003-3 間者
「もう少し遅く来てもらいたかったけどな!」
笑いながら言い放ち、二人は碑透を挟んで、いかにも兵士然とした格好の相手に向かい合う。
「…やはり、あなたは間者でしたか。」
碑透達を連れてきた青年が、携えていた剣を抜き、吾月に向かい合った。何故、吾月と青年が剣を向け合っているのか、碑透は訳がわからず戸惑ってしまう。どちらに味方をするべきか、誰を信頼するべきなのか。頭より先に気持ちは吾月の味方をしていた。
「間者…とは、面白いことを言うな。」
吾月は重そうな剣を軽々と振って攻撃を受けている。碑透を庇いながらは戦いにくそうにも見えた。
「碑透!!」
グイッ。焦ったような声を出した吾月に、腕を引かれる。同時に逆の腕に鋭い痛みが走った。
「いっ…!」
痛い。という言葉は声にならなかった。腕には浅くはない傷が出来ている。吾月に手を引かれなければ背中に大きな傷を受けていただろう。玲郭の横に控えていた少女が血に濡れた短剣を携えている。
「姫神子の血…」
そう独り言のように呟き、恍惚とした表情で短剣についた血を舐める。碑透には、時が止まったように感じた。その光景を見た瞬間、自分の血を与えることは禁忌のように感じた。
「態狸、碑透を。…引くぞ」
態狸と呼ばれた大男は、吾月に「分かった」と返し、碑透を担ぎ上げた。お姫様だっことか可愛らしいものではなく俵のように。衝撃で静止していた時間が動き出す。
「え!なに?」
「舌を噛まないように黙っていてくれよ?姫さん」
ガクンと、大きな体が揺れる。担ぎやすい体勢におさまったらしい。扉の外に勢いよく駆け出した。振動が腕の傷に響いたが、今は構っている余裕はなさそうだ。
「おい!引くぞ!」
態狸が扉の外で剣を交える群衆に呼びかけた。何人かが、刃を交わしながら後退を始める。
「吾月、お前が先陣を切るんじゃねぇ。全く、困った奴だな…。」
「足が遅くなったんじゃないか?くまだぬき。」
「くまだぬき…じゃねぇ!おめぇが変な呼び方すると姫さんに誤解されるだろう!…ってか、吾月よ、おめぇそれは燈夜にしめられっぞ。立場もわきまえず危険に飛び込むんじゃねえ。」
ワイワイ。賑やかだ…とても逃げるために奔走しているようには思えない。俵のように担がれるのはいささか不満だった。しかし、碑透を担いでもなお、態狸の走るスピードは碑透の全力よりも速いだろう。しかも、態狸と同じ丈の大きな斧で兵を吹き飛ばしながら進んでいるのだ。おとなしく担がれるがままになるしかない。背後から襲ってくる少女がいるような場所に残るより、吾月についていく方が正しいだろう。
(吾月も大丈夫と言っていたもの…きっと不安なことなんてないはずだわ。)
自分に言い聞かせ流されるがままに、意識と身を委ねた。




