029 奇獣との契約
いつまでも足手まといのままではいられない。
口に出して決意を固める。しかし、その決意も吾月の言葉によってあっさりと覆されてしまう。
「いや、ただでさえ慣れない長旅で疲れているんだ。碑透に危ないことをさせる訳にはいかないだろう。ここはおれと態狸で道を開くことを優先したほうが良いんじゃないのか?」
「男どもに任せるのでしたら私がちょちょいとやっつけてしまえば早いですわ。そうではなくて、碑透様の力を増やしたいのんですのよ。大蛇なら現身となっている可能性は大いにありますもの。契約できれば碑透様が自身を守る力になりますわ。」
吾月と楼蓮はどちらも譲らないといった様子で盛り上がり出した。態狸と楼蓮が言い合いをしているのはよく見る光景だったが、楼蓮に何を言われても受け流す吾月との組み合わせは珍しかった。
「吾月は姫さんのことになるとどうも熱くなるな。」
様子を見ていた態狸がボソッとつぶやいた。碑透も感じることはあったが、碑透に拘るからではなく、吾月自身が保守的な性格なのかと思っていた。碑透に対して過保護と認識を改めなければいけないようだ。
「いや、このくらい普通だろ。碑透は争いのない時代から来ているんだぞ。」
しかし、ここは碑透のいた時代ではない。過保護ととれるほどの対応には間違いないだろう。
話し合っているうちに出発の準備が整い、吾月に手を引かれて馬にまたがる。馬に乗るのはもう慣れたものだった。落馬しないかとドキドキしていたことが懐かしいくらいだ。
目的地に向けて出発した後でも、ああでもない、こうでもないと大蛇に関する話し合いが続いた。
結果、もし大蛇に出会った場合は、碑透に無理のない範囲で現身との契約を交渉する。ほぼ、本人は蚊帳の外で決まった。
吾月の話では、目的の街まであと一日ほどで着く計算だ。日が昇りきった今の時間を考えれば、明日の夕方ごろには着くことになるだろう。
「ねぇ、吾月。街の名前って私が聞いてわかるものなのかしら?」
「街の名前はアツタだ。って言っても、伝説に近い話だからあるかどうかは行ってみないとわからないんだが…。」
「アツタ…。結構遠くまで頑張ったし…見つかるといいのだけれど。」
「その前に大蛇に遭わずにすめば良いんだが。」
その言葉に、楼蓮と吾月のやり取りを思い出して碑透は苦笑いした。
「大蛇なんて見たことないんだけど、私の手に負えるものなのかしら。きっと大きな蛇なのよね?どのくらい大きいのかしら。5メートル?10メートル?」
うーん、と。唸りながら大蛇を想像する。都会では蛇に会うこと自体が稀だ。普通の蛇だって人を絞め殺すことがあるとテレビで観たことがある。大蛇に会うかもしれないなど、全く実感が湧かなかった。
「おれも大蛇なんてあったことないからわからない。」
「え、そうなの?」
碑透は意外と言いたげに吾月に問いかけた。不思議なことが起こる世界では不思議なものなどありふれているのではないかと思っていたからだ。
「いやいや、そんなにぽこぽこと化け物が生まれるわけないだろ。居ないから奇獣と騒がれているんだ…。」
碑透と吾月の会話を聞いて居たのか横から控えめな笑い声が聞こえてくる。
「碑透様。よく居ないからこそ神力を持つ現身の可能性があるんですのよ。大蛇なんてまるで神話のようですもの!わたしワクワクしてしまいますわ。」
楼蓮の様子を見て後ろで聞いていた態狸がため息をつく。
「バケモンに対してワクワクってか。狂ってんだろ。まぁ俺も分かっけどよ。」
態狸の言葉を聞いて、楼蓮は少し速度を落として態狸に並んだ。態狸が馬にまたがりながらも身構える。
「日常にはない貴重な経験を出来るんですのよ?ちょっとやそっとの危険なんて屁でもないですわ。」
楼蓮の瞳は子供のように輝いていた。たくさんの現身と契約してきた彼女にとって、大蛇の一匹や二匹脅威になるような現身ではないのかもしれない。
穏やかな神樹としか話したことのない碑透にとっては、大蛇など驚異としか思えない。こんな風に目をキラキラさせて現身について語ることができる日が来るようには思えなかった。
(この純粋さが楼蓮がたくさんの現身と契約できている理由なのかしら。)
様子を見ていた碑透は心の中で呟いた。




