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テニス少女1 U12  作者: コビト
25/35

-6-5 予選ファイナル(5)

第8コート U11女子F

服部七海 北大阪TC

VS

真田鈴 北摂ローンTC


鈴が「お願いします」と言ってサーブを打ってからもう既に1分が経ち、今なおラリーが続いていた。

そのラリーは試合前の評判とは打って変わって緩いボールでのやり取りとなった。

強いと噂の挑戦者は練習で見せたのと同じような緩いサーブを打つと、七海も一部の評判の通り、その緩いサーブに何をするでもなくただセンターへ返した。

そしてその球出しのようなセンターへのリターンを、ハードヒッターの挑戦者は噂に似合わず緩くセンターへと打ち返すと、それはそのまま長い長いラリーとなった。

そんな展開に、一部の観客は隣の仲間と顔を合わせて、拍子抜けだと言いたげにお互い首を傾げた。


「ふーん。何やろな」

鈴VS優花の試合を見ていた隆俊は違和感を感じずにはいられない。

静かな立ち上がり。

テレビででも放送されていたら実況のアナウンサーはそう表現するだろう。

それは確かにそうかもしれないが、何かニュアンスが違う。

その違いを感じ取れるのが自分以外にもいるだろうかと隆俊は少し得意気になる。

お互いが探り合っているのとも違う感じがする。

慎重な立ち上がりというが一番近そうにも感じるがそれも何かしっくり来なかった。

この違和感を誰かに聞いて欲しいが、マニアックな隆俊は大事な試合の1ポイント目が終わるまでは他の人の邪魔をしないように静かにしていることにした。


パシ。

「あっごめん」

鈴がフォアをネットに掛けて思わず声を出すと、七海は一瞬鈴を見た。

しかし七海はすぐに顔を下に向け、ガットを触りながらアドバンテージサイドへ進んだ。

観客が再び目を合わせる。

「謝ったで。こりゃ、あかんわ」

「すでに勝負ありやなぁ」

せっかちな観客は1ポイント目が終わっただけでこの先の展開が読めたような気になっている。

隆俊のほうはようやく自分に喋ってもいい許可を与えて「どうしたんやろな。なんか意味あんのかな」と美月に問いかけた。

その問いかけはいかにも「えっ?どういう意味??」と美月が聞き返してくることを期待していたが、美月はそんなことには気付かないで、子供らしく「なんか練習みたい」と笑いながら返した。

2ポイント目に入っても二人は緩いラリーを打ち合った。

「ずっとこんな展開か?」

新人のハードヒッターが天才少女を打ち崩すかもしれないと期待していた観客が不満をもらす。

そんな声を無視して二人はパシパシとまた長いラリーを続けた。

「アウト」

鈴のバックハンドがエンドラインを飛び越えてきて、七海はそのボールを避けながら左手を上げる。

「さすがにミスはないなぁ」

「でもそれだけやもんな」

新人が期待に沿わないと見るや、天才少女に目を向けるが、そうなるとまた悪い方の噂話になった。

「U12のうちはミスせん方が有利やもんな」

「そら打っていく方が損やわ」

「かといってこれじゃあな」

「せっかく天才少女の実力見せてもらおう思ったのに」

既に緊張感を失った観客が話している間も3ポイント目のラリーは続いていた。

そしてそのポイントも同じ展開で七海が取って0-40とした。


(なんやろうなぁ)

美月に自分が感じた違和感を聞いてもらうことが出来なかった隆俊は依然一人で違和感の正体がなんなのかを考えていた。

ミスをしないように慎重に打ってはいるがガチガチな緊張感は無いように見える。

自分から攻めてポイントを取りに行くことはないが、かと言って相手のミスを待っているようでもないし、どういう展開なのかまるでわからなかった。

「はぁ、ヒマ。早くやったらええのに」

何気なく放った凛々の言葉が周りの観客を驚かして一瞬場を静かにさせたが、みんな心の中でその通りだと思った。

そして隆俊は子供たちの方がこの状況を素直に受け止めて理解しているように感じた。

(練習なぁ)

そう思うと美月の言葉が妙にしっくりきた。


「0-40」

鈴はカウントをコールするとさっきまでと同じように緩いサーブを打った。

七海もさっきまでと同じように構えてセンターへ打ち返した。

それを鈴も同じようにセンターへ返球して、観客たちはさっきまでと同じ展開を想像する。

センターに向かって飛んでくるボールに対して七海はやはりさっきと同じように構えた。

ボールが七海の陣地に着地して跳ねる。

それを七海がさっきまでと同じように打つ。


ズバッ。


七海のボールは鈴のフォア側のコートの端を貫いてエースを奪った。


「何?!」

「普通に打っただけやんな」

「なんでエースになったんや?」

七海は少しざわついた観客席の方を見て、眉を寄せながら何かをつぶやいてエンドチェンジに向かった。

「カリカリしてんなぁ」

凛々は七海のそんな態度を見て、面白がった。

「早よ始めたらええねん。のんびりしてて負けても知らんで」

そして心配した。

「この子もなぁ」

エンドチェンジをしようと向こうに歩く鈴を眺める。

「エース取られてびっくりしてる場合ちゃうねん」

凛々の声を聞いて振り返った鈴は不思議そうな顔をしていた。

「きょとんって感じやな。大丈夫かいな」

凛々がぶつぶつ言うのを、周りの観客もこっそり聞き耳を立てたが、それを美月が「大丈夫やから凛々も静かに見ときって」と宥めた。

そして「たぶんもう始まるんちゃうかなぁ?」と付け足したから、周りの観客たちもそれに期待することにした。



和仁は煮え切らない自分の気持ちをそのままにモタモタしていた。

そして少し落ち着いてからと思い喫煙場所に向かったが、そのすぐ向こうの植え込みの段になっているところでタオルを目深にかぶって座り込む優花を見つけて、口にくわえたタバコを箱に戻した。

娘のチャレンジが始まってから何度もここで試合をしたし、いろんな試合を見てきた。

真ん中の通路を挟んで本部と反対側のこの場所は何人ものチャレンジャーが悔し涙を流してきたところだ。

そこに優花は座っていた。誰にも顔を見られないようにタオルで隠しながら。

優花は泣かない。

弱い優花はその弱さを人に見せることをしない。

いつも笑顔でいっぱいだった優花は、本戦確実だと思った試合を落とした時、目一杯の強がりを見せて持ち前の笑顔を披露しながらボロボロと涙をこぼしたそうだ。

それから優花はたまに涙を見せるようになった。

いつも笑顔だったのに。

テニスを始めたせいで優花は涙を見せるようになった。

嬉し涙など一度もなかった。

ただただ悔し涙の連続だった。

やりたいことも我慢して、努力の繰り返しのお返しがコレかと思う。

それでも本人さえ望むのであれば、それもよかった。

いつでも前向きな優花は服部七海に追いつくために努力を惜しまなかった。

なのに。

やりたいのであればそれでいい。

でもそうでなければ、それは。

和仁は考えもまとまらないままだったが、それでも足は優花のほうへ向かった。

優花の視界に和仁の足元が入り込んで、優花は和仁の存在に気が付いたが顔を上げることはしなかった。

和仁も声をかけるでもなく優花の隣にそっと座った。

そしてしばらく何も言わないまま、二人で都会の騒音の中に埋もれた。



テニス少女U12 -6-5 

『予選ファイナル(5)』


テニス少女U12「予選ファイナル」終わりました。 次回から「天才少女 再び」はじまります。 お楽しみに☆

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