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テニス少女1 U12  作者: コビト
28/35

-7-3 天才少女 再び(3)

14ポイント目になって初めてのポイントを七海のミスで奪った対戦相手はラケットを両手でぎゅっと抱きしめると、上を向いてふぅっと息を吐いた。

その顔が少し笑っているのを見て、「この子、だいぶ天然やな」と凛々が言った。

「そやけど、この子やっぱり強いかも」

続けた美月の言葉に、凛々は「うん」と同調した。

隣でそれを聞いていた隆俊は二人ともやはりまだ小学生だなと思った。

ブンブンと振り回していたのがようやく入っただけの、その1球ですべてを判断してしまう。

そんな思慮の浅さは幼さ故なのだろうけれども。

「まだ1球だけやったらわからへんのちゃう?」

隆俊はさりげなく諭すように言った。

すると凛々はマニアな隆俊も所詮は大人なのだなと思うのだった。

それまでの出来事を重視するあまり、流れの変化を見落とすのだろうか。

それとも見えているのに自分の考えにはめ込みたいが故に、起こったことを素直に受け止めることが出来なくなるのだろうか。

自分が納得出来る部分だけをクローズアップして、判断したがるのは大人ならではだと思った。

そんな中、目の前で七海が相手のハードヒットをアウトさせて15ポイント目を奪った。

大人の予想が的中する。

「な、1球はええねん。でも続かへんやろ」

隆俊は子供たちにいい例を見せることができたと思ったが、子供たちは無言の返答でその意見を受け入れていないことを表した。

続いている。

凛々も美月も部分的には隆俊の言うことを理解している。

確かに結果は1ポイントだけだ。

だけど決してたったの1球なんかじゃない。

1ポイントのための1球はもう何度も続いていた。


バシン。


ギリギリ届くようになった七海のサーブを強引に打ち込む。

そのリターンはコースは甘いもののスピードがあった。

ただ七海はそれに冷静に対処するように2歩ほど斜め後ろに動くと、さっきまでと同じように丁寧な構えから丁寧なスウィングでその打球を打ち返した。

「相手の子、ちょっと打てるようになってきた?」

隆俊がそう言うと、「もうだいぶ前から打ってるやん。ミスしてただけで」と凛々がやっと口を開いた。

試合序盤、七海がコースを狙い始めてからはボールに触れることも出来なかった。

それを考えると、ミスは出ていてもボールをしっかりヒット出来るようになっただけで十分すごいことなのかもしれない。

ただ、それだけでこの天才少女に通用するとは到底思えない。

「コースが甘いからちょっと下がっただけで対応されてしまうな」

他の観客も似たような意見らしい。

少し打ち込めるようになっても、速いだけの打球など少し後ろに下がればすぐに普通の打球になってしまう。

大方の予想通り、対戦相手がスピードボールを連続して打っても七海はそれをことごとく返していた。

「スピードボールにだけ頼んのはリスクが高過ぎるんちゃう?」

そう言う隆俊の意見に凛々は半分賛成して、半分反対した。

リスクが高いのは凛々も承知の上だ。

だけど。

「あの子はああなんやわ」

「ああ」が何かわからない隆俊にはやはり格上相手に玉砕覚悟で打ち合っているようにしか思えなかった。

「どうせ負けるなら一か八かしかないか」

他の観客からも同じような意見が聞こえる。

ただ、何か違うようにも感じた。

隆俊はさっきの準決勝を思い出す。

この対戦相手は急成長してきた注目選手を力で抑え込んだのだ。

それは一か八かというようなプレーには見えなかったし、戦略的な意図があってそのプレーをしていたという風でもなかった。

そう、そのプレーはしっくりはまっていた。

「自分のプレーをしてるだけか」

隆俊の言葉に凛々は「さすが美月ちゃんのパパ」と言った。

隆俊は凛々に褒められて少し嬉しくなる。

「そしてそれを出させへんかったのが七海ちゃんなんやな」

この強い挑戦者に第4ゲームまでまともにプレーさせない七海の強さを改めて認識する。

「そう」

隆俊の意見に同意した凛々だったが、「・・・やけど」と言葉を繋いでコートの七海を見ていた。

隆俊が気付いていない次の何かを感じ取っているのか。

コートの七海は強打を凌いでゲームポイントを得る。

「うーん、やっぱり強いな。天才少女」

凛々の解説をこっそり聞いていた観客がじわじわと意見を変えはじめるが、それは美月や凛々の意見とは少し違っているようだった。

「ここ、大事かも」

美月の言葉に凛々は声を出さず頷いた。

「ここ取ったら4-0や。大きいで」

観客の声を聞き流して、隆俊は凛々に小さな声で問いかける。

「七海ちゃん、ピンチかも?」

凛々は何も反応せずコートを見ていた。

そこでは七海がするどいリターンをうまく捌いて返球していた。

その打球を対戦相手は走らされながらも強引に引っぱたいた。

速いだけの打球は、少しポジションを後ろに取った七海に容易く返球される。

七海は打ち込まれても打ち込まれても、それをすべて凌いでいた。

凛々はそれを見てため息混じりに呟く。

「はぁ。七海ちゃんもまだまだやな」


バシン。


予想以上に深く入ったボールを七海は後ろに下がりながら打ち返す。

いつの間にかしっかりと構えに入るようになった対戦相手がベースラインの後ろからブンとラケットを振り抜く。


バシン。


再び打ち込んだ打球はまたもコースを突かず、ベースラインに戻ってきた七海の足元に飛んできた。

七海はとっさにラケットヘッドを下に向けてショートバウンドした打球を羽子板のように上に打ち上げたが、ボールはネットを越えなかった。

七海はぐっと唇を噛んだ。


梨佐は観覧席の横でそれを目の当たりにして、あっと思って七海の表情を変えさせた対戦相手を見た。

さっきまでは同情していた。

だけど今は悔しい気持ちでいっぱいだ。

梨佐は自分もプレイヤーであることを思い出す。

ゲームカウントはまだ大差だ。このゲームもまだ七海がゲームポイントを握っている。

それでもいつの間にか流れは七海の元から離れていた。

「これは競るな」

観覧席の前の列で知った顔の上級生がそう言った。

認めたくはなかったが、梨佐もそう思った。

そして、七海はファーストサーブをセンターのギリギリでフォルトして、ここに来て初めて打つことになったセカンドサーブをネットにかけた。

さっきまでここにいた真っ黒いおじさんが言った通りになった。

ただ自身もプレイヤーである梨佐はそれを「面白いこと」と表現することは出来なかった。




テニス少女U12 -7-3 

『天才少女 再び(3)』


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