-2-1 置いてけぼり(1)
第2話 置いてけぼり はじまりまーす。
前に錦織圭が活躍したのはニュースで見て知っていたが、相手が誰だったのかは最近になって知った。
「土居美咲勝ち上がってたんや。見に行ったらよかった」
ネットで遅れていた情報をほどほどに取り戻すと、隆俊は[お気に入り]から別のページに飛んで、さっきと別のドローを見た。
その真ん中辺りに[持田美月]と書かれている。
プロじゃない。隆俊の娘の名前だ。
昔、プロテニスに向いていた隆俊の情熱は今やジュニアテニスに向いていた。そんな隆俊にとってジュニアのトップクラスの選手達はフェデラーやアザレンカと同じくらい輝いて見えた。
隆俊が今見ているドローにもアザレンカとまではいかないまでもバルトリクラスの強豪選手の名前が並んでいた。
娘がジュニアテニスに参加し始めた頃、隆俊はドローを眺めるだけでワクワクしたものだ。
ただ今はと言えば、その気持ちは複雑だ。
3年生の冬にデビューした美月はその試合でベスト8に入った。
その後も連戦連勝とはいかないが、勝ったり負けたりしながら、一度は準優勝も果たして、美月は同じ学年の中ではトップクラスになった。
上級生の強い選手にはなかなか勝てなかったが、それでも挑戦者として挑む試合は楽しくもあり、隆俊はいつもドローを見て胸を高鳴らせた。
「厳しいな」
その隆俊が今は美月の1回戦の相手を見てため息混じりに呟いている。
[第5シード 山里楓]
隆俊の気持ちは昔のようには盛り上がらなかった。
相手は美月と同じ5年生。夏の前までは美月のほうがランキングは上だったし、3年生で対戦した時は6ー0で圧倒した。
それが4年生の後半くらいからトーナメントでもぽつぽつと勝ち始めた山里楓は、じわじわと美月のランキングに近付いてきて、夏の大きな大会で本戦の1回戦を突破すると、一気に美月を抜き去った。
「美月もそんなに悪くないんや」
隆俊は美月が弱いなんて思っていない。
ただ周りのライバル達が少し上達して、少し効率良くポイントを稼いだだけだ。
「美月もうまなってるんやし」
間違いなく上達していると思っている。
「楓ちゃんなんか、ミスも多いし、そんなに強いとは思わんけど・・・」
「けど」の後が続かず、「前も勝ってるしな」と昔の戦績だけを頼りにする。
「今回もあかん・・・か」
隆俊は弱気になる。
美月が負けると決めつけている訳ではない。
ただどうしても勝つイメージが浮かんでこないのだ。
「あーぁ、なんかやるだけ損やな」
勝って当然の試合は負けたら損なだけだ。
隆俊は試合に対する積極性を失い、益々弱気になる。
隆俊がそうなる原因のもう一つは先日の大会にもあった。
少し前にあったその大会は、0.25P以上からという出場制限があったから、2P以上持っている美月までは出られないと思っていた。
ところが隆俊の予想に反して、美月は第11シードとしてドローに名を連ねていた。
美月同様ダメもとでエントリーしていた本戦出場者達が軒並み上位シードを獲得し、美月は3回戦で第7シードと当たることになっていた。
第7シードは最近急に力を付けてきた4年生だった。
隆俊に言わせるとこの子も「やるだけ損」な子だった。
勝って当然、負ければ自信を失う。
かと言って、こういう試合でコツコツとポイントを稼がないとライバルとの差が開いてしまう。
これ以上差を開けられたくなかった。
たまたま最近逆転されただけで、本当の実力は美月のほうが上なのだ。
ここで3回戦を突破すると0.125P入る。たいしたポイントではないが、こういう積み重ねが利いてくるのだ。
そう思って挑んだ大会だったが、美月は第7シードとの対戦を待たず1回戦で負けてしまった。
一方、次の大会で対戦する山里楓はベスト4まで進んで0.25Pを得た。
隆俊が実力では美月が上だと思ってみても、ランキングや戦績がそれを否定した。
美月が上であることを証明するためには次の大会で山里楓に勝つ必要があった。
「元々、上やったんやけどな」
勝つ方法は見つからないのに、勝たないといけない理由ばかり頭に浮かんでくる。
「・・・はぁ」
隆俊はドローから目を離すと、背もたれに体を預けて視線を上げた。
パソコンの上の壁一面に美月がテニスでもらった表彰状が何枚も飾られていて、その枚数の多さは美月が小さい頃から活躍していたことを証明していた。
「美月、すごかったのにな」
真ん中に準優勝した時の賞状があった。
2年前ピカピカに輝いていたその賞状は少しずつ光を失って他の賞状に埋もれてしまっていた。
くすんだ賞状をじっと見つめて、やがて視線を外した。
「また光る。絶対に」
隆俊は自分に言い聞かせるように言った。
テニス少女U12 -2-1
『置いてけぼり(1)』
終