-5-1 ゼロポイント(1)
第5話 ゼロポイント はじまりまーす。
第7コート U11女子SF
土田彩夏 羽曳野TC
VS
大西萌菜 マチカネTS
萌菜の試合は中盤に差し掛かっていた。
相手は第8ブロックの1シード。
スコアは萌菜から1-3。
本戦32ドローのうち、指定席の8個を除いた残りの24席をかけて予選が行われる。
予選は4~5人のブロックが24個あり、本戦シードを逃したランキング9~32位までがランキング順に第1ブロック、第2ブロック、第3・・・第24ブロックまで入っていき、各ブロックの1シードとなる。
続いて33~56位までが各ブロックの2シードとなるが、こちらはランキング順ではなくランダムに各ブロックに振り分けられる。
ちなみにランキング9位の服部七海が第1ブロック。
先日の大会で優花が接戦を演じたランキング10位の北嶋陽未が第2ブロックとなる。
萌菜が「絶対に負ける」と断言した土田彩夏は第8ブロックでランキング16位。
相当に強い。
そもそも第8ブロックでなくとも各ブロックの1シードに入った選手はかなり強いのだ。
これまでの試合結果を見ても、1シードが6-0、6-0などと圧倒して『箱抜け』をすることも少なくないし、そうじゃなくても大体は6-1や6-2などのワンサイドゲームで終わることが多い。
こんな中だからデビュー間もない萌菜が中盤までに1ゲームを取ったことは十分健闘していると言える。
そしてそんな萌菜の姿は優花にも勇気を与えた。
「あー。やっぱりあかんわ」
「相手も強いし、これは無理やわ」
それなのに、大人の謙遜と誤魔化しで、諦めを表明する千佳子と健司に、「そんなん言ったらあかんって。まだまだいけるかもしれんやん」と言って、優花は大人を嗜める。
実際にこの24個の箱の中で何個かは番狂わせが演じられるのだ。
さすがに萌菜が番狂わせを演じる可能性は低いかもしれないが、それでも絶対にないとは言い切れない。
キレイごとではなく優花はそれを本気で信じているし、自分自身にもそれを当てはめてこれまでがんばってきたのだ。
相手には申し訳ないが相手が怪我をするかもしれないし、相手が絶不調で、自分は絶好調だったら?
何が起こるかわからないのだ。
だから萌菜もまだまだ諦める必要はないと思うし、優花自身も第1ブロックに入ったからと言って諦めるつもりはまったくない。
そしてそう思うのは実は優花だけでもないらしく、実際に本人たちの知らない所で優花のことは噂にはなっていた。
七海についで第2ブロックの1シードに入った北嶋陽未と接戦を演じた優花と4年生にして『天才少女』と呼ばれる七海。
【七海VS優花】の対戦が好カードとして期待されるのは当然のことかもしれない。
ただ、それでも番狂わせが起こるとまで予想をする人は少なかった。
大半の人は優花がどこまで善戦して、七海の本気をどこまで引き出せるかというところに関心を寄せていた。
「ゲームカウント4-1」
萌菜の試合がいよいよ終盤を迎えようとしたところで優花は通路を挟んだ第15コートを眺めた。
そのコートの試合が3-2と中盤に差し掛かるのを確認すると優花は「アップしてくるわ」と言った。
「優花ちゃん、がんばって」
千佳子と健司が優花にエールを送る。
「うん、がんばる」
優花はそう答えると萌菜に(がんばれ)とガッツポーズを見せて、第6コートを後にした。
そして優花は親に促されるまでもなく、アップを始めた。
控えに入る前からある程度のアップを行っていた優花の体はすでに温まりつつあった。
そんな優花を夕子は安心して見守る。
夕子から優花が最高のコンディションに持ってきたことを聞いていた和仁も今更とやかく言うつもりはない。
「ここでしっかり自分のプレーをして調子上げていって欲しいな」
「ほんまに。それで七海ちゃんといい試合させてあげたいわ」
優花と一緒に辛さを味わってきた千佳子と和仁は決して無謀な高望みをすることはなかった。
そして間もなく第15コートの試合が終わった。
「優花、調子ええで。だから自信持ってやり」
夕子が声をかける。
「うん、わかった」
優花が答える。
「まずこの試合が第一歩」
と和仁が言うと優花は「うん」と頷いて言葉を続けた。
「これに勝って、七海ちゃんにも勝って、絶対に本戦行く!」
力強くそう宣言する娘に両親はもはや躊躇はしない。
「そうや。優花なら絶対に大丈夫!」
両親から心強い言葉をもらうと優花はその場で小さくジャンプして「よし!」と自分に気合を入れてコートに入っていった。
いよいよ優花の夢の第一歩だ。
何度も躓いて、その度に落ち込んだ。でも優花はそれでもすぐに元気を取り戻した。
みんな、そんな優花を強くてしっかりした子だと褒めてくれた。
でもそれがカラ元気だということを夕子も和仁も知っていた。
辛い時もカラ元気を出して、でも、やがてそれが本当の元気になる。
そしてそれは何度でも何度でも諦めずチャレンジする力へと変わっていった。
不運を嘆くことを無理に我慢することはない。
でもそれでも。
その次は出来ることを最大限にやってみることにしよう。
そしてそれをカラ元気と毎日の努力で実践してきたのが優花だった。
娘の姿勢からそう教わった夕子と和仁がそんな優花を信じないハズはなかった。
悔いの無い試合を。
そして神様が娘の努力を見ていたのなら、ほんの少しでいいからチャンス与えてやって欲しい。
夕子と和仁は祈るような気持ちで試合を迎えた。
テニス少女U12 -5-1
『ゼロポイント(1)』
終