-1-2 デビュー(2)
昨日の夜、娘をようやく寝かしつけてしばらくすると夫が帰ってきたので、急いでテーブルに食事を並べた。
そして、テレビを見ながら無言で夕食を食べる夫に明日の娘の試合の話をした。
「どうせまた負けんねやろ」
夫はテレビから視線を逸らさずそれだけを言った。
もともと夫は私がテニスを習うのも反対していた。理由は教えてくれず、ただ「しょうもな」と言われた。
それでも私は休日に家族みんなでテニスをするというささやかな夢を実現させようとテニスを続けた。そして夫自身には断られたが、娘にテニスを習わせることはできた。
夫は学生の頃に少しテニスをしていたから、私と娘が上手になりさえすれば、後はコートを予約するだけでみんなで仲良くテニスができる。そう信じて私はテニスに励んだ。
娘は私より後に始めたのにどんどん上達した。子供は大人よりのみ込みが早いらしい。そして周りの大人からもおだてられて気分を良くした娘は試合に出たいと言い出した。
困ってコーチに相談すると「うちにもやっと試合にチャレンジするようなやる気のある子が現れたか」と言って早速選手登録をすることになった。
娘はどうか知らないが、私はそこまでのやる気はまったくなかった。
ただこのことを夫に話すと、いつものようにこっちを見ないままだったけど、「大会ってどんなんやねん」と少し興味を引いたようだった。
私はここぞとばかりに話し出したが、夫に「そこまで聞いてへんねん」と言って話を中断させられた。だけど、続けざま「どうせ勝たれへんやろうけど、出たかったら出てみたらええねん」と言ってくれた。
夏休みに入って早々に行われた初めての試合は平日だった。ダメもとで夫を誘ったが「アホか」とだけ言われて断られた。
それでもいい試合をすれば夫にいい話ができると思った。
相手の子は娘と同じく初試合らしかった。
いよいよ試合が始まりコートに入ってきた娘の対戦相手はとても小さな子だった。
どう見ても3年生か4年生か。娘は5年生だ。
私は心底喜んだ。
でもそんなラッキーを娘は掴み損ねた。
始めの2ゲームを続けて取って当然そのまま勝つものと思って見ていると、相手の当てて返してきただけのボールをことごとくミスして、娘はどんどんヘタクソになっていった。
結局、後の6ゲームすべてを取られて負けてしまった。
「なんでこんな子に負けんの!!これくらい勝てるやないの!」
私は試合が終わってコートから出てきた娘を強く叱った。
娘は叱られても仕方がなかった。勝手に一人でミスをして負けて、夫への報告を台無しにしたのだから。
それなのに娘は「うるさいなぁ」とうつむいたまま呟いて、その日はもう喋らなくなった。
家に戻って夫が帰ってくると、私は少しでも娘の良かったところを思い出して報告した。
夫は初めは少し興味を持って聞いてくれていたけど、負けたことが分かるとすぐに興味をなくして「ふん、どうせそんなもんやろ」と言って、会話はそれで終わってしまった。
3日後にも試合があって、私は娘にミスだけはしないようにきつく注意した。
そしてその試合も年下の相手だったけど、この子は少し上手だった。
試合が始まるとミスをしないように意識した娘はヘンテコな打ち方をしていて、そのくせ最後にはミスしてしまうので、見ていてイライラした。
結局、この日も負けてしまった。
娘がコートから出てくると私のイライラが爆発した。
「なんでちゃんと打たれへんの!あんなヘタクソな打ち方してたら、いつまでも勝たれへんわ!!」
今度は娘は何も言わず、その後も何も喋らなかった。
私は夫への報告の仕方を考えた。今回も前回と同じ2-6だった。でも前より上手な子とやって同じ2ゲームを取ったんだから、今回の方が重みのある2ゲームだったと思う。
だけど夫には前回と同じ『ただの負け』でしかなかったようで、結果がわかると「もうええ」と言って機嫌を悪くしたから、私はそれ以上何も言うことが出来なくなった。
勝てなかったからこうなった。
私は勝てば何かが変わると思った。
そして勝って何かを変えようと思った。
それからレッスンの無い日にコートを取って二人で練習をした。
夏の終わりの大きな大会を尻込みして出なかったことを後悔したが、その分は余分に練習できた。
今度は絶対負けない。
そして何かが変わる。
明日から、いや今日から、今から何かが変わるように思えてきて嬉しくなった。
そして本部のボードに娘の名前が挙がった。
1番コート。
今の試合が終わったらいよいよ娘の試合が始まる。相手は今回が初めての試合のはずだ。
今日こそは勝てる。
私はそう信じて疑わなかった。
テニス少女U12 -1-2
『デビュー(2)』
終