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テニス少女1 U12  作者: コビト
14/35

-3-4 かりそめ(4)

はじめはほとんど勝てなかった。

調子が良くって勝てたと思ったら、次の試合ではボロボロになって負けた。

思い出してみたら調子のいい時に勝てただけだった。

コーチは今のままでいいと言ってくれたから私は自信を持ってプレーして、ミスにも堂々としていた。

そしてある時からお父さんが私の試合のスコアを付けはじめた。そしてコーチにスコアを見せては何かと文句を言うようになった。

そしてある日の練習の後、お父さんから「ここでの練習は今日が最後やから」と言われた。

新しいテニスクラブに行くと、そこには友達もいなければ一緒に練習をする子もいなかった。

コーチと1対1でレッスンを受けた。

一人でボールを打つだけのテニスは楽しくなかった。

でもお父さんはコーチと考えが合うようで、いつも楽しそうに私のことを話していた。

だから私はここでがんばることに決めた。

試合は前のように楽しくはなくなった。

失敗したらダメだから窮屈で仕方がなかった。

それでもスピンが打てるようになってくると、少しラクになった。

作戦も簡単だし、私は言われた通りにプレーするだけでよくなった。

逆に作戦にないことでエースを取ったらお父さんに怒られた。前はエースを取ったら一緒に喜んでくれて、今の感覚を忘れないようにと言われていたのに。

今のお父さんはその時の気持ちを忘れてしまったみたいだ。

その代わり、私とお父さんは勝つことの嬉しさを覚えた。

はじめはうまくいかなかったけど、少しずつ勝つことが増えてきた。

私は特に何もしていない。

ただスピンをかけて相手のバックに深く打っていただけだ。

それで相手が勝手にミスをしてくれた。

お父さんはインターネットで私の戦績に白星が増えていくのを見てとても喜んでいた。そして「お父さんの言った通りやろ、な」と嬉しそうに言った。

「お父さんの言う通りにやってたらええねん」

「楓は言われた通りにやることに集中したらええ」

「何も考えんでええから」

お父さんが喜ぶからそれでいいと思っていた。


「ちょっとは臨機応変に考えな」

楓は第7ゲームも相変わらず相手のバックにボールを集めて守勢に回っていた。

「フォア、フォア」

忠司の押し殺した声が洩れてくる。

「おっちゃん、フォアに打ったら流れが変わるかな?」

「わからんけど、今のままやったらあかんもんな」

「小夜は今のままでええん?」

「勝ってる間は作戦を変えないことが鉄則や。とは言えかなり単調な展開やし、終盤に向けて何かやっといた方がええかもな」

「何かって?」

「なんでもええねん。自分で考えてやったらええねん」

「なんでもって。おっちゃん適当に言ってへん?」

「適当ちゃうし。そんでまた答えを聞くやろ。自分で考えなあかんねんって」

「またそれ?!」

「またとかちゃうねん、いっつもそうやの。自分で考えて自分で実践していかなあかんねん。そんで最後は自分で掴み取んねん」

「ふーん」

小夜はバシバシ打つから一見、自分で掴み取っている感じはするが、その代わり何も考えていないように見える。

考えているかどうかで見れば楓の方がよほどそう見えるし、勝つために工夫しているようにも見える。

「小夜とどう違うん?」

「納得してるかどうか、かなぁ」

「何に?」

「うーん、プレーとか自分自身に」

「自分自身?」

「そう」

大輝が啓介に質問するといつもこんな調子になって、最後にはよくわからなくなった。そして、啓介は大輝が理解するまで説明するようなことはしなかったから、大輝もなんとなく解けない宿題を残されたようでもやもやした。

「大輝、おっさんの言うこと訳わからんからほっといたらええねん。ほら、小夜がゲーム取ったで」

小夜が4-3と一歩リードすると絢音は「ポテト、ポテト」と喜んだ。

「何がポテトやねん。静かにしろよ」

絢音の大きな声に反応して、忠司はブツブツ言った。

そして忠司は人目も憚らずバタバタと身振り手振りをする。

「なんでこっち向かへんのや」

忠司の視線の先で、楓が下を向いてベンチに戻ってきた。

さっきの楓のサービスゲームではエースこそなかったが、速いリターンで2本ミスをさせられた。

1本リターンミスもあったが、ミスはそれだけだ。

はじめはミスの方が多かったのに、小夜は楓のサーブにかなり慣れてきたということになる。

ベンチに座っている楓の頭に小夜の速いリターンが浮かんでくる。

次のサーブを落とせば3-5。

その次は崩せそうで崩せない小夜の緩いサーブだ。

負けるかもしれない。

楓は思う。

何度考えても楓の頭には小夜に打ち込まれるシーンしか浮かんでこなかった。打ち込まれると、それを返すことは出来なかった。

小夜がベンチから立ち上がりコートの向こう側に行く。

楓はベンチに座ったまま、動こうとしない。

立ち上がると負けに近付くように思った。

夏の大会は1回戦を突破して親子で大喜びをした。

順位も一気に上がって、このまま登っていくばかりだと思っていた。

今日も1回戦までは順調だった。

持田美月。

彼女も前まではずっと上しか見ていなかったのだろうか。

今はどんな気持ちだろう。

楓は自分も美月のようにつまづいてしまうのかと思った。

でも美月は最後に追い上げてきた。

あの時も楓は負けると思った。

でも、それを振り切ることが出来た。

それは。

楓はコートの後ろを見た。

そこには手をバタバタとさせた忠司がいた。


30-30から小夜はフォアのダウンザラインを狙って低くて速いフラットを打ち込んだ。

第8ゲームから楓は一転して小夜のフォアを狙い始めた。

いつもよりミスが増えた小夜は第8ゲームを落として4ー4となった。

そして楓は小夜の緩いサーブもフォアへリターンするようになった。楓のスピンをかけたクロスへのボールは楓をコートの端に追いやった。

真っ直ぐ打点に行って、急激に力の向きを相手コートに向けるが、それが少しずつ外側にずれるようになってきた。

そしてもう一度挑戦したダウンザラインもギリギリでサイドラインを割った。

「カモン、よっしゃー!」

試合終盤に来て初めてのブレイクポイント。

楓は気合いを入れながら、コート端にボールを拾いに行った。

「楓、次のリターンはバック、な」

忠司がボソボソと呟く。

楓はボールを見たまま頷いた。

小夜は突然弱点になってしまったアンダースピンがかかった緩いサーブを打つ。

楓は緩いサーブをしっかりと待つ。

さっきまでの攻撃パターンがインプットされた順応性の高い小夜の体が少しフォア側にサイドステップをしたところで、楓は小夜のバックへしっかりとスピンのかかったボールを打ち込んだ。


「ありがとうございました」

「おぅ」

啓介は大人げなく、楓とは目も合わさなかった。

そしてさっさと帰り支度を済ませて、駐車場へ向かった。

「小夜ちゃん、悪くなかったで。もっと色々練習しよな」と小夜のことは労ったが、帰り際に忠司の横を通り過ぎる時に「ちょっとくらいうまくなってもあれじゃあかん」と若さに任せて大きな声で言った。

子供を導くべき立場にある大人が、子供の自立の邪魔をするのが啓介には許せなかった。

啓介は捨て台詞を残して、そのまま駐車場へ向かいながら、大煇たちに大人に甘えてそれを求めた楓自身にも責任はあると言った。

「それにズルいことやってたら誰からも応援してもらわれへんようになる。誰からも応援してもらわれへん子ががんばってやっていけるわけがない」だから強くもなられへんと啓介は言った。

「でも途中までは自分で乗り越えようとしてたのになぁ」と最後に付け足した啓介は少し残念がっているようにも見えた。


「負け惜しみや」

楓におめでとうと言うのも忘れて忠司はブツブツ言っていた。

「結局、負けは負けや。ベスト4は楓やん、なあ」

楓は何も言わなかった。

勝った瞬間は嬉しかった。

でもコートを出る時には気持ちは沈んでいた。

本部に結果を届ける時も本部で注意されるんじゃないかと思った。

相手の親に挨拶する時には怒られるんじゃないかと思った。

他にも誰かが悪口を言っているんじゃないかと思った。

そして自分の父親はせっかく勝ったのに嬉しそうにしてくれなかった。

「楓、約束は守ろう、な」

忠司はルールを破っているクセに、自分の約束には厳しかった。

「とにかく今は勝たなあかんやん。トップはもうずっと先に行ってるんやから、こんなトコで足踏みはしてられへんねんで。アドバイスくらいみんなしてることやねんから気にせんでええから、な」

楓が自分に嘘をついて「うん」と返事をすると忠司は一度目を閉じて、小さく頷いた。

「次、準決勝や。ここからが本番やねん。ずっと練習してきたこと試すねんで」

忠司は気持ちを切り替えて、強い口調で楓に言った。

「このメンバーでベスト4は予定通りやねん。次を勝たなあかんで、絶対にな」

準決勝は第1シードとの対戦だった。

楓とは初対戦となる4年生のNo.1だ。

「この子は平均点がちょっと高いだけの特徴のないプレイやから、何も怖くないで。ここも食って一気に優勝しよ。そんで冬の大会でベスト8に行くねん」

親のアドバイスをもらいながらやっとのことで勝ち上がったのに、忠司の頭の中の楓はもう先の大会にいた。

忠司には目の前の自分が見えていないように感じた。

「お父さん」

「ベスト8行ったらランキングも一気に上がるし」

「お父さん」

「春の大会前に上位になってなあかんねん」

楓の声は忠司には届かないのか。

楓は言葉を変えた。

「楓が優勝したら嬉しい?」

「ん?そりゃ、嬉しいわ」

「うん、わかった。そしたら優勝する」

忠司は「おっ」と意外そうな顔をしたが、すぐに「心強いなあ」と言って嬉しそうな顔をしたから楓も嬉しくなった。

そして楓は忠司が喜ぶのだからこれでいいのだと自分に言い聞かせた。



テニス少女U12 -3-4 

『かりそめ(4)』


テニス少女U12 「かりそめ」終わりました。

次回から「天才少女」はじまります。

お楽しみに☆

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