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4.まさかの最推しからの依頼

「ユーリさんに依頼が来ました」


 夕食の後、真面目な顔をしたフォスター先生がそう切り出したので、私は驚いた。先生の隣に座っているメグに視線を送れば、どうやら話を聞いているらしく彼女も神妙な面持ちだった。


「私への依頼、ですか?」


「はい。衣食住の保証ありで、住み込みでのリハビリ指導です。どうやら貴女の噂をどこかで聞かれたようで、是非頼みたいと。――その、身の上を調べられたようで、かつてサットン侯爵令嬢でいらっしゃった、ということもご存知でした」


「そうやって私が元貴族であることが重要視されるということは、依頼相手は――?」


「ええ、そうです。セルゲイ=エヴァンス侯爵令息様からのご依頼です」


 その名前に、息が止まった。


「セ、セルゲイ……エヴァンス……侯爵令息さ、ま……!?」


 脳裏に一人の男性の笑顔が浮かんだ――

 それを私は確かに見ている。


 ……美麗イラストで!


(待って、待ってこの世界でセルゲイ=エヴァンスっていったら、え、私の最推し……では……!?)


 呆然としている私に、フォスター先生が気遣わしげに尋ねた。


「以前、セルゲイ様、もしくはエヴァンス家のどなたかとご面識はありましたか?」


 私がふるふると首を横に振ると、先生はようやく少しだけ安堵したかのように表情を緩めた。先生はサットン家との関係を心配してくださったのだろう。貴族の家の関係は複雑で、表からは良好に見えたとしても、裏では妬み嫉みが渦巻いていることがある――とも限らないからだ。


(ち、違うんです、先生……! セルゲイは私の、私の最推しなんです!!)


 突然の最推しの名前に、鼓動が高鳴りつつも、本当の理由は話すことは出来ない。私がここで、異世界に転生して、と話したところで、夢を見ているのかと心配されるだけだろう。


(私も自分に起きたことでなかったら、信じられないもの)


 先生は、今から話すことは内密に、と念押しをしてから口を開いた。


「エヴァンス侯爵様は喘息がひどくて、空気のあまり良くない王都には住めないので、一年中領地でお過ごしなのですよ。ですから家督はほぼセルゲイ様にお譲りになられていると聞きました。それで今回の依頼は――弟のトラヴィス様のリハビリです」


「トラヴィス、さま?」


(えええそんなキャラいたっけ?)


 私は頭をフル回転させて、『あくでき』のあらすじを思い返していた。しかしどれだけ思い返しても、名前はおろか、姿かたちすらイメージにない。何しろセルゲイに弟がいたかどうかの描写があったかすら記憶にないのだ。


(ああ、まだ途中だったものな……。四巻の後に出てきたんだろうか)

 

 セルゲイはヒロインとヒーローの間をまぜっかえす当て馬であり、飄々としていてとにかく格好良かったが、彼の背景についてはまだ語られていなかったはずだ。


「ユーリさんがご存知ないのも当然かと。彼は王宮を警護される騎士でしたからね。近衛騎士の試験を受けられれば、それこそ王に取り立てられることもあり得るほどの腕だったと聞いています」


「まぁ……」


(そんな、騎士の方が――リハビリ、ということは)


 私の考えはどうやら顔に出ていたらしい。フォスター先生は頷いた。


「どうやらとある陰謀事件に巻き込まれて、大怪我をされたらしい。顔と右足だと聞いています。特に、足はかなり重症だとか」


 先生は淡々としている。当然だ、彼は医師なのだから、いちいち動揺していたら務まらない。


「事件は半年前だったそうです。その後トラヴィス様が騎士をお辞めになって、家に戻られたようで。それでエヴァンス様がリハビリを、とお考えになったようです。これが経緯のようですね」


 そこまで聞いて私は首をかしげた。


「なるほど……ですが、何も私でなくてもエヴァンス家には主治医の方がおられるのでは?」


 これは当然の疑問だろう。

 こちらの世界で医師の資格がある人は、リハビリについてもそれなりに知識があるはずだ。


「そうでしょうね――でも、リハビリ専門ではない」


 あっさりと先生はそう言った。


「平民相手とはいえリハビリ専門で、それなりに臨床経験があり、しかもご本人が元貴族の治療師、というのは王都広しと言えども私も他に聞いたことはありません」


「……」


「リハビリがうまくいけば、報酬をはずまれるとのことでした。もちろん、ユーリさんがお金で動くとは私は思っていませんが、念の為」


 そもそもお金が欲しいのであれば治療師の資格を取った時点で、貴族相手にしぼればよかった。貴族たちは平民より遥かに金払いがよい。けれど私にはそんなつもりは一切なかった。


 フォスター先生も貴族相手の往診を続けているのは、平民のために開かれている診療所の維持のためだと話していた。また慈善活動として診療所に寄付金を送ってくれる貴族も中にはいるらしい。だから先生は貴族とのつながりを保っているのだ。


 お金がない平民にこそよい医療を――先生の理念に私も賛同しているし、それに日々肉体労働をしている平民のほうが貴族よりよほど怪我をする危険性が高い。私の知識を彼らのために使いたかったから、今まで貴族相手に自分が治療をするというイメージがわかなかった。


 私はお金のあたりはさらりと聞き流して、先生に質問をした。


「ちなみに、通いでは駄目なんでしょうか……」


 聞いてみれば、馬車を使えば一時間の距離だという。頑張れば通えないこともない。毎日は無理でも週に何日か帰宅するのは可能な範囲な気がした。


「どうでしょうね。でもこれは守秘義務の問題かもしれませんね。トラヴィス様が完全に回復されるまでは、とのことでしたので期間の指定もありませんでした」


(そんな……、先生の家から出ていかないといけない? それに、明日から私がいなくなったら、この診療所は忙しくなって大変になるし……、ああでも、患者さんが助けて欲しいと言っているのを、すげなく断るのも……)


 私は内心激しく逡巡していた。 

 それから、と先生がためらいがちに続けた。


「トラヴィス様はどうもそのかなり、人を選ばれる方のようで……もしかしたら、ご本人に最初の時点で拒否されるかも、ということでした」


 私はぽかんとした。


「え、そうなのですか?」


「はい。そのことも含め、セルゲイ様は一度直接お話されたいとのことでした」


(よほど、気難しい方なのかしら)


 治療師としては、患者本人が望まない限り、治療は出来ない。だが助けが必要な患者さんがいるならば……。


 フォスター先生はじっと私の顔を見ていたが、静かに微笑んだ。


「一度、セルゲイ様のお話を伺うだけ伺っていらしたらどうでしょう? 断るにしても、受けられるのにしても結論を出されるのはそれからでも遅くありません――ユーリさんも患者さんを見捨てられないでしょう?」


 私の心は大きく揺れた。


「先生……でも診療所は……」


 私がいないと混乱するのではないだろうか。


「診療所は大丈夫ですよユーリさん。なんとかなります」


 先生はいつも患者さんを安心させる穏やかな視線と口調で私に告げた。


「ここしばらくずっとユーリさんが診療所で働いてくださって、本当に助かっていました。私専属の治療師でいて頂きたいのも本心ですが、貴女の知識は素晴らしいものだからもっと広く患者を受け入れてもいいのでは、とも思っています」


「先生……」


「だからこれは良い機会なのだと思います。診療所のことはどうかお気になさらずに」


 そう言うと、先生はいつものようにチャーミングに私にウィンクしてみせた。そこで、それまでずっと黙っていたメグも、にっこりと笑った。


「ユーリさん、もしエヴァンス様のお屋敷で働くことになっても、何かあったらいつでもここに戻ってきてくれていいのよ」


 ここが貴女の帰る場所。

 だから、いってらっしゃい。


 フォスター先生とメグがためらう私の背中を押してくれた。


 私は心を決め、頷いた。


「はい、そうします――二人ともありがとうございます」

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