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未来神話  作者: 相木 夕依
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002-3 蜂蜜

 目を瞑っていたのは一瞬の事のように感じた。今もまだ青い瞳、青い髪が目の前をぐるぐる回っているように感じる。


「目が回る…。」


 目覚めた部屋は見覚えのない場所だった。改めて自分が元の世界とは別の場所に居ることを実感し、不安と安堵が入り混じったような気持ちになる。


 同時に、安堵した自分に嫌気を覚える。この世界は、碑透が望んだ世界ではないとしても望まなかった現実ではない。


 コンコン。


 扉を叩く音に、一つ呼吸をおいて「どうぞ」と応じた。「入るぞ」という声に続いて、扉を開けたのは見知った顔だった。


(確か…あづきって名前だったかしら。)


 一度聞いただけでは、不安だったが、確か小豆と同じような響きだったと記憶している。


「…少しは落ち着いたか?」


 気遣わしげな声で後ろ手に扉を締める。手には湯気の立つ器を持っている。自分に用意されたものだろうか。碑透が目覚めた事に気づいているということは、ずっと側についていてくれたのかもしれない。


 吾月の言葉で自分の姿を思い出したが、不思議と落ち着いていた。


 初めて青い髪・青い瞳を目の当たりにした時には取り乱してしまったが、自分の姿が変わったことで現実味というものを飛び越えてしまったように思えた。


 この世界の碑透は、碑透であって異なるものなのだろうと、納得することが出来た。


「もしかして、心配かけたのかしら…」


 吾月は守部(もりのべ)と言っていた。どういったものかは分からないが、碑透を心配するような役回りなのかもしれない。知るもののいない世界で気にかけてくれる人がいることは不思議なことに思えた。


「…飲めるか?目を覚ましそうだったから作ってきたんだ。」


 吾月は問いには答えず、湯気の立つ器を差し出した。


「…七日間眠り続けていた。…その間何も口にしていないことになる…薬を白湯で割っただけのものだ。飲んだ方がいい。」


 すこし困ったような顔でそうつぶやいた。拗ねたように湯薬を木のスプーンでかき混ぜている。


(七日間…一瞬目を瞑っただけのように感じていた。)


 驚きのあまり、碑透は目を見開く。長い人生ではないが、七日間食事を摂らなかったことは初めてだった。しかし、この体には食事すら必要ないように思えた。


「いらないわ…飲める気がしないの。」


 困らせたいわけではなかったが、何かを入れることを体が拒んでいた。吾月は一つため息をつくと思案しているようだった。


「人間と同じことをしないと体が馴染みにくいんだ。その体は姫のために用意されたものだからな。薬の効果より飲むこと自体に意味がある。少しは楽になるはずだ。」


 吾月の言葉は不思議と納得できた。この体は私の本来の体ではない。それは、見るに明らかだった。


 考えると答えのない不安が押し寄せた。この体は私のものじゃない。じゃあ私は何を持って私なのだろう…。意識なのか、意識が存在するのは脳ではないのか、それとも魂のようなものがあるのか。考えてもわからない。


 それに、この体はどこから来たものなのだろう。髪や瞳の色こそ違えど、姿は碑透と同じだった。


「私って…なんなのかしら…」


 疑問がそのまま口に出る。少し間の抜けたような発言になった。


「違和感はあるかもしれないが…姫も人間だ。だから栄養を摂る必要がある。そんなに抵抗があるなら口移しでも飲ませてやっても良いぞ。」


 自分で人間だというには不安があったが、吾月に肯定され少し安堵できた。しかし、からかうような言葉に顔には朱が注がれた。


「ちょっと!わかった!飲むわよ!飲む!」


 湯薬を口に含もうとする吾月を慌てて制して、器を奪った。飲める気はしなかったが思い切って一口、二口と口に含んでいく。


 飲み込むまであった躊躇いは、呆気なく消えた。薬と言うには甘く、よく知る味に思えた。


「蜂蜜…」


 思わず首を傾げた。薬というからには苦い薬を想像していたからだ。


「さっきも言ったが、効果よりも飲むことに意味があるんだけどな。…姫にとっては、どうか分からないが、この世界では蜂蜜は薬として使われているんだ。傷口に塗れば治りが早くなり跡も残りにくい。疲労回復の薬膳としても使われる。最適だろ。まぁ他にも薬草を入れてはいるが…。」


 にっこり。吾月は嫌味のない笑顔で笑う。


「へぇ…知らなかったわ」


 蜂蜜を薬と言うのなら、この世界では中国のように漢方薬や気功のようなもので病を治すのかもしれない。勝手な決めつけだが。


 碑透の知る世界とは文明がずれているように感じた。生まれ育った東京とはかけ離れた場所。それだけでどこか安心することができた。


 (私を追い詰めるあの苦しみも、ここまで追いつくことは出来ない。)


 言い聞かせるように心の中でつぶやいた。一瞬過ぎった罪悪感から目を背ける。目を向けてしまえば前にも後ろにも進めなくなる。

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