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未来神話  作者: 相木 夕依
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030 止まない雨の街

 大蛇への警戒心からか、日が落ちるまでの時間は長く感じた。夜襲われることの懸念もあり、野営はせずいつもより早い時間に街で宿を取ることにした。


 空を見上げると、碑透にとっては初めての雨雲が空を覆っていた。街に近づくにつれて雲の厚さはますように思えた。


「おかしいな、この時期この辺りに雨は降らないはずだが…」


 雨雲をみて、吾月が呟いた。同時に頬にぽつりと雫が落ちる。見上げると雨が降り始めていた。吾月は態狸と楼蓮に目配せをしてから、馬を止めた。


「この先は雨が強そうだ。雨具を着込んでおいたほうがいいだろう。」


 雨具をすっぽりと被り再び馬を走らせる。楼蓮は雨具など不要とそのまま箒にまたがっている。


 宿を取る予定の街に着くと、暗く重い雲に覆われ、雨は本降りになった。


 吾月は訝しむように街を見渡した。水路から道にまで水が溢れ出している。屋根から落ちる雨水は雨樋すらも溢れ滝のように流れている。


 雨の影響でできたであろう川を見ると、雨がしばらく降り続いていることが見て取れた。


「台風みたい…。今までがずっと晴れていたから異様な天気に感じるわ。」


「いや、実際にこの天気は異常だな。少し街の様子を見ておくか。宿を取るから碑透はそこで待っていてくれるか?」


 髪の色が目立つからと、碑透が宿で留守番をするのはいつものことだった。晴天の下、フードを被っているのもそれはそれで目立ってしまう。


 偽物とはいえ、姫神子が神殿にいるという話は広まっているようだった。目立たないに越したことはない。しかし、今日は別だ。


「私も行きたいわ。雨具を着ているしフードを被っていても変な目で見られないと思うの。」


「…分かった。」


 少し迷った後に、吾月は頷いた。

 それほど小さい街ではない為、宿はすぐに見つけられた。態狸に馬を任せて碑透達は宿に入った。


「二部屋空いてないか?」


「ええ、空いてますよ。この雨でしょう。街を訪れる人も減ってしまって…あなた方はもしかしてお役人さんか何か…な、訳はないですね。」


 初老の男性は、碑透達の宿泊を歓迎しているようだった。宿は閑散としており、他の客がいる様子はなかった。役人と言ったものの吾月をみて少しがっかりしているようにも思えた。役人というには幼すぎる。

 こう見えて吾月は役人どころか領主だが、見た目で判断するには無理があるだろう。


「主人、この雨はなんなんだ?」


「それが、私どもにもなんとも…。降り始めてからもう直ぐ二ヶ月近くになりましょうか…ご覧になった通り、街も活気を失ってしまいまして、街長は神殿にこの雨のことを伝えたようなんですがね。」


「二ヶ月近く、長いな。」


 神殿という言葉に、碑透は心臓が跳ねたような気持ちになった。思わずフードを目深にかぶる。


「まぁ、ようやく神殿が、それも姫神子様が着てくださるようなんでね。こんな遠路はるばると姫御子様が赴いて下さるなんてありがたい話ですよ。」


「へぇ…姫御子様が。」


「それは!にせも…がっ!」


 しばらく黙っていた楼蓮が口を挟もうとするが、吾月が口を手で塞いだ。余計なことを言うなと視線を送る。神殿にいる姫神子を偽物と言ったところで訝しまれるだけだろう。


(この街にあの娘が…。)


 碑透を刺した少女を思い出す。頭が脈打つように痛みだした。自分に血の呪いをかけた少女。


 怒りより恐怖の方が大きかった。姫神子の名を語る彼女は今どんな気持ちでいるのだろうか。


 碑透達は宿の主人から鍵を受け取ると誤魔化すようにその場を去った。


「もう!なんでですの!?あんな偽物を信じたままにさせるなんて愚民その一が憐れですわ!」


 部屋に入る前に吾月に不満をぶちまけるが、今度は周りに人がいないことを確認してから発言しているようだ。


「愚民その一って…。」


 吾月が呆れたように返す。


「間違っていませんわ。偽物を崇めるなんて愚の骨頂も大概にしろですもの。あんな禍々しい色…。」


 そこまで言うと、楼蓮ははっとして口を閉ざした。


「楼蓮はあの娘と会った事があるの?」


「えぇ、興味本位ですが。吾月から偽物とは聞いていましたの。ドス黒い神力の持ち主でした…思い出すだけで怖気がします。」


 いやだいやだと、楼蓮は両腕を抱きしめるようにさすった。


「そもそもあの偽物、人間なのかも怪しいもんですわ。なんたってあの神殿の人間ですもの。」


「楼蓮、そのくらいで。荷物を置いたら出るぞ。」


「わかったわ。」


 ヒートアップしていく楼蓮を落ち着かせ、部屋に入った。偽物の話を聞いただけでも怒りに震える楼蓮だ。もし街で鉢合わせすることになったら大ごとにならないか碑透は心配になる。


「大丈夫ですわ。」


 碑透の心中を察したように楼蓮が言った。


「えっ。」


「偽物のことを考えていらしてましたでしょ?大丈夫ですわ。わたしは目も耳もいいのだと言いましたでしょ?いざという時は、偽物なんぞと鉢合わせしないようにわたしが先導しますわ。」


 にっこりと微笑む楼蓮に争うつもりはないようだ。碑透の心配とは少しズレたが安堵した。


 宿を出ると、馬を見ていた態狸と合流した。四人で街の様子を見て回る。


 外の空気は冷たく重く感じられた。建物は雨水が通る場所に沿って茶色に変色している。一ヶ月以上雨が降り続いて、建物の老朽化は早まっている。


 雨のせいなのか街を歩く人通りも少ない。まばらに歩く人はまるで生気を失ったように俯いている。


「嫌な空気だな…。」


「これからどこに向かうの?」


「情報収集は酒場と相場が決まっている。ちょうど食事時だし食べていくか。」


「おー!うめぇもんあるといいな!」


 街の雰囲気に合わない陽気な声だ。陰鬱とした空気に、碑透は少し憂鬱になっていたが態狸の声を聞いてそんな自分がバカらしくなった。


「ふふ、そうね。でも、この雨じゃ食料の調達も大変そうだわ」

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