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テニス少女1 U12  作者: コビト
33/35

-8-4 ゼロポイント 再び(4)

七海はその視線を受け止めることが出来なかった。

(こんなん違う)

後ろを向いて、ガリガリとガットを触るが、右へ左へと蛇行したガットはなかなか真っ直ぐに戻ってくれない。

「たいしたことない試合やな」

観覧席からの声を耳にして、七海はガットを見つめたまま唇を噛んだ。

イライラする自分をコントロール出来ない。

(こんなんしたかったんと違うねん)

一人で言い訳をして視線から逃れるように後ろを向くことしか出来なかった。


「信じられへん」

梨佐のすぐ後ろで声がしたから振り返ってみると、そこに北嶋陽未がいた。学年が違うからほとんど話したことはない。

ただ一度だけ対戦したことがある。

梨佐が少しうまくなって勝ち上がった時にそこにいたのが陽未だ。

そこで梨佐は陽未に一蹴された。

試合後に握手をしにいくと、陽未は嬉しい様子も疲れた様子も見せず、何事もなかったかのように手を出した。

「アイスドールやな」

父親がそう言ったが梨佐には何のことだかわからなかった。

でも今はその陽未の感情が見て取れる。

ポーカーフェイスを解いた陽美は当たり前に驚いていた。

「今、いくら?」

そして当たり前のように梨佐に問いかけてきた。

「えっ。3ー3。で、アドバンテージ取られてる」

「うそ。七海ちゃん、何やってんのよ」

陽未はそう言うと、そのまま梨佐の隣で試合を見始めた。


「これ、得なんかな?」

覚えのある声と覚えのある揚げ物の匂いがして小東薫子が振り返ると、そこに金城絢音が立っていた。

絢音は薫子と目が合うと「食べる?」と言って、持っていたほとんど空になった特大サイズのポテトをずいっと突き出してきた。

「あっ。薫子ちゃん」

その後ろに城戸小夜もいた。

どちらも1回ずつ試合をしたことがある。片方には前に負けて、片方には今日勝った。

別に友達ではない。と思うが、薫子は「ありがとう」とポテトに手を伸ばして「近くにあんの?」と聞いた。

「うん。そんなに近くはないねんけど。で、いくら?」

「ポテト?」

「ううん。試合」

薫子は少し照れてスコアを告げると、予想通り二人とも驚いた。

「相手の子、そんなに強いん?」

「わからんけど、七海ちゃんの調子は悪いみたい」

「へー。七海ちゃんでもそんなことあんねや」

小夜が少し意外そうに話すと、絢音が残ったポテトをがさがさと口へ流し込んで「大事な場面でそんなんやったらあかんわ」ともごもごしながら、少し上から目線で言った。

「絢音ちゃんが七海ちゃんを倒すんやもんな」

薫子はぎょっとして絢音を見る。

薫子に負けた絢音が七海に勝つのだと言う。

「さっき、決めてん。七海ちゃんを倒すのは私やねん」

後ろのコーチらしき大人が誇らしげに頷く。

薫子は絢音の決心を大胆なものだと思ったが、「だからこんなとこで負けたら私が困る」という言葉には自分も同じ思いがした。


「なんかパッとせんな」

観客がそう漏らした。

ゼロポイントのチャレンジャーが3ゲーム差を追いついて、いよいよ逆転するかという場面だ。

それでも観覧席は盛り上がりを見せない。


前のゲーム。

鈴が0ー3から2つゲームを挽回して観覧席が盛り上がりを見せて、続く第6ゲーム。

鈴は七海のサービスゲームで2本続けてエースを決めて、更に観客を沸かせた。

勢いに乗じて鈴は3本目のエースを狙うが、これは僅かにサイドラインを割って観覧席からため息が漏れた。

ところが打球を目で追った七海は首を傾けて半分まで上げた手を下ろしてしまった。

鈴には自分が打ったボールがアウトしたのが見えていたから、ネットへ数歩進んで七海の訂正を待ったが、七海は鈴の方に視線さえ向けなかった。

鈴はその場でしばらく七海を見た。

七海はそんな鈴の視線を避けるようにしてサーブのポジションについた。

「0ー40」

七海がコールして、結局、鈴がポイントをもらうことになった。

「このジャッジは後に響くぞ」

ミスジャッジに気付いていた観客がそう言って、それはある意味では当たり、ある意味では外れた。

思わぬチャンスをもらった鈴だったが、そこから急激に集中力を乱しミスを連発するようになった。

それからはお互いがミスを出してポイントを譲り合う展開となり、たまたまアドバンテージを取った鈴がフレームショットでエースを奪いゲームカウントを3ー3にした。


「うーん」

贔屓目に見ていた隆俊でさえ、こう言ってしまうのだ。

内容はミスの応酬だし、何より勝利をもぎ取るという気迫に欠けていた。

「なんだかなぁ」

もごもごする隆俊に代わって凛々が「しょうもない試合やな」と言うと、観客たちも心の中でその通りだと思った。


パシ。


七海のリターンが続けてネットを揺らして、観覧席が少しどよめいた。

「っ!」

七海は観覧席を一瞬見たが、すぐに下を向いてさっさと自分のベンチへと戻ると、そこにどっと座り込んだ。

(違う)

ドリンクには手をつけずタオルで頭を覆った。

(違う)

ゲームカウント3ー4。

とうとう天才少女が逆転された。

七海の前を逆転したチャレンジャーがいそいそと通り、タオルで大部分が隠れた七海の視界をその足下が歩いていく。

七海は視線を上げることが出来なかった。

今もこっちを見てくれただろうか。

七海は頭を振って益々下を向く。


母親からドローを見せられるとすぐにその名前を見つけてとても喜んだ。

そして不安になって心配もした。

日が経つにつれてそれらすべての気持ちが大きくなっていって、いよいよ目前という時になると楽しみしか残っていなかった。

七海はギリギリまで楽しみを取っておきたかった。

大事に大事に気持ちを育ててきて、今日という日を迎えた。

楽しみな試合の予告をうっかり見てしまわないようにすごく気をつけた。

そしていよいよというところで、相手が疲れが取れないままで試合をやると言うので試合開始を遅らせてもらった。

完璧だ。

準備は万全だった。

なのに。

(すごい楽しみにしててん)

七海は思う。

ずっとこっちを見ていた。

きっと向こうも同じ気持ちだったはずだ。

でも七海はその視線には敢えて応えなかった。

大事な試合が馴れ合いにならないように。

いい試合をしたかっただけだ。

真剣勝負なのだから。

「まあ天才少女が勝つのは決まってるけどな」

それを他人が邪魔をする。

(違う)

自分が負けると盛り上がるのだ。

邪魔でしょうがない。

(違う)

七海はラケットを手に取った。

ガットは相変わらず右に左にと蛇行していた。

(何をしたかったん)

七海は自問する。

(楽しみたかったんと違うん?)

カチ、カチとガットを触る。

ガットが1本ずつ真っ直ぐに整列していく。

楽しみだった。

楽しみにしてくれてた。

ドキドキした。

ドキドキさせた。

心配した。

心配された。

ずっとずっと心配していたのだ。

私が、ずっと。

自分を心配そうに見つめる鈴の顔が浮かんで、七海はタオルの下で人知れず笑った。

(なんであんたが私を心配すんのよ)

七海はタオルを取って立ち上がった。

同時に立ち上がった鈴がそれに気付き七海を見た。

七海はもう避けなかった。

今日、二人は初めて目を合わせた。

七海はようやく鈴の気持ちを受け止める。

「鈴ちゃん。集中」

鈴は「うん」と言って急いで自分のコートへ戻った。

七海も自分のコートへ戻ると大きく息を吸った。

「今からがんばって逆転出来るかな?」

そう言ってトントンとボール付きをした。


「なんか喋ってなかったか?」

「なんか喋ってた」

観客は相変わらず少しのことに反応してざわざわとした。

「七海ちゃん大丈夫かな?」

隆俊が心配していると、凛々は「わからんけど、さっきまでよりはマシになると思うで」と言った。

ネットの向こうから七海が打ったサーブはネットを越えなかった。

隆俊には七海が力んでいるように見えた。

その力みはいい加減に打ったからじゃなくて、勝ちたい気持ちから来ているように見えた。

「なんか、ちょっと良くなってるかも」

隆俊がそう言うと凛々も「私もそんな気がする」と言って、いつもの凛々らしい笑顔を見せた。



テニス少女U12 -8-4 

『ゼロポイント 再び(4)』

テニス少女U12「ゼロポイント 再び」終わりました。 次回、第9話 お楽しみに☆

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