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テニス少女1 U12  作者: コビト
20/35

-5-3 ゼロポイント(3)

第15コート U11女子SF

真田鈴 北摂ローンTC

VS

坂口優花 マチカネTS


「カモーン!!!カモン!」

優花は普段出さない声を振り絞った。

「あれが真田鈴ちゃん?」

「いや、声、出してる方が坂口優花ちゃん」

「あんな必死になってたら、どっちが上かわからんな」

優花が強いらしいという噂を聞いて見物に来た観客が茶化すように言う。

優花の立ち上がりは決して悪くはなかった。

それでも、それを上回る対戦相手に優花は一気に3ゲームを奪われた。

パニックになったわけでもない。

序盤から力を発揮していた。

だからこそ優花がそこから更に出せるものと言えば、もう声くらいしか残っていなかった。

「カモーーン!」

不慣れな掛け声にバリエーションはなく、優花は自分のナイスショットにとにかくカモンと付け足した。

(前を向け、前を向け)

優花は自分にそう言い聞かせて、声を出す。

「カモン!」

その声が和仁の心に突き刺さる。

「優花ちゃんは強いなぁ」

優花は弱い。

だから強がるのだ。

自分で自分を奮い立たせないとすぐにダメになる。

自分で自分を責めるのだ。

だからそうならないように、無理にでも自分を鼓舞する。

それがカラ元気となって現れる。

「カモーン!カモン!」

それが優花の悲鳴のように聞こえる和仁は観覧席でただ胸を苦しめる。

でもしかし、優花はそのカラ元気を力に変える。

それは優花だけが持っている特殊な力などではない。

ただ単純に練習をたくさんたくさん積み重ねることがそれを可能にした。

そして。

「カモーーーン!!」

優花が思わず左手をぐっと握りしめる。

「うーん、すごい。気持ちで持ってきたな」

観覧席に陣取ってしっかり流れを見ていた観客は思わず感嘆する。

ゲームカウントは優花から3-4。

いよいよ対戦相手の背中が見えてきた。

和仁は胸を苦しめながら、それでも娘を信じてコートを見つめる。

そしてコートの娘はベンチに戻ると顔を上げてじっと前を見た。


チェンジコートをした対戦相手がこちら側に来る。

この小さな体のどこからあれだけのパワーを捻り出しているのか。

それでも追いつかれつつあるプレッシャーは隠せない。

サーブにもやや力が入る。

ラリーでもラケットのスウィングがやや鈍いか。

重要な場面で、どちらからとも無くクロスの打ち合いになった。

一見、互角のように見えるラリーを僅かの差で制した優花が先行する。

ボールのコース、スピードとも大きくは変わらない。

ただほんの少しの差で優花のボールのほうが伸びるのか。

相手に挽回されても連続してポイントを取らせず、優花が絶えず先行する。

絶えず先行すればいいのだ。

そうすれば。


30-40。


「っしゃ、来い」

出来るだけ声を押し殺してそう言った和仁は強い視線でコートを見る。

いよいよ対戦相手の背中に手が届いた。

夕子は表情を硬くした。

今喜ぶとツキが逃げる。そういう気持ちだ。


対戦相手が打ったバックへのサーブを、しっかり前に踏み込んでストレートへリターンをする。

それに対応した相手がフォアサイドに走りクロスへ打ち返すと、それを優花もクロスへと返球した。

コーチからテニスの最も基本的なショットだと教わった。

何本も何本も打ち込んできたフォアハンドのクロス。

優花はその練習の成果を発揮する。

対戦相手はそれにつられる様にクロスへと打ち返す。

そして。

優花は今日抜群の精度を誇るフォアのダウンザラインを放った。

0-3劣勢。

そこから少しずつ少しずつ追い上げてきた。

じわじわと差を詰めてきた。

終盤で追いつくことが出来れば、流れは完全に優花が握る。

サイドラインの真上で放たれたボールがラインの上をまっすぐに飛んでくる。

その延長線上にいる和仁が「入れ!」と祈る。

夕子は唇をグッと噛んで息を止める。

萌菜が「入れ入れ」と早口に唱える。

みんなの想いを背負った優花のショットはラインのレールに乗って飛んでくる。

まっすぐに、まっすぐに。


鈴は。

勝ったことがなかった。

昔、一緒に練習した友達はとてもうまかった。

鈴はその友達とずっと一緒にテニスをしていくものと思っていた。

でもその子は先に行ってしまった。

鈴が躓いたわけではない。その子がすご過ぎただけだ。

とは言え、一度も勝った事がない自分に自信を持つことは出来なかった。

それでも、もうギリギリだと思ったから、今回の試合にエントリーした。

そしてドローを見て絶対に勝つんだと決めた。

なのに、久しぶりの試合の対戦相手はすごく強くて、今日も負けるのかなと思った。

今日だけは絶対に負けられないと自分を奮い立たせる。

それでもやっぱり、ここを落とせば負けるんだろうなと鈴は思った。


優花の伸びのあるショットがサイドライン上をキープして飛んでくる。

その曲がらない正確なダウンザラインは、ベースラインの近くまで来ると、その先で見守るみんなの想いをスピンの力に変えた。

グルグルと回転したボールは空気を掻き込んでグググッと沈み込み、そしてしっかりとサイドラインを掴んだ。


和仁は「ヨシッ!」と言った。

夕子は噛んだ唇を瞬間緩めた。

萌菜は拍手をしようと両手を広げた。

そして優花は左のこぶしをぐっと握った。


鈴は。

優花のダウンザラインをクロスに切り返した。


観覧席の誰もが視線を切り替えることが出来なかった。

優花の打ったボールがラインを捕らえてそのままこっちに飛んでくるはずだった。

瞬間、その視界を鈴が遮り、来るはずのコースへ先回りした視線はいつまでもそこにボールが来るのを待った。

ただネットの向こう側にいる優花だけは左のこぶしを握ったまま、鈴にはじき返されたボールを目で追っていた。

そのショットは自分のいるのと反対サイドのコーナーに向かって飛んでいく。

ハッとして右足を踏ん張った。

足に筋肉を浮かべて、体の向きを換える。

しかし優花が一歩目を踏み出した時既に鈴のクロスショットがコーナーを捉えて駆け抜けていった。

流れは、鈴の元から離れない。



優花は隣のコートに転がっていったボールを取ろうとして、隣のプレーが終わるのを待っていた。

(ほんまは追い付けたのに)

隣のコートはタイムをかけず、長いラリーを続けていた。

(なんで止まってたんよ)

優花の頭を言葉と意識がぐるぐる回る。

(走ってたら追い付いてたやんか)

優花は思わず・・・。

和仁は今にも声を掛けてしまいそうなのをぐっと堪えた。

「あかん。まだいける。がんばれ」

それでも押し殺した声が漏れてくる。

「あかん、あかん。がんばれ、がんばれ」

でもその声は優花には届かない。

優花は思わず下を向いた。



(なんでなんよ)

娘がこれまでどれだけ練習してきたか。

今まで4回チャレンジして一度も抜けられなかった箱。

4回目に初めてもらったチャンスを逃すと神様はそっぽを向いて、力不足の娘に試練を与えた。

その試練を力に変えた娘を待っていたのはもっと厳しい試練だった。

それでも娘はそれを乗り越えようとした。

それが乗り越えられないまでも、どこまでもチャレンジしようとした。

それなのに。

神様はそんな娘からチャレンジする機会さえ奪うつもりか。

娘がどれだけ。

どれだけ、どれだけ、どれだけ練習してきたか。

なぜ?

努力は報われるべきなのに。


デュースで返球した気の抜けた堅実なだけのリターンは一発で仕留められた。

アドバンテージを得た対戦相手が娘のフォアへサーブを打つ。

一向に努力が報われない娘はリターンで無理やりにエースを狙う。

打った瞬間にネットを超えないとわかった。


下を向いてプレーをする娘を見るのは辛かった。

ついさっきまで逆転を信じて疑わなかったのに、あれからたったの5ポイント。

神様が送り込んだ対戦相手がいよいよ娘を追い詰める。

(0ポイントのくせに)

夕子は思わずにはいられない。

0ポイントのクセにそんなフォアは無しだ。

娘がどれだけ歯を食いしばってここまでやってきたことか。

この0ポイントの娘は知るまい。

スウィートスポットを外した優花の返球が力無くセンターへ落ちると、対戦相手がささっと前にステップしてポジションについた。

(ミスして!ミス!!)

夕子は念じるように思う。

対戦相手がこれまでと同じように両手を上げてしっかり構えに入った。

ググッと膝を曲げて力を溜めるとその娘のふくらはぎに子供らしくない筋肉が浮かび上がった。

それを見て夕子は相手のミスを念じていたことを恥じた。

その筋肉がただの運動好きには現れないことを夕子は知っている。

競技系のスポーツをしている、しかも真剣に取り組んでいる子にだけ現れる。

優花と同じだ。

ポイントもないし、試合経験もない。

でも同じだった。

その筋肉はその娘が優花と同じように努力を積み重ねてきたことを伝えていた。

みんな努力をしている。

ただ報いられる努力には定員があって、今回は優花のではない方の努力が報いられただけだ。

真田鈴の最後のショットが優花のコートに突き刺さった。

夕子は涙を止めることも忘れて、二人に拍手を贈った。



テニス少女U12 -5-3 

『ゼロポイント(3)』


テニス少女U12「ゼロポイント」終わりました。 次回から「予選ファイナル」はじまります。 お楽しみに☆

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