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テニス少女1 U12  作者: コビト
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-1-3 デビュー(3)

太陽の強い日差しに夏の余韻を感じつつ、木陰に入ると既に心地よい秋が訪れているのだと気付かされる。

街から離れた山の中にいればなおさらそう感じる。

そこにはたくさんの子供たちが集まっていた。

みんな小さな体に大人が使っているのと同じ大きなラケットを持って、木々の合間に作られたテニスコートで日ごろの練習の成果を披露していた。


オレンジ屋根のクラブハウス横に設けられた本部に、試合を待っている子供のプレイヤーたちがひっきりなしにやってきてはボードに貼りだされたたくさんの名前をチェックしていく。

「ママ、萌の名前あったで」

小さなプレイヤーの一人が自分の名前を見つけて母親に報告すると、「どこどこ?」と母親は娘を押し退けてボードを確認した。


[第1コート控え]

大西萌菜 マチカネTS

VS

武藤玲奈 ハンナTC


「ほんまや。いよいよやね」

千佳子は落ち着いたフリで萌菜に言った。

千佳子は萌菜が勝てるなんて大それたことは考えていないつもりだ。

もちろん勝てたらいいなとか、ひょっとしたらという思いはある。

でもそれはあくまで希望的観測というか、希望を除いた予想ではまず負けるだろうと思っている。

人間覚悟が決まると気持ちは落ち着くものだから、千佳子は努めてそう思うようにしていた。そのおかげで昨晩は遅くに帰ってきた旦那と気楽に今日のことを話すことが出来た。

でもこうして娘の名前が貼り出され、いよいよとなってくるとさすがに落ち着いてはいられないようだ。

今まで心の隅に押し隠してきた感情がムクムクと膨らみ、姿を現し始めた。

別に何が何でも勝って欲しいわけじゃない。

そりゃあ出来れば勝って欲しいけど。

普通にまともに試合をしてくれればいい。

だから、そう。

なんていうか。

「萌菜。あんた、ちゃんとしぃや」

「なにを?!」

母は自分の中に芽生え始めた期待や不安を娘にぶつける。

「準備運動は?」

「さっきした」

「他にも何かせなあかんのちゃうん?」

「何かって何?」

「何でもええやん。なんかしいや」

準備運動と言ってもラジオ体操くらいしか思いつかない千佳子に具体的な指示など出せるはずもない。

それでも何かをやらせたいし、それで千佳子も安心したいのだ。

「アップ。みんなアップしてるやん」

かろうじて思いついたそれらしい言葉をかけるが、萌菜は「まあまあ、なんでもええからがんばったらええんやろ」と優花ちゃんからもらった言葉を都合よく使って反論してくる。

「あんたなぁ・・・」

その後、萌菜はそばにある急な階段を2回くらい上ったり下ったりアップのようなことをしているうちに、第1コートの試合が終わって萌菜の出番になった。

「萌菜、あんた、がんばりや」

「うん、わかったわかった」

まるで他人事のように萌菜は緊張する様子もなくコートに入り、てくてくとベンチへ向かって歩いていった。

ところがベンチに着いて荷物を置いたところで、頭を斜めに傾けてしばらくそのまま固まってしまった。そして金縛りが解けると、千佳子のもとに小走りで戻ってきた。

「ママ、どうしよ。タイブレークわからんようになった」

「あんた、何言ってんの!?」

隣にいた知らないパパさんがプッと吹き出した。

千佳子はそれをすぐに説明出来るほどテニスの知識も持っていないし、それに落ち着いてもいなかった。

「相手が知ってるから大丈夫」

我ながらいい加減だと思うが知らないのだから仕方がない。それに隣の知らないパパさんも笑顔で頷いて同意してくれる。

「えーっ、そんなんでええん??」

「ええねん!だから早よ行き!」

「そうそう」

知らないパパさんにも促されて萌菜はしぶしぶベンチに戻っていった。

さすがの萌菜だってタイブレークは知っている。でもそれがわからなくなるくらいに緊張していたのだろうと千佳子は思った。

そうやって娘の身になって考えた母は自分の緊張を少し忘れてリラックスすることができた。

千佳子は改めてコートに目をやる。

コートに立った背の高い萌菜は少しは見栄えがして、何か期待を持たせてくれた。

ただネットの向こうに立った対戦相手が萌菜より大きかったからその感じはすぐに無くなってしまった。

その子は中学生と言われてもおかしくないくらいの背の高さで、長身の二人が立つこのコートだけ11歳以下のカテゴリーじゃないみたいだった。でも、萌菜のサーブ練習が始まるとすぐに11歳以下でそれも初心者並みだということがバレてしまった。

一方、対戦相手の子のサーブはビシビシ入ってきた。


試合が始まっても萌菜のサーブはなかなかサービスラインの四角に入らないのに、相手のサーブは練習の時と同じように入って、萌菜のラケットをことごとくはじいていた。

二度目の萌菜のサービスゲームでもサーブは四角に着地しようとしなかった。そして萌菜は相手が構えるのも見ないままにすぐにサーブを打って、入ろうが入るまいがとにかくどんどん打って試合を進めた。

早く試合を終わらせたいと思っているのじゃないか。そんなことはないとはわかっていてもそう思ってしまうような内容だった。

萌菜の希望通りなのか、ゲームは何の盛り上がりを見せることもなく、どんどん進行していく。

「ゲームカウント3-0」

対戦相手が自分の優勢を告げる。

千佳子は娘の不甲斐なさにもう少しマシな展開に出来ないのだろうかと小さく不満に感じた。

せめてもう少し練習で打っているショットを見せて欲しかった。

昨日の最後に見せてくれたサーブはどこにいったのか。

いつもならもっとラリーが続くだろうに。

千佳子は自分が決して高望みはしていないハズだと思う。

ただこれくらいは出来たハズだとは思っている。

決して高望みではないのに。

でも無理なんだろう。

いつもなら出来る。

でも今日は『いつも』じゃないんだ。

始めての試合だ。仕方が無い。

萌菜が悪いんじゃない。誰だって同じようになるんだ。

千佳子は少し気持ちが落ち着いた。

人間覚悟が決まると落ち着くものだ。

ジャッジはしっかりしてて良い。

千佳子は萌菜のいいところを見つけた。

萌菜自身も少し落ち着いてきたのか、リターンが返るようになってきた。

そして相手のミスにも助けられて1ゲームを取ることが出来た。

「ゲームカウント1-3」

萌菜ははっきり大きな声でコールした。

青空に似合う良い声だった。



テニス少女U12 -1-3 

『デビュー(3)』


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