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テニス少女1 U12  作者: コビト
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-9 ゼロポイント 改め テニス少女

第9話 ゼロポイント 改め テニス少女 はじまりまーす。

本部の仕事が一段落着いて、鈴木妙子はふぅと息をもらして、テーブルへ視線を落とした。

そこには小さなドローがいくつも印刷された紙があった。

そのドローたちに赤いボールペンでたくさん線が引かれている。

赤い線はニョキニョキと伸びて出口を探す。

途中で出会ったものと一緒に進むことは出来ず、どちらかは伸びるのを止められて、もう一方は更に出口を求めて先に進む。

そして一人、最後まで突き進んだものだけがそこから抜け出せる。

それを「箱抜け」と言う。

ここ数年「箱」に入る人が少なくなり、少し競争率を低くさせたが、出口はやはり一人分しかなく、出場者たちにとっては昔と変わらず狭き門だった。

その狭き門から抜け出せるのはほとんどのドローで一番上から伸びる線だった。

それは当事者でなければただの順当だっただろう。

でもその中にいる一人一人にしてみれば、どんな結果であろうと順当などということはなかった。

チャレンジャーたちは、ランキングやポイントを見ないようにして、今の自分を信じて戦ったはずだ。

それは決して事実から目を背けたわけじゃない。

子供たちの成長は凄まじく、ドローを作ってから大会当日までに目覚ましい成長を遂げて、それまでの実績を逆転させてしまうこともあるのだから。

事実、いくつかのブロックでは一番上から伸びた赤い線が途中で途切れて、隣に伸びてきた線に道を譲った。

・・・いや。

妙子は改める。

キレイな言葉では事実がゆがむ。

道を譲った子などいるはずがない。

ただ競争に負けて進むべき道を奪われたのだ。

皆が一人分の出口を奪い合った。

そして今、1試合を残してすべての結果が出た。

赤い線が途切れる度、そしてもう一方が先に進む毎にドラマが生まれただろう。

でもドローにそのドラマは反映されず、ただ淡々と結果だけが書き込まれていた。

妙子はそれを眺める。

この赤い線を少しでも先に伸ばすためだけにあれだけの練習をしてきたのか。

純粋な子供たちは親から与えられた練習の場とそれを発揮する実践の場で出来る限りの努力をして、大人の期待に応えようとする。

その努力が赤い線の横に書き込まれたスコアに反映されていればいいのだけれど。

もしスコアに表れることがなかったとしても、せめて試合を見ていた大人たちが子供のプレーの一つ一つにそれを見つけ出していて欲しいと願う。

自分は・・・。

そう思って、妙子は考えることを止めた。

「ちょっと第8コートの進行見てきますね」

そう告げて妙子は本部を後にした。


チェンジコートで観覧席側に来た鈴の動きが軽やかだったのは誰の目にも明らかだった。

第8ゲームが始まっても良く動くその足は、日頃たくさんテニスの勉強をしている観覧席の大人たちの目を引いて、一度は萎んだ期待をもう一度膨らまさせた。

そして期待に背くことなく、軽快なステップが鈴のミスを減らし、「パッとしない試合」は急激に締まりを見せる。

それは鈴だけの影響であるはずはなかった。

七海もまた鈴のショットに懸命に対応し、1ポイントの展開を長くして、試合のレベルを上げた。

集中力を取り戻した七海は同時に観客の評価も取り戻したが、序盤のそれとは少し意味が違っていた。

「おぉ!」

しっかりと構えに入って打った鈴のショットは観覧席をうならせたが、七海はそれを真っ向から打ち返して観覧席に「おぉ!」を繰り返させた。

観客たちは「さすが、天才少女」と感心する。

あのショットを真っ向から打ち返せるとは、と。

それは、予選最強の七海がチャレンジャーのショットに対応出来ていることを誉めたのだった。

「ええラリーやん。七海ちゃん、一歩も引いてへん」

隆俊の言葉に「うん」とだけ返事をして凛々はコートをじっと見つめる。

激しい打ち合いの中、鈴のショットがわずかにスウィートスポットを外す。

チャンスボールとは言えない、さっきまでの打球よりほんの少し威力を落としただけの打球を、七海はしっかりと構えたテイクバックからフルスウィングしてエースを奪い取った。

七海はグッと拳を握ると、大きく頷いて、自分を奮い立たせる。

「ナイスショットやん。この場面で」

隆俊は凛々の反応を見る。

凛々はやはり「うん」としか言わなかった。

「七海ちゃん無理してるな」

美月の言葉にも凛々はやはり「うん」としか言えなかった。


「無茶やわ」

それっきり何も言ってこなかった陽未が不意に言葉を発して梨佐をびくりとさせる。

梨佐はペースを崩した七海など見たこともなかったから、それが無理なのか実力なのかわからなかった。

それでも目の前の七海がいいボールを打ってるのはよくわかる。

「でもこれは七海ちゃんじゃないねん」

梨佐は陽未が何を言いたいのかよくわからなかった。

でも、陽未がどこか悔しそうにしているのは感じ取ることは出来た。


「違う」

第8コートに移動してきた優花は試合を眺めながらつぶやいた。

「いつものプレーと違う?」

「えっ?」

「七海ちゃん」

「あ、うん。七海ちゃん、プレー違う。それは、違うねんけど・・・」

「真田さん?」

「あぁ、うん、真田さんも私とやった時と違う。もっと強くなってる。けど・・・」

「けど?」

「なんかこの二人はこうじゃないというか」

「この二人?」

友寄はよくわからず優花に聞き直したが優花もよくわからないらしかった。

「あかん」

試合を見ていた和仁の一言で二人はコートに視線を戻すと、ネットの向こうからすっぽ抜けたボールが飛んでベースラインをオーバーした。


七海はもう俯くことをしなかった。

しっかり打ち合ったボールが結果的に入らなかっただけだ。

まだまだ練習が足りない。

いや、練習をしても追い越せないのじゃないか。

(やっぱり、鈴ちゃんの方がうまいんやん)

目を瞑り上を向いた。

七海は心のモヤが晴れたような気がした。


「第8コート。5ー3」

妙子がトランシーバーに話しかける。

「真田さんリードです」

言いながら妙子は胸をぎゅっとさせた。

第1ブロックの第1シードは予選で一番強く、そして本戦の一番近くにいた。

だからと言ってそのブロックがその子のものではないのは本人にもよくわかっていただろう。

それでもやはり自分がという気持ちは持つだろうし、そうならないといけないという責任も感じたかもしれない。

妙子は「もう少しかかるかもしれません」と言ってトランシーバーを切った。


七海はトントンと軽くジャンプした。

観覧席に目をやるとたくさんの人が見ていた。

このまま負けたらみんながまた好き勝手なことを言うのだろうなと思った。

(負けたら・・・か)

七海はだからどうとも思わなくなかった。

好きに言うから好き勝手なのだ。

ならそうすればいい。

私が気にすることじゃない。

七海はここにきて開き直ることを覚えて、自らをコントロールする。

そして冷静になった七海はふと父親に目を向ける。

父親は七海の予想と違い怖い顔をせず、ただただ真剣な目を七海に向けていた。

(ごめん。お父さん)

そして視線を横にずらすとそこに陽未や梨佐がいた。

他にも今まで試合をしたことがある子たちがじっとこっちを見ていた。

応援に来ていた凛々たち以外はみんな鈴が自分の敵を取ってくれることを期待しているのだろう。

でもそんなことを気にするのももうやめた。

今は少しでも楽しみたいだけだ。

ただそれを鈴が許してくれるかどうか。

打ち合いを制された七海にやるべきことが残っているのだろうか。

目一杯やった。

七海は思う。

無理してでも打ち合った。

もう出来ることはない。

七海はもう日頃練習していることをするしかなかった。


バシン。


本来の調子を取り戻した鈴が七海を攻め立てる。

七海は強打で打ち合うことを止めて、ただ振り遅れないように早めにテイクバックをする。

そしてボールが自分の打点に来るとそれを普通に打ち返す。


ズバッ。


一瞬、鈴の反応が遅れてエースになる。

七海はラッキーに感じてほっとした。

もしかしたらもう少し長く試合が出来るかもしれない。


パチパチパチ。


「んっ?」と思って音のする方を見た。

(陽未ちゃん?)

そこでは陽未が手を叩いていた。

七海は不思議に思ってそれを見ていると、陽未のパチパチにつられるように今度は反対側からもパチパチと聞こえた。

見たことがある。

七海が名前を思い出すことはなかったが、そこでは小東薫子が拍手をしていた。

七海は不思議な感じがした。

今まで散々道を奪ってきた私がポイントを取ったのになぜ拍手をするか。

負ける経験の少ない七海は、自分を倒した相手へ期待する気持ちがわからなかった。

ただ、自分を応援してくれていることはわかった。

七海はそれを素直に喜んだが、それに応えれる自信がない。

なにしろ七海に残っているはいつも練習しているショットを打つことしかなかったのだから。


バシンと鈴が打ち込んで、七海はそれをズバッと打ち返す。


「?!」

優花の心に何かがよぎった。

「真田さんって、下の名前なんて読むんかな?」

唐突な台詞に和仁は「スズちゃんやろ?」と答えた。

優花は「そっか。さっきまでリンちゃんやと思ってたわ」と言った。

和仁と友寄は目を合わせて頭を傾ける。

「お父さん」

優花は嬉しそうに話を続けた。

「私な、七海ちゃんに挑戦出来へんかったけど、もう一人の目標には挑戦出来てたみたい」

「何?どういうこと?」

「昔、七海ちゃんのこと知ってから、たまに同じトコで練習してたことあったやん」

「うん。優花は七海ちゃんがおるって知ったら絶対に見に行ったもんな」

「そう。そん時な、七海ちゃんの友達おったん覚えてない?」

「ん?」

「おったやん!でな、七海ちゃんとバシバシ打ち合っててん」

和仁は記憶を呼び起こす。

「・・・スズちゃん、か」

「そう!スズちゃん!あれ鈴ちゃんやってんやわ」

「あの時のスズちゃんが真田鈴ちゃんか」

「そう!私、あの時に試合してもたぶん1ゲームも取られへんかったと思うねん」

「うんうん」

「でも今日惜しかったやんな」

「おぉ。もう一息で勝ってたかもしれん」

「私、少しは追い付けた?」

「当たり前や。あれだけ練習してきたんやから!」

二人の会話を聞いて友寄も嬉しくなった。

自分の力不足は感じていたが、それでも自分の教え子が上達を実感してそれを喜んでくれたのは友寄にも嬉しいことだった。

「うわー。なんか感動?!」

優花は笑顔で一杯になった。

「優花。初めてのチャレンジとしては満点やったと思うぞ」

友寄は感じたまま優花を誉めた。

優花は友寄に向かってどうだと言わんばかりに胸を張った。

「さっき、なんか違うと思ったのもこれですっきりしたわ」

優花は試合を眺める。

コートでは相変わらず鈴がバシンと打ち込んで、七海がズバッと打ち返していた。

「これは七海ちゃんの展開やで」

優花が指摘する。

中盤までは鈴が押していた。

いや終盤、ついさっきまで鈴が押していた。

ただ、いつの間にか。


そのうち。

鈴の速いボールがネットに掛かったり、コートに入りきらないことが多くなった。

そうなると観覧席の大人たちの目は鈴から離れて七海に向けられるようになった。

そして。

七海が力みのない構えからズバッと放ったショットで鈴からエースを奪うと、観覧席の大人たちは今頃になってやはり七海は天才なのだという結論を出した。


七海はガッツポーズをせず、安心したような表情を見せた。

それは幼い頃から一緒に練習してきた友達との初めての勝負がやっと終わったからだったのだろう。


予選第1ブロック決勝

第1シード 服部七海 7-5 真田鈴


服部七海が本戦UPを果たした。

ただそれ自体は一つの結果でしかなかった。

七海と鈴にとっては、初めての試合を、そして久しぶりの再会を楽しんだだけだ。

「あーぁ、やっぱり七海ちゃんは強いな」

ネット越しに手を出した七海に鈴が言う。

「今日だけやん。しかも鈴ちゃん、試合いつ振りなんよ?」

「あはは」と笑って鈴は七海の手を握った。

「おかえり」

「あはは。ただいま?」

鈴はそう言って照れ笑いを見せた。




私は久しぶりの試合でとても強い子たちと対戦した。

二人ともとても強くて1試合目はギリギリで勝つことが出来たけど、その次は負けてしまった。

昔から勝ってばかりのその子はやはり今日も勝ち上がった。

負けた私の心の中ではじわじわと残念な気持ちが膨らんできたけど、私はこれからも試合に挑戦しようと思った。

勝てるかどうかなんてわからない。

でも私はテニスが大好きなのだから。




テニス少女U12 -9 

『ゼロポイント 改め テニス少女』

テニス少女U12「ゼロポイント 改め テニス少女」、そしてテニス少女U12 終わりました。

長い間、お付き合い頂きまして、ありがとうございました。

次回、エピローグ お楽しみに☆

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