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テニス少女1 U12  作者: コビト
24/35

-6-4 予選ファイナル(4)

「なあなあ。どうしたん?」

言いつつ我ながらカッコ悪いセリフだなと玲奈は思った。

相手はチラっと玲奈を見てまた下を向いた。

玲奈は二言目でもう言葉が続かなくて困ってしまった。

「あのー、」

こういう時はどう問いかければいいのやら。

ちょっと迷惑だったかなと玲奈は思う。

前に逆の立場で声を掛けられた時には自分は迷惑に感じた。

そう思うと、もう「じゃあね」と言ってどこかに行ってしまいたくなった。

でも、前に声を掛けられた時、その後何かわからないけど、なんとなく気持ちが落ち着いた。

だから、とりあえず何でもいいから声をかけてあげようと思った。

そんな自分の気持ちを思い出しながら、もう一度勇気を振り絞って声を出す。

「ごめん、名前なんやったっけ?」

顔の前に両手を合わせたお願いポーズが古いマンガのようでどうしようもなくふざけた雰囲気になってしまった。

これでも玲奈は大真面目だ。

「…」

相手が下を向いたまま言うのを、玲奈は「何?何??」と聞き返す。

その聞き方もデリカシーに欠けている。

「萌菜!もう玲奈ちゃん、前も言ったやん」

「そうやねん!前も聞いたのに!!」

「なんで玲奈ちゃんが怒んのよ!」

「あれ?なんでやろ??なんかわからへんようになったわ。で、モエ…ちゃんは何で泣いてんの??」

まだ配慮に欠けているが、その直球が功を奏して玲奈はようやく本題の入り口に到着した。

そしてそうこうしている間に観覧席は埋まり始め、真田鈴が荷物を持ってコートの入り口に立っていた。


「服部七海さーん」

係の人が私を呼ぶ声がして、お母さんが「早くしなさい」と言いながら呼びに来た。

「まだ1分前やん」

そう言っても慌てるお母さんは聞く耳を持たなかった。

コートに着くと今度は係りの人に「もう真田さん用意してるよ」と言われた。

「時間、遅れてませんよね?」

「もうすぐよ」

私はこれ以上の会話は無意味だと思ったから、それ以上口ごたえをするのはやめた。

すると観覧席にいた凛々ちゃんがそのやり取りを見ていて、こっちを指差して笑った。

いかにも凛々ちゃんらしい。

そんなに気を遣ってくれなくても大丈夫なのに。

私はずっと冷静だ。

ただ相手がコートに入るまでそこに近付きたくなかっただけだ。

だから時間までの間、ずっとランニングをしていた。

携帯のアラームが鳴って第8コートに向かう途中で泣いている子を見かけた。

お母さんが聞いてもいないのにその子の試合がかなりいい内容だったと私に教えた。

それならなぜ泣くのだろうと私は不思議に思ったけど、今はそれ以上気にならなかった。

今からこの子を負かした相手と私が戦うのだ。

その相手はもうコートの中にいて私を待っていた。

私がコートを見るとその子もこっちを見てきたから、私はすぐに目を逸らした。

そうして私は下を向いたままコートに入った。



第8コート U11女子F

服部七海 北大阪TC

VS

真田鈴 北摂ローンTC


いよいよ七海と鈴がネットを挟んで対峙した。

手前に立つ鈴の向こう側に七海の頭の先が見える。

4年生でも小さい方の鈴。

一方、身長は4年生並みだが姿勢の良さとなによりその存在感の大きさが七海をより一層大きく見せた。

それでも鈴は物怖じすることなく笑顔で七海のほうを見るが、七海は下を向いたまま、鈴の方にラケットのグリップエンドを突き出した。

鈴が戸惑いながら「アップ」と言うと七海はラケットをくるくると回した。

そしてパタンと倒れたラケットを拾い上げるともう一度グリップエンドを突き出して「ダウン。レシーブ」と言ってボールを鈴に渡した。

「やる前から服部さんがペース握ってるやんか」

「ポッと出の新人には絶対負けへんって感じか」

「堂々とした態度やな」

それに続く「遅れてきたクセに」と言う台詞が七海の評判の一部を表していた。

そして鈴がサーブを打つ。

「サーブはあんまり速くないんやな」

鈴の評判はこれからついていくというところか。

(それよりあのリターンや)

和仁は観覧席には上がらず、後ろの通路から背伸びをしてコートを見た。

娘、優花がずっと憧れ、目標にしてきた年下の女の子。

七海はサーブ練習のボールを単に返球したに過ぎないが、それでも和仁はその中から七海の強さを見つけ出す。

優花はうまくなった。それもかなりだ。

それでも七海との差を詰めることが出来たのかどうか。

和仁は第8コートに立つ優花を思い浮かべた。

でも和仁の想像の優花はそこで七海と打ち合うことはしなかった。

ただ隣のコートの間に立って下を向いていた。

優花の代わりに実際のコートに立つのは、その優花を力で打ち破った鈴という小さな女の子だった。

「なんかリターンも大したことないな」

サーブ練習を七海に代わり、鈴はそのサーブを緩く打ち返した。

「あんなプレースタイルなん?」

「いや、さっきの試合はかなりハードヒットしてたらしいで」

「たまたま調子良くって打ちまくったとか??」

「そうかなぁ」

こうやって鈴の評判もまた少しずつ形作られていく。

(あの子のショットはたまたまとかで打てるもんやない)

娘の身を持って実感した和仁は皆が作り上げる形を否定して第8コートを後にした。

さっきの準決勝で優花はいいプレーをした。

まさにベストマッチだったと思う。

最近の優花は試合毎にベストマッチを塗り替えていく。

でも今回、和仁はすぐに優花を慰めたり、誉めるようなことはしなかった。

和仁自身、どう対応すればいいのかわからなかった。

ただしばらくは優花を一人にしておくことにした。

それは、そっとしておいてやる優しさと、放っておく厳しさの両方の気持ちだった。

(良い試合やったんやぞ、優花)

そう思いながら今なおどうやって対処するかも決めることが出来ないまま、和仁は第1コートの向こう側へ歩いていった。

そして第8コートから和仁の姿が見えなくなる頃、ようやく今大会最後の予選決勝が始まった。



テニス少女U12 -6-4 

『予選ファイナル(4)』

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