-6-3 予選ファイナル(3)
後ろの第10コートの試合が終わって、試合をしていた子のお父さんらしき人が係の人に文句を言っていた。
それが通らなくなると今度は自分の子供を叱り始めた。
その子の悲しみや辛さが自分のことのように感じて、胸がギュッとした。
でも、その子を哀れむような目で見ることはしない。その目が本当の哀れを生み出すように思うから。
そして玲奈は自分のゲームに気持ちを戻した。
1回戦を不戦勝で勝ち上がった玲奈は喜びも束の間、いきなりブロックの決勝戦を戦わなければならないことに気が付いた。
自称『調査係』の母の調べによると、ブロックの第1シードの子はランキング23位で、インターネットで検索すると草トーナメントで何度も優勝したりしていた。
「でも最近はあんまり勝ってないみたいやわ。玲奈、がんばったら勝てるかもしれんよ」
「0ポイントの子が本戦に上がったことってあんの?」
「たまにいるみたいよ。だいたいやる前からそんな弱気なこと言っててどうすんの」
「それやったら1回も勝ったことないのに、決勝のこと言ってる方がおかしいやん」
熱心な母はいちいち文句を言って、玲奈もいちいち反論した。
試合前のそんな会話にもそれなりに希望が詰まっていたが、今ベンチから見えるネットにぶらさがったスコアは残酷な現実を表していた。
0-5。
まあさすがにこんなものだろうとは思うけれど。
もうここで、30秒だかの決まった時間をのんびり座ることもないかもしれない。
そう思いながら玲奈は観覧席を見た。
そこには、こんなになってもまだなお娘の活躍を信じる両親が座っていた。
玲奈は人の気も知らないでと思いながらも、まんざらでもない気持ちになって、もう少しだけがんばってみることにした。
第9コート U11女子F
持田美月 ビッグスポーツ
VS
武藤玲奈 ハンナTC
玲奈はベンチから立ち上がり、隣の第8コートの観覧席に目をやった。
次の試合がなかなか入らず誰もいないコートの観覧席に、さっきから知った子が一人で座っている。
残念ながら自分を応援しに来たのではないらしく、こちらは見ないで後ろを気にして、そしてどうやら泣いていた。
(もうすぐそっちに行くから)
玲奈は今度は自分がお返しする番だと思った。
(でもこっちにもお返しせなあかんねん。逆のお返し。だからもうちょっとだけ待ってて)
そうして玲奈は自分の持っているショットで唯一相手に通用する速いサーブを打ち込んだ。
少し前。
それでも萌菜は歩いた。
そして第1コートの向こう側に優花を見つけたが、そこから先には進むことが出来ず、その場に立ち尽くした。
萌菜は自分が嫌になった。
初めての大きな大会でブロック1シードから1ゲームを奪った。
負けたことはもちろん悔しかったが、それ以上に1ゲームを取って満足している自分がいた。
「~~のワリに」
そこには、まだ大会に出始めて間もないことや、まだ4年生だとかそういう気持ちがあった。
それを言うなら優花も同じだ。
本格的にテニスを始めたのも遅かった。
「そのワリに」優花は十分うまいのだ。
それでも優花は試合が終わって相手の親に挨拶を済ませると、両親や萌菜の方へは顔を向けず、そのまま下を向いて反対の方へ歩いて行った。
優花は「~~のワリに」うまくなりたいわけではなかったし、「~~のワリに」うまいと誉められたいわけでもない。ましてやそれを自慢したいわけでもなかった。
「~~のワリに」はどうでもいいのだ。
ただ純粋に上手に、強くなりたかった。
七海のように。
だから涙を流したのだろうと思う。
萌菜は優花が泣くところを見たのは初めてだった。
だから慌てて追いかけようとした。
「行くな、萌菜」
父に止められた。
1ゲームで満足していた自分には大好きな先輩を慰める資格もないのだと思うと、自分がバカに思えて情けなくなった。
そして優花の役に立てない自分が嫌になって、今頃になって涙が出てきた。
第8コート控え U11女子F
服部七海 北大阪TC
VS
真田鈴 北摂ローンTC
本部前に現れる何人かの大人たちはボードに貼り出されたオーダーを確認するとふんふんと頷いて、すぐに本部をあとにした。
そして目の前にある第8コートの観覧席へ向かう。
そこに少しずつ人が集まり始めていた。
「まだ始まらへんのかな」
「真田さんはすぐでええって言ったらしいで。そやのに、試合終わってだいぶ経ってる服部さんが15分後にしてくれってわざわざ言いに来たらしいわ」
「何それ?アップする時間、充分あったやろう?」
「そうやねん。元々は30分後にしてって言ってたらしいで。うまいからってそれはないと思わへん?」
「天才とか言われてるけど結局9位やろ?去年なんかうまい子はこの時期やったら5位以内に入ってたやんな」
「そやそや」と同意して「それに」とまだ付け足す。
「結局、あの子繋げるだけやろ?」
「そう。今はよくてもあれじゃカテゴリー上がった時に苦労するで」
(ありゃりゃ、七海ちゃん何か言われてるなぁ)
普段着を着た女の子が七海の噂話を聞きながら後ろの通路を通る。
そして突然「七海ちゃーん!」と叫んだ。
噂話の好きな二人は驚いて首をすぼめながら、そっと後ろを伺った。
「アレ、倉さんや」
「倉凛々?4位の?!本選シードやん、なんで来てんの?」
二人の話題を自分の方に向けさせると、凛々はやれやれと言った表情で言葉を繋いだ。
「あ。七海ちゃんちゃうやんか」
凛々がそう言った先に持田美月がいた。
「あれ?来てたん?七海ちゃんの応援?」
「そう。美月ちゃんにフラれた私を救ってくれた恩人やから」
「えー、フッたんちゃうって!!」
生真面目な美月が慌てて弁解すると「アハハ。ウソウソ」と凛々は笑った。
「凛々のウソはなんかリアルやねん」
「アハハ。で、美月ちゃんは?勝ったん?」
「うん、勝った。5-0から1ゲーム取られたけど。で凛々は何叫んでたん?」
「え?美月ちゃんと七海ちゃんと間違えてん」
「全然ちゃうし!なんで間違えるんよ?!」
「まあええやんか。七海ちゃんの試合見る?」
「私、本部に結果報告行かな。後でまた来るわ」
「そか」
「うちのお父さんは見るで」
「相変わらず、美月ちゃんのお父さんはマニアやな」
そう言われた隆俊が嬉しそうに子供の会話に割り込んでくる。
「凛々ちゃん、久しぶり。次のええ試合やろ?」
「美月ちゃんのお父さん、こんにちわ。私は知らんねん。だから見にきてん」
「そうなん?意外やな」
「そうやねん。意外でしょ?!」
大人慣れした凛々はそれだけ言うと第8コートの観覧席に上がった。
テニス少女U12 -6-3
『予選ファイナル(3)』
終