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エピローグ

 そうやって結婚式をあげ、二人で街の家で暮らし始めて数年経った。

 いつかのようにフォスター先生の診療所の前で待っているトラヴィスに私は微笑んだ。


「迎えに来てくれたの? 今夜は結婚記念日だから、何かトラヴィスの好きな料理でも作ろうと思っていたんだけど……」

「ああ、有理のご飯は最高に美味いから、それも嬉しいな。でもせっかくの記念日だからこそ今夜はゆっくりしよう。何か食べて帰らないか?」


 トラヴィスは迷いのない足取りで歩いてきて、私の目の前に立った。 

 彼は今では短距離ならば全速力で走ることだって出来る。初めて走ることが出来た日、トラヴィスはしばらく呆然としていたくらいだった。

 ステインバーグ家から何不自由ない生活が出来るだけの慰謝料をもらっているトラヴィスだが、やはり仕事をしたいと考えていた。

 そうして足も良くなりつつあったので、騎士を目指す少年たちのための教室を開いた。それも貴族子息だけではなく誰にでも門戸を開いたので、かつて氷の騎士と呼ばれたトラヴィスの教室はとても評判となっている。


 そうして生きがいを見つけた彼は、とても幸せそうだ。その教室で怪我をしてしまった少年たちが時々フォスター先生の医院にやってくることもある。トラヴィスに頼まれて栄養指導をすることもある。最近は教室に通う少年たちの母親たちに、料理教室の開催を頼まれることもある。

 そうやって私と、トラヴィスの歩いている道が同じ方向を向いていることをとても嬉しく思う。


「素敵! あ、じゃ、アガサ亭がいい!」


 彼の提案はとても魅力的だったから私はすぐに賛成する。


「うん、いいな。じゃあそうしよう」


 トラヴィスが微笑む。彼は自然な仕草で私の右手をとって恋人繋ぎをした。彼はよく私に触れたがるが、トラヴィスにとって、こうして人と触れ合うことは特別なことだ。以前ほどはひどい症状が出ないものの、いまだに人混みはあまり得意ではない。

 だから彼が触れたいと思ってくれるのであれば、私は出来る限り受け入れたい。

 そこで私は彼に尋ねた。


「トムはどうしてた?」

「出がけに餌をやってきたよ。今夜は俺たちの結婚記念日だからちょっとだけ良い餌をね」


 トラヴィスが私の前で猫になることはついぞなかった。彼によれば、私と気持ちが通じ合ってからその衝動は徐々になくなっていったのだという。

 衝動といえば、私の日本の家族に会いたい、という気持ちも少しずつ形を変え始めている。今も会いたいし、どうしようもなく寂しくなる日はあるが、それでもトラヴィスにその気持ちを話すことで和らぐのだ。理解してくれる人が隣にいることの心強さを私は噛み締めている。


「トム、ラッキーだったね」

「まあな。良い餌をやったんだから、夜は邪魔しないように伝えた」


 しれっとトラヴィスがそんなことを言う。

 トムは家で飼っている白猫だ。おしゃまなオス猫で、トラヴィスが私にくっつくと負けじと私達の間に入ってくる。何しろトムは私のことがとても好きなのだ――あれだけ猫が好きだと言っていたトラヴィスが嫉妬するくらい。


「ふふ、じゃあトムは今日は空気を読んで大人しくしているかな」

「読んでくれないと困る。そもそもあいつはただの居候だというのに」


 トラヴィスの眉間に皺が寄るのを、私は幸せな気持ちで眺める。 


「トラヴィス」

「なんだ?」


 彼が少しだけ身をかがめて、私の方へ傾いた。

 こういうさりげない優しさに、胸がいっぱいになる。


「大好き!」

「なんだそんな当たり前のことを。俺はな、お前を愛してるよ」


 そう言いながら、可愛い私の夫の耳は真っ赤になっている。そんな彼を愛でるのが私は何よりも好きだ。


「私達ってバカップルだね」

「バカップルってなんだ?」


 私がバカップルの説明をすると、トラヴィスが苦笑した。


「その定義だったら俺たちは確かにバカップルとやらだ。あのな、いいことを教えてやろう。幸せだったら、バカップルとやらでも構わんと俺は思っている」

「ふふ、そうだね。私、今日も幸せだよ」

「良かったな。俺も幸せだ」

「良かったね」


 二人で顔を見合わせて笑った。

 こうして二人の現在が重なり合い、未来に向けて一緒に歩んでいければ、これ以上何も望むものはない。


 そしてトラヴィスは、今でも、これからも私の最推しである。


 FIN

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