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テニス少女1 U12  作者: コビト
21/35

-6-1 予選ファイナル(1)

第6話 予選ファイナル はじまりまーす。

啓介はチェンジコートの間にふぅっと一息付いて、周りを見た。

ちょうど後ろの通路を下を向いて一人で歩いてくる優花の姿を見つけると、啓介は反射的に目を逸らした。

(別のブロックやったら上がれたやろうに)

それだけ思うとすぐに目の前の試合に気持ちを戻した。

優花が長い準決勝を戦っている間に他のブロックは決勝戦をスタートさせていた。



第12コート U11女子F

小東薫子 くらわんかTC 

VS

金城絢音 星空TT



「がんばれ、がんばれ」

早々と本戦出場を決めた城戸小夜がチームメイトの応援に駆けつける。

一発屋の絢音は小夜の応援を受けて得意の一発を発揮するものの、ランキング12位の小東薫子は一向に崩れない。

「あかん。強いわ」

応援の大輝から思わず本音が出た。

「ゲームカウント4-2」

ここぞというところでミスを出さない。しっかりした良いプレーだ。

「さすがにちゃんと修正してきてるな」

勝負どころでミスを出して負けた先月のVS小夜戦からしっかり立て直してきた。

「やっぱりキツイな」と啓介は冷静に分析する。

その言葉通り、絢音の一発がコートを捉えても、薫子はしっかりと足を動かして深いボールを返してきた。

決して冒険はしない。堅実なプレーだ。

でもそれは無難に相手コートに入れるだけではない。

ミスをせず確実に相手コートに返球し、なおかつ相手から攻撃を受ける可能性を出来るだけ低くしたショットを打っている。

打つ前にしっかりと足を動かすし、打った後もそれを止めることはない。

絢音はブロック2シードとは言えランキングは50位弱であり、本来の力を発揮した薫子の敵では無い。

それでも過度とも取れるくらいの細心の注意でこの予選ブロック決勝を戦っている。

(絶対に負けたくない)

そんな薫子の想いがヒシヒシと伝わってくる。

その強い想いが自分自身の体を固くする。

いつものようには体は動いてくれない。

それでもなんでも絶対に勝つのだと無理に足をバタバタとさせる。

(手堅いな。付け入る隙がない)

絢音が徐々に崩れ始めても薫子の気持ちは一向に緩むことはない。

だがそれは依然緊張しているということでもあるのかもしれない。

『表裏一体』

いつ崩れだしてもおかしくはない。

そう思うのは薫子の両親だった。

ラッキードローだと言われた。

本戦確実とも言われた。

それでも両親は予選敗退する要因を探し出しては二人で不安がった。

そしてそれは知らず知らず娘薫子にも伝播して親子みんなで不安になった。

どこまでも負けるかもしれない理由を探し出しては心配になる親子は、ゲームカウントを5-2とリードしてなお不安な気持ちを持ち続けた。

一方、啓介は真剣に応援してはいたが、結果は淡々と受け止めた。


予選第4ブロック決勝

金城絢音 2-6 敗退


薫子の両親はぐったりと力が抜けて疲れ果てた顔で啓介たちに挨拶をした。

啓介は親の苦労を見せ付けられた気持ちになって、自分は絢音に対してそれくらいの強い気持ちを注いであげられただろうかと自問した。

試合前、絢音はいつもの「試合に勝ったらポテト」を言わず、ぽつりと「本戦に行きたい」と言った。

啓介はドキリとした。

絢音からそういう言葉が出てくるとは思っていなかった。もしかすると自分は今まで大きな思い違いをしていたのかもしれない。

そしてそれは試合が進むにつれて確信に変わっていった。

啓介は絢音のふざけた態度がすべてだと思っていた。

小夜は真剣だが、絢音は付き合いでやっているだけだと思っていた。

ずっと一緒に練習してきたのだ。小夜と同じようになりたいと思うのは当然だ。

他の子も同じだろう。誰だってそうだ。

そして周りの大人たちはそういう子供の気持ちを共有して、そして時には子供のがんばることへの照れ隠しや自信の無さからくるごまかしさえも見抜いて、子供の本当の気持ちを汲んで導いてやらなければならなかったのだ。

啓介は再び自問する。

他の子の親たちと同じように真剣な気持ちで絢音に向き合ってきたか。

他のコーチたちと同じように責任を持って真剣に接してきたか。

自分の決め付けや思い込みで対応を変えていなかったか。

親でもコーチでもないのをいいことに、どこかで言い訳をしていた自分に気付かされた。

「あーぁ、負けたわ」

そう言って戻ってきた絢音をみんなが「がんばった」「よくやった」と褒めた。

「ええねん、ええねん。ウチはこんなもんやねんから」

そう言って絢音は笑った。

「おっちゃん、絢音良いプレーしてたからポテト賞やんな!」

と空気を読んだ大輝が言った。

「おう、ポテト大っきい方でええぞ」

啓介はそれに乗った。

でも絢音は「ポテトはうれしいねんけど、なんか今日はやめとくわ」と言って乗ってこなかった。

今日、絢音が欲しかったのがポテトじゃないことくらい啓介にだってわかっている。

それでも大人のクセに気の利いた言葉も浮かばない啓介は「そうか」とだけ言って、みんなで第12コートを後にした。



テニス少女U12 -6-1 

『予選ファイナル(1)』


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