-2-3 置いてけぼり(3)
[第3コート]
持田美月 ビッグスポーツ
VS
山里楓 ハナテンTC
美月がコートに入る前、隆俊は「がんばれ」としか言えなかった。
いつもならギリギリまでこと細かくアドバイスを送るのだ。
そして里恵は里恵で隆俊の言葉が途切れるとすぐに自分の伝えたいこと言った。
なのに今日は隆俊の「がんばれ」の後、何も言えなかった。
一昨日のマッチ練の散々な内容を聞いた隆俊は昨日久しぶりにレッスンの見学に行った。
隆俊がスクールに着いたのはレッスンが終盤に差し掛かった頃で、美月は4年生の女の子とマッチ練をしていた。
その子は最近うまくなってきて、コーチにも期待されていた。明日の試合に備えて、美月との試合はいい練習になるだろう。
一方の美月はその子に負けたことはない。調子を崩している美月を立て直すために、もっと強い相手と練習をさせて欲しかったが、美月はその前に前日に負けた男の子にまた0-6で負けたと里恵から聞かされた。
「どんな内容やった?」
「もうめちゃくちゃ」
「どんな風に?」
「今と同じ。ミスばっかり」
目の前の試合を見る。スコアは1-4ダウンだった。
美月はダブルフォルトとリターンミスを繰り返していた。
そしてそれらが入っても、それを返されると、ガチガチに構えたフォームからミスショットを出した。
美月はそのまま1-6で負けた。
隆俊や里恵以外の誰が見てもその状態はわかっただろう。
美月は完全に自信を失っていた。
コートから出てきた美月は何も言わず、さっさとコーチへ結果報告をしていたが、帰りの車に乗り込むとグズグズと泣き出した。
「泣いてたってなんもならへんやろ。理由を考えな」
これでもかなり抑えているつもりだが、隆俊自身も機嫌を悪くしたこともあって美月に少し厳しくあたった。
「考えてもわからんからミスすんねやん」
泣いていて何も答えない美月に変わって里恵が答えた。
里恵の言葉にも少し棘があって、それは隆俊に向いていた。
言葉の棘に刺されるとその人にも棘が生えてくるのだ。
「そんじゃ、どうすんねん」
隆俊の棘は里恵に向いた。
「そんなん私に言われても知らんやん」
棘の鋭さが増すばかりで一向に解決に向かわなかった。
隆俊も里恵もすぐそれに気付いたから、しばらく口を開かなかった。
やがて隆俊は「普通に打ったらええねん」と美月を慰めたが、美月は「普通に打とうと思っても打たれへんねんもん」と言って泣き続けた。
隆俊も里恵もそうなんだろうと思った。
だから二人とも次の言葉が出なかった。
そして今朝、行きの車の中では二人とも出来るだけ明るく振る舞った。
昨夜、美月が眠ってから隆俊と里恵で話し合ったのだ。
隆俊は今回の試合がいかに重要であるかを主張した。だが里恵は隆俊がすべての試合に対していつも重要だと言っていることを指摘した。
それでも隆俊は、美月がここでも負けるようだと、美月に対する周りの目も変わってしまうから、何が何でも勝たないといけないと繰り返した。
ただ、すべての試合にはなんらかの意味があるし、試合である以上、どの試合も勝つことが目標であるはずだ。負けた試合で得るものもあるだろうが、やる前から負けてもいいと言える試合はない。
となるとすべての試合は勝たなくてはならないのだし、それなら毎回『今回だけは絶対に勝たないといけない試合だ』などと言う必要があるのだろうか。
どうしても言いたければ、ここぞと言う場面だけ言えばいい。
はたして今がその時だろうか。
調子を崩し続ける美月にとって、今はその時ではないと二人は結論付けた。
そして二人で話し込むうちに、日頃から美月に対して細かく指示を出し過ぎていたようにも思えた。
美月は基本的にまじめなのだ。
隆俊と里恵が言うことはなんでも聞いて実践している。
それをくどくどと言う必要があったのか。
二人は反省して、明日の試合では最小限のアドバイスだけを言うことにした。
[ゆっくり自分のプレーをすること]
もっと具体的な指示も考えたが、結局、細かい指示になってしまう。だから抽象的でも少ない言葉で伝えられる内容にした。
それと今回の試合は結果を求めないということに決めた。
隆俊も里恵も心の中では結果を求めていたが、それを表に出さないようにしようと約束した。
最後に試合前に出来るだけ美月が元気になるように、車中で二人は美月に前向きな言葉や話をした。
そして会場に到着すると、美月は他のクラブの友達との再会を喜び、楽しそうにしていたので二人は少し安心していた。
でも自分の試合が控えに入ると美月の元気は少しずつ無くなっていった。
そして前の試合が終わり、いよいよコートに入るという時、美月は里恵の所に来て小声で何かを言ってコートに向かった。
「えっ?!何言うてんのよ」
「ん?どうした?」
驚く里恵に隆俊が聞いた。
その間に美月はコートに入ってしまったから、隆俊は急いで「がんばれ」とだけ言った。
「結局、アドバイス出来んかったやん。一体何やってん?」
隆俊は少し不機嫌になって里恵に聞いた。
「美月、試合したくないって」
隆俊は自分の耳を疑った。
美月は今まで厳しい練習にも弱音を吐いたことがなかった。
これまでの1年間負けだらけでもずっとがんばってきた美月だったのに。
またいつか強く輝くと信じていた光がどんどん小さくなって、隆俊の心は真っ暗になった。
テニス少女U12 -2-3
『置いてけぼり(3)』
終