035 救いの象徴
宿の主人に声をかけると、姫神子が街に来ているから見て行ってはどうかと提案された。主人の話によると、神殿の一行はかなりの大所帯らしい。姫神子は馬車に乗っており、御簾越しで見ることは叶わないと見に行った者から聞いたそうだ。
神殿の人間が町に来ていることは、一瞬にして街中の人々に知れ渡っているそうだ。
宿を出ると、昨夜の陰鬱とした街の様子とは打って変わって人通りが多い。それでも昨日に続き雨が降っていることに変わりはない。
人々は口々に「姫神子」と口にしており、心なしか表情も明るい。それほど、姫神子の存在は大きいのだ。救いの象徴なのだろう。
「碑透、人通りの少ない道を選ぶ。道が良くないだろうからしっかり掴まっていてくれるか。」
かけられた声で、我に帰る。いつの間にか人々の様子に気を取られていた。偽物に向ける人々の期待を感じて碑透は気持ちが重くなっていた。
(これだけの想いを私なら受け止められるのかしら。)
気付くと吾月の服を掴む手に力が入っていた。
「待って下さいませ。…箒ではさすがに目立ってしまいますわ…碑透様に付いていられないのは悔しい限りですが、私は別行動します。街の外で会いましょう。」
いよいよスピードを出して出発と言うところで楼蓮は吾月の馬を止めた。馬は行き場をなくした足を往なすためにその場で足踏みをする。
「一人で行動するのは危険だろ。態狸の馬に乗ったらどうだ?」
「それはとんでもないですわ。…心に決めた殿方以外と相乗りするわけには行きません。」
「ではせめて、態狸と一緒に。」
「しつこいですわね。わたしだって碑透様が心配なのです。守りが手薄になっては元も子もありませんのよ。さっさと待ち合わせ場所を決めて出発したほうが安全ですわ。」
吾月は渋々頷き、周辺の地図を取り出した。合流予定の場所は、街に入る少し手前だ。目印になるような大きい木があるらしく、待ち合わせには丁度いいだろう。真っ直ぐと続く大通りに面した門からならば歩くのにそう遠くはない。
「碑透様、しっかりとフードを被って。くれぐれも目立ちませぬよう。必ずよそに気を取られずに真っ直ぐ外に出てくださいませね。」
楼蓮は碑透の手を握り祈るように目を閉じた。楼蓮に見送られ、吾月たちは馬を細い路地に向けて走らせた。
足元に不快感を覚えて見下ろすと、神力で守っていたはずの靴は雨に濡れていた。
「なんだか嫌な予感がしますわ…。吾月、碑透様を頼みましたわよ。」
楼蓮の嫌な予感はよく当たる。警告の意味も込めて吾月に念を押した。
吾月は頷くと人目につかないように裏路地へと馬を進めていった。
楼蓮は馬の姿が見えなくなると、大通りを街の外にむけて歩き出した。
「楼蓮の神力のことを考えると、心細いわね。」
大通りが見えなくなると、碑透がつぶやいた。
「この雨で楼蓮もうまく使えないはずだ。おれ達がいてはうっかりコントロールをミスって流れ弾に当たる事だってあるかも知れない。」
「え、それは…。楼蓮一人で大丈夫なの?」
不安そうな声が漏れる。楼蓮がいないことも心配だがこちらには神殿に乗り込んで周りを蹴散らしながら逃走した二人がいる。しかし、楼蓮はいくら強い万物の神力を持っているとは言え女性一人だ。
「あいつは大丈夫だ姫さん。なんだかんだで口だけのやつじゃねぇからな。むしろ、俺たちがいると逆に戦いにくいだろう。」
明るい調子で後ろから声がかかった。仲が良いとはお世辞にも言えないが、態狸が楼蓮を認めているのは間違いないようだ。
馬は細い裏路地を静かに進んでいく。細かく書かれた町の地図を吾月は暗記したかのように素早く馬を進める。大通りを避けているだけあり、人とすれ違うことはほとんどなかった。




