004 守部の正体
「姫さん!どこだー」
今日も青空が広がっている。態狸の声は空まで届くのではないか、というくらいに響いている。「この世界」余りにも元の時代とはかけ離れているので、そう呼んでも間違いないだろう。
碑透はこの世界に来てから、ずっと青空しか見ていなかった。神殿と呼ばれた場所を離れてから、10日ほど経っている。連れてこられたのは、一部を海に、後は全て山で囲まれ、閉ざされた場所にあった。
未だにここへ連れてこられた説明もなく、建物の外にも出してもらえない。大げさな言い方ではなく軟禁状態だった。最初は傷を治すために寝込んでいたが、六日目にして早くも耐えられなくなった。出してもらえないので、かくれんぼの真似事をしている。
碑透のいる建物は神殿とは打って変わり、洋館のような雰囲気があった。部屋も両手では足りないほどある。その内いくつかには広めのバルコニーがついていた。碑透のいるバルコニーは集落を見渡せる場所だった。優雅なテーブルセットでクッキーを一つ口に放り込む。サクサクと口の中に溶けていく。
集落を見ていてわかったことが幾つかあった。ここは薄茜の国という場所らしい。
差別的な言い回しになるかもしれないが、この国には規格外の人間が多かった。態狸にしても、元の世界では見たことがないような巨漢だった。いくら体が大きいにしても、斧一振りで四・五人を吹き飛ばせるような力はなかなかつかないだろう。
もちろん、態狸のように体が大きい人物を取り上げて規格外と言っているわけではない。長い牙を持つ人。背中に翼がついた人や、動物のような耳や尻尾がついた人だっている。もちろん、吾月のように普通にしか見えない人だって沢山いる。最初は少し驚いたが、この国の人々はそれが自然なことのように暮らしている。羽を持った男性と猫のような耳と尻尾を持った女性が夫婦のように寄り添い歩く姿も見た。
容姿の違いは背が低いとか高いと同じように、長所でも短所でもなく、ただの身体的特徴の一つにしか過ぎないのだろう。
吾月にはもう十日間会っていない。それも、こうして態狸から逃げ回る事で発散すべき不満の一つだった。まさか、また未知の場所に放り込まれるとは思っていなかった。
碑透は本当に吾月についてきたことが正解だったのか不安になっていた。態狸は護衛なのか監視役なのかはわからないが、常に碑透の側についている。しかし、少なくとも建物の中は何の危険もなさそうだった。折角だからと態狸にこの場所に関する質問を投げかけるが、何を聞いても要領を得ない。口止めされているのか、単純に態狸の物言いが上手くないのかもわからなかった。
「あぁ!もぅ!いったい何なのよっ!」
思い切りテーブルを叩く、同時に刺された傷が痛んだ。深く抉られたように感じたが、それほど大きな跡は残っていなかった。
目覚めた時にニ日ほど寝込んだと聞いたが、血も止まっており、わずかな痛みしか残っていなかった。傷を負った瞬間は治るか不安に思うほどの傷に感じた。痛みとショックによって大げさな傷に感じていたのかもしれない。不思議に思えたが、碑透にはわからない姫神子の力というものが発揮された可能性もある。深く考えるとことはやめた。
間をおいて部屋の扉が勢いよく開いた。
「見つけた!」
「…見つかった。」
態狸の嬉しそうな言い方にげんなりと返してしまう。短い逃亡だった。思わずため息が出てしまう。
「そんなため息つきなさんな!朗報が有るぜ!」
まるで犬のようだ。褒めて褒めてとせがむようなキラキラした顔でこちらに近づいてきた。
「なにかしら?くまさん。」
「くまじゃねぇ!」
くま。くまたぬき。態狸の態という字が「くま」に似てること。さらに狸と動物が出てきてしまうので、くまだぬきとからかわれるのだ。態狸には「熊じゃなくて態だからな!」と、振りとしか思えない言い方で釘を刺されていた。毎度、丁寧に良いリアクションをしてくれるので、碑透もついからかってしまう。
「はいはい、それでなぁに?何が朗報なのかしら?」
「吾月の手がようやく空いたみたいなんだ。まぁ、ほとんど寝てねぇみてーだからひでぇ顔だが。自分が説明するって頑張って仕事片付けたみたいだからよ。会ってやってくれ。」
「よく分からないけれど…吾月に会えるってことよね?それで、吾月が何か説明してくれるのよね?うん!…それは確かに朗報だわ!早く連れて行って!」
思わず、飛びつく勢いになってしまった。態狸は予想以上の反応に目を丸している。
「お、おう。付いてくるといい。」
碑透は嬉々として廊下に向った。態狸の歩幅は大きく、慌ててついていかないと置いていかれてしまう。
吾月は、この世界に来て一番最初に信頼しても良いと思った人物だ。放り出されたことに対して、文句の一つや二つ言ってもバチは当たらないだろう。思い出した苛立ちからか、自分の歩く速度がもどかしく感じた。
ふと、先ほど態狸が放った言葉に、違和感を覚える。ろくに寝ていないほどの仕事とは何だろう。吾月は碑透と同い年ぐらいの少年だ。もし、守部になるためにこの場所を離れていたのなら、その期間の報告書を書いていたのだろうか。十日間寝ずに書きつずけていたとしたら、時間を持て余すように思う。
そもそも、なぜ吾月が守部として神殿にいたのかも分からない。下っ端にしては重要な役割にも思える。しかし、吾月と剣を合わせた青年は吾月に対して間者だと言っていた。間者ならば、絶対に口を割らない末端の人間を使うのかもしれない。平和な国で育った碑透には到底想像のつかない話だった。
この三日間、屋敷を彼方此方と歩いてみたが、吾月の居場所もここに住んでいる人たちのしている事も掴むことはできなかった。ただし、屋敷は広く、全てを回りきったわけではなかった。鍵がかかって開かない扉もいくつもあった。
「ここだ。」と、態狸が立ち止まり碑透に向き直った。
「うそ、ここなの?」
連れてこられた場所は、碑透が寝泊まりしている部屋のすぐ隣だった。鍵がかかっていて常に閉まったままの部屋だとは思っていたが、吾月がいるとは思ってもみなかった。
コンコンコン。
驚いている間に態狸がノックする。
「吾月、姫さんを連れてきたぞ。出れるか…?」
「ああ、鍵は開いてるから入ってくるといい。」
吾月の声だ。以前、ノックをした時は何の反応もなかった。態狸が躊躇いもなく戸を開ける。
「吾月!」
文句を言ってやろうと、態狸を押しのける。しかし思わず、言葉を飲み込んでしまった。
「…疲れてそうね。」
口をついて出たのはそんな言葉だった。「碑透、来たか。」と言う声はどこか憔悴しており、脱力した様子で机にうなだれている。吾月の目の前にある机は書類の山に埋もれていた。机だけではない。床にも、来客用と思われるテーブルの上にも書類の束が乗っていた。
テーブルでは、燈夜が書類の整理を淡々と行っている。燈夜とは目が覚めたときにも顔を合わせていた。態狸から、着いて早々怖い顔をした燈夜がまくしたてるよう吾月に説教をして、そのまま連れ去ってしまったと聞いていた。自己紹介だけはされていたし、屋敷内で見かけることはあったが、面と向かって顔をあわせるのはこれで二度目だった。
「しかし、すげぇ紙の束だな。」
燈夜の目の前に積まれた書類を見下ろして、態狸が唖然とつぶやいた。
「態狸。あなたも手伝いなさい。」
これでもかというほどに積まれた書類の束が態狸に手渡される。態狸と並ぶと小さく見えてしまうが、燈夜もどちらかといえば背の高い部類だろう。態狸とは違い肉体派と言うより、頭脳派といった雰囲気だった。態狸に数回に分けて渡した三分の一程度の書類を抱えるが重たそうに顔をしかめている。
「姫神子、この状況ですみませんが、ごゆっくりどうぞ。あとでお茶を用意させます。」
書類を持ったままの退出に非礼を詫び、丁寧に挨拶される。思わず、ありがとうと見送ってしまったが、少しは手伝っても良かったかもしれない。
「あの燈夜って人…誰かに似てるのよね…」
誰にどこが似ているとは浮かばなかったが、なんとなく見覚えのある様な顔に感じた。疑問を呟きながら、さっきまで燈夜のいた来客用のソファーに腰を下ろす。
「それはそうだろう。燈夜は陽照と兄弟だからな。…そう言えば、あいつ名乗っていなかったな。最後に神殿のばあさんの所に行った時、一緒にいた男だ。」
碑透が陽照と聞いて不思議そうな顔したので、続けて説明してくれる。そう言われてみれば、似ている。突っかかりが消えてスッキリした。髪型も筋肉のつき方も違うが、纏う雰囲気のようなものが似ていた。
燈夜は少し長めの髪を後ろに一本で束ねており、メガネをかけたいかにもインテリという言葉が似合う男だ。
対して陽照と呼ばれたあの青年は、髪は短髪の裸眼。その体格から武人然として見えた。二人とも真面目で融通の利かなそうな雰囲気があり、顔立ちも似ていると言われれば似ている。
「吾月は何の仕事をしていたの?十日間も引きこもっていたなんて信じられないんだけど…私、売られたのかと思ったわ。」
もっと、きつく言うつもりだったが、疲れ切った吾月の様子を見てその気持ちは無くなっていた。
「悪かったな。こんな見た目でもこの国の領主なもんだからな。不在が続いて仕事がたまっていたんだ。挙げ句の果てに、燈夜に結界を張られてこの部屋に閉じ込められた。」
「は…?」思わず、変な声を出してしまう。リョウシュとは、領土の主と書いて領主だろうか。




