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テニス少女1 U12  作者: コビト
22/35

-6-2 予選ファイナル(2)

鈴木妙子が第9コートと第10コートの間に立っていると、真ん中の通路を試合を終えた子とその関係者が歩いていく。

その試合の結果は皆の様子を見るとなんとなくわかるようになった。

その中で少し大きめの男の子に目がとまった。

この子には見覚えがある。

たしか、昔よく見かけた。大会で度々勝ち上がっていたと思うが、いつからかぱったりと見なくなった。

怪我でもしたのか。それにしても長過ぎる。もう辞めてしまったのか。

色々な噂話が聞こえてくることはあるが、妙子はそんな話には耳を傾けなかったから詳しいことは知らない。

そしてその横で元気よく話している女の子。

最近、ちょくちょく勝つようになった子で確か4年生だ。

今日も、少し前に本選行きを決めたハズで、調子の良さが表情に表れている。

そう言えばこの二人はどこか似ている。兄妹なのか。

その妹の方に話しかけられている女の子。

少し上気した顔は友達と楽しげに話しながらもどこかうつろな目をしていた。おそらく試合をしていたのはこの子で残念ながら望んだ結果とはならなかったのだろう。

それでもこの時間まで残っていたということはブロック決勝までは進んだのだろう。それなら善戦したと言えるのではないかと思う。

だけど、その後ろを歩いてきたコーチと思われる若い男性は、子供たちとは違い酷く落ち込んでいるように見えた。

熱心であればあるほど、それが達成されなかった時の落胆は大きいということか。

それとも他にやり残しでもあったのか。

本人もコーチもおそらく一生懸命準備をしてきただろう。

出来れば皆が笑顔で終われれば大会運営に関わる者としては言うことはないのだが。

どんな大会でも皆、一様に熱心だ。

それがこの大きな大会となると、目付きの変わる保護者も出てくる。

それだけ皆にとって大事な大会ということなのだが。

そんなことを考えているとチェンジコートの時間が終わった。

片方の保護者がこちらの仕事振りを確認するようにこちらに視線を向ける。

もう一方の保護者は睨むような目でこちらを見た。



第10コート U11女子F

山里楓 はなてんTC

VS

橘こころ TC摂津峡


妙子が血相を変えてやってきた橘こころの母親に連れられてこのコートにやってきた時、そこでちょうどアウトと左手を上げた山里楓と目が合った。

妙子は楓のことを事前に聞いていた。

噂話程度であれば耳を塞ぐが、運営側として知っておくべき情報であれば、それはしっかり頭に入れておかなければならなかった。

出来ればその情報が間違いであって欲しいと思う。

でも、楓がおどおどと自分から目を逸らすのを見て、妙子はしばらくこのコートサイドに居着くことを決めた。


「繋いでたら勝てるやろ」

忠司は身振りを抑えて、ぶつぶつ言った。

楓の対戦相手はブロックの2シード。

「ポイントの低い大会でちょっと勝っただけの子やろ」

もう一歩というところまでは順調に来ていたのに、そこからまくられ始めた。

「深いの、深いの」

忠司はぶつぶつ言うしかなかった。

5-2となった時点でコートサイドにロービングアンパイアが立った。

元々忠司の指示通りに展開していたから忠司は気にもしなかった。

それまでの流れをそのままやっていけばいいのだから。

ただ楓は違った。

楓はロービングアンパイアを極端に意識して、出来る限り彼女に背を向けつつ、スキを見てはチラチラと忠司を見た。

忠司も同じように彼女のスキを付いて、厳しい目付きで小さく首を振る。

それを見て楓も小さく首を振り返す。

明らかに意思の疎通は出来ていなかった。

「いちいちこっちに確認せんでもわかるやろ」

忠司には楓の不安は理解出来なかった。

だから楓はいくら忠司を見ようと望むものを得ることは出来なかった。

楓の調子は見る見る崩れていった。

頼みのスピンをかければボールはネットした。

ネットを越えるように上に打つと今度はコートをオーバーした。

そうして何ゲームか取られると、なんとか相手コートに入ったボールを相手に打ち込まれるようになった。

一方の調子が崩れるともう片方の調子は上がってくる。

試合とはそんなものだ。

楓は苦境を自分で乗り越えたことがなかった。

そしてそれは今この場で急に出来るようになることでもなかった。


ずっと依存してきたのだろう。

妙子の目にも楓が崩れていくのがはっきりとわかった。

自分の存在が彼女の集中力を失わせ、そして不安感を増加させていく。

それは妙子の本意ではなかった。

だからコートサイドにいながら、時には後ろのコートもチェックした。

このコートだけをチェックしにきたのではないということをアピールする。

不正を暴きにきたのではないし、プレッシャーを与えにきたのでもない。

自分がいることで、お互いが正々堂々とルールに従ってプレーをするようになればそれでいい。

妙子が見ている間、明らかな不正行為は見られなかった。

なら堂々としていればいい。

それが出来ないのは、心にやましさがあるからなのだろうか。

妙子はそんな自分の想像をすぐにかき消した。

固定観念を持って見てはいけないという役割上の意識と子供たちを疑わないという個人的な心情。

子供たちは、皆、一生懸命ないい子たちだ。

そう信じている。

ただ単純にコートの中に集中する。

まずはそれが第一歩であり、基本なのだと思う。

だから子供たちがそう出来るように妙子はコートサイドで静かに試合を見守る。

それでも一部の子供たちはその存在にプレッシャーを感じてプレーをボロボロにしていく。

人はそれを自業自得だと言う。

それはそうなんだろうと妙子も思うが、出来ればそんな言葉を使わずに子供が本来の良い面を発揮出来ればそれにこしたことはない。

もし今から前向きなプレーが出来るのであれば、今までのことは忘れてもいい。

妙子が出来ることはこれまでの悪い癖を出させないこと。

そして、そこから先は子供たちが自分の意思で行動していくしかないのだ。


妙子がコートサイドに来てから連続して4ゲームを落とした楓が5-6と追い込まれた。

勢いに乗った相手に一気にマッチポイントを握られたが、本当に後が無くなった楓は最後の最後に粘りを見せ始めた。

それは戦術などと言うレベルのものではなく、ただ単にとにかく繋げるというものだった。

テニスはコートに入れば一人で戦うのがルールだ。なのに楓はコートの外から助言をもらう。

それを捨てた楓が、今ここにきてようやく、自分の意思でゲームを動かそうとし始めていた。

妙子はそんな楓の姿を見て、彼女の中で何かが変わり始めているように感じた。

ここで決めてしまいたい相手が厳しいコースを付いてくる。

マッチポイントの大事なポイントなのに、きわどいコースでもそれをインとしてプレーを続ける楓。

ここまで見てきても楓のジャッジは悪くないのだ。

だからただコートの中で集中してプレーをすればいいのだ。

(悪くない。このプレーでいいの)

それだけできっと彼女は変われるハズだ。

妙子の予感が確信に変わり始めた時、相手の打ったショットがギリギリラインをオーバーする。

「アウト」

楓が左手を上げてコールした。

パチパチパチパチ。

相手陣営からの拍手が鳴り止まない。

少し離れているが妙子の目にもアウトに見えた。

今のジャッジは合ってる。

アウトだ。

「今の入ってたやんな」

コートの外で見ていた子が言った。

「あの子、あんなんばっかりやからな」

一緒にいた子も続けた。

楓は振り返って声のする方を見た。

パチパチパチパチ。

頭の後ろでは拍手が鳴り続いていた。

楓は上げた左手をそのまま頭に持っていって帽子を取った。

そして相手が待つネットに向かって歩いていった。

パチパチパチパチ。

妙子はコールを覆す権限を持っている。

ただ妙子はこの場面でオーバールールはしなかった。

それは楓が自分で気付いた乗り越えなければならない壁のように思えたからだった。

パチパチパチパチ。

そしていつまでも鳴り止まない拍手が楓の壁の高さを物語っているようにも思えた。


予選第5ブロック決勝

第1シード 山里楓 5-7敗退


それでも最後に楓が見せたプレーが楓自身の希望になるのだと思った。

さっきのプレーでいい。

すでに楓は壁を登り始めているのだと妙子は信じた。



テニス少女U12 -6-2 

『ゼロポイント(2)』

今回のロービングアンパイアに関わる話も他と同様フィクションとして描いておりまして、実在のものとは一切関係ございません。

セルフジャッジやロービングアンパイアの役割やあり方につきましては今一度各自でご確認されることをお勧め致します。

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