028 大蛇の噂
「碑透、どうした?」
聞こえたのは、馬の声ではなく吾月だった。涙を流した碑透を見て、態狸と吾月は驚いている。
涙は気付かないうちに溢れていた。吾月の驚いた顔を見て気づき、慌てて涙を拭う。
「なんでもないの。目にゴミか何かが入ったみたいで。今ようやく取れたわ。」
極力平静を装って答えたが、二人に不審がられたのは間違いないだろう。気付かれないように馬の方に目を向けるがいつも通りののほほんとした優しい顔をしている。
「そうか。」
うまく誤魔化せたのかはわからないが、吾月はホッとしたような気不味いような声でそう返した。
「そういえば、今日は遅かったけれどどうかしたの?」
「街で聞いたんだが、進んだ先にあまり良くないものがいるようだ。」
吾月達は荷物を降ろすと、そうだったと思い出すように答えた。最初は馬に荷を積んでいたが、楼蓮がそんな必要はないと全て自分の神力で収納して以来、荷物を運ぶのは楼蓮の役割だ。
「よくない物…寄獣を避けて通るか、進みにくく危険な道を通るか悩んでいる。騒がれている割に姿をはっきりと見たという情報が無くて進むべきか判断し難いんだ。」
事情を説明する吾月の声に被って大欠伸が聞こえてくる。楼蓮が眠たそうに眼をこすって吾月達をうかがった。
「あまり良くないものって、大蛇のことを話しているんじゃないかしら?」
「良く知っているな。姿を見たものはいないが、巨大な蛇の抜け殻を見たものがいたという話は聞いている。」
「わたしを誰だと思っているのかしら。これだけ生き物や草木が達が騒いでおりますもの。気付かないわけがありませんわ。」
そういうと、いつものように箒でくるりと円を描くと吾月と態狸が買ってきた荷物は跡形もなく消えた。
「ねぇ、楼蓮。生き物や草木の声まで聞こえるの?」
碑透は、当たり前のように草木が騒ぐと言った楼蓮に思わず口を挟んでしまう。吾月は馬に話しかける碑透を見た時にからかうようなことを言っていた。それならば草木が話すこともなさそうに思える。
動物ならともかく、草木までが意思を伝えるとはどういった物なのだろうか。
「そうですわね。騒々しいったらないですわ。わたしは生まれつき目や耳が良いんですの。それに契約した現身次第では力を持たない万物の声を聞くことも可能なんですのよ。」
碑透の質問に丁寧に答えてくれた。生まれ持ったもののあるようだが、すべては契約する万物の現身次第ということだ。
基本的に現身の力はエネルギー体のようなもので、その力を使って結界を張ったり放出して攻撃することができる。しかし、現身によってはその個体独特の能力を発揮するものもある。楼蓮が物を異次元に出し入れするのもその能力の一つだ。
「大蛇の事は少し耳を傾ければ知っていて当然ですわ。むしろ、今更の話ですもの。それに、その大蛇、別に人間をとって食ったりはしていないんじゃなくて?」
降参だとばかりに吾月は手をあげた。吾月が街で調べてきた事は、すでに楼蓮に周知のことなのだ。
「ちょうど良いですわ。その大蛇、碑透様にお願いしてしまいましょう。」
「え、私が?お願い?どう言うこと?」
大蛇と言うからにはちょっと大きい蛇と言うものではないはずだ。大蛇を押さえつけるなんて出来るのだろうか。お願いされても何かできるとは思えない。
「碑透様には結界の力がありますもの。大きな蛇くらいどうというものでもないですわ。」
碑透は未だ攻撃を受けた時の結界の力を目の当たりにしたことはなかった。張れるようにはなったが、それだけだ。どれほどまで身を守れるのかはわからなかった。
しかし、楼蓮が碑透を試そうとしているのなら、やらないわけにもいかないように思えた。無茶ぶりにも程があると思えるが、人をとって食う訳ではないと言っている。それならば危険は大きくはないのもしれない。
「そうね、やってみるわ。」




