*
十月末。
文化祭のために作っとる衣装を忘れてもうて寮へ戻っとったさかい、紗良はんと別々に登校した。
校門入ってすぐ、三人組誰かを取り囲んでるのが視界に入る。
一瞬見えた金髪。胸騒ぎがして近付く――囲まれとるのは紗良はん。頭から黒い液体をかけられ立ち尽くしとる。
囲んどるんは知らへん子ら。紗良はんがどないな人間関係を築いてるか把握してるわけちゃうけど、様子おかしい気ぃする。
(タイミング良う、偶然黒い液体持っとるなんてことあるんかいな……置屋でもこないなことはあった。十中八九、計画的にやってはるわ)
「何してはるん?」
紗良はんに非あらへんとは限らへんさかい、穏やかに尋ねた。
「風紀委員の仕事をしているのだけれど文句ある? 染髪して調子に乗っているから、直してあげたのよ」
文句言われることしとる自覚はあるんやなぁ。
いちびらしたらなんべんでもしてくるようになる。毅然とした態度を示さなあかん。
「彼女の髪色は地毛でおす。あんたらに汚す権利あらしまへん。元に戻しとぉくれやす」
こっちに非はあらへんさかい、折れる必要あらへん。相手はんも折れんさかい言い合いになった。
予鈴鳴って、相手はんはいっぺんも謝らんと去った。
着替えに行くか迷うたけど、そのまま教室に向かうことにした。
§ 政治
昼休み。紗良はんに絡んどった三人組が教室に入ってきた。
「ぬいぐるみぃ、喜びなさい。あんたは明日から一週間出席停止よ」
縫姓は<旦那はん>にもろうた宝物。そやさかい、面白半分でぬいぐるみと揶揄するのは許せへん。冷静でおりたいけど無理やえ。
「暴行しとったのあんたらやろ。なんでうちが処分受けるん? あんたらはどないな処分受けるん?」
「処分を受けるのはあんただけよ。私たちは風紀委員、取り締まる側なの。ぬいぐるみは頭の中が空っぽだから身分の差を理解できないのかしら。可哀想に」
ちらっと周囲を見る。みんな視線を逸らしとる。関わらへん方がええことようわかっとる。助力を期待するのは無理そうやえ。
生徒同士やさかい、役割の違いが生じることはあっても身分の上下は生じへん。不服はあるけど、風紀委員は生徒会に属しとるさかい、生徒会に異議を申し立てても処分が覆るわけあらへん――おとなしゅう処分を受け入れるしかなさそうやえ。
*
十一月十日。
楓はんが一週間の出席停止処分を受けた。罵声を浴びせられ耐えきれんで言い返しはったそう。
楓はんが泣きながら言うた相手はんの名前。
「二年生の愛莉と花音と咲良」
風紀委員の三人組。今回も処分されたのは言い返した楓はんだけ。おんなじこと繰り返しとる。痛い目合わしたらな怒り収まらへん。
うちが出席停止になったときは<旦那はん>悲しましとうのうて隠してもうた。そやけど勇気出して相談してみることにした。
~~ 手紙・始 ~
拝啓 旦那様
先月末、一週間の出席停止処分を受けてまいました。どないな罰でもお受けします。
今回は相談しとうて手紙をしたためた。
生徒会と生徒との身分の差は埋まらへんのでっしゃろか。罵声を浴びせられ、言い返すと生徒側だけが処分を受ける。身分の差があるさかい、しゃあないのやろうか。
旦那はんにもろうた大切な姓をおちょくられたり、友人泣く顔を見るのを耐え続けられるかわからしまへん。
~ 手紙・終 ~〜
*
十一月十六日。
朝ポストに入っとった<旦那はん>からの手紙。一言、『任せとけ』とだけ記されとった。それ読んで笑みが溢れた。見たことあらへん<旦那はん>やけど頼もしゅう感じた。
送った手紙には固有名詞や具体的なことはなんも記してへんさかい、任せるいうても心の拠り所以上の意味はあらへん。そやけど、折れかけた心を支えてもらえるだけでも軽うはなる。
校内に入ると掲示板前の人だかりに目を奪われる。気になったさかい見に行く。
張り出されとる通知は、例の三人組に対する風紀委員除名および出席停止処分。
今まで好き放題しといて、除名されたさかい許すなんてことできひん。トカゲの尻尾切りで終わりにはできしまへん。諸悪の根源は、頭の風紀委員長。恣意的な取り締まりの首謀者。
風紀委員長は同級生の陽菜はん。生徒会の信頼を毀損したこと罰するいう名目で留任されとる。生徒会の後ろ盾を失うとるし、罰するためにおる今なら報復しやすおす。
念入りに陽菜はんの不正や弱み探ってみたけど、なんも見つからへん。そやけど〝見つからへん〟のと〝あらへん〟のんはちゃいます。悪人やさかい、上手に隠蔽しとるだけやろう。
(そっちが制度を悪用するんやったら、こっちは行為の程度では罰が変わらへんこと利用して学校に来られへん状況を作ったるさかい――逃げおおせる思いなや)
私刑執行――陽菜はんの服を引っ張る。
「暴行すると出席停止になってしまいます。手を離してください」
風紀委員のやり方はよう知っとる。対峙した時点で生徒の負けやえ。
「なんもしいひんでも処分されるさかい変わらへんどっしゃろ。ほな、こらどないですか?」
シャツの胸元を引っ張る。ボタン取れてはだけさしてもうた。胸元を手で隠すだけで、なんも言わんと俯く陽菜はん。
(謝らなあかん……ちゃう。甘いこと考えたらいかん)
「大勢に見られてますで。恥ずかしいのによう平気でいられるなぁ。もっとよう見したってください」
羞恥心を煽ることが目的。ほんまに見られとるかは関係あらへん。幸い、近くに人はおらへん。
俯いて周囲を見てへんさかい都合ええ。
「何しても罰は変わらしまへん。そやったら、何しても構しまへんよね?」
胸元を隠しとる陽菜はんの手ぇ退ける。
「ほんま、ええ表情やねぇ。隠さんと、もっと見せとおくれやす」
あんだけ辱めたにもかかわらんと翌日、翌々日、その後も陽菜はんは登校してきた。嫌味を聞こえるよう言うとるのに、効果はあらへん。
*
十一月二十日。
羽菜はんが生徒会長に謝罪と辞任を要求しはった。
風紀委員が生徒会長の指示で動いとったこと、ほんで恣意的で不正な取締りの首謀者が生徒会長やったて公になった。
生徒会長が全部の罪を陽菜はんに押し付けて逃げおおそうとしとった。陽菜はんの不正をどんだけ探っても見つからへんかったのは、ほんまになんもしてへんかったんやとわかった。
(どないしよう……全面的にうちが悪い。陽菜はんの疑惑、解消できたんはええけど……なんも悪いことしてへんのに辱めてもうた。タチの悪いイジメやえ)
羽菜はんは言葉だけで解決しはったのに、暴力で陥れる方法を使うてもうた。どうしたら許してもらえるかわからへんけど、陽菜はんに誠心誠意謝罪せなあかん。
謝られても許せるはずあらへん。となったら奉公せなあかん。何して欲しんやろう。
思いつくこと――。
関わらんといて欲しい。消えて欲しい――もし、なんかさしてもらえる機会くれたらどないしよう。仕返しはしたいやろうな。どっかで『やられたらやり返す。倍返しだ!』て聞いたことある。倍で足るかいな。
参考までに強制わいせつ罪の罰則を調べよう――六月以上十年以下の懲役。とんでもないことしてもうた。陽菜はんにも、<旦那はん>にも償いきれへん罪を犯した。
心の傷は一生残る。許される可能性を考えること自体烏滸がましいけど、ほんの少しでも許してもらえる可能性が見えたときはなんでもする覚悟やえ。
*
十一月二十一日。
「勘違いしとりました。大きい心で許しとおくれやす」
「嫌です。私が告訴したらどうなるでしょうか。進学も、就職も絶望的になりますね」
<旦那はん>には申し訳あらへんけど、それだけのことしてもうたさかい、しゃあない。
そやけど、しゃあないで済ませてええ話やない。奉公させてもろうて、少しでも気ぃ済むのならしたい。
「何でもするさかい、許しとぉくれやす」
「何でも……ですか。では、二度と私の視界に入らないでください」
そんなんでは足らへん。奉公させて欲しい。
「他のがええわあ」
「何故ですか? 簡単じゃないですか。学校に来なければ視界に入りません」
簡単やさかい足らへんの。償うてへんのに罪の意識消えてまうさかい、奉公させて欲しい。
「他のがええわあ」
「登校出来なくなると困ると、理解しているのですね。私は来られなくなっても困らないと思っていたでしょうか? あなたにされたことと同じことをさせてください。報復したいです。それで御破算にしてあげます」
おんなじことされるのんは当然。そやけど、それで御破算では罰足らへんえ。
「……他のがええわあ」
「同じ台詞を繰り返していれば、許されるとでも思っているのでしょうか? 私にはあなたと話したいことはありません。贖罪の意思が無いのでしたら、無益な話は終わりにしましょう」
ちゃうの。罰足らへんと、うち自身を許せへんの。
「他のをおたのもうします」
「面倒くさい人ですね……強制わいせつ罪の公訴時効は七年。時効を迎えるまでの間、私に隷属するというのはどうかしら。条件は全ての要求に従うこと。そうですね……将来の不利益になる要求はしないこと、服従している間は不利益になることはしないこと、この二点は考慮してあげます。これが最大限の譲歩です。他の選択肢は提示できません」
そやったら償える。考慮なんてせんでええのに優しい人やわぁ。
「それでおたのもうします」
なんとか贖罪の機会をもらえた。
*
十二月初旬。
隷属したこと、<旦那はん>にはまだ伝えられてへん。どない伝えよう――。
陽菜はんの要求に従うこと罰やのに、いっぺんも要求されてへんことも問題。よう観察して奉公させてもらえる機会見つけなあかん。
生徒会長が辞任を表明したさかい、生徒会長選挙実施されること発表された。
今のとこ、立候補表明しとるのは羽菜はんだけ。無投票当選やと選んだちゅう意識欠落するさかい良うない。対立候補がおる方がええ。
陽菜はん、ええ思う。
(なんで出馬しいひんのやろう? 推す人おりそうやのに。忘れてはるんやろか……そやったら、代わりに推薦状提出すればよろしおす)
羽菜はんらに、陽菜はんを推薦したこと伝えた。やってもうたこと、今置かれとる状況を伝えた上で、側で見とって自分の意思で推したい思たさかい応援するて伝えた。そのことについてなんも言われへんかったし、仲違いしたんとちゃうさかい、勉強会はいつもと変わらず一緒にやっとる。
*
十二日間の選挙運動期間を終え、投開票が行われた。結果は得票率八十三%で陽菜はんが当選。選挙運動頑張った甲斐あったこと目に見えて嬉しう感じる。
今回の選挙の目的は元・生徒会長の代わり決めること。陽菜はんは中等部時代、二年連続で生徒会長しとったそう。二年生のとき元・生徒会長を破って当選。中等部を恣意的な独裁支配から守ってくれた言われとるのも耳にした。疑惑が綺麗に晴れたら、内進組の子ら陽菜はん選ぶんは当然や。
陽菜はん自身が選挙活動してへん理由は、生徒会の不正の後始末が大変やちゅう説明をした。ほんまに不正の後始末しとった。陽菜はんが不正に一切関わってないこと、一番よう知っとるさかい丁寧に説明して回ったらみんなわかってくれはった。
茉莉はんみたいに上手うネット使えへんさかい、一人ずつに直接話し掛けて伝えることしかでけへんかったけど、陽菜はん学校におらん朝と放課後の空き時間上手う活用できて良かった思う。