-3-2 かりそめ(2)
第4コート U11女子2R
小東薫子 くらわんかTC
VS
城戸小夜 星空TT
小夜はボードに貼られたカードをめくって本部へ手渡した。
「城戸が6-4で勝ちました」
「はい、お疲れさん」
試合の結果報告を終えると、待ち構えていた絢音が「やったー、小夜すごいやん!!」と祝福した。
「えーっへん。やった☆」
小夜は素直に喜んだ。
「小夜ちゃんやるやんけー!お兄ちゃんも何か言うたれや、なあ!」
啓介も子供のように喜んで、大人びて素直になれない大輝へ祝福の言葉を求める。
「2Rやろ。まだまだ試合残ってるやん」
「そやけど第4シード倒したんやで。すごいやろ!」
子供じみてはしゃぐ啓介に大輝が目配せをする。
啓介が振り返って後ろを見ると小東薫子が泣きながら立っていた。隣に母親もいる。
啓介は途端に申し訳なさそうに小さくなって、薫子の挨拶を受けると、薫子に聞こえるか聞こえないかの声で「ごめんな」と言った。
「おっちゃん、大人やねんから、気ぃつけな」
「おぅ、悪いことしたわ・・・」
啓介も悪気があった訳ではないが、会場には負けた子もその親類もいる。それに友達やコーチもいるのだから、周りへ配慮をするべきだった。
若い啓介はこういうことに気が回らない。
啓介は自分のこういう子供っぽさがイヤでたまらなかった。
かといって、啓介は自分と同年代の友人たちのように変に物分かりのいい大人になったり、妙な愛想を使って社交的になるのはもっとイヤだった。
啓介自身の中に大人になることを拒むような気持ちがあるのかもしれない。
そんな気持ちが啓介と子供たちを結び付けているのかもしれない。
「おっちゃん、鬼ゴ、行ってくるわ」
「すぐ試合入るから、ちゃんと見とかなあかんぞ」
「わかってる、わかってる」
そう言って小夜が走っていって、それを追いかける絢音が「おっさん、控え入ったら小夜に教えたってな」と言って走っていった。
「コラー、自分でやらなあかんぞー」と走っていった方に向かって叫ぶ。
二人はちらっとこっちを見ただけで、返事もせずにキャッキャッと笑いながら走っていった。
「おっちゃん、もっと怒ったらええのに」
啓介よりよほど大人な大輝が言う。
「まあ、ええやろ。ちゃんとやんねやし」
「そうやったらええねんけど」
「大丈夫やって。お兄ちゃんももっと子供っぽくてええねんぞ」
啓介がそう言うと大輝は急にとぼけてそっぽを向いた。
そして視線の先の試合を眺めながら「次、あかんのちゃう?」と言って話題を変えた。
「山里さんか?」
「そう」
「そんなん小夜ちゃんのショットで粉砕やろ」
「粉砕する前に小夜がミスるわ。小夜、真っ直ぐしか打たれへんもん」
「まあエースは取られへんかもしれんけど」
「ミスも多いし」
「ミスが多いのはあかんな」
「向こうはスピンかけて安定感もあるし、コースも狙ってくんねんで。やっぱりまだ勝たれへんって」
「まあなぁ」
大輝の予想はシンプルだが的確だった。
これなら誰が聞いても納得の話だ。啓介も正しい意見だと思う。
でも、「それでもな、」と啓介は反論する。
「それでもやねん、お兄ちゃん。テニスはそれだけやないねん」
理解出来ない大輝は「何なん?」と聞く。
「なんて言うかなぁ、そういう[理屈]じゃないねん」
大輝はじっと啓介を見て続きを待つ。
「だから、[スピン]とか[アンテイカン]とかそんな言葉に振り回されとったらあかんねん」
「どうゆうことなん?」
「それも大事やねんけど、それ以外にも大事なことがあるっちゅうことやねん」
「大事なことって?」
「それは自分で気付かなあかんねん」
「教えてくれへんの?!」
「そうや、教えへん」
「そんなんコーチちゃうやん」
「オレ、コーチちゃうし」
「そっか、忘れてた」
「なんでも教えてもらって、[ハイ、ワカリマシタ]じゃ、あかんこともあんねんで」
「そうなん?」
「そうや」
大輝にはまったく意味がわからなかったが、どこかで似たような話を聞いたように思って記憶を辿ってみたけど、そんな話は見つからなかった。
「なんかようわからんわ」
「そうやろ。大煇も大きくなってきたらわかるわ」
「ふーん、難しいな」
そうやってよくわからない話を大人の対応で締めくくると大輝は妹を捜しに行った。
その後ろ姿を見ながら、啓介は自分では気付かないもんなんだなと思った。
そして啓介節が終わってしばらくすると、小夜と絢音が戻ってきて、啓介に次の試合が控えに入ったことを伝えた。
小夜が啓介に鬼ゴッコでアップが済んだことをアピールしていた頃、忠司は楓のアップを見ていた。
「きっちりアップせなあかんで」と忠司はきっちりアップをしている楓に言う。
「それぞれの運動には目的があんねん」と言って運動毎にどこをどう動かすべきかを教えた。毎回それを教えられている楓はすでにしっかりとポイントを押さえてアップをしている。
「ただ走り回るだけじゃ、あかんねん」と楓を見ながら忠司は言う。
「効率よく・・・」忠司は続ける。
「最大の成果を出さな」と言いながらいつまでも楓のアップをチェックする。
「一番効果的なことを効率よく集中してやっていかなあかん。選択と集中や。ジュニアの世界はものすごいスピードで動いてるから、余計なことをやってる時間はないねん。精神論を語ってる暇があったら、コーチングの勉強でもしたらええのに」
楓は何の話をしているのかよくわからなくて、なんとなく頷いておいた。
「あんなリスクの高いボールを打たしてる時点で全然わかってないってことやで、なぁ?」
楓は忠司が次の試合の話をしていることにようやく気付いた。
「楓、次の試合でやることわかってるな」
「うん、わかってる」
「何?」
「バック」
「バックの?」
「バックの高いとこ狙う」
「理由は?」
「力が入りにくいから」
「そう。ようわかってるな。特にあの子は背も低いから、バックに高いの打っとけば、もう返すので精一杯や。それでもう負けることはないわ。な?」
そのことは楓の頭に完璧にインプットされていた。それでも忠司は「わかった?」と念を押す。
「うん、わかった」と楓はまた頷く。
楓もこの戦術を信じている。
「それとな」
忠司は言いながら人差し指をくるくる回した。
「ショートアンングル、な」
そして両手を体の前に合わせてから、その手を広げた。
「もっと深く、な」
これも既に楓の頭にインプットされている。
「他も流れが変わったらお父さんの方を見ることやで」
返事をしない楓に忠司は続けて言う。
「最近、こっち見んの忘れること多いからな。そうや、やっぱりチェンジコートの時は必ず見るようにしよう、な」
楓はやはり返事をしなかった。
「心配せんでええって。お父さんの言う通りにしといたらええねん」
楓は下を向いたままだった。
そして楓が勇気を振り絞って出した「お父さん、あんな」という声は「こんなトコで負けてられへんやろ」と言う忠司の言葉にかき消された。
「4年生に負けてたらあかんやん。な?」
楓は黙って頷くことしか出来なかった。
テニス少女U12 -3-2
『かりそめ(2)』
終